第27話 助ける為には
神器を持った集団が現れる事は、破滅への第一歩に近い。
破滅に向かうと言い切れるその理由は、天体を破壊して魔族を抹殺出来ない神の甘さと、神の思い通りには動かない人間の欲深さが関係している。
人間と直接関わる神にろくな奴は居ない。
世界を救う為だのなんだの理由を付けて人間を説得するが、その世界を作ったのが自分達の創造主であるにもかかわらず、まるで国家転覆を他国の工作員に頼む売国奴のように神器を配る。
人間界で起きている様々な争いに天界の勢力が介入している時点で、人間界の住人からすれば神は亜人に等しい存在だ。趣味思考が異なる他国の勢力に過ぎない。
力を手に入れると、みんな同じに見えて来るものだ。
あいつも同じ、こいつも同じ、どうせこいつも同じ。
そうやって全てを同一視していく内に、「こいつだけは何かが違う」という特異点に出会う。
これも、一種の
※ 午後21時30分 動植物保護楽園 水生植物エリア ※
「今話しておくべき事は、この程度だ。全体的な話の規模として、天界と魔界の戦争がいつ始まってもおかしくない状況にある。私が出会ったこの白髪の女は、戦争が始まる発端、起爆剤といったところだろう」
白髪の女と出会った経緯はもちろん、アナスタシアを誘拐したのが私の世界に来た勇者の一人だという事まで説明は済んだ。
次の話題は、マツルちゃんを守り続けて来た白髪の女が何者なのかということ。
純粋な下級悪魔から上級悪魔に成り上がったにしては、人気者過ぎる。
「お客様、タオルをお持ちしました」
屋敷の使用人からタオルを受け取ったタケミガワが、髪や服に付着した返り血を拭き取り、また別のタオルで体の汗を拭く。
タケミガワがここに来るまでに交戦したタナトスのチャーリーチームは全員が死亡。
タナトスは、アイギスの規則では速やかに排除すべき武装集団だった。
「フゥ……この時期になると毎年何かしら問題が起きるが、まさか天使と悪魔の戦争が始まるとはな。次は何だ、空から恐怖の大魔王でも降って来るのか?」
「そう成らない為にも、この悪魔が何者なのか知る必要がある」
話を戻そう。
白髪の女の話が本当なら、この世界の悪魔は大きく分けて二種類居る。
一つは、天地創造の頃から存在し、天界を追放される形で天使と区別された悪魔。元天使、堕天使の類だ。
もう一つは、呪いや契約によって悪魔に転じた者。その多くは死を経て悪魔化を果たす。
どちらにせよ悪魔が魂を持たない存在である事に変わりはないが、神から与えられた使命を果たす為に魂を授からなかった天使の成れ果てと、支配を目的に魂を奪われた悪魔では経緯が異なる。
後者に対して神が神器を振るうのは過剰だという前提で話しを進めると、タナトスに狙われている白髪の女は前者になる。
本当に何も覚えていないのか、もう一度だけ確認しておこう。
「もう一度だけ確認しておくが、本当にお前は自分が生まれた経緯を知らないのか?」
「何度聞かれても私の答えは同じだ。生まれた時の事は何も知らない」
だとしたら妙な話だ。
堕天使は自分が神に創られた存在である事を知っているし、悪魔に転じても人間だった頃の記憶は残るもの。
記憶があるからこそ、生まれた直後でも問題なく悪魔として活動出来る。
何も知らないなら、言葉を喋れない赤子同然の状態だ。
「異界の客人よ。この悪魔が、特別な経緯で生まれたという可能性はないのか?」
マツルちゃんの意見は振り出しに戻っているだけだ。
知りたいのは結果では無く過程、「特別な経緯」の部分が知りたい。
「君達は先程から私の話ばかりしているが、そんな暇があるのかい? そっちの女はアイギスの局長だろう。学生達は今この時もバイツァダストやオサム教に狙われているというのに、随分と余裕だな」
当の本人は、自分の出生に興味がない様子。
情報量ではこちらの上を行くバイツァダストが動いていないのは、タナトスが関係していると見て間違いない。
