第19話 王が積み上げて来たもの

 強さを求め続ければ、いつか気付く事になる。

 

 ありふれたものを持ち歩く必要はない。武器も、魔力も、体さえも、所詮は個性が身に着けている飾りに過ぎない。


 名前も知らない男の人格を皆殺しにする事で奪い取った体は、かつての体が朽ちて行くにつれて消滅し、私の体と成る。


 この私は、唯一無二の存在。

 男の存在を上書きする形で始まった殲滅行為は、名も無き男の複製体を全ての世界から今後も滅ぼし続ける。


 名も無き男の敗因は、私が一人しかいない原因を解明出来なかったこと。

 黒き剣の攻撃の仕組みを一回限りだと確信したところまでは優秀だったが、生きている限り生まれるはずの平行世界にも私が居ない理由には辿り着けなかった。


 体は元通り。

 隠し続けていた手首の傷も癒えないまま残っているし、目障りな白髪交じりの前髪も健在。

 片腕では覆い隠せない胸の大きさも変わらず、消失した魔力が戻って来る事もない。

 噴水の水面に写り込む顔にすら、感情が戻る事は無い。


 自分を殺す事は、私の得意分野だ。




「精神寄生体、とは少し違うようね。そういう生き物と遭遇して偶然閃いた荒業とでも言うべきなのかしら?」


 残るは、王の首を取られても冷静に立ち回る女だけ。

 脱ぎ捨てた上着を拾って着直す女の名前は、私の記憶が確かなら「シオン」だ。


「王の首を取られたというのに、お前は随分と冷静だな」

「別に忠誠を誓ってた訳じゃないもの。エイブが勝手に背負って、勝手に追い詰められて、勝手に負けただけ。今だから言うけど、あの人、周りを見下してる感じがして好きに成れなかったのよね」


 たしかに、周りを見下すふしはあっただろう。

 頼んだ訳でもないのに背負って、背負った物が原因で追い詰められ、自滅する。

 王は様々な責任を求められるものだが、求めてくる相手が民とは限らない。

 王が背負う事になる責任の多くは、自ら課した制約に近い。


 ――だとしてもだ。


「支えてやる気は無かったのか?」

「仕切りたがるから合わせてあげただけよ。私は、あなたに構わず学生達を殺して優雅に沖縄の海を楽しみたかった。趣味が合わない男と生涯を共にする気はないの」


 それでもこうして私と会話をしているという事は、シオンの予定に変更があるのだろう。


 変更の理由は、私に魔力がないから。


 実に分かり易い女だ。


「でもま、エイブには感謝しておかないとね。どういう訳か、今のあなたは魔力を失ってる。私でも倒せそうなほど弱い」


 シオンが右手を前に出すと、かつての体がここまで運んで来た黒き剣がシオンの手に引き寄せられる。

 

 純粋な魔力の操作で物体を引き寄せるシオンの得意分野は、十中八九魔法だろう。


「魔力を失ってさえいなければ、今の私の魔力操作も妨害出来たんじゃない? エイブはこの剣を手に入れる為に苦労してたようだけど、手に入れたところでこの剣を使う事になるのは私。王様気取りのエイブは、最後まで私に利用されている事に気付かなかった愚民よ」


 あの男が周りを見下したのも納得出来る主張だ。


 私の前に居るシオンだけがバイツァダストの幹部ではないだろうが、頭を取られた事を問題視しない組織に未来ない。代わりが務まると思っているなら尚更だ。


「あなたは大量の魔力を持っていたようだけど、魔力量に関しては私の方が上。あなたの魔力量で使えたのなら、私にだってこの剣は使える」

  

 無限の魔力でも持ってそうな口ぶりだ。


「底なしの魔力でも持っているのか?」

「ご名答。私の魔力は無限、どんな魔法だって使えるし、どんな魔導具だって強制的に起動出来る。こんな風に」


 シオンが黒き剣に魔力を注ぎ始めた。

 無知なる者の手に渡った黒き剣は、私が使う時と変わらぬ状態を目指し、刀身を小規模の宇宙空間で覆い尽くす。


「へぇー、こういう感じなのね。強力な剣だけど、聖剣みたいに持ち主を選ぶ訳じゃない部分はマイナス評価といったところかしら。ま、壊れるまで私が使ってあげるわ。その方が、あなたに使われるよりこの剣も喜ぶでしょ」


