第24話 負の遺産の後始末

 世の中には、人知を超えた存在が多々ある。

 魔法が存在しない世界でも霊的な事象が発生する事は十分にあり得る話で、何処かの誰かが偶然使用した黒魔術で本物の悪魔が召喚されても、それは珍しくない。


 天地創造。

 天使と悪魔が存在し、大昔に神々が戦争をしたという逸話が真相を問わず語り継がれている世界なら、本物の黒魔術が偽物の中に紛れていても不思議ではない。


 オサム教によって召喚された夢魔は、運が悪かっただけだ。

 人を襲う事はあっても、殺す事は無い。

 夢魔の目的は人間の遺伝子であり、命ではない。 

 殺す事が出来ないから、首輪を付けられて利用される環境に身を置いてしまった。


 そんな夢魔が人を襲い、人を殺めるような生物になっていたとすれば、その道を歩ませたのは人間だ。


 剣を向けて脅したから、子供を人質に交渉したから、夢魔は人を殺める事を迷えない怪物になった。


 私の世界の夢魔は、そういう経緯を持つ怪物だった。


 


 ※ 午後16時00分 鷗里公園 鷗里宮殿前 ※  

 

 「凄い数だな」


 呟く程の大群。どこを見渡しても、カモメ、カモメ、カモメ。

 広大な土地に石を積み上げて築かれた宮殿の外壁は厚く、外壁を潜り抜けるまでに掛かった歩数は六十七歩前後。

 外壁を抜けた先の広場は小型のドラゴンが着地出来るほど広く、壁の端から端まで移動する為には軽く数十分は掛かりそうな距離がある。

 私が知る「宮殿」にしては建物の背が低い鷗里宮殿は、巨人が両腕を伸ばして土地を抱え込もうとしているような景観。


 どう考えても広すぎる階段には、カモメの糞を掃除する巫女のような服装の女が数人――――


「うん? あの、申し訳ありませんが、ここは関係者以外立ち入り禁止になっています! お引き取りを」


 私に気付いた巫女が、掃除の手を止めて階段を下りて来る。


 なぜ立ち入り禁止なのか聞いてみよう。


「なぜ立ち入り禁止なんだ?」

「公園の入り口にある看板をお読みになりませんでしたか? 今から二年ほど前に起きた爆破予告事件の影響を受けて以来、一般客の来場は禁止されています」


 巫女の数は、私に事情を話した短髪の女を含めて全部で五人。

 目の前に居る巫女に関しては、首元の汗から夢魔のフェロモンを利用した香水の臭いがする。


 私は巫女の前で携帯電話を取り出し、二年ほど前にこの場所で起きた爆破予告事件の記事を調べ、声に出して読み上げる。


「ネットの記事によれば、犯人は高齢の女で、この宮殿に人を喰らう化け物が住んでいると供述していたらしいが、実際のところどうなんだ? その化け物は実在しているのか?」


 私の質問に対して、巫女の女が後ろの仲間と目を合わせる。


「興味本位で嗅ぎ回ると後悔しますよ?」


 隠す気はないらしい。


「――契約召喚、ティアナ・フルトン」


 宮殿の中で魔法の気配がした。

 階段の上に見える宮殿からこっちに向かって歩いて来る足音は三人分。

 二人は草鞋のような足音で、三人目の足音は素足。


 オカムラという名の隊員と、その契約者ティアナだろう。


「まさか単騎で乗り込んで来るとは思いませんでしたよ? 異世界人」


 最初に姿を現したのは、歩く度に鈴の音が鳴り響くかんざしを付けた若い女。

 簪を付けた女の後ろには、巫女の服に着替えさせられたであろうオカムラと、夢魔の力で催淫状態に陥った者の目をした三百歳前後の若いエルフ。

 

 オカムラとエルフを操っているとなれば、簪の女が「オサム」なのかもしれない。


「お前がオサムか?」

「フフフッ……どうでしょうね。そうかもしれませんし、そうじゃないかもしれない」


 影武者か。


「オカムラを解放しろ」

「それは出来ません。彼女はオサム様に選ばれたのです。オサム様の素晴らしさを伝える為に世界の壁を越え、異世界で更なる子孫繁栄を目指すカモメとして!」


 狙いはオカムラではなく、オカムラと契約を結んでいるエルフの部族長か。

 催淫した相手を異世界に送り返し、異世界で子育てをさせて宗派を広げ、自分達の拠点を拡大するつもりだろう。


「さぁ、若く美しき森の貴婦人よ。オサム様の子を授かりたくば、あの者を倒すのです! あなたの前に居るのは、あなたの一族を滅ぼした人間の末裔。目覚めなさい、本能の声に耳を傾けるのです!!」


