第21話 脳ある鷹の爪を剥ぐ

 大抵の人間は、いつから眠っていたかを覚えていない。

 最後の記憶と最初の記憶に大きな相違があれば、人は最後の記憶を夢として処理する。


 そうしなければ、人は前に進めない。

 



 ※ 午前11時56分 沖縄 那覇空港 第三格納庫 ※


「報告は以上だ。俺以外の隊員は、パイロットも含めて全員が殺された。学生や教員達は無事だが、エルダッドの影響が残っているかもしれない。学生達を見張る隊員には、異常がないかも確認させてくれ」


 メルセデスの力を借りて那覇空港に到着してから数分。

 私達の行動が一切把握出来ていなかったタケミガワには、ヤジマから空挺都市の世界で起きた事が伝えられた。


 この日の為に飛行機の操縦訓練を受けていたヤジマと、文明の墓場から回収した部品で飛行機を修理したメルセデスが居なければ、学生達は地球に帰って来れなかっただろう。


「そうか。よく戻って来てくれた……」

「安心するのはまだ早い。学生達の修学旅行はこれからだ。この調子じゃ持たないぞ」

 

 ヤジマの言う通り、このままでは学生を守り切れない。

 エルダッドの闇の影響を受けて悪夢を見せられていた学生達や教員の中には、気を失う前の出来事を断片的に覚えている者が居るはず。

 空挺都市の世界で起きた事を夢として気にしない者も多いだろうが、バイツァダストの構成員は最初の作戦が失敗に終わった事を既に知っている。

 敵の頭は落したと言っても過言じゃないが、次の頭が生えて来るのは時間の問題という訳だ。


「しかし、敵はどうやって空挺都市の世界に飛行機を転移させたんだ? 人間が絶滅した世界なら、バイツァダストの転生先からは外れるはずだ。正確に転移先を指定出来る手段を連中は持っているという事なのか?」


 タケミガワの疑問については、私から話そう。


「タケミガワ。それについては思い当たる点がある」

「何だ?」

「空挺都市の世界に居る神だ」

「神!?」


 不可視の領域に居る上位なる者とでも言うべきか。

 バイツァダストと手を組んで飛行機を空挺都市の世界に転移させたのは、現地の神と見て間違いない。

 私の世界で魔法を学んだ保育士の女が空挺都市の世界でも魔法を発動出来たのは、「偉大なる生命の母」に該当する神が現地に居た証拠でもある。

 世界が違えど、その世界を創りし神は、名前が違うだけで司っている物に大差はない。つまりはそういう事だ。


 人類滅亡後の世界なら、善良な神は殆ど消滅しているだろう。

 何体生き残っているのかは分からないが、バイツァダストに崇拝されている神は間違いなく生き残っている。

 転移に手を貸したのは、バイツァダストに崇拝されている神だ。

 

「そんなのとどうやって戦えば良いんだ……?」

「守りたい世界がある内は様子を見た方が良い。神の思考は様々だ。攻撃される危険もあれば、守ってくれる可能性もある」

 

 争いが起きている場所が地上とは限らない。

 冥界、地獄、虚無の世界、天界、そこに存在する者が一人ではない限り、必ず争いは起きる。

 神を皆殺しにする行為は、盾を捨てるのと同じだ。


 話を進めよう。


「とにかく、神については、敵の戦力の一部として数えておいた方が良い。そして、こっちの戦力には神を含めるべきじゃない。信じる者は救われると言っても、その信仰心が守り神の求める信仰とは限らないからな」


 現段階で神に対して打っておいた手を強いて挙げるなら、目障りな神はマルチバース・ディザスターで始末するという警告をした程度。

 自分が絶対的な存在だと過信している神は別として、私の事を探れる神ほど関わらない選択をするはずだ。


「分かった。お前の言葉を信じよう」


 状況報告と、警戒すべき相手の報告はこれで終わり。

 沖縄に到着したヤジマは連絡役として動く事になるし、学生達が大型バスで各施設に向かった今、ここからは個人の戦いだ。 


 タケミガワから預かった資料を基に、敵が次に仕掛けて来る場所を予想してそこに向かおう。


「あ、そういえばアストラル。お前に伝えておくべき事があった」


 格納庫を出ようとすると、タケミガワに呼び止められた。


「例のロシア人だが、空港の駐車場で待機させている。人手不足で、運転手を頼む形になってしまった」


 飛行機が異世界に転移した事もあって、先に現地に到着したタケミガワは、私達が戻って来る事を前提にアイギスの隊員や足役を各地に向かわせてしまったらしい。

 戦力として空港に残っていたのは、狙撃手の配置場所が決められず扱いに困っていたアナスタシアだけ。


 仕方のない人選だとは思うが、タケミガワの顔色を見る限り、何か問題ありそうだ。


「何か問題があるのか?」

「それがぁ、実は……」




 ※ 午前12時15分 沖縄 那覇空港 第一駐車場 ※

 

