第12話 静かな森
カンザキ・ヤマトを見つけるのは、そこまで難しい事ではなかった。
保育士の女と出会い、手を汚したくないと考える女が居ながら目的を果たした事が分かった段階で、パーティーの中心となったであろう前衛の剣士が地球基準の善人である事は確実だった。
仲間思いの奴は、敵に対してもその思い遣りを捨てる事が出来ない傾向にある。カンザキもその傾向にある人間だ。
前衛の剣士の人物像が浮べば、あとは追跡手段を考えるだけ。
アイギスの会議に参加し、この地球が情報社会だと判断した私は、国側がクサカベ・アキラの情報を記録していると考え、その記録を閲覧可能であろうタケミガワに頼った。
こうして私は、カンザキの元に辿り着いた。
カンザキがアキラの実家を知っていたのは、彼もまた個人情報を閲覧可能な組織の人間だったからだ。
カンザキが地球に戻って来てすぐに頼ったのは当時の上官。タケミガワの父親。
軍事機密など様々な情報を公開しない制約がある親子関係は複雑と言える。
「パパ、どうして私に一言相談してくれなかったの? 異世界から帰って来た人と会ったなら、ちゃんと報告してよ。パパはもう軍務に携わってないんだから、情報を横流しした責任を取らされるのはパパの後任の人なのよ?」
カンザキと出会ってから二時間。
静かな川辺で釣りを教わりながら森の空気を味わう私のすぐ後ろには、各方面に謝罪の電話を入れた後で父親と電話しているタケミガワの姿が在る。
かれこれ一時間近く釣り竿を握ってはいるが、一向に魚が掛からない。きっとタケミガワのせいだ。
「おいタケミガワ、少し声を落とせ。魚が逃げるだろ」
注意すると、タケミガワが電話を押さえて「黙って釣りをしてろ」と意見してくる。
父親と話している時と私に文句を言う時のタケミガワは別人。どんなに大きくなっても、子は子のままだ。
「アストラル。餌を変えた方が良い。多分、もう匂いが無いんだ」
カンザキに言われて竿を引き上げると、釣り針に付けていた餌の団子が崩れ落ちる。
同じ餌を使っているはずなのに私の釣り針にだけ魚が喰いつかない様子からして、野生の勘は正確なもの。岩の影に隠れている魚たちは、私を警戒し続けている。
世界を滅ぼした者の気配は隠し切れない――。
「賢い生き方だな」
「魚の事か?」
「ああ。ここの魚たちは、私に興味が無いらしい」
釣り針を外して竿を片付けると、タケミガワも父親との電話を終えて川辺のテントまで戻って来る。
戻って来たタケミガワは、呑気に釣りをしていた私に飽きれている様子。明日に行われる護衛任務の件で頭が一杯なのだろう。
「それで? 仲直りは出来たと考えて良いのか。お前とあの子は」
「する必要はない。会うのは今日が初めてだった。喧嘩をしていた訳でもない」
「……許せるのか?」
川辺で静かに釣りを続けるカンザキの背中を見てから、タケミガワの質問に答える。
「殺す価値はない」
自分で口にした言葉が耳に残り、何にも勝る安らぎを得る。
許す許さないの話ではなく、殺して何が得れるかという話だった。
カンザキを殺したところで、何も得る事は出来ない。
「そうか……それならそれで、これからどうする気なんだ? このまま森の中に放置は出来ないだろ」
そう、放置は出来ない。
他の勇者が何をしているか分からない以上、放置するのは危険だ。
「他の勇者がどこで何をしているのか調べる必要がある」
「あの子に聞いたのか?」
「これから聞く。お前も一緒に聞いておけ」
タケミガワと話し合って今後の予定を決めた私は、釣りを続けるカンザキの側に行き、覚えている範囲で他の勇者の特徴を聞く事にした。
地球に来てから発見出来たのは、カンザキと保育士の女の二人だけ。
発見した二人の間に挟まる形で戦っていた他の五人に関しては、カンザキがアキラと一騎討が出来る状況を作っていた。
カンザキではない方の前衛は魔族を担当し、中距離から弓を撃っていた者は、隙があればアキラを攻撃。
保育士の女の前に居た支援職の二人が使っていた防御魔法は、聖属性の結界を展開して魔族を怯ませるもの。
カンザキはアキラとの戦闘に備えて力を温存する必要があった為、魔界の街を進行していた時は殆ど戦っていない。
カンザキが奪った命は、アキラだけの可能性が十分にある。
奪った命の数には触れず、カンザキには他の仲間の様子だけ聞ければ十分だ。
「カンザキ。お前の前から見て、他の勇者はどんな人物だった?」
カンザキの最初の答えは――――ゲーム感覚。
魔界の統治者との決戦に向けてカンザキの力を温存する戦法を楽しみ、魔界の住人が自分達を止められない事に優越感を得ていたらしい。
前衛の男は、十八歳だったカンザキよりも年上である事が明らかな体格の大学生。
弓を撃っていた二人の女の内、女子高生らしき少女は大学生と恋仲に発展していた。
恋仲にあったのは弓を撃っていた女子高生だが、前衛の大学生は防御魔法を担当していた女とも肉体関係にあり、同じく防御魔法を担当していた男子校生を奴隷のように扱っていた。
カンザキが仲間の大学生を注意しなかったのは、アキラを殺さなければいけない事で頭が回らず、雰囲気を悪くした所で気まずくなるだけだと判断したから。大学生の方も、自衛隊の恰好をしていたカンザキには敬意を示していたらしい。
女なら見境なく手を出していた大学生は、自分より強い奴には噛みつかない傾向があるようだ。
