アース1:修学旅行編

第15話 異なる世界の同世代

 東京――羽田空港。


「ノンちゃぁああああん、おはよおおおお!」

「あ、キィちゃぁぁぁぁん、おはよおおお! はよはよおおお!!」

「はよはよおおお!!」

「はよはよはよー、はよぉはよぉ!」

「フハハッ。ちょっと待ってテンション高すぎ、キモいって自分」


 誰の目から見てもこれから旅行に向かう事が明らかな女子高生達の数も増え、元部学院の教員達も徐々に待ち合わせ場所に揃い始めた。


「おはよう、みんな。今日も暑いな」


 到着したバスから降りて来る者の中には、花柄の服を着て涼しそうな恰好をしたサカモト・リョウの姿もある。


「プッ、ハッハッ! ちょっと待ってよサカティ、何そのダサい服。どこで買ったの!? アロハシャツって……フッ」

「何がおかしいんだ? 沖縄といえばアロハだろ」

「沖縄マ!? アロハはハワイでしょ」

「あーもう、うるさいうるさい! 早く行け、五分前行動しろ!」


 サカモトの服装をからかうヒカワも相変わらず。元気そうで何よりだ。


「あ、サカモト先生。おはようございます」

「あ、おはようございます。ナナコ先生」

「ンンッ……良い服ですね、その服――」

「馬鹿にしてます?」


 他の教員と合流して軽い冗談を言い合うサカモトの様子からして、妹の件は克服済み。

 サカモトと挨拶をする他の教員に関しても、特に変わった様子はない。教員の健康状態は良好だろう。


 時刻は午前九時半。

 スーツを着た大人達の数は少なく、混雑する時間帯に集合した学生達は室内でも太陽のように明るい。

 部活動で肌が既に焼けている生徒。室内に籠っていたのがひと目で分かる生徒。ヒカワとは異なる性格で内気な生徒も、今日に限っては仲間同士で静かに沖縄への期待を膨らませている。


