第10話 夏休みの課題
ヤジマの恩返しに付き合ってから、二日が経過した。
渋谷の街を探索しながら他の勇者を探す手段について考えていた私は、タケミガワから連絡を受けてアイギスの本部に足を運んだ。
電話は保育士の女の件ではなく、午後から行われるアイギスの会議に同席して欲しいという内容だった。
提案したのは、保育士の一件で私に対する評価が変わったヤジマらしい。
こんなに嬉しくない招待は初めてだ。
「こちらです。会議はもう始まっていますので、中に入ったら空いている席に座ってください」
職員全員が同じ服を着ているせいで、道案内をしてくれた職員の名前を覚える気に成れない。
休日もあるようで、移動を支援してくれる職員に関しては呼び出す度に違う奴が車を運転している。
アイギスは、相変わらず謎に満ちた組織だ。
「どうぞ、お入りください」
潔癖症の清掃員が掃除したのかと思うほど綺麗な廊下を渡り切った先の部屋で私を待っていたのは、薄暗い部屋の前方で何かの図形が投影されている空間。
図形にはアイギスの隊員の名前と、東京全域の地図らしきものが合わせて映し出されている。
「手元の資料を見ても分かる通り、前年度、夏休み期間中に修学旅行に行った都内の学校は十四校だった。今年度は前年度の倍の数、二十八校が修学旅行を夏休み期間中に予定している。直近では、世田谷区にある元部学院高等学校と
部屋の前方で話しているのは、タケミガワではない。
部屋を見渡してみると、部屋の奥で腕を組んで椅子に座っているタケミガワの姿がある。
組んだ足の片方を揺らしているタケミガワの様子からして、かなり苛立っている。緊張、気合が入り過ぎているようにも見える。
今は話し掛けず、大人しく説明が終わるのを待つとしよう。
「よって、我々が最初に護衛する事になる学校は沖縄行きの二校となる訳だが、班の配置については、タケミガワ局長から説明がある。この国の未来を生きる子供達の大切な思い出を守る為の仕事だ。全員、集中して聞くように」
進行役を務めていた男が部屋の隅に移動して席に座ると、目を閉じて瞑想していたタケミガワが勢いよく立ち上がり、机の間を通って部屋の前方に移動する。
演説台のような場所に立つタケミガワは、まるでこれから戦争を仕掛けるような表情をしている。
「諸君、今年もこの時期がやって来た。私にとっては、何よりも忌まわしい記憶であり、何よりも腹立たしい連中が動き出す時期だ」
言葉の節々から憎悪が滲み出ている。
「私は!! 大学生活で彼氏を作り損ねた……原因はそう、あの忌まわしき異世界転生殺人未遂事件だ。頭のおかしな奴が爆弾を手にして機内で叫び、修学旅行は中止。中止になっただけならまだしも、犯人の男を病院送りにしてしまったせいで、私はゴリラ呼ばわりされ、男子達にネタにされ続ける四年間を過ごす破目に成った」
タケミガワは、魔法を使わなくてもそれなりに強いようだ。
「なぜ、一体どうして! 怪我人を出さず犯人を制圧した私に漫画のような展開が訪れなかったのか!! 美少女とまでは行かずとも、私のようにスタイル抜群成績優秀の女ならば、男の一人や二人は寄って来る。それが自然の摂理だろ!?」
理解が追い付かない主張だが、周りの様子を見る限り、タケミガワの主張に理解が追い付いていないのは私だけじゃないようだ。
意味不明。この一言に尽きる。
「ハァ、ハァ……少し話が逸れてしまったな」
――かなり逸れていたぞ。
「とにかく、この時期に起きる事件は学生の未来に大きく関わる事だ。修学旅行中の学生達の青春を守り、無事に親元に送り届ける。これはアイギスに与えられる任務の中でも最高レベルの課題と言える。配置については、今から説明する。必ずメモを取ってくれ……」
タケミガワのような化け物を生み出さない為にも、学生達の修学旅行を護衛する必要があるという訳か。
ヤジマが私を呼んだのは、元部学院絡みだろう。
タケミガワの話によると、元部と鶴友の二校は沖縄に三泊四日の旅行に向かう。
護衛対象となる鶴友の二年生は、専門学校という事もあって護衛する人数が三十名。沖縄に行くのは、美容師を目指す学科に限定される。
鶴友は学生達が成人という事もあり、人数こそ少ないものの、行動範囲が予想よりも広くなる可能性があるので油断は出来ない。
