第28話 ※タケミガワ・リョウコの戦い※
タケミガワ・リョウコは、湧き上がる怒りを抑える事が出来た。
ヤジマ・テツオは無事に帰って来た。
十年間苦しみ続けたカンザキ・ヤマトは、無事に保護する事が出来た。
暗殺業を引退していたアナスタシア・バーレンハイトの口から、自身の弟「カンザキ・ミクル」の死には関わっていないと聞けた。
魔法商人として都内で活動していた保育士の女は、治癒魔法しか売っていなかった。
魔法商人から治癒魔法を購入した元部学院の教員サカモト・リョウは、動植物保護楽園の屋敷で食事をしていたタケミガワに話し掛け、「また助けられた気がする」と、空挺都市の機内で起きた事を断片的に覚えているような事を口にしていた。
仲間を殺す事になったヤジマさえ、「あいつが居なければ終わりだったぞ」と口にした。
――ゆえに、タケミガワは堪える事が出来なかった。
※ 護衛任務二日目 午前1時13分 宮古島 テッポウユリ公園 ※
亡き者にされているであろう弟の事を考えているのか。それとも、誰も助けられない自分を憎んでいるのか。
白い花を実らせるテッポウユリに囲まれた道を一人で歩くタケミガワの周囲を、街灯を狂わせる程の雷光が駆け抜ける。
「せっかく時間を指定してやったのに、時間も守れないのか? お前のお姉ちゃんは」
雲が流れ、月の光が闇を払う。
暴かれるのは、アストラルと同じ世界に行った勇者の一人と見て間違いない体格の男が、弟のミクルに渡した物と同じ【赤のミサンガ】を手首に付けている現実。
容姿や人相は不鮮明でも、その贈り物だけはしっかりと見えていた。
「お前がミクルを殺したのか?」
分かっていても聞かずにはいられないタケミガワの手首には、弟から貰った白のミサンガが一つ。
赤のミサンガは、情熱や勇気を表す色。
白のミサンガは、健康や落ち着きを表す色。
自分に足りない物を忘れない為に贈り合った思い出が、非情な勇者によって穢されて行く。
「殺したというより、勝手に死んだという言い方が正しいだろうな。ミクルは俺達のパーティーには居られないほど弱かった。判断力も遅いし、何かあるとすぐパニックになる。だがまあそうだな……強いて言えば、呪われた祠から呪物を取って来る程度の役には立ったかもな。このミサンガは、その時に預かった物だ」
日本に存在する心霊スポットの多くは、その場所に興味本位で立ち入って欲しくない地元住民が流した作り話。
危険な動物の住処になっている廃墟を始め、宗教的な理由で立ち入りが禁じられている場所に至るまで、その地に囚われた霊的な存在が直接人に危害を加える事は滅多にない。
滅多にないが、生きては帰れない本物の心霊スポットは実在する。
「なぜ呪物を集めている。世界征服でも狙っているのか?」
「そんな物に興味はない。俺はただ、裏ボスに備えて装備を整えているだけだ。封印を解いて神を味方につけたり、裏ボスに挑む前ってのは色々と準備をするものだからな」
「ミクルが死んだのも、その準備の一環だったという事か」
「ま、そんなところだ。防御魔法が使える奴じゃないと入れない場所だったし、仕方ない犠牲だろ?」
必要な犠牲を問われたタケミガワが、弟のミクルの性格を語る。
タケミガワ・ミクルは、自分を守れないほど気弱な性格だった。
弟のミクルが気弱な性格になったのは、厳格な父親と、その父親の厳しさに反発して不良娘と化したタケミガワ・リョウコに原因がある。
父親の言う事を聞くと姉が怒り、姉の言う事を聞くと父親が怒る――――
喧嘩をして欲しくないというミクルの優しさは、父親と姉の間で身動きが取れずに圧し潰され、優し過ぎる状態になるまで追い込まれた。
そんな性格に成ってしまった弟のミクルは、嫌われたくない一心で相手の言う事を聞いてしまう。
先輩からの嫌な頼みも、逆らえない先輩に気に入られている後輩からの頼みも、不良が多い高校で誰もやりたがらない風紀委員も、頼まれたら条件反射のように「別にいいよ」と返事をする。
本当は良くないのに、嫌なのに、その返事をする。
「ミクルが行方不明になる日の朝。ミクルは、父親といつも通り喧嘩をしていた私に対して、『もういい加減にしてくれ』と怒鳴った。休める場所が欲しいとも言っていた」
その怒りが、初めてミクルが口にした本心だったのかもしれない。
自分に向けられた言葉だと受け取った姉のリョウコとその父親は、学校に向かうミクルを止める事が出来なかった。止める資格が無いと感じたから、それが出来なかった。
「私は、家に帰って来る前に謝ろうと思って、ミクルが通っている高校まで迎えに行った。そこで言われたんだ、『ミクル君は今日来てないよ』と。どこを探しても、ミクルは居なかった……」