「違う違う! 発進する時は一速だ。今のは三速、サードギアに入ってる。慌てなくて良いから、焦らず確認しながらやってくれ」


 タケミガワに案内されて駐車場まで来てみれば、小型貨物車の運転が出来ずに旅行客の注目を浴びているアナスタシアの姿と、一向に進展しない技術に困り果てている隊員の姿があった。


「タケミガワお前……なんで軽トラックなんか手配したんだ?」

「すまないヤジマ……これしか残ってなかったんだ。現地の隊員の自家用車らしい」

「せめてオートマにしてやれよ」

「本部の隊員はオートマ限定が多い……」

「俺は常日頃から、『オートマ限定の奴は解除させておけ』と言ってなかったか?」

「……知ってる」


 ヤジマが、下を向くタケミガワの反応を見て何かに気付いたような顔をする。


「お前もその口か――」

「そうだよ悪いか!? 時短の為に限定にした。このご時世にマニュアル車を乗るなんて誰も思わないだろ!」

「たった三時間の違いだろ!」

「されど三時間じゃないか!!」

「ならさっさと別の車を手配しろ、以内にっ!!」

「ウゥッ……」


 二人の喧嘩の理由はよく分からないが、小型貨物車にはヤジマが乗る事になったようだ。

 荷台に積んでいた狙撃銃を背負うアナスタシアは、私と一緒にタケミガワが借りた車で移動する事になるらしい。


 近くに停めてあった軽自動車に乗り込むタケミガワは、上着を脱いでエンジンを掛け、送風機の温度を最大限まで下げて発進の準備をする。


「あーもう、全然クーラーが効かないじゃないか。これだから田舎の車は嫌いなんだ。あれ、サイドブレーキはどこだ……ん? 分からん。ヤジマに聞いてみるか」


 運転席周辺を見渡しても探し物が見つからない様子のタケミガワが、携帯電話を取り出して電話を掛ける。


「あ、もしもしヤジマか? 私だが、お前のところから五台ほど離れた位置に停まってる赤い軽自動車にサイドブレーキが付いてないんだ。え、なに? 付いてない訳ないだろ? そんな事は分かってるさ、分かってるから聞きてるんじゃないか――――」


 サイドブレーキの居場所を聞いたタケミガワが驚いた様子で電話から耳を放すと、電話の先からヤジマの怒鳴り声らしきものが聞こえて来る。


「びっくりしたぁ……そんなに怒らなくても良いだろ? 私が免許を取ったのは一年前だ、車の運転経験は三回しかない」


 タケミガワが話していると、後部座席に座っていたアナスタシアがタケミガワの肩を叩き、「自分が運転する」と言ってそうな合図を出す。


 私も賛成だ。




「それにしても、よく戻って来れたな。例の魔法商人が来なければ、ヤジマはそのまま死んでいたんだろ?」

 

 ――空港を出て田舎らしい景観の道を走行すること数十分。


 タケミガワが、メルセデスに連れて来られた保育士の女を話を始めた。


 はっきり言って、保育士の女が来なければ詰んでいた部分が多々ある。

 ヤジマを回復させた後は学生達や教員の浄化もしてくれたし、それだけの魔法が使えたのも保育士の女が回復専門の勇者だったからだ。


 保育士の女はヤジマにとって命の恩人となった訳だが、実際はその逆だったらしい。ヤジマの娘から元気を分けてもらっていた保育士の女は、何度か自殺を試みた事があったそうだ。