鶴友の学生達を護衛するのは、緑豊かな土地で本領を発揮するサツキ班、海辺の防衛戦に優れているツバサ班、潜伏系の魔法に長けているクロダ班が担当。
クロダ班は鶴友の学生達の付近に一般旅行客として潜伏、監視。
サツキ班は二日後に予定されているマングローブツアーの下見を初日に行い、二日目は現地の警備。
ツバサ班は学生達が宿泊する、「ちゅららホテル」を二十四時間体制で警備。浜辺だけじゃなく、周辺の海域に不審な船が停泊していないかも確認する。
鶴友の学生が三つの班で護衛任務に就くのに対し、二年生だけでも五百人近い元部学院の護衛は問題が山積み。
観光施設は定員制限の関係でクラスごとに観光場所が異なり、五百人近い生徒が散開した状態で沖縄を観光する事になる。
観光する施設は同じでも、その施設に訪れるのが初日、二日後、三日後、最終日とバラバラ。
中でも一番厄介なのが、地元住民の仕事を半日体験するという行事。
元部学院の生徒達は、鶴友のように一つの班で護衛が出来ず、個人で複数の生徒を守るしかない状況と言える。
「元部学院の護衛に関しては個の力が必要となる訳だが、我々は隠密部隊だ。学生達に存在を気付かれてはならない。 よって、異世界に要請出来る援軍はかなり限定される」
アイギスの部隊が異世界から召喚する物は様々。
異世界の住人、亜人などを召喚する事も可能だし、異世界に存在する異能付きの武器を呼び寄せる事も可能。
召喚の内容は、儀式を行うアイギスが契約を結んでいる異世界に依存する。
「ヤジマ。お前達の班は、現地に到着後は連絡役だ。空挺都市の世界から召喚出来る『
タケミガワの指示を聞いて、ヤジマが私を呼んだ理由に見当がついた。
恐らく、タケミガワがヤジマの意見を聞き入れたのも、それが起こり得る可能性を考慮した上での判断。ゴリラ扱いされた四年間の恨みは伊達じゃない。
「他の者についても、ダークファンタジーに分類される異世界からの召喚は出来ないと考えてくれ。首の無い騎士はもちろん、学生達にトラウマを植え付けるような外見の協力者は召喚出来ない。召喚出来るのは、王道ファンタジーの世界で称えられているような英雄だけだ」
話を聞いている内に、アイギスに何が出来るのかが徐々に見えてきた。
元部学院の生徒達の前で力を発揮出来ないアイギスに関しては、ヤジマと同じ連絡役。
私を拘束した時と違って素顔を晒しているアイギス達の背中から伝わって来るのは、タケミガワの言った「王道ファンタジーの英雄」を召喚出来るアイギスがごく僅かであること。
隠密部隊とはいえ多少の魔法は使えるだろうが、本格的な戦闘に成った時は、この場に居る半数以上のアイギスが殺される事になるだろう。
相手が転移と転生、そのどちらが狙いかにもよるが、こちら側の戦力が低い事は一目瞭然。自力で地球に来た私を頼ってしまうのも無理はない。
見栄を張らず素直に頼った点は、賞賛に値するが――。
「アストラル。ここまでの話で、何か分からない事はあるか?」
部屋の後ろに立って考えていると、話し終えたタケミガワが私を呼んだ。
前を向いていたアイギス達も私に目を向け、私の意見を待っている。凄い圧だ。
聞かれたからには、気になる事を聞いてみよう。
「その沖縄という場所は、海が綺麗な場所なのか?」
質問すると、アイギス達の視線がタケミガワに戻る。
「……汚すのが勿体ないほど綺麗な海だ。地元の人間も、海を大切にしている」
綺麗な海と聞いて、私の世界に生まれた海の景色が頭に浮かぶ。
私の知る海は、陸で流れた血が行き着く場所。
生物の亡骸で築かれた浜辺は黒く、赤い海を照らす夕日は世界を赤く染める。
そうして私は、自分の居場所が岸なのか沖なのか分からなくなった。
――海なんて物は、私の世界には最初から無かったのかもしれない。
「沖縄の海がお前にそこまで言わせる場所なら、その海を汚す訳にはいかない」
「それは、手を貸してくれるという意味か?」
「その逆だ。手を貸す気はない。お前達の力で何とかしろ」
こうでも言っておかないと、タケミガワの組織が他力本願のままになってしまう。
私からすれば、力を制限して相手に勝とうなんて正気とは思えない発想だ。
敵に敗れ、タケミガワの組織が事実上解体されるなら、それこそ自然の摂理。
