第13話 名も無き依頼主

「タケミガワ局長。約七万人の住民の避難、完了しました。戦闘が行われた地域については、局長の予想通り大量の放射線が確認されています」

「情報規制の方はどうなっている?」

「報道局には、大規模な火山活動として報道させています。避難理由も、噴火の恐れがあるという事にしておきました」

「そうか……となれば、残る問題は衛生画像だな。他国に知られた可能性がある」


 アナスタシア・バーレンハイトの襲撃を止める為とはいえ、田舎町の全住民を非難させる程の騒ぎに成ったのは予想外だ。


 タケミガワの報告を聞く限り、この世界の人間は放射能に対して免疫を得ていない。ただの物理攻撃でも核爆発が起きてしまう以上、今後の戦闘は犠牲を承知の上で行う必要がある。


「捕えた例の女については、どんな具合だ?」

「今は除染作業中です。しばらくは施設に隔離する事になるでしょう」

「余命は?」

「分かりません。魔法か何かで身を守った事は確かですが、消費された魔力が回復していないとの報告があります」


 私達の世界に存在した魔法の源となる魔力は、生まれた時から備わっている力。生物の肉体を構成している要素の一部でもあり、不可視の領域に存在するエネルギーの層とも言える。


 地球の人間に魔法が使えるなら私達が「魔力」と呼んでいるエネルギーは地球人にも備わっている事になるが、魔力が回復しないのは魔力切れを起こすまで防御魔法を展開した事が原因でエネルギーの層が破損した事を意味している。

 魔力を蓄える器を破壊された者が回復した前例は、私の世界だとエルフ族や不死属性の吸血鬼以外に無い。


 アナスタシアは、二度と魔法が使えないだろう。


「ハァ……最悪のタイミングだな」


 報告を聞き終えたタケミガワが私の元にやってくる。


「やってくれたなアストラル。お前のせいで上の連中が大騒ぎだ」

「あの場に居なかった連中が何を騒ごうと興味は無い。勝手に騒がせておけ」

「……せっかくお前の事を平和主義者だと思い始めていたのに、これじゃ侵略者と大差ないぞ」

「文句があるなら次は自分で何とかしろ」


 アイギスの会議に参加した時からずっと思っている事がある。

 転移と転生を利用したテロ事件が起きているのに、その事を知らない連中が無防備で旅行を計画している事自体が色々とおかしい。

 混乱を避ける為に情報を規制しているのは分かるが、魔法を使って相手を仕留めるような敵を相手に無知な人間を守り切ろうなんて愚かにも程がある。


 タケミガワの言う「上の連中」は、ただ独占したいだけなんだ。優越感に浸り、自分達が居てこその日本だと思いたいだけ。多少の犠牲を覚悟で戦わないと調子付かせるだけだ。


「タケミガワ。沖縄の護衛任務の件だが、今の内に腹を括っておいた方がいいぞ。お前の思っている以上に死人が出る。学生を守り切る事が出来たとしても、その学生達が真実を知る事は避けられないだろう」


 地球で起きる襲撃事件の様子が想像出来なかったが、アナスタシアの暗殺を体験した今、沖縄の護衛任務が悲惨な結果になるとしか思えない。


 仮にカンザキの力を借りる事が出来たとしても、今の作戦で守り切れる学生の数は半分以下。

 十年間苦しみ続けたカンザキの精神状態を考慮すれば、沖縄の護衛任務にカンザキを投入するのは時期尚早と言える。

 沖縄の護衛任務に投入可能かつ、相手が人間でも容赦なく攻撃可能な即戦力として期待が持てるのは、魔法が使えないアナスタシア・バーレンハイトしか居ない。


 魔法を使う前から狙撃が得意なら、得物を渡せばそれなりに機能するはずだ。


「アナスタシアに会いに行く」

「会えると思っているのか? こんな事をしておいて」

「思っているから会いに行く。止めたいなら好きにしろ。護衛任務の前に全滅させてやる」


 タケミガワの元を離れて仮設テントに向かえば、その道中で私の事を警戒するアイギス達の間抜けな囁きが聞こえる。



 狙撃された程度で山を吹き飛ばすのはやり過ぎだろ。


 あんなのが全力で戦ったら地球がもたないぞ。


 どうやって止めろってんだよ、あんな化け物。


 なんとかして帰ってもらえないのか。


 最初に見た時に感じた違和感は正しかったんだ。

 

 