バイツァダストが動かない理由をもう少し具体的に表現すると、彼らの力を持ってしてもタナトスの後ろに就いている神々には勝てないという事だ。
宗派の違い、敵に回すと厄介な神々がタナトスを支えているのは確実だ。
タナトスは撤退し、タナトスに勝てないバイツァダストも情報収集に回っているはず。
今の状況は、お互いの合意を得ずに生まれた休戦状態。
マツルちゃんと白髪の女の再契約に関しては延期が無難。
急いで契約すると、マツルちゃんがタナトスに狙われる可能性が高くなる。
一息つきたいところだが、アナスタシアの件を解決するのは今しかない。
「――失礼致します。お嬢様、お電話です」
別の使用人が電話の子機を持って食堂に入って来た。
「誰からの電話じゃ?」
「女性の方からです。そちらにいらっしゃる、『アストラル』という女性を出せと言っています」
電話の相手はアナスタシアを誘拐した男ではないようだ。
マツルちゃんの代わりに電話を受け取って保留を解除すると、受話器から車のエンジン音が聞こえる。
保留を解除しても声を出さないようだし、こっちから話し掛けてやろう。
「ゲームオタクの恋人か、それともただの肉便器か。お前はどっちの女だ?」
二人の内のどちらかが電話を掛けて来た事を確信した上で話し掛けてやると、唇を噛みしめるような音がした。
――恐らく後者の女だ。
「どうした、何か言ったらどうだ? 自覚があるなら認めた方が話し易いだろ」
『…………あんたには関係ないでしょ』
腹黒い女の反応だ。
「関係はないが興味はある。用を済ませる時にしか便座の座り心地を気にしない男の為に、どうしてそこまで自分を落とせるのか不思議で仕方がない。私を迎えに来たという事は、今は必要とされていないのか?」
何も考えず適当に喋っていると、女が通話を切った。
「君、交渉が下手過ぎないかい? 私と話していた時はもっと言葉を選んでいた気がするんだが、今の会話のやり取りは何というかぁ……どう思う? そこの女」
白髪の女がタケミガワに意見を求めた。
「火に油だ……」
タケミガワが答えると、白髪の女が一度だけ手を叩いて共感したような反応を示す。
「ワラワにはわざと怒らせたように見えたが、どうなのじゃ?」
「特に何も考えてはいない。それよりアナスタシアの件だ」
机の上に受話器を置くと、また同じ番号から電話が掛かって来た。
出てやろう。
『ごめんなさい、携帯の電源が切れた』
「何の報告だ」
電話を切って受話器を置くと、今度は違う番号から電話が掛かって来る。
『ちょっとあんた、こっちには人質が――』
「こっちの人質はお前達が暮らす天体だ。用がある時は私からこの番号に掛ける。それまでは電話を掛けて来るな。もしまた電話を掛けて来たら、南半球を吹き飛ばす。その次は北半球だ」
返事を待たず電話を切ると、白髪の女はもちろん、タケミガワやマツルちゃんも私の対応に何か違和感を感じているような反応をする。
「アストラル。一体何が狙いなんだ?」
「今に分かる」
タケミガワに答えると、また違う番号から電話が掛かって来る。
鳥の鳴き声を再生し続ける着信音はタケミガワ達の目を惹き、異常な力が働いている事を私の代わりに伝えてくれる。
「ゲームオタクの恋人か?」
電話に出てすぐ喋ると、さっきの女とは違う声質の女が、「タクヤはオタクじゃない」と自己紹介をする。
これで確定だ。
「タケミガワ」
タケミガワに合図を出して紙とペンを用意させ、カンザキと共に前衛を務めていた勇者【タクヤ】の恋人だった弓使いの勇者、【エリカ】と会話しながら紙に日本語で文字を書く。
『まあいいわ……タクヤからの伝言を今から伝えるから、紙か何かにメモしなさい。分かった?』
返事をし、紙にはタクヤからの伝言とは異なる物を書き残す。
『明日、午前7時に、宮古島で最大規模の聖域として知られるテッポウユリ公園の末端にある
私が紙に書いた内容は、白髪の女の正体。
――白髪の女は、ギリシャ神話で運命を司っていた神が、死後もその概念を司ったまま悪魔として生きている状態だ。