今でこそ父親と仲良く過ごせているが、そこに弟の姿はない。
もっと早くその環境を作っていればと後悔する日が続き、いつか帰って来ると思って待ち続けていたタケミガワの前に現れたのが、自分の弟が同じ世界に転移したとは思いたくないほど情緒が乱れている狂人――アストラルだった。
弟の行方、その疑いをタケミガワが抱いたのは、山梨県で出会ったカンザキ・ヤマトの証言。気弱で、自分で口にした事を後悔しているであろう弟ならあり得る扱いだという一言。
奴隷のように扱われていた男子校生。
その疑いは、弟を奴隷として扱っていた勇者タクヤによって確信に変えられた。
「…………お前がミクルの居場所を突き止めたのは、転移前からミクルを知っていたからだ。お前も、ミクルと同じ『剣道』をしてたんじゃないか?」
「そうだ、と言ってやりたいところだが、剣道をしてたのは俺じゃない。俺の弟だ。当時の俺は大学二年、弟は高校三年生。高校生活最後の試合となるインターハイの決勝戦で、弟は当時高校一年生だったお前の弟に負けた」
タクヤは、礼に始まり礼に終わる剣道には興味がない男だった。
そんな男でも、可愛い弟が高校生活最後の大舞台に挑むとなれば、兄としての役目を果たす。
自分のように女目当てで適当な大学に行く大人にはなって欲しくない。その思いが、試合を見に行った理由の根底にあった。
「推薦は既に受けてたし、負けてもまた頑張れば良い。俺はその程度の認識だったが、弟は違ったらしい」
「……テンドウ・ケンジ。死因は自殺だったな」
「そうだ。夏休みが終わる少し前、弟の様子がおかしいから一度実家に帰って来てくれと親に頼まれた。俺が帰ったのは連絡を受けてから二日後だ。実家に帰ろうと決めたその日の朝、俺は異世界に召喚された」
大袈裟だと思って両親の頼みを真面目に考えなかったタクヤが実家に帰る事を決意したのは、連絡を受けてから弟のケンジに送ったメッセージが既読にならなかったから。
いつもはすぐに既読がつくのに、弟と一緒に夢中で遊んだゲームを最初から一人でクリアしても既読はつかなかった。
タクヤが古臭いドット絵のゲームを起動したのは、午後21時30分。
ゲームをクリアして、隠しボスや隠しアイテムを全て集め終えたのは、翌日の午前7時。
タクヤがケンジの悔しさを真剣に考えたのは、ゲーム機の電源を落として暗転したテレビ画面に自分の顔が映った時だった。
剣道の練習で忙しくなってからは、一緒にゲームをする機会が無くなった。ゲームをする暇が無くなるほど小さい頃から剣道を習い続けて来たのに、高校に入ってから剣道を始めた一年生に圧倒的な差をつけられて負けた。
――タケミガワ・ミクルという一人の剣士は、才能という言葉が嫌いなケンジが絶対に負けてはいけない相手だった。
「小さい頃、弟は俺に、『兄貴にはゲームの才能がある』とよく口にしていた。そう言わなくなったのは、弟が剣道を習い始めて、自分の才能を他と競い始めてからだ。比べるべきじゃないものを比べて、才能と個性の区別がつかなくなってたんだろうな」
属性の相性、とも言える要素だったのかもしれない。
ゲームでも、競技の世界で自身の成長に悩み、その言葉を嫌っていても「あいつは才能の塊だ」と感じてしまう選手は多い。
仲間も、バイトも、ゲームも、女も、異世界も、全てにおいて相性が存在する。
「インターハイでお前の弟の
防御魔法役を勧めたのは自分だと明かしたタクヤが、出会った時からずっと握り絞めていた日本刀を引き抜いて鞘を投げ捨て、両手で構える。
「防御役も、呪われた祠に入るのも頼んだのは俺だが、『別にいいよ』って言わせたのは俺じゃない。俺じゃないぞ、タケミガワ・リョウコ」
月に照らされた勇者の顔は虚しさに溢れ、月の光にさえ背を向けて走り出す鬼の顔には怒りが宿る。
剣術の達人のような構えを崩さない勇者に対し、鬼神の如き形相で花畑を駆け抜けるタケミガワが懐からナックルダスターを取り出す。
「マイティー・ダスター!!」
ナックルダスターを両拳に装着したタケミガワが左腕を振り上げると、花を薙ぎ倒す程の風圧と共に発生した時空の裂け目から幾千もの雷が勇者に襲い掛かる。
「マイティー・クラスター」
襲い来る雷を払うように勇者が日本刀を振り上げると、タケミガワが放った雷よりも強力な光を放つ紫色の雷が出現し、タケミガワを地盤ごと貫く勢いで降り注ぐ。
「マイティー――」
月の光が届かない土埃の中からタケミガワの声が聞こえた直後、既に走り出していた勇者の刃がタケミガワの右手を斬り飛ばし、土埃を払うほどの風を生み出す。