 どいつもこいつも、私の行動が異常だと言う者ばかり。

 カンザキも私の戦い方は想定外だった様子で、歩く私を呼び止められず下を向く始末。


「アストラルさん。申し訳ありませんが、許可がないとこの先は――」

退け」


 仮設テントの入り口を塞いでいた男を押し退けて中に入れば、私が着せた上着を羽織ったまま震えているアナスタシアの姿が目に留まる。


「ちょっと何ですかあなた、誰の許可を得て――」

「失せろ女、目障りだ」


 防護服を着た連中が機材を置いたまま慌てた様子でテントの外に向かい、私を見たアナスタシアの震えが大きくなる。

 近づくにつれて震えは更に大きくなり、検査台から転げ落ちるアナスタシアがまた小さな川を作る。

 

 まるで子犬だ。


「アナスタシア。お前は、私の世界で行われていた暗殺を知っているか?」


 質問すると、両目を閉じたアナスタシアが髪を激しく揺らす程の勢いで首を振って否定する。


「土地ごと吹き飛ばす。それが私の世界の暗殺だ。標的を始末する為に、標的と暮らす者達ごとまとめてあの世に送る」


 強いて言えば、標的は相手が暮らす土地そのもの。

 ドラゴンに乗って大気圏に突入し、標的が潜伏している地域一帯を火球で吹き飛ばし、地形が変わるまで攻撃を続ける。

 防御魔法で防がれても相手の魔力が切れるまで攻撃を続け、他国に対して「今更止めたところで誰も助からないぞ」と意思表示をする。


 誰が狙われたか特定されない程の死人が出てようやく、ドラゴンの火球は止まる。


「お前がもしも祖国の為にカンザキを暗殺しようとしていたのなら、仕事を依頼した奴にこう尋ねろ」


 ――お前は、星を吹き飛ばされても生きていられるのか。


 質問の内容を伝えた私は、近くにあった紙とペンをアナスタシアに渡し、メモを取らせる。



 守るものがあるのに戦争を仕掛けるのは愚かな行為だ。

 お前が世界を支配する気でいるなら、私はお前が支配しようとする世界を巻き込んでお前を攻撃する。

 私がお前に求める事は何も無い。お前の持っている物に興味はないし、お前の仲間に私の知人が居ようと関係ない。

 

 誰も殺さないからといって、血に飢えていないと思わぬ事だ。



「書けたか?」


 小さく首を振って肯定するアナスタシアに書いた内容を声に出して読ませ、読み終えた後で、「お前の辞書にもその言葉を刻んでおけ」と最後に注意する。


 首の振り具合からして、アナスタシアがカンザキの殺害を再び試みる可能性はゼロに等しい。

 何かの洗脳を受けて操られたとしても、本能に刻まれた私の存在が洗脳を解除するだろう。


 排泄物で汚れた体を洗わせて、そろそろ服を着せてやろう。


「体は自分で洗えるな?」


 質問しても、アナスタシアは首を振って頷くだけ。

 ここまで頑なに声を出さないとなると、無口なのは幼少期から教え込まれた生き方の一つだろう。

 アナスタシアは、殺す以外の選択肢を教わって来なかったのかもしれない。

 

