第23話 誰の為の繁栄
マツルちゃんとの会話を終えて食堂に戻ると、食事を終えて別のエリアに向かう学生達の大移動に遭遇した。
「ていうかさぁ、魚の横にちょっとだけ盛られてたバジルパスタどうだった?」
「あー、あれめっちゃくちゃ美味しかった。初めて食べたけど」
「やんねぇ! めっちゃ美味しかったぁ。お土産屋さんに置いてたら、あのバジルソース買って帰ろ。置いてると良いけど」
「置いてるでしょ、流石に」
「流石に置いてるか!」
滝のように屋敷から流れ出て行く学生達の囁きは、どれもこの屋敷で出された料理に満足しているものばかり。
アレルギーの関係で食べれなかった物もあるようだが、食べれる物だけ食べた者も満足しているようだ。
学生達が退出し終えた食堂では、食事中は外の警備に当たっていたであろう数名の隊員達がタケミガワに何かを報告している。
顎に手を当てて考え込むタケミガワの様子からして、何か問題があったようだ。
「あ、アストラル。戻ったか。どうだった?」
「問題ない。それよりそっちの問題だ。何があった?」
聞けば、森林エリアの調査をしていた隊員の一人と連絡が取れなくなったらしい。
森林エリアの現場に残されていたのは、隊員が身に着けていたであろう衣服の残骸。獣に襲われたように服を破かれていたそうだ。
血痕はなし。
近くに居た隊員に聞こえるほどの悲鳴もなし。
足跡は途中で消えており、追跡は困難。
争った跡は僅かにあるが、控えめな戦闘と言える程度のもの。
居なくなったのは女性隊員だ。
「隊員の名前は?」
「オカムラ・キミコだ。ティアナというエルフ族の部族長と契約を結んでいる」
「その部族長も女か?」
「そうだ」
周りの反応からして、オカムラが消えた原因はオサム教の仕業。
男性隊員は気を遣ってその言葉を口にしていないが、タケミガワに直接報告をした女性陣の反応からして、その場で酷い目に遭わせてから連れ去られたに違いない。
オサム教は、バイツァダストとは異なる方面から精神を削って来る相手のようだ。
現場を調べに行こう。
「タケミガワ。そのオカムラという女の捜索はこっちで引き受ける。お前達は、園内の学生達が襲われないか監視してくれ」
「一人で大丈夫なのか?」
「一人で十分だ」
気を引き締めて護衛しろと忠告して食堂を出た私の目に、タケミガワに泣きつく女性隊員の姿が映る。
他の女性隊員もタケミガワに泣きついた仲間の背中を撫で、攫われた仲間の身に起きた事に恐怖しているようだ。
急いで探してやろう。
※ 午後14時45分 動植物保護楽園 森林エリア ※
「ゴホッ、ゴホッ……酷いな」
木々が太陽の光を遮る森林エリアの中でも、一般客が入れないほど道が険しい区域に辿り着いた。
整地が間に合っていない区域の足場は悪く、樹齢三百年ほどの巨木周辺から漂ってくる臭いは最悪。
思わず
生物の体内で生成されるであろう様々な粘液が体外に放出された時の臭いだ。
「……ここか。オカムラという女が襲われたのは」
ひと目で分かる犯行現場。
巨木の根元に大量の粘液が付着しており、とにかく強烈な臭いを放っている。
破かれた衣服にも体液らしき物が付着し、落ちていた木の枝で服を拾い上げようとしても、粘りが強い体液に耐え切れず枝が折れる。
正体を知りたくもない白い体液の粘着力、弾力は人食い蜘蛛の糸以上。
糸を引くほど伸びる事はないが、一度貼り付いたら剥がす事は困難だろう。
木の側面に付着している体液が垂れ落ちる事はなく、その場に広がった状態で気化する事無く残っている。
「んん……足跡は巨木の周辺だけか。犯人は木の上を逃げたようだ」
独り言ですら喉に違和感を感じる。
攫われたオカムラは、もっと辛い思いをしているだろう。
現場に残されている痕跡と、犯人が木の上を移動した可能性から獲物を絞って、タケミガワに連絡を入れてやろう。
「タケミガワ。私だ、アストラルだ。現場を調べ終わったが、隊員を攫った奴に見当がついた。恐らく、相手は夢魔の一種だ」
『それで……オカムラは無事なのか?』
「生きてはいるが無事ではないだろう。オカムラを襲ったのは繁殖期を迎えたインキュバスだ。季節外れの雪合戦をした証拠がある。至る所に……」
『ゆ、雪合戦……?』
「……物の例えだ。雪に例えても隠し切れない物が散乱してる」
『ぁ、そ、そういう意味か……酷いな、それは』
夢魔の生態はその星の環境に依存するが、私の世界に生息していた【夢魔】で実体を持つ類の夢魔は全員が女性――サキュバスだ。
サキュバスは、繁殖期を迎えるまでは人間の男性から精液を奪い取って蓄える。
繁殖期を迎えると、群れの中で一番強いサキュバスが性転換を行い、蓄えた精液を仲間に分け与えて繁殖するインキュバスに成る。
インキュバスが現れるのは繁殖期だけ。期間中はハーレムを築いて身を隠しているが、事が終わればインキュバスはサキュバスに戻ってハーレムは解散する。
夢魔の中には実体を持たない類の物も居るが、そっちの方は夢魔に分類されているだけで、生物学的には魂を持たない悪魔の類だ。悪魔の子を孕ませる為に女性の夢に侵入して契約を結ぶ。
現実世界で直接被害に遭っている以上、オカムラを襲ったのはインキュバスで間違いない。
夢魔の説明はこれくらいにして、話をまとめよう。
「通常、インキュバスはサキュバスしか相手にしないが、この世界に紛れ込んだインキュバスは人間の女を襲っている。私の知る夢魔とは生態が違うなら話は別だが、そうじゃないならこれは異常行動だ」
インキュバスは自分で精子を作る事が出来ない。
外部から取り込んだ精子を糧に子孫を残す都合上、どこかで精子を蓄えているはず。
どこの世界でもありがちな事情を考慮すれば、オカムラを攫ったインキュバスは、娼婦の館で普段はサキュバスとして生活しているだろう。
「タケミガワ。この近くに、売春宿のような場所はあるか? 恐らくオカムラはそこに連れて行かれた」
『売春宿……と言われてもな、その可能性は低いんじゃないか?』
「なぜ低いんだ?」
『今の日本では売春行為が禁止されている。そういう目的で利用される施設はないはずだ』
どこの世界でもそういう物があると思っていたが、少し読みが外れたようだ。
『え、何だ? すまないが、もう一度言ってくれ』
タケミガワが電話の向こう側で誰かと話してる。
『ソーフ? あ、プか。それはどういう物なんだ? 詳しくは知らない!? 嘘をつくな、知ってるような口ぶりだっただろ。恥ずかしがってないで早く言え。何だそのソープってのは』
反応からして、タケミガワに教えているのは男性隊員だろう。
はっきりと言えない彼らの心情を察してやろう。
「おいタケミガワ、もういい。そういうものが在ると分かっただけで十分だ」
『そ、そうか?』
「そうだ。どちらにせよ、今から助けに行っても間に合わない。もう事が終わった後だ」
夢魔の生活拠点は人間社会。
人との関係を断つ事が出来ない性にある以上、人間の女を襲っているのはインキュバスに成る繁殖期だけ。
女を住処に連れて帰るのは子孫を残したい一心だろうが、どんなに待っても人間の女が夢魔の子供を孕む事は無い。
性欲が尽きてサキュバスに戻った夢魔は、その後も責任を感じて連れ去った女の面倒を見ているに違いない。
恐らく、オサム教が生まれたのは、この夢魔が原因だ。
しかし、夢魔が自ら教祖を名乗り出ている訳ではない。
夢魔のインキュバスを本気で愛してしまった信徒、連れ去った女の暴走に近いだろう。
もしそうなら、夢魔は自身が催淫してしまった女に脅されている可能性がある。
琉球の時代から生きているであろうマツルちゃんの母親を標本にしたのも、夢魔ではないかもしれない。
――探す相手を変えよう。
「オサム教の正体は、世代交代を繰り返しながら一匹の夢魔を異常なまでに愛し続ける一族かもしれない」
『そんな一族は居て欲しくないな……』
「居ないなら夢魔が人間の女を襲う事は無い」
『夢魔は被害者だというのか?』
「利用され易い立場にある事は確かだ。子供に恵まれない一族や、性欲に問題がある王室には夢魔が招かれる」
夢魔に関しては、人を襲う怪物というよりは、人の力を借りなければ繁殖出来ない生物と言って良いだろう。
夢魔の居場所も含め、その夢魔を崇めているオサム教の潜伏先は、繁栄に関わる歴史的建造物の可能性が高い。
タケミガワに心当たりがないか聞いてみると、子宝に恵まれるという噂が大昔から存在する【
タケミガワの話によると、鷗里公園は赤子の運び手として語られる「カモメ」が巣を作りに来る場所としても有名で、世界遺産の一つ。
カモメは夏になると繁殖の為に日本に訪れ、人間の生活に害を及ぼす害鳥であると同時に、絶滅の危機に瀕している関係で駆除が禁じられている鳥。
鷗里公園にその名が付いたのは、毎年夏になるとカモメが集まる事が理由らしい。元は別の名を持つ建物だったそうだ。
『鷗里公園までは、この動植物保護楽園から車で三十分程度だ』
「分かった。私は走ってそこに向かうから、お前達は学生を見ていろ」
『頼む……』
「ああ」
繁殖期になると飛来するカモメの話を聞いて、なぜかオサム教がそこに居る確信を持てた。
恐らく、オサムは教祖として崇められている夢魔の名前ではないだろう。
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