「なぜタケミガワも一緒なんだ?」
『行けば分かるわ。それじゃまた』
受話器を机に置いてタケミガワと目を合わせれば、山梨県の一件でカンザキから聞いた「男子校生を奴隷のように扱っていた」という言葉が頭を過る。
「どうした? アストラル」
どうしたと聞いて来るタケミガワの反応も、そうとしか思えないもの。
タクヤの性格を考え、この場に居る運命を司る悪魔と目を合わせ、もう一度タケミガワに視線を戻せば、その疑いは確信に変わる。
「タケミガワ。お前、弟が居ただろ。高校生くらいの」
なぜそれをと今にも言い出しそうな表情をするタケミガワの両手が、ズボンの太ももを握り絞める。
「…………なぜ今、その話をするんだ? 電話の相手が言ったのか?」
「電話の相手は、私の世界に来た勇者の一人だった。女だったが、その女と恋仲にある男からの伝言で、お前を連れて来いと言った」
「……理由は聞いたのか?」
「行けば分かると言われた」
既に大体の予想は立てたであろうタケミガワの息が震え、怒りを抑えたくても抑えきれず、すぐ近くに元凶が居た事を悔しがるような反応を続ける。
「……アストラル。お前には、ヤジマを助けてもらった借りがある。魔法商人が見つかったのもお前のおかげだ。カンザキという地球の人間を元の世界に帰す為に手を汚した英雄の自殺を止められたのも、お前のおかげだ」
それなのにどうして、弟は助からなかったのか。
弟を殺したであろう連中と、その状況を作り出してしまった元凶、どちらに非が在るのか。
今日に至るまでタケミガワに放って来た言葉の数々が、何度も頭に浮かぶ。
「……だから、私がこの場でお前に聞いておきたい事は一つだけだ、アストラル。お前に、自分を許してやりたいという気持ちは――」
「悪いがそんなものはない。微塵も思っていない」
自分を苦しめる事に罪悪感は感じない。
そう告げると、椅子を倒す程の勢いで立ち上がったタケミガワが私の服を掴み、憎悪に満ちた表情で涙を浮かべる。
「だったら! 本部で私に見せたあの涙は何だったんだ!? なぜ山梨でクサカベ・アキラの仇を許せた、なぜ仇であるカンザキを助けた、どうしてそんなに自分に嘘をつくんだお前は! どうして自分に出来ない事を他人に『しろ』と命令するんだ!!」
感情に身を任せた相手の言葉に理解は必要ない。
恐らく、タケミガワ自身も自分が何に対して腹を立てているのか理解出来ていないし、言いたい事が整理出来ていないまま話している。
それで良いんだ、人間という生き物は――――。
「タケミガワ。私の行動に嘘偽りがあると思うなら、それは私に対するお前の理解が足りないだけだ」
私は、タケミガワの目を見つめながら、何も考えず頭の中に浮かんだ言葉を垂れ流す。
「私以外の生物には、結末が幾つもある。お前がここで私に手を出して命を落とす結末もあれば、私と一緒に宮古島に行って、お前の気が晴れるまで相手を殴り続ける結末もある。どちらを選ぶかはお前次第だが、お前が選べる結末の中に、私が自分を許す結末はない」
見返りは求めない。
何も失う物が無い私の恩返しは、未来永劫、「無償」と言える。
「私を助けようとする暇があるなら、自分を助けろ。私は、その為に全てを終わらせて来た」
私に構うな。
そうはっきり口にすると、タケミガワが大きく頭を揺らしながら後退し、机の淵に体を預ける。
「……お前を助けてやる方法はないのか。恩を返す方法は、助ける為に、私達に何か出来る事はないのか?」
「困っていない相手を助ける必要などない」
鳴らない鐘は、鳴らすべきじゃない。
「困っていないなら、どうしてまた泣いてるんだよ。お前の情緒はどうなってるんだ、本当にっ…………」
仮に涙が溢れたとしても、私が自分を許す事はない。
好きになる事もないだろう。
私は、こんな私が嫌いだ。
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