「依頼主の名前は知っているか?」


 質問に対するアナスタシアの首の動きは、知らない事を主張する動き。

 直接会った訳ではなく、特定の場所に置かれていた手紙で依頼を引き受けたらしい。

 どうやって仕事を受けているのか聞いてみると、紙の裏に絵を描き、世界各地に依頼を受ける郵便受けのような物がある事を教えてくれた。

 絵の内容からして、アナスタシアの暗殺業は大本となる組織が裏に存在しているようだ。

 高層ビルの絵から顔を出している棒人間は、全員が暗殺者であると読み取って間違いない。


「――その絵は、恐らくバイツァダストだ」


 アナスタシアの絵を観察していると、タケミガワがテントに入って来た。

 絵を見る前からバイツァダストの名前を口にした様子からして、タケミガワの方でもアナスタシアの事情に見当がついたのだろう。


「アナスタシアも、その組織のメンバーという事か?」

「メンバーではないだろう。バイツァダストが暗殺者を利用しているというだけだ」


 アナスタシアの体に触れて放射線を吸収してやると、タケミガワが拳銃を取り出して私に銃口を向ける。


「どこに連れて行く気だ」

「沖縄だ」


 沖縄に連れて行く事を告げた直後、予想外の答えが返ってきたような反応を見せたタケミガワが、肩の力を抜いてゆっくりと拳銃を下げる。


「手伝わせる気なのか、その女を……?」

「他に良い方法があるのか?」

「…………ない」


 ――だろうな。


「通訳を用意して、こいつに合う銃を装備させろ。気付かれずに標的を倒すにはこれ以上ない手札だ」

「学生達の近くで人の頭を撃ち抜く気か!? 怪しい行動を確認するまで相手が犯人か分からないんだぞ?」

「分かっていないのはお前も同じだ、タケミガワ。行動を起こされた時点で負ける。人違いだろうと学生に近寄る人間は始末すべきだ」

「それはお前の世界のやり方だろ!」

「来た事も無いくせに私の世界を語るな!!」


 狭いテント内に響く声のせいで、振り出しに戻った感覚がある。

 最初から分かり合えないという想いは、お互いあっただろう。


 冷静に話をしよう。


「……私の話をよく聴け、タケミガワ。相手は転生をする勢力だ。学生の中にバイツァダストが居ないとは限らない。相手は地元でごく普通に暮らしている、お菓子を持った子供かもしれないんだ。人間じゃなく、その辺りを徘徊している野犬や虫の可能性だってある」


 声量を落として冷静に伝えると、タケミガワが口を開いて苦しそうな顔をする。

 反応を見る限り、子供である可能性は予想出来ても、相手が人間とは限らない点は予想出来ていなかったようだ。

 

 虫の寿命と成長速度を考えれば、転生対象にバイツァダストが「虫」を選んでもおかしくはない。


 詳しく話そう。


「森で剣を振った後、私の上空を一匹の鳥が通過した。その鳥は熱で気を失って墜落し、そのまま焼け死んでいる」

「……それが何だと言うんだ?」

「変だと思わないか? 鳥は剣を振って爆発が起きた後に私の上を通過している」


 そう、私が焼き殺したあの鳥の行動は奇妙だった。

 あの鳥は、逃げたくても逃げれなかった動物が死に絶えた森の上空を我が物顔で飛んでいた。

 恐らくあの鳥は、アナスタシアが無事に仕事を成功したか確認する為の鳥。つまりは、バイツァダストの転生者だ。


「お前は、その辺りに居る虫や小動物が自爆テロを起こすとでも言いたいのか?」

「それもあり得る話だが、虫が人を吹き飛ばす程の爆発を起こす事はないだろう。出来ないと決めつけるのは危険だが、虫の役目は別にあると考えた方が良い」


 話していると、私とタケミガワの間を一匹の羽虫が通過する。

 剣で素早く羽虫を叩き殺して体温を上昇させれば、部屋に設置された機材の下に隠れていたであろうゴキブリやムカデの類が逃げる途中で力尽きる。


「な、なんだこの数の虫は!? これが――」

「恐らく全てバイツァダストの転生者だ。今の話も聞かれていただろう」


 虫の役目は情報集。

 殺されたとしても、殺されるまでに得た情報は転生後も引き継いでいるはずだ。


「まさか、本部にもこれだけの虫が潜んでいるのか……?」

「そう思った方が良い。こちらの作戦も、全て相手に筒抜けだ」


 これで沖縄の護衛任務にアナスタシアを投入する事が相手に知られた事になる訳だが、知られたところで問題はない。

 気に障る奴は学生だろうと皆殺しにするという意思表示をする事に意味があった。


「ど、どうすれば良いんだ……こんなの、こんなの私の手に負えない……人手不足だ。日本中のアイギスを沖縄に集結させても足りないぞ!」


 情報戦で負けている以上、知り得た情報を無意味な物にする火力が必要になる。

 火力という言葉に含まれる要素は様々だが、護衛任務で求められる火力は圧倒的な判断力だ。


 戦力の差に落ち込んでいるタケミガワには、作戦の見直しを勧めておこう。


「タケミガワ。お前は今すぐにでも作戦の見直しをしろ。各学校の職員にも協力を求め、修学旅行中の規則に行動制限を付けておけ。規則に逆らう生徒には停学や退学処分があると付け足しておけば、規則に反して行動する奴の頭を撃ち抜き易くなるだろう」


 一般人に紛れて学生達を守る必要はない。

 軍事演習の一環だとか適当な理由をつけて武装した隊員を学生達の周辺に配置し、その武装の意味が分かる者だけを牽制出来ればそれで良い。

 

 地球を舐めている連中に教えてやるべきだ。やれるものならやってみろ、転生後の世界に殴り込んででも我々はお前達を皆殺しにすると。


 それだけの殺意が無ければ、死を恐れない連中には勝てない。


 虫を使って情報戦をしている時点で、バイツァダストは物事の視野が広い勢力だ。

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