 虚ろな目をしていたティアナに精力が戻った直後、足元から飛び出して来た植物の根が私の体を拘束する。


 ――無詠唱の魔法だ。


「バインド・アロー!」


 ティアナが黄色い光を放つ弓を構えた。

 根に構わず後ろに飛び退いてティアナが撃って来た弓矢を回避すれば、今度は階段に居た巫女の一人が結晶のような物体を宙に投げて魔力を込める。


「目覚めよ、色欲の探究者!」


 体に絡みついた根を全て引き千切ってから空を見上げると、桃色の瘴気を放つ小型のドラゴンが宮殿前の広間に着地する。

 羽を持たず上空から落ちて来たドラゴンは咆哮を放ち、瘴気と共に喉の奥から伸ばした触手で私の手足を捕えて体内に引きずり込もうとする。


「フフフフッ……捕まりましたね? 色欲の探究者に。その刺胞に捕らえられたら最後、その者は探究者の探求心が尽きるまで体を――――」


 簪の女の独り言に構わず剣を振ってドラゴンの顔を殴れば、ドラゴンが悲鳴をあげて激しく転倒する。

 更に追い打ちを掛ける為に剣を逆手に持ち変え、ドラゴンが立ち上がる前にもう一度頭を殴れば、砕け散る鱗と共に外壁を突き抜けたドラゴンが光に包まれて元の結晶の姿に戻る。


「――ぎゃあああああ! 世界遺産があああああ!!」


 誰が叫んだのか分からないほど声を裏返させた女の方に振り向くと、宮殿の屋根の上を走るティアナが弓矢を撃ってくる。


「セブンズ・アロー!」


 ティアナが放った矢は白い光に包まれた物。

 逆手から通常の持ち方に変えて剣を構えれば、剣を振り下ろしたその瞬間に一本の矢が七つに分裂し、私の剣を避けて体に当たる。


「――遠距離武器が廃れた世界の住人に矢が通じると思うなよ、エルフ」


 矢尻が体に触れると同時に付与されていた魔法から魔力を吸収して矢を受ければ、皮膚を貫くに至らなかった七本の矢が地面に落ちる。

 

 分裂するまで一本の光の矢に見えたのはブラフだった。

 

 小賢しい――。


「ボイド・エッジ」


 屋根から飛び降りて距離を詰めて来るティアナの次の攻撃は、二本の短剣に空間操作系か何かの魔法を付与した刃。


「――セブンズ・アロー」


 足元に落ちた矢に吸収した魔力を流し込み、矢を受けた時に感じた気配を頼りに模倣した魔法を試す。


「させるものか! カウンター・スペル!!」


 模倣した魔法が不発に終わる。

 魔法が不発に終わったのはティアナの魔法の影響ではなく、吸収した魔力をすぐに放出しなかった私側の問題。


 やはり魔力を蓄える器を失った状態では無理か。


「ボイド・スラッシュ!!」


 私の間合いに踏み込んだティアナが、また別の魔法を唱えた。

 後ろに飛び退いて距離を取ると、短剣を振りかけたティアナも堪えて前に飛んでくる。


「――逃がしはしない!」


 着地と同時に利き足を上げ、前傾姿勢で飛び込んで来たティアナの頭部に踵落としを決めて地面に沈める。


「そこで寝てろ」


 まずは一人。

 アイギスの戦力を削ぐ訳にはいかないし、ティアナを召喚したオカムラも気絶させる必要がある。


「ウゥ……待て、どこに行く気だ……」


 簪の女を目指そうと移動した直後、後ろでティアナが立ち上がる音が聞こえた。


「フフフッ。残念でしたね? オサム様の力によって本能を目覚めさせられた者は、如何なる攻撃にも怯みません。その命が尽きるまで、そのエルフはオサム様の為に戦い続け――――」