 この中の数人がバイツァダストだと仮定しても、まだ出発していない羽田空港のロビーでテロを起こす可能性は低い。

 恐らく、最初の襲撃は飛行機が飛び立った直後。それまでは我慢比べだ。


『こちら整備班。滑走路に到着した飛行機に問題はなし。爆弾や魔法陣を隅々まで調べましたが、どこにも異常はありません』


 タケミガワから預かった小型の通信機に整備班の報告が入った。

 二校の搭乗手続きを行うアイギス達も、空港内部の喫茶店から二校の学生達を監視する私に目で合図をして、「問題はない」と告げる。

 持ち物の検査も問題なし。今のところは普通の修学旅行だ。


『整備班、聞こえるか? タケミガワだ』

『聞こえています。どうぞ』

『そのまま滑走路で待機していろ。離陸と同時にヤジマ班を出撃させる。お前達が滑走路を離れるのは、飛行機がヤジマ班の射程内に入ってからだ』

『分かりました。このまま待機します』


 山梨県の騒ぎで始末書を書き続けたタケミガワも、この日の為に体調を整えて来た人物の一人。

 通信機に届くタケミガワの声は、疲れを感じさせないものだった。


「ハァ、よっこいしょっと」


 検査を終えた学生達が順調に奥の待合室に入って行く様子を観察していると、私と同じ机の席に知らない男が座った。

 窓ガラスの向こうに見える学生達を私と一緒に見つめる男は、頬に傷がある中年男性。

 ストローで飲み物を勢いよく飲み干す男は、その後も息を吸い続けて不快な音を立てる。


「チュッ、チュッ……プハァ……ブアア


 ガラスに息を吹きかけるようにげっぷをした男が、学生を見つめたまま机の上に飲み物を置く。


「お前も産まれた世界が違えば、あそこにいるガキ共と同じ格好をして、何も知らず青春時代を過ごしていたのか?」


 依然として学生を見つめる男が、私に話し掛けて来た。


「だったら何だ」


 答えると、代金を払わず店員から飲み物を受け取った女が私の後ろの席に座る。


「ピリピリしちゃって可愛いわね。飲み物でも頼んだらどう? ここは私達の店だから、今ならただで飲み物を出すわよ」


 後ろの女も前の男の仲間。

 カウンターで窓の外を見ながら新聞を読んでいる若い男も、出されたコーヒーを写真に撮っている洒落た女も、この喫茶店内に居る全員がこの男の仲間で間違いない。


 男に要件を聞いてやろう。


「私に何か用か?」

「まぁそう焦るな。こっちはこの日の為に色々と計画を練って来たんだ。楽しい修学旅行のプランってやつさ。分かるか?」


 こちらの動きは全て対策済みという事だろう。

 練り直したタケミガワの作戦も、全て相手に届いているはず。

 男が私の前に姿を現したのは、それだけ余裕がある証拠だ。


「お前が私の修学旅行を考えて来たのか?」

「おぉー、いいねぇその返し、気に入った! ハハッ。お前なかなかユーモアがあるな? どうだ、こっちに来ないか。守るより攻める方が楽しいぞ」


 守るより攻める方、か。


 ――面白い事を言う奴だ。


「ユーモアがあるのはお前も同じだろ。自分達が攻める側だと思っているのか?」


 言い返すと、男が満面の笑みで私を何度も指差し、仲間達に喜びの情を示す。


「おいシオン、お前も今の台詞を聞いたか? 俺達が守る側だとよ」

「張り合わないでよ、大人げない……」

「ハハッ。まぁそうだな」


 私を挟んで後ろの女と会話した男が、一冊の資料のようなものを机に置く。

 資料の表紙には、ゴブリンに描かせたのかと思うほど雑に描かれた私の似顔絵と、沖縄の海らしき浜辺が描かれている。


 資料の名前は、アストラルの修学旅行のしおり。手作り感満載の読み物だ。


「お前の為に真心を込めて作って来た。こんなのは、初めて女の子にラブレターを書いた時以来だ……まぁとにかく、手に取って目次を読んでくれ」


 目の前に置かれた資料に魔法の気配はない。薄い紙と厚紙を留めたただの読み物だ。


 読んでも問題はないだろう。




【アストラルの修学旅行のしおり】


 その一。

 

「上等だ。覚悟しろ、このアストラル様に勝てると思うなよ? 悪者どもは私が全部倒してやる! エイッ!」


 その二。


「なーんだ、全然大した事ないじゃないか。やはりこの私に敵はない。ワーハッハッハッハ!」


 その三。


「ど、どういう事なんだ? どうして倒したはずの奴らがここに居るんだ!? 転生じゃないのか!?」


 その四。


「しまった、武器が奪われた! なんて事だ、あの武器が無ければ私はただの女だ。どうしよう、助けてアイギス!」


 その五。


「そんな……どうしてこんな事に……私のせいなのか? 私が地球に来たから、私の武器が悪者の手に渡りさえしなければ、こんな事には!!」


 その六。


「クソッ、捕まってしまった。だが私は諦めないぞ。私の体は自由に出来ても、心だけはお前達に屈しない!」


 その七。


「いえーい、バイツァダスト最高ー。みんな強いしカッコいい、どうして最初から仲間に成らなかったんだろう? 私ってバカだったんだなー」


 


 ※


「どうだ、気に入ってくれたか?」


 私を描いた雑な絵と、頭の悪さが窺える台詞だけが書かれていたしおりには、何の情も湧かない。


 読んで分かった事といえば、私の武器を奪うつもりでいる事だ。


 バカバカしい――。


「呆れた奴だな。お前達は、私から武器を奪えると思っているのか?」

「奪う必要はない。お前は自分の意志でその武器を俺達に渡す。渡す事になる」

「人質交渉には応じないぞ」

に頼まれてもかぁ?」


 待っていたと言わんばかりにアキラの名前を口にした男が、勝ち誇った顔で椅子の背もたれに身を預ける。


「フンッ。どうやら、そこが弱点のようだなぁ? 良い顔に成って来たじゃないか」


 どうやらバイツァダストの勢力の中に、誰かの記憶の中からアキラを再現した者が居るようだ。

 バイツァダストの一員と化したアキラが複製である事に間違いはないが、複製体が私の知る「クサカベ・アキラ」である事実も変わらない。


 まさに恐れ知らず。


「誰の記憶からアキラを再現したのか知らないが、アキラは既に死んでいる。交渉の材料には成らない」

「本当にそう思っているのか? 俺には今すぐにでも再会したいって顔に見えるぞ? 特にが」


 瞬きをする度に、大粒の涙が頬を伝って膝に降りる。

 一粒に過ぎなかった涙は川となり、顎の先で再び雫となって膝に落ちる。


「おい見ろよシオン、この女。スンッ……フゥッ! ハァ。駄目だっ、俺まで泣けてきた……」

「どうしてあなたが泣くのよ……」

「だってお前っ、可哀想だと思わないのか? アキラは、この女にとって唯一の友達だったんだぞ? 病気で苦しんでいた時に、ずっと地球の話をして支えてくれた存在だ。その思い出を穢すなんてっ……ああ畜生! 一体誰がこんな酷い事を考えたんだ!?」

