第14話 ※とある男の好奇心※

 ※とある世界の、とある酒場※


「おい、こっちだ」


 とある男が手を挙げ、店に入って来た女を呼んだ。


 女は男の前の席についてフードを脱ぎ、近くを通りかかった従業員に酒と果物の盛り合わせを頼んで話す。


「相変わらず酒浸りの日々なのね。今はなんて呼ばれているの?」

「名前なんていちいち覚えてられるか。この体の生活ももうすぐ終わる」

「そうなの? そんなに年を取っているようには見えないけど」

「肝臓に腫瘍があった。持ってあと数分の命だ」

「病院に行けば良いのに」

「死んで生まれ変わった方が早い」


 男が酒を勢いよく飲み干すと、男の足元に飲んだはずの酒が流れ落ちる。


「お酒、零れてるわよ? 体に穴が開いてるんじゃないの?」

「かもな。さっき路地で腹を切り裂かれた。飛び出した内臓を詰めようとしても出て来たから、面倒になって全部取り出したんだ」

「それでよく生きてられるわね」

「お前もその内俺のようになるさ。それより何の用だ? こんな世界まで押し寄せて」


 男に要件を聞かれた女が、数枚の写真を取り出して机に並べる。

 女が取り出した写真には、焦土と化した大地を歩く者の影が写り込んでいる。


「これは? 地球には見えないが……」

「残念ながら地球よ。日本、山梨県の西に在る森」

「山梨……アナスタシアとかいう名前の殺し屋に異世界に行った奴の始末を頼んだ世界か。しくじったのか?」

「失敗したし、アナスタシアはアイギスに捕まったわ」


 男は写真を手に取り、女は運ばれて来た果物の中から葡萄を手に取って口に入れる。


「タケミガワが召喚したのか?」

「それは無いわね。アナスタシアの殺しは狙撃。今回も感知されない弾丸を使ったはずだし、弾丸を捉えてからの召喚は間に合わないわ」

「最初から気付かれてたんじゃないのか? 召喚を事前に済ませてれば対応出来るだろ」

「アナスタシアは2023年の10月中旬から仮死状態のまま動いていないのよ? 気配を完全に消して森の一部になるまで待機していた彼女が感知されるなんて事はあり得ないわ」


 女の見解を聞いた男が写真を机に投げ捨て、血塗れの手で顎髭を撫でながら自論を語る。


「召喚されて地球に居る訳じゃない事を考えると、相手は異世界から自力で地球に入り込んだ訪問者か。時間を停止してアナスタシアの弾丸を止めたのかもな」

「だと良いけど」


 女の反応が気に入らない様子の男がアナスタシアの弾丸を止めた者について、純粋に弾丸を上回る速度で動いた可能性を否定する。発射と同時に着弾する弾丸を、進み続ける時の中で止める事は出来ないと言って。


「もう少し詳しい情報が必要だ。偵察に向かわせた奴を呼び戻せ」

「死んだから無理よ」

「ならもう一度殺して、俺の居る世界に転生させろ」

「それも無理よ」

「なぜだ」

「居ないのよ、どこにも。蒸し殺された連中は転生出来てるけど、爆発に巻き込まれた連中は転生出来ていないの」


 男は時間の問題じゃないのかと女に尋ねるが、女は「どれだけ待っても転生は始まらない」と答える。

 転生が無理なら過去に戻って死ぬ前の状態を連れて来いと指示を出しても、女の答えは「それも出来なかった」の一言。


 切り裂かれた腹部から血が溢れ出し、顔色が悪くなる男は笑みを浮かべる。


「他に情報は?」

「クロノスの話によると、この写真に写っている女はどの時間軸にも居ないそうよ。平行世界はもちろん、過去に戻っても居ないみたい」

「何だそれは……幼少期が無いって事か?」

「まぁそういう事になるわね。彼女の過去に侵入しても誰も居なかったそうよ。彼女だけじゃなく、彼女を産んだ親や始祖、その世界の何処にも誰も居ないみたい」

「……女の過去に侵入したクロノスは無事なのか?」

「無事だけど、これ以上は関わりたくないと言ってるわ。あ、それともう一つ」


 女の言葉が待ち切れず、男の腹から更に大量の血が噴き出す。


「何だ、勿体ぶらず早く教えろ!」

「……彼女の攻撃を直接受けて殺された連中は、他の世界でも同じ時刻に突然死んでる。死因は、彼女が居る世界線からの攻撃らしいわ」

「……ヒヒッ」


 女の報告を聞き終えて笑った男が、椅子から転び落ちて酒場の天井を眺める。


「あら、大丈夫? 死にそうな顔してるけど」

「アァ……何も問題はない。むしろ良い気分だ」

「それ死に掛けてるだけじゃないの?」

「だろうな。フッ……今年の夏休みは楽しくなりそうだな? えぇ? おい。お前もそう思うだろ?」

「ま、八百長試合が続いてたところだし、退屈凌ぎには丁度良いかもね」

「ああ良いに決まってるさ。良いじゃねぇか、やろうぜやろうぜ。自分が世界で一番強いと思ってるお上りさんを分からせるのは俺の得意分野だ。目に浮かぶなぁ、その写真の女が絶望に囚われて苦しむ顔がぁ! 早く見てぇなぁ、見てぇよ!! ハハハッ! ハッハッ、ハッ、ハァ、ァァ…………」


 笑い終えた男の目から光が消えると、男の息を確認した女も果物ナイフを手に取り、自分の首を完全に切り落として男の側に倒れた。

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