私は、アイギスの道具ではない。
「……そうか、分かった。そういう事なら、お前を戦力の一つとして数えるヤジマの提案は、この場で白紙に戻すとしよう。話を続ける」
望みはしたが、期待は薄かった。
そう思っていたのがひと目で分かる反応を見せたタケミガワが、二日後に行われる沖縄修学旅行についての作戦をまとめる。
修学旅行護衛任務は長期戦。
アイギス達は、三泊四日の間は無休で学生達の監視、護衛に当たる。
怪しい人物は、発見次第地元住民に扮したアイギス達が個別に確保、聴取。
羽田空港から飛び立つ沖縄行きの飛行機から護衛は始まり、飛行中は乗務員に扮したアイギスを含め、ヤジマ班を中心に編成した航空支援部隊が沖縄到着までの空路を確保する。
現地に着いてからの動きは、タケミガワから説明があった通りの内容。個人の判断が優先される。
国の組織にここまでの事をさせる敵の情報については、どの勢力が介入してくるかという可能性の話。
国内、国外を問わず、世界的に転生事件を引き起こしていると思われる勢力【バイツァダスト】については、自分ごと対象を転生させる事を躊躇しない傾向がある。
自爆型の転生テロ事件を起こす性格上、飛行機を始めとする大型車両の運転はアイギスが担当。集団転生をさせる機会を作らないというのが唯一の対策。
国外では成功率が低い傾向にある転移テロ事件に関しては、国際指名手配中の宗教団体、【オサム教】の介入が考えられる。
オサム教は、オサムと呼ばれる人物が中心となって活動している宗教団体で、オサム以外の信徒は全員が女性。
容姿が整っている若い女性を標的にして転移テロ事件を計画する傾向があり、俗に言う「美女軍団」が学生達の中に居る場合は、必ず狙ってくると言って良い。
注意すべき点は、アイギスもバイツァダストやオサム教の標的に成り得るという事だ。
転生が目的のバイツァダストに関しては対処法が「殺されないこと」以外に存在しないが、オサム教の場合は信徒を増やす手段が判明していないので洗脳対策が必須。
オサム教は女性を狙っている教団ではあるが、実行犯が女性というだけで、男性が居ないとも限らない。
教祖として崇められているであろう「オサム」と呼ばれる人物に関しても性別が判明していないので、アイギスの男性隊員も油断は出来ない。
説明があった二つの勢力以外にも事件を起こす勢力は確認されているが、過去に起きた転移転生事件の模倣犯は個人で犯行に及んでいる事が多く、大抵の模倣犯は地元で未遂事件を起こして逮捕されているので情報が揃っている。
模倣犯の情報については、現地の沖縄支部から最新の情報を得られるとのこと。
今回の護衛任務は、沖縄を管轄しているアイギス達と合同任務になるそうだ。
「沖縄到着後は、沖縄支部所属のトウドウ・アスカから改めて説明がある。各自、元部学院と鶴友の予定表を確認しておくように。私からは以上だ」
夏休み期間中に実施される都内の修学旅行は二十八件。
修学旅行に向かう二校の学生を護衛するだけでもこれだけ大掛かりの任務になるなら、アイギス達に休みはない。
タケミガワと交代して都内の花火大会について話し始める男も触れている話題だが、長期任務の疲れが現れる夏休み後半が最も危険な時期。
相手は、獲物が弱るのを待つ狩人も同然。
護衛対象に自分の身を守る手段が無い以上、アイギスが力尽きればそれまで。
――となれば、先ほど話題に出た「夏休み後半が危険」という認識こそ、危険な考えかもしれない。
夏休みの初期にアイギスの戦力を削いでしまえば、敵は宝物庫の番人を倒した略奪者同然の状態になる。
私の読みが正しければ、敵は初日から奥の手を使ってくるはずだ。
初日から奥の手を使ってくる理由の一つに、学生達を狙う敵勢力の目的が単純過ぎる事が挙げられる。
殺せば勝ち。連れ去れば勝ち。アイギスを巻き込んでも目的を達成する事が出来る時点で負け戦だ。
相手が初日から奥の手を使ってくる可能性がある以上、こちらも相応の準備が居る。
元部学院の修学旅行まではまだ猶予があるし、私は勇者の捜索に専念しよう。
生徒達を守り切るには、敵を殲滅出来る火力が必要だ。
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