 愚かな考えだ。


「お前は、武器に感情が在ると思ってるのか?」

「感情が無くても、想いは宿るものよ。未練、執念、色々と見て来たけど、何の想いも宿していない武器は存在しなかった。これは例外なく言える事よ」

「そうか……」


 ――ならば教えてやろう。


「そこまで分かっているなら、お前には特別にその剣の名前を教えてやろう」

「あら意外、名前を付ける趣味なんてあったの? 人を殺す道具に名前なんて必要ないと思ってそうな顔だけど」

「アンモラル・ウェポン、名はマルチバース・ディザスターだ。道徳的にお前の倫理観を破壊してやるという想いを込めて私が名付けた」

「変な名前を付けたわね」

「そう思うなら手放した方が良い。そいつはお前の言う通り、持ち主を選ばない」


 マルチバース・ディザスターは、剣先から柄に至るまで継ぎ目が無い剣。当然、留め具すら無い。

 その辺りに落ちている大木を剣の形に削り取った状態に等しい原始的な剣の柄には、手を保護する樹脂や布も付いていない。


「あなた、見た目通り頭が悪いのね。聖剣は持ち主を選ぶからこそ、勇者の手に渡るもの。安全装置を付けていない殺戮兵器が敵の手に渡ったらどうなるか、考えなかったの?」

「安全装置など必要ない。それは、魔力さえあれば誰にでも使える代物だ。使いたい奴が使えば良い」

「そう。じゃ、そろそろ試し切りをさせてもらおうかしら」


 女が魔力を注ぎ続けると、黒き剣が白き剣に変化する。

 刀身の大きさを変える事なく輝きを放つ白き剣は、マルチバース・ディザスターの最終形態。


「どう? あなたにここまでの事は出来ないでしょ。無限の魔力を持つ私なら、この状態を維持したまま更に身体能力の強化が出来る。限りなく、問題なく」

  

 腰を落として体術の構えを取ると、白き剣を構えたシオンが斬り掛かって来る。


「さぁ、調教の時間よ!」


 地面を破壊する程の脚力で飛び込んで来たシオンが下から剣を振り上げる。

 剣を振り上げながら踏み込んでシオンの顔に右の拳を叩き込めば、私に殴られたシオンが大地を貫いて奈落の底まで飛んで行く。


「――悪いけど、物理は効かないわよ」


 そう来ると思って右肘で後ろを攻撃すると、予想通りの位置に現れたシオンの顎を捉える。


「フッ」

 

 ――柄にもなく笑ってしまった。


「チィッ……」


 転移するシオンの次の出現場所は、最初の攻撃で出来た大地の穴だろう。


「これなら――」


 穴からシオンの肩が抜け出す前に顔を踏みつけてもう一度奈落の底に送ってやれば、少し離れた位置に転移魔法で戻って来たシオンが息を切らす。


「ハァ、ハァ……なんて馬鹿力なの。無効化しても強引に押し切るなんて、頭が悪すぎないかしら」

「お前を殴るのに頭を使う必要はない」

 

 そうこう話している内に、シオンの鼻から血が垂れ始めた。目が充血し、耳からも血が流れ出ている。


「ウゥッ……ぇ? 攻撃を無効化しているはずのに、どうしてダメージが……」

「お前が無効化しているのは『攻撃』であって『法則』ではない。法で愚民を叩きのめすのは王の仕事の一つだぞ、そんな事も知らずに挑んで来たのか?」


 候補が多すぎる関係で、シオンがダメージを受けた理由は特定が難しい。

 一番可能性が高いのは放射能だろうが、山梨の一件で学習しているなら放射能の耐性は魔法で得ているはず。


 色々と考察したところで時間の無駄。マルチバース・ディザスターを起動させたシオンは、その威力に耐え切る事が出来ていない。私と戦える土俵にすら立っていない。


「お前に割く時間はここまでだ」


 時間切れを知らせてやると、シオンが自分の体を見てマルチバース・ディザスターの代償に見当がついたような顔をする。


 今更気付いた所で既に手遅れ。

 魔法で強化しよう、平行世界の自分を守ろうと、対策をしなかった世界線が生まれてしまう都合上、全ての世界でシオンは消滅する。

 マルチバース・ディザスターの影響を受けても生存できるのは、自力でその攻撃に未来永劫耐え続ける者だけ。


 まさに諸刃の剣だ。


「お前は、マルチバース・ディザスターに耐えれる世界線が自分にも必ず生まれると思っているだろうが、その世界は既に存在しているがゆえに分岐点が生まれない。私が立っているこの世界が、お前が生き延びれるだ」


 王の首を討ち取る事に失敗した者がどうなるかは、言うまでもない。


「さぁ、名も無き愚民よ。その塵行く体で最後の反乱を起こせ。玉座はお前の目と鼻の先に在る」


 大地に開いた穴を迂回してシオンの元に歩み寄っても、既にシオンは体を動かす事すら出来ない状況。

 無限の魔力を持っていても、それを使う体が消え始めている以上、無限の魔力は蛇口を失った水源同然。


「無限が有限の一部に過ぎない事に気付くべきだったな。お前が魔法を使えないのは、マルチバース・ディザスターの影響を受けている以外にも、脳にダメージを受け過ぎた事が関係しているだろう。強さは突き詰めて行けば原点に回帰するものだ。基礎を見誤った者に活路はない」


 白き剣から光が失われても、魔力を失う事で少しだけ強く成れた私がシオンを忘れる事はないだろう。


 忘れる事が出来ないからこそ、忘れたフリをする必要が出て来る。


「お前が誰かは知らないが、その剣は荷が重いだろう。返してもらうぞ」


 脆くなった愚民の手を砕いて剣を握ると、目から光を失う愚民が砂のように崩れ去る。


「そこで朽ち果ててろ、愚民。お前が消えたところで、誰も気にしない。私ですらな」


 私は、愚民の残骸を踏み歩き、ヤジマが待つ飛行機に向かう事にした。


 消えた奴が何者かは知らないが、自業自得だった事を祈ろう。 

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