「自殺……カンザキと同じだった訳か」

「理由は別だがな。あの女の場合は借金だ」

「そうだな。本部に帰ったら、借金の件について上に相談してみよう。ヤジマを助けてくれた事を話せば、返金が終わっても十分暮らせるほどの報酬が出るはずだ」

「そう祈ろう」


 助手席からタケミガワと話していると、アナスタシアが車の速度を徐々に落として道の真ん中で停車した。

 車の前方には横断歩道と、その横断歩道の中央でボールを持って遊んでいる少女が一人。明らかに不自然だ。

 

「アナスタシア。構うな、このまま轢き殺せ」


 私の指示を聞いたアナスタシアが車を急発進させると、車が悲鳴をあげたまま進まなくなる。

 ペダルを踏んでいるアナスタシアも、前方の少女を睨みつけるタケミガワも、海岸沿いを飛んでいる鳥も、対向車の位置も、何もかもが動けていない。


 ――時間停止能力だ。


「はい、おしまい。私の方が早かったね」


 近寄って来る少女の為に車を降りれば、体を動かす度にガラスを踏み歩くような音が鳴る。


「えっ……」


 少女が驚いている。


 私が動いた時に鳴るガラスを踏み歩く音は、概念操作系の異能で時間を停止している証拠。水を凍らせ、水中生物を冷凍保存しているような状態の時に鳴る音だ。


「ど、どうして動けてるの……おかしくない!?」

「何もおかしくはない。氷の中を突き進む強靭な生物相手に時間停止は、時間の無駄だ。時間停止で動きを止められるのは、水の中でしか泳げない生物に限定される」


 私の言葉に唖然とした少女が口を閉じる前に接近して剣を振り、剣先で下顎を粉砕すれば、飛び散る歯の中から液体を仕込んだ極小の容器が出て来る。


「やはり仕込んでいたか」


 液体は自殺用の毒薬、窮地に陥った時の備えだろう。


 甘い考えだ。


「カッ……ァァ、ァアアアア!?」


 顎を失って喋れなくなった少女がその場に倒れる。痛みで動けないようだ。


 丁度良い機会だし、以前から考えていた実験を一つしてみよう。


「全員が捨て駒役を引き受けれるお前達にはあまり意味がないかもしれないが、お前達が転生を自在に行う生物である事を利用させてもらうぞ」


 依然として痛みに苦しむ少女の首を左手で掴み、右手に携帯電話を持って実験に備える。


 実験に使う魔力は、少女の体に備わっている微量の魔力。


「さぁ、名も無き少女よ。心の準備は出来ているか? お遊戯の時間だぞ」


 少女の魔力を操作して地面に魔法陣を描き、錬金術の中でも禁忌に分類される人体錬成の等価交換を試す。


 私が求める物は、少女が記憶している情報の中で、沖縄修学旅行の初日に予定している記憶だけ。

 少女の持つ時間停止能力やその他の異能は全て破棄し、少女が何者なのかという情報も天秤の釣り合わせの為に破棄する。

 少女の体は要らない。魂も要らない。肉声も必要ない。存在も必要ない。未来や過去、人権も要らない。


 必要なのは、携帯電話のアプリケーションとして利用した時に確認出来る一部の記憶だけ。


「人体錬成、サイレント・メモリーズ」


 結果に名前を付けて錬成を開始すると、魔法陣から光が溢れ、光に飲み込まれた少女の体が粒子化して携帯電話に吸収されて行く。

 

 錬成の結果は――


「やはり難しいか」


 携帯電話側の容量不足で失敗。

 初日に予定している計画に限定しても、3ペタバイト近くの情報量がある。

 私が手にしている携帯電話の容量は128ギガバイトが限界。どう考えても無理だ。




 ここで一つ考えてみよう。


 情報を一部に限定したにもかかわらず、その情報量が3ペタバイト近くになっている事を考えると、人間の脳の限界値を超えて物事を記憶している可能性がある。

 転生して記憶を引き継いでいるのなら、バイツァダストにとって人間の脳は魂に情報を伝える媒体に過ぎないだろう。

 

 死後数秒間は脳内で情報伝達が行われる以上、即死攻撃は悪手。

 脳を破壊してから殺す事を徹底すれば、転生した相手がこちらの情報を保有している事は無くなる。

 それでも死亡直前の情報が敵に伝わっていた場合は、情報の提供者が別に居る事を意味する。


 これで、アイギスや学生達の中に潜んでいる敵が見つけ易くなるだろう。


 敵味方を問わず、この情報は共有してやろう。

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