 構わず剣を振ってティアナの頭部を叩き潰して殺すと、簪の女の耳障りな声が止まる。


 最初からこうした方が早かったと覚えてしまうほど、虚しい決着だ。


「私が苦戦してるように見えたなら、お前の目は節穴だぞ。簪」


 ティアナを殺した私に、簪の女と巫女達が声を出して驚く。

 私がティアナを殺さないと思っていたであろうオカムラも、口を押えて膝から崩れ落ちた状態のまま座り込んでいる。


「簪。お前はそうやって、自分の手を汚さない場所から他者の功績を見届け、自分の手柄のように語るのか? お前が崇めてるオサムは、その程度の働きでお前に何かを与えるのか?」


 簪の女が、巫女と共に階段を駆け上がって宮殿の中に逃げて行く。


「どこに逃げる気だ簪。私の質問に答えろ!」


 階段を上りながら簪を追い、言葉を失ったまま放心状態になっているオカムラを置いて宮殿の中に入れば、奥の暗闇から鎖の音が響いてくる。


「お前は私に『繁栄』を語った。まともな手段で信者を増やす事が出来ない宗派のお前が、この私に対して繁栄を語った罪は重い。自分で困難を乗り越える力もない癖にだと? 舐めてるだろ、お前」


 語りながら宮殿の中を進んでも、床に使われている大理石らしき板の枚数を数えるくらいしかやる事がない。


 綺麗な床、世界遺産に登録されるほど貴重な文化的財産の中で、簪の女は繁栄を冒涜し続けていた。


「どこに逃げる気だ簪。神に頼るか? 良いぞ、連れて来い。全知全能の神だろうと、お前の繁栄を許す奴は視界に映る前に八つ裂きにしてやる」


 全てがそうだったかは定かじゃない。

 それでも、信じてくれた仲間に誰かの殺害を命じ、その仲間がやられたからといって逃げた記憶はない。


 戦う力があっても「お前は休んでいろ」という奴しか、私の仲間にはいなかった。


「い、急ぐのです。早く拘束を解きなさい!」


 鎖の音が近くなったので前を向くと、宮殿の奥で拘束具を付けられたサキュバスの姿がそこにあった。


『フシャアアアアアッ!!』


 白目を向いて巫女たちに噛みつこうとしているサキュバスの近くには、この世界に召喚される原因となったであろう魔法陣が一つ。

 魔法陣は、悪魔同様、召喚の際に動きを封じる制約が仕込まれたものだ。

 

 恐らく、女を攫う事を条件に呼び出したもの。


「さぁ夢魔よ! その女を食い殺しなさい!!」


 拘束を解かれたサキュバスが、簪の女の命令で私に襲い掛かる。


 牛のような角。 

 目元に見える部族のような入れ墨。

 男から性欲を搾り取るのに苦労しなさそうな豊満な体。

 性転換時に発動するであろう腹部の魔法陣。

 相手に体液を注ぐ尻尾と、空を飛ぶには小さすぎる肩甲骨付近の羽。


『――シャアアアアアア!!』 


 飛び掛かって来たサキュバスの右手を掴み、尻尾の毒針を一度回避してから右手をへし折り、折った右手で私の剣を握らせてサキュバスに魔力を流し込ませる。


「マルチバース・ディザスター」


 薄暗い部屋を照らす白き剣を逆手に持ち変えてサキュバスの頭を横から殴りつけると、白き剣に頭部を潰されたサキュバスがそのまま陶器のように砕け散り、完全に消滅する。


 オサム教が召喚した夢魔が一匹だけならこれで全てが終わるはずだが――


「…………ハッ!? え、私達はここで何を……オサム様? オサム様、どこに居らっしゃるのですか?」


 そうではないと確信を得た後で、状況を呑み込めずにいる簪の女と巫女の頭部を完全に破壊して殺す。


 一行にも満たない事象の中で殴り殺した数人の巫女と簪の女の骸は、持続性に欠ける手段で発動させたマルチバース・ディザスターでは仕留める事が出来なかった。

 間に合ったのは、その体に触れた状態で発動と同時に叩き殺したサキュバスだけ。


「…………これだから宗教は嫌いだ」


 あの簪の女達の転生先が、私の世界と同じような境遇の世界である事を祈ろう。


 ――オカムラの催淫を解く為には、オサムにマルチバース・ディザスターを叩き込む必要がある。

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