「まだ話には出て来ていないようだが、前衛の大学生と一切関わりがなかった弓使いの女の方は、どんな人物だった?」
「日本人じゃなかった。多分、ロシア人だ。大学生の男が肩に手を掛けた時、無言で手を払い退けたのが印象に残ってる。他の女から態度が悪いと怒られても無視していた」
ロシア人の女は、革のジャケットを着ていたらしい。
かなり容姿が整っていたが、目付きが鋭く、殆ど会話をせず地球に戻っている。
「カンザキ君。そのロシア人についてだが、もしかしてこの女じゃないか?」
話を聞きながら携帯電話を操作し続けていたタケミガワが、ネットで調べた一枚の画像を私とカンザキに見せる。
画像は、切り株の上に腰かけて狙撃銃らしき物の手入れをしている女性。
「こ、この人だ。この人で間違いない!」
カンザキの証言により、画像の女性が三人目の勇者だと判明した。
女性の名前は――アナスタシア・バーレンハイト。
バーレンハイトという苗字は、かなり珍しい苗字らしい。
「タケミガワ。お前はどうしてその女だと分かったんだ?」
「ネットの掲示板で一時期有名になった人物だ。魔性の狙撃手と呼ばれていた」
魔性の狙撃手と呼ばれていたのは、アナスタシアが私の世界に来る前の話。
タケミガワの話によると、アナスタシアはその美貌で多くのオタク達の性癖を歪めたから「魔性」と呼ばれていたそうだ。
アナスタシアの実態を知らずに魔性のあだ名を付けたのは日本の一部の層だが、タケミガワの話によるとアナスタシアの仕事は暗殺。
アナスタシアは、私の世界に来る前から殺しをしていたようだ。
「顔を晒している暗殺者か……そのアナスタシアという女、殺しに分別をつける人物なのか?」
「そこまでの事は分からない」
皆殺しにしている可能性がある、という事か。
私の世界で手に入れた力を殺しに使っていた場合、狙われた人物は確実に死んでいるだろう。
相手が暗殺者だと分かった以上、釣りをしている場合ではない。
「タケミガワ、カンザキ。急いでこの場を離れよう。私の読みが正しければ、アナスタシアは異世界から帰って来た人間を殺し回って――――」
二人の顔を見比べながら話している最中、川の向こう岸から飛んで来たであろう一発の弾丸が目に留まる。
弾丸の先端は、既にカンザキの頭に接触している状態。回避が間に合わない。
「――させるか」
私は剣を手にして振り上げ、カンザキの頭に触れた弾丸が皮膚を貫くよりも先に弾丸を弾いた。
弾いた弾丸は森の奥に飛んで行くが、その後も軌道を修正しながら木々の間を飛び回り、カンザキの頭を目指して戻って来る。
「二人とも伏せろ!」
頭を伏せた二人を飛び越え、飛んで来た弾丸を片手で受け止めてそのまま力を込めて握り潰しても、拳の中で復元を試みる弾丸の動きを感じる。
この感触は、かなり高度な魔法だ。
自動追尾に含め、目的を達成するまで不滅の弾丸と化す魔法が刻まれている。
――発射時に付与した魔法じゃない。
「タケミガワ、カンザキを連れてここを離れろ。足が千切れても走れ」
詳細を伝えず逃げる事を指示すると、タケミガワとカンザキが川辺を離れて山を下り始める。
私から離れてくれさえすれば、私がやる事は単純だ。
「後悔するなよ、引き金を引いたのはお前の方だからな」
弾丸を握ったまま剣に魔力を込めれば、刀身が小規模の宇宙空間に包まれ、表面に銀河の輝きが現れる。
魔力を一度注げば、後は時間に応じて刀身を包み込んだ小規模宇宙が膨張し続けるだけ。この星の耐久性を考慮すると、小規模宇宙が大剣の形状に達してガンマ線バーストの嵐を起こす前にアナスタシアを無力化する必要がある。
「誰に喧嘩を売ったか思い知れ! 暗殺者!!」
握っていた弾丸を手放し、手放した弾丸を剣で粉砕して最後まで振り切る。
振り切った剣は大地に裂け目を作って光を放ち、裂け目から噴き出す光の柱は川の反対岸に在る景色を吹き飛ばしながら一帯を焼け野原にする。
世界を揺らす程の轟音と衝撃――。
光りが消え、衝撃波で発生した砂埃が焦土と化した大地を呑み込めば、全身を火で炙ったような感覚が体に現れる。
川は蒸発し、歩けば足元の枯れ草が燃え尽き、上空を通過する鳥は私の体から発生した熱で気を失って墜落する。
墜落した鳥は私が側を通ると発火し、意識を失ったまま燃え尽きる。
「ゲホッ、ゲホッ……クソッ」
声が聞こえた方向に進み続けると、倒れた大木の下敷きになった全裸の女の姿が在る。
髪が燃えていない様子からして防御魔法で爆発には耐え切ったようだが、爆発を耐えるのに全ての魔力を使い果たし、倒れて来た木を退かす力は残されていないらしい。
「お前がアナスタシア・バーレンハイトか」
名前を呼ぶんで振り向いたアナスタシアの目は、既に戦意喪失状態。
恐怖で歪んだ顔からは涙が溢れ、逃げ場のない現実に我慢の限界を迎えた証拠が焦土と化した大地に小さな川は作る。
「お願い。殺さないで……」
生かした方が得る物が多い事は明らか。
ここで死なれると、誰に頼まれてカンザキを狙ったのかが分からなくなる。
「次また同じ事をしたら、その時は今の攻撃をお前個人に叩き込む。分かったか?」
これで、金よりも大事なものがある事はアナスタシアに伝わっただろう。
武器を没収して、上着を貸してからタケミガワと合流しよう。
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