「チィッ……マイティー・ダスター!!」
「チッ」
右手を失っても怯まず左手を突き出したタケミガワの拳が、勇者の顔を捕らえる。
「マイティー――」
周囲が明るくなるほど強烈な光を放ったタケミガワが、拳を押し込んで勇者を地面に叩きつけ、休む暇を与えまいと拳を引いて追撃に備える。
「――ダスター!」
タケミガワが空を殴るように拳を振り上げると、タケミガワの攻撃によって電流を帯びていた勇者が遥か上空まで持ち上げられ、タケミガワの腕の動きに合わせて振り回される。
雷の力で捕えた勇者を何度も地面に叩きつけるタケミガワの姿は、鬼神と呼ぶに相応しき荒々しさ。
「一度殴られたら詰みか、クソゴリラめっ……エリカ!!」
タケミガワの攻撃の性質を体感したであろう勇者が、仲間のエリカの名を叫ぶ。
「マインド・アロー!」
森の奥地から飛んで来た一本の矢がタケミガワの横を通過すると、勇者を拘束していた雷が矢を追い掛けて移動し、勇者を解放する。
「弓使いか――」
「ハーデス」
森の中に潜んでいるであろう弓使いのエリカを警戒した刹那、森に視線を向けたタケミガワの動きが止まる。
「ウッ……!?」
タケミガワの口から血が溢れ出し、怒り狂う鬼神の影に錆びた短剣を突き刺した女が笑みを浮かべる。
「お前だったのか……三人目の女は…………」
「こんばんは、リョウコ先輩」
タケミガワの影に短剣を突き刺したのは、父親に反発した時期にタケミガワが夢中になった地下アイドル――ヨシオカ・ツバサ。
「どうしてお前まで…………」
影を刺されたタケミガワがその場に倒れる。
「へぇー! 先輩でも倒れたりするんですね? 可愛いぃぃ。そんな風に倒れちゃうなんて、痛かったですか?」
起き上がろうとしても、その願いが叶う事はない。
タケミガワを見下ろすのは、かつての後輩にして、その輝かしい未来を異世界召喚によって絶たれたアイドルの成り損ない。
変わり果てた後輩から狂愛に満ちた視線を送られるタケミガワの目に、涙が浮かぶ。
「どうしてミクルを……どうしてミクルを守ってくれなかったんだヨシオカ! お前は、私がミクルをどれほど大切にしていたか知っていただろ!!」
「えぇ、知っていましたよ? 知っていたから死んで欲しかったんです」
「…………はあ?」
狂愛に満ちた目を輝かせる後輩が、月灯りの下で両手を広げて舞い踊りながらミクルに対する恨みを語る。
心の支えは、強くてカッコいいリョウコ先輩だけだった。
アイドルを続けていたのは、ファンを装って近寄って来る豚の為ではなく、心の底から自分の活動を応援してくれる先輩の為。
先輩の為だけに歌って、先輩の為だけに踊っていた。それなのに、先輩に与えた元気は、子供を育てる資格なんかないクソ親父と、姉弟なのに何もしてあげれないクソ弱虫の為に消費される。
「先輩。私、タケミガワ家の奴隷じゃないんですよ。知ってました?」
どうすれば良かったのか。誰が元凶なのか。それを考えさせるような静けさがしばらく続き、刀の鞘を拾う勇者が沈黙を破る。
「おい、ツバサ――」
勇者がヨシオカを下の名前で呼ぶと、その声を発した勇者の首元に一瞬で辿り着いたヨシオカが短剣を向ける。
「私を『ツバサ』って呼んで良いのは先輩だけ。分かった?」
「……何をそんなに怒ってるんだ?」
「さぁ、なぜかしら……自分の胸に聞いてみたら? 聞けないなら、私から直接あんたの息子に聞いてあげるわよ? 私の使い心地はドウダッテネェ!!」
声が裏返るほど興奮状態にある事を察したであろう勇者が、両手を上げて身を引く。
「……目的を忘れるなよ。苦労して手に入れた呪物だ、お前の私情で変更は出来ない」
「その点は心配しないで大丈夫よ? 先輩が私達のパーティーメンバーに加入してくれるんだから、迷う事なんて無いわ」
「だと良いがな…………」
動けないだけで意識を保ち続けているタケミガワの目に、ヨシオカが木箱から取り出した謎の物体が映る。
「さぁ先輩? 私と一緒に、異世界ファンタジーの世界に変わって行くこの地球で幸せになりましょ? 先輩と私は、今日から家族です」
不気味な気配を漂わせる謎の物体が、タケミガワの口に押し込まれる。
「もう大丈夫、もう大丈夫です先輩。私が側に居ますから、もう寂しい思いはさせません。ね?」
愛する者の口に遺物を押し込んだヨシオカが、泡を吹いて苦しむタケミガワを眺めながら満面の笑みを見せる。
午前2時30分。
宮古島・テッポウユリ公園。
――満月の下で起きた出来事である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます