第22話 美しき庭園の主

 沖縄の街並みは、思っていたほど田舎ではなかった。

 空港付近は近代化が進み、切り拓かれた道からは緑が消え、消えた緑を残す為の施設が生まれた。


 ――動植物保護楽園。


 タケミガワの案内で到着したのは、大自然の一部をそのまま切り取って保存したような庭園。


 施設の南側は水生植物のエリア。

 水生植物のエリアを抜けた先は、野鳥と色鮮やかな花を観察出来る花鳥園。

 他にも幾つかエリアはあるが、施設の中心は池の中央に大きな屋敷が見える水生植物エリア。

 屋敷の形をしてはいるが、一般客が利用するのは一階の食堂だけ。上は宿泊施設だ。


 


「学生達は、今は食事をしているだろう。この施設に居る学生は、鶴友の学生達と、元部の二年三組、四組の学生だ。一部の隊員は別のエリアに異常がないか調べている」


 タケミガワの説明を聞きながら池に架けられた橋を渡って屋敷を目指していると、橋を渡った先で私達を待っている現地の従業員らしき女達が門を開く。


「ようこそ、動植物保護楽園へ。どうぞこれを、当園で繁殖した植物を使って編んだ首飾りです」


 南国風の服を着た女達が持って来た花の首飾りにおかしな気配はない。

 異なる色の花を編み合わせた首飾りは、来園者全員に配っている物。


「いや、私達は結構だ」

「花がお嫌いですか?」

「そういう訳じゃないが、要らない」

「そう言わずにつけてみてください。きっと似合いますよ」


 断るタケミガワの隣で花の首飾りを受け取ると、罠はないという私の意図を汲み取ったであろうタケミガワとアナスタシアも首飾りを受け取って身に着ける。


 先導する従業員に続いて階段を上がり、南国風の木々に囲まれた屋敷の扉を潜れば、学生達の賑やかな声が響いて来る。


 声の出所は、屋敷に入ってすぐの右手に見える大きな扉の奥。

 飾ってある絵画は大自然を描いたもので、森の中や草原など様々な風景画。人は描かれていない。


「どうぞ、空いているお席へ。すぐにお水とメニューをお持ちします」


 両開きの扉を抜けた先は、水生植物エリアの池を見渡せるほど開放的な空間の大食堂。

 部屋の中央には厨房があり、厨房の周囲を囲う形で円卓が置かれている。

 部屋の壁は、本館に面している側の壁以外は巨大なガラス窓。

 窓の外にも食事をする席があり、頭上には熱帯植物らしき物と、樽や網が飾られている。


「エルフが好きそうな屋敷だな」


 思わず口に出るほど、自然を愛する種族の気配がする。

 観光地という点を考慮しても、家主の趣味思考が溢れすぎている。


「失礼します。お客様」


 目に付いた席に向かう為に足を踏み入れた直後、後ろから使用人らしき女に声を掛けられた。

 使用人らしき服装の女は、私だけに要件がある様子。

 タケミガワとアナスタシアの側には、食堂の案内係が「用は無い」と言わんばかりに立っている。


「どうかご理解を。争うつもりはありません」


 タケミガワに合図をして一人で行く事を伝えると、使用人が食堂を退出して正面の螺旋階段を上がって行く。


 この屋敷の内装を見て私がエルフの気配を感じ取ったように、この屋敷の主も私の気配を感じ取ったのかもしれない。


 恐らく、この施設を管理しているのは亜人だ。




「どうぞ、こちらでお嬢様がお待ちです」


 招かれた部屋は、二階に上がって廊下を突き当りまで進んだ先に在る書斎。

 扉を開けて中に入ると、机の奥で背を向けた椅子と、「ワラワ、ワラワ」と奇妙な言葉を口にする色鮮やかな一匹の鳥が私を出迎えてくれた。


『ワラワ、ワラワ。ピーチャンッ、ワラワ、ジャジャジャ。ピィィィィチャンッ、クラッカァァァァ、クレッ!』


 天井の止まり木に居る鳥は、人の声真似をするようだ。


「ピーチャンよ、少し静かにしてくれぬか? ワラワはその客人と話がある」


 家主は幼い女だったか。


『クラッカァァァ、クレッ。クレッ、ハーヨッ、クレッカー』


 鳥が椅子に座ったまま背を向けている少女に話し掛けた。


「相変わらず食いしん坊な奴じゃ……客人よ、すまぬが隣の棚にある小瓶から鳥用の餌を取ってくれぬか? ピーチャンの好物なんじゃ。緑色のシールが貼ってある」


 未だに顔を見せない少女から言われた通り小瓶に近寄ると、棚の側に設置された止まり木に鳥が移動する。


 灰色の羽毛に覆われた鳥の尾羽は赤く、手渡しで餌を食べる行動からは人懐っこい性格が窺える。


「地味な色の鳥だが、芸達者のようだな。オウムか何かの一種か?」

「オウムの仲間ではあるが、その子はアフリカヨウムじゃ。名はピーチャンという」

 

 ヨウム自体は私の世界にも生息していたし、「アフリカ」というのは国か地域の名前だろう。


「で、そのピーチャンの飼い主であるお前は何者なんだ? 子供が管理するには広すぎる屋敷に思えるが」


 椅子が回転する音が聞こえたので振り返ってみると、青い目をした黒髪のエルフがそこに居た。

 褐色の肌は日焼けによるもの。純血のエルフ族ほど耳は尖っていないが、幼い見た目に反して整い過ぎた顔立ちは、少女がエルフ族だと告げている。


恐らく少女は、人間とハイエルフ族の混血種だ。


「混血種か」

「お主もそうじゃろ?」

「分かるのか?」

「今は分かる。とはいえ、お主にエルフ族の血が混じったのは遠い昔の話じゃろう。何代目かは知らんが、僅かな同胞の気配を感じる」


 耳の尖り具合や整った顔から判断して、少女の両親の片割れは純血のハイエルフ。

 人間基準で言えば七歳前後の見た目だが、実際はもっと長生きしているだろう。


「異世界に転移した地球人の女との間に産まれた子か」

「おぉ! そこまで分かるのか。鋭いのぉ、その洞察力はエルフ譲りか?」

「親の顔色を窺い続けた結果だ。遺伝で授かったものじゃない」

「なるほど……その前髪の白髪は、苦労の証という訳か」

「……そんなところだ」


 椅子の上で胡坐をかく少女の服装は、貴族にしては人間らしい服装。

 南国の景色が胸元に描かれた白いシャツの丈は短パンを覆い隠すほど長く、机の上に置かれた焼き菓子を食べる姿は外見通りの幼さ。


「お主も食べるか? 琉球の時代より伝わりし焼き菓子の一種じゃ」

「悪いが、私はお前とお茶をしに来た訳じゃない。さっさと用件を言え」


 焼き菓子で汚れた手を自分の服で拭いた少女が、自身の名前を「マツル」と口にする。

 神を崇める意味の「祭る」ではなく、長寿を象徴する縁起物として有名な「鶴」という鳥に由来する名前らしい。


 千年近く生きるであろうエルフ族にぴったりの名前だ。


「ワラワの事は、『マツルちゃん』と親しみを込めて呼んでもらって構わん。時代が時代ゆえ、身の程を弁えぬその無礼な言動も不問とする」


 いつからこの地球で生きているのかは知らないが、身の程を弁えない言動が問題視されていた時代から生きているのは確かだろう。


「さて、ここで一つお主にハッキリと伝えておきたい事がある。信じる信じないはお主の自由じゃが、聞いてくれるか?」


 聞く意思がある事を伝えると、マツルちゃんは自分達が【バイツァダスト】や【オサム教】の手の者ではないと主張する。

 沖縄支部のアイギスという訳でもなく、琉球の時代からこの土地で暮らし続けて来た希少な生物の一匹に過ぎないそうだ。


「世間を騒がせている勢力と繋がりがない訳ではないが、協力関係にある訳ではない。平和条約を結んで部外者として扱われている程度の関係じゃ」


 好戦的な勢力から部外者として扱ってもらう為の対価は、知識の提供。

 知り得る限りの様々な知識を提供する代わりに身の安全を保障されているマツルちゃんは、生きた化石と呼ぶに相応しい。


 害があるといえばあるし、害がないと思えなくもない絶妙な立ち位置は、エルフ族らしい判断と言える。

  

「お主にここで何を話したかも、質問されればワラワには答える責任が生じてしまう。その都合上、ここで交わした言葉は全てお主の敵に伝わる可能性がある事を理解して欲しい」


 本当にエルフ族らしい考えだ。


 さっさと用件を聞こう。


「お前が誰も敵に回したくない事は分かった。で、用件は何だ?」

「芸達者なピーチャンに、『調子はどう?』と聞いてやって欲しい」

「鳥に質問……?」

「さよう。実はの、近々この施設で行う予定の催し物で、ピーチャンのお喋りショーというものがあるんじゃ。初対面の人間にも臆する事無く話せるかどうかが見たい」


 マツルちゃんが指笛を吹くと、ピーチャンが机の上の小さな止まり木まで移動する。

 

「さ、聞いてみてくれ。この結果次第で、ピーチャンがこの楽園に貢献出来る生物かどうかが決まる」


 私を見つめ続けるピーチャンに近寄り、目線を合わせて「調子はどう?」と聞くと、私の言葉を聞いたピーチャンが喉を唸らせて威嚇し始める。


『クァー、クァァァ……ピーチャンッ。クラッカァァァ、コロス。コロス。オサームチャン、コロス。ハハッ、カタッキィィィ。コロス、コロス、ピーチャン。ハッハッー、ヒョーホンッ。コワス、コワス。アアアッ!!』


 ――私は言葉を失った。


 芸達者とはいえ、一匹の鳥がこれだけの憎悪を放つようになるまでに掛かった時間を考えれば、幼い少女の姿をしたマツルちゃんの心の奥底に潜んでいる者の姿が容易に想像出来る。


 オサムを殺す。

 母の仇。

 母の標本を壊す。


 当の本人は呑気に焼き菓子を食べているが、油で汚れた小さな手がマツルちゃんの目には血に塗れた手に映っているに違いない。


 驚くべき執念。

 この美しい楽園で、よくぞここまで醜い怪物を育てたものだ。


「ふむ。どうやら、ワラワの口癖がまだ完全に抜けておらんようじゃ。ピーチャンには、もう少し訓練をしてもらうとしよう」

「……それが良いだろう」

「うむ! さて、忙しいところすまなかったな? 客人よ。協力に感謝する。ピーチャンにお喋りショーが出来る日が来た時は、是非もう一度この楽園に来てくれ」


 どんなに賢く立ち回っても、一度植え付けられた憎悪の種は取り除く事が出来ない。

 

 ――自分で蒔いた種なら尚更だ。

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