「あなたよあなた、あなたしか居ないから」


 と聞いて、アキラの複製を作る為に使われた記憶が誰の物なのか確信出来た。


 この男がアキラの複製体を作る為に覗き見た記憶は――――私の記憶だ。


「スンッ、ハァ……で、どこまで話したっけ?」

「お前の仲間に私の記憶を読み取った者が居るという所までだ」

「おぉ、そうかっ。意外と早かったな、まぁ問題はない」


 だろうな。知ったところで、現状対処法がない。


「ところで、『記憶から再現された』と確信したという事は、お前、自分が一人しか居ない事に気付いているな? 平行世界、過去や未来にも自分が居ない事を知ってて、その武器を使っているのか。記憶しかないと確信に至る要素がある訳だ」


 男の余裕は慢心ではなかった。

 徹底的に相手を調べ、勝率を計算した上で私の前に座っている。

 何も話していないのに平行世界など異なる時間軸、世界線の話をしたという事は、私が殺した連中がどうなったのか知っているという事だ。

 どんな手を使って調べたのかは知らないが、言動に反して用心深い奴だという事は覚えておこう。


 ――今この瞬間も、男は私の顔色を窺いながら探りを入れているに違いない。


『アストラル、聞こえているか? 学生達が全員飛行機に乗った。いつでも始めてくれ』


 タケミガワからの合図だ。


 どんな対策をして来たか、バイツァダストの実力を見てやるとしよう。


「どうやらお前達は、私とこの武器について色々と探りを入れているようだが、何を知り得たとしても有効打には成らないぞ」

「ほぉ、何か手を打ってあるのか?」

「打ってあるとも。既にな」


 既に私の手の内にある事を告げると、男の後ろの椅子がひとりでに壊れる。

 音に反応して男が後ろを向くと、今度はカウンターの後ろに並べられた瓶が一斉に割れ、従業員の男の首が飛ぶ。


 男の次は新聞を読んでいた男。

 その次は携帯電話を触り続けていた女。

 その次は、受付で搭乗手続きをしていたアイギスの隊員。

 そのまた次は、学生達の持ち物を検査したアイギスの隊員。


「ほぉ、そう来るか。時空を超える斬撃ってところだな」


 特に驚きもしない、か。


「シオン。出直すぞ――」


 次々と壊れる椅子に動じず、私の後ろの女に指示を出そうとした男が椅子ごと体を両断されて派手に飛び散る。


「またね。アストラル――」


 シオンと呼ばれた女も私の後ろで弾け飛び、数分前まで綺麗だった羽田空港のロビーが血と肉の沼地に変わって行く。


 死を逃れるのは、教員の指示に従って規則正しいルートを辿って飛行機に乗り込んだ学生達と、事前に伝えていたルートを寸分の狂いもなく辿った者だけ。


 罠が在ると知る事は出来ても、その罠の場所を知る術はないと捉えて良いだろう。




『タケミガワ局長、こちら整備班。聞こえますか?』

『ああ、聞こえているぞ。どうした?』

『ササヤマ隊員が死にました。事前に伝えられていた歩数を超え、待機場所から1ミリほど左にズレていました』

『……そうか。死体は処分しておけ。追悼は必要ない』

『了解』


 報告が聞こえても、死んだ奴の死んだ理由に興味が湧かない。どうでもいい事だし、記憶を読み取る相手と戦っている以上、状況整理は悪手だ。


『アストラル。外のターミナル付近でも人が死んでいるようだが、本当にバイツァダストだったのか?』


 耳に付けていた通信機のボタンを押し、タケミガワの質問に答える。


「この空港内で死んだ奴と同一人物だろう。相手の中に、記憶から人物を複製出来る奴が居る」

『記憶から複製? そんな奴が居るのか……』

「居るというより、探して来たと考えるだろう。手札を晒した分、敵は学習する」


 一時的に倒せはしたが、謎がいくつか残る。

 一番気になるのは、私の記憶からアキラを読み取れた連中が、剣の攻撃に全く対応出来ていなかった事だ。


 演技の可能性もあるが、私にとってどうもでいい記憶は読み取れないのかもしれない。根強く残っている忌まわしい記憶が対象なら、ヘンドリックや私の世界に居た魔族達を再現する事も可能と考えるべきだろう。


 現れたところで、また殺せば済む話。何も問題はないが、タケミガワやアイギスにとっては問題だらけだ。


『そろそろ飛行機が離陸する。アストラル、お前もヤジマと合流してくれ』

「分かった」


 手を貸す気はなかったが、相手が私個人を攻撃してくるなら話は別。相手は私を攻略しない限り勝てない事を戦う前から理解している連中だ。


 沖縄の海を楽しむ暇は、私には無いだろう。

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