第7話 魔法商人を探して

 取り調べを終えたサカモトは、タケミガワの組織から様々な契約書を書かされ、魔法について他言しない事を約束した。


 サカモトのこれからの生活は、元部もとべ学院高等学校の職員止まり。魔法を知らないごく普通の人間の暮らしに戻り、魔法商人と出会うきっかけに成ったネットの掲示板については、生徒達に「怪しいサイトにはアクセスしないように」と教師らしい事を呼び掛ける誠意が求められる。


 異世界絡みで何か問題が生じた場合は、タケミガワに直接電話をしろと言われたそうだ。

 

 疲れた様子で私に今後の生活を教えてくれたサカモトは、最後に「ありがとう」と言ってくれた。

 

 私が止めたから、魔法を使用した事が問題に成らなかったらしい。




 ※

 

「ここです。ここが原田パーキングです」


 タケミガワの組織で人事を担当している職員の女が、サカモトを自宅に送り届けた後で、私を渋谷区の原田パーキングまで案内してくれた。

 

 車の中で聞いた説明によると、当分の間は人事部の職員が私の移動を支援してくれるらしい。

 監視も含めた扱いだろうが、土地勘のない異世界人を目的地まで送り届ける部分は国に仕える組織に相応しい対応だ。


「私はこの近くで待機していますので、何かあれば呼んでください」


 口笛でも吹けば良いのだろうか。


 呼ぶ手段を聞いておこう。


「どうやって呼べばいいんだ?」

「携帯はお持ちですか?」

「持ってる訳ないだろ」

「ではこれを使ってください。社用のスマホです」


 職員の女から渡されたのは、アキラが使っていた携帯電話よりも少し大きな携帯電話。画面が大きく、操作性が良い。


 背面の色は黒。アキラが持っていた物と同じ色だ。


「操作は分かりますか?」

「問題ない。上手く使う」

「そうですか……では、私は行きますね? 何かあったら呼んでください」

「ああ」


 職員の女が車で走り去った事を確認してから、携帯電話のカメラ機能を使って写真を一枚撮る。


 撮った写真は目の前にある立体駐車場。

 写真が保存された場所を確認し、画面に表示されている他のアプリのアイコンを見ながら、アキラが持っていた携帯電話の画面に近い状態を作っていく。


 アキラの携帯電話は、カメラ、データフォルダ、ネット、電話、メール、時計、マップ、歩数計が最初の画面に表示されていた。

 職員から渡された社用の携帯電話を見る限り、アキラは使用頻度が低いアプリを整理し、基本画面の次のページに不要なアプリを移動させていたのだろう。

 ネットに関しては、サカモトも同じものを使っていたから使い方は覚えている。

 

「んん……」

 

 携帯電話の中身を整理しながら、少しだけ周りを観察する。


 通行人の様子からして、携帯電話は片手操作が基本。

 両手で操作している者もいるが、指の動きが激しい事を考慮すると、両手で操作している者はゲームをしているのだろう。

 気になる物は写真に撮り、撮った写真を仲間に見せる習慣もあるようだ。


 どこを見ても携帯電話を眺めている者が多い周囲の状況から分かる事は、この小さな機械が人間関係を支える道具であること。生活の必需品と言っても良いだろう。


 携帯電話が生活を支える魔法の代わりという事が分かっただけでも、かなりの収穫だ。


 基本操作は覚えたし、そろそろ空挺都市の異世界から帰って来た連中に会いに行こう。



 

 立体駐車場――原田パーキング。


 国が用意した移動手段が便利な東京でも、任意の場所に行き来可能な乗り物の便利性は変わらず、立体駐車場の需要はそれなりにある。


 建物の階層は全部で五階。

 円を描くように上の階を目指す道は車専用で、歩行者は建物の外壁に取り付け

られた階段を使って上に登る。

 駐車場に車を置いて徒歩で遠出をする都合上、原田パーキングは誰でも出入り可能な場所と言える。


 サカモトが魔法商人と接触したのは四階の南側付近。現場は既に荒らされているだろうな。



「ヤジマさん、そっちは何かありましたか? ヤジマさん?」


 音を立てて階段を上がっていると、四階の広間に通じる入り口から見下ろしている男と目が合う。

 男の服装はその辺りを歩いていた一般市民と変わらないが、煙草の煙を吐きながら私を見下ろすその視線は一般市民ではない。

 年齢は三十後半か。恐らく、私から目を逸らさないこの男が「ヤジマ」だ。


「フゥーッ」


 四階広間の入り口を塞ぐように立っていたヤジマの前に辿り着くと、ヤジマが階段の外に向かって大量の煙を吐いた。


 常に眉間にシワを作っているこの男も、タケミガワが誇るアイギスの一人。軍人、前線で戦う兵士を絵に描いたような人相だ。


「スゥッ……お前がアストラルか?」

「そういうお前はヤジマか?」


 名前を聞くと、ヤジマの眉間に力が入る。

 息を吸う力も増し、驚くべき速度で煙草が燃えて行く。


「フゥーッ…………フゥッ。口の利き方がなっていないようだな。俺は38、お前はせいぜい20過ぎだろ」

「私は17だ」

「だったら尚更口の利き方には気を付けろ。大人を舐めると痛い目に遭うぞ」

「それは経験に基づく話か?」


 私の態度が気に入らない様子のヤジマが、煙草の後始末をしてから広間で調査を進めている仲間の元に戻って行く。

 

 態度がデカいわりに器が小さい男だ。


「あ、どうも。初めまして」


 ヤジマの後を追う形で四階の駐車場に入ると、他の隊員から挨拶をされた。

 目視で確認出来る隊員の数は、ヤジマを除いて三人。

 三人は、ヤジマと比較して気が弱そうな連中だ。


「ごめんね? ヤジマさん、今凄く機嫌悪いから」


 明るい髪色の女が、ヤジマの態度について謝罪してくれた。

 ヤジマのあの態度は私が原因ではないようだ。


 人当たりが良さそうなこの女に、機嫌が悪い理由を聞いてみよう。


「なぜ機嫌が悪いんだ? 喧嘩でもしたのか」

「うんまぁ、そんなとこかな。他の班の人と言い合になって」


 聞けば、最初に立体駐車場を調べる予定になっていたサツキ班と本部でもめたらしい。

 人事部の指示とはいえ、どう考えても自分達の方が適任だと主張したヤジマに対し、サツキ班の連中はヤジマの意見を聞き入れなかった。

 否定の仕方もヤジマの意見を馬鹿にするような物言いだったらしく、サツキ班に対して不満を抱いていた所に変更の連絡が入り、だから言っただろと言わんばかりの状況に成って機嫌が悪いらしい。


 理由を聞いてから改めてヤジマを見ると、そんな感じの事で苛立ちそうな性格である事がよく分かる。

 気難しい頑固者。職人気質のドワーフとよく似ている。


「カタギリ。車のリストを見せろ」


 現場の調査はヤジマが中心のようだ。

 取引が行われた時間帯に停車していた車のリストを仲間から受け取ったヤジマは、駐車スペースの番号を指で確認しながら南側を目指して歩き始める。


「2014年式シャングリラ、2018年式エルディン、2021年式エルディン、2020年式ホークアイ、2024年式アラン。2024年式…………」


 年式と車の名前らしきものを淡々と読み上げたヤジマが、黄色い線で囲われた駐車スペースの前で足を止める。


。ここだな」


 他の三人の様子を見る限り、ヤジマの調べ方は、年齢的にヤジマ本人にしか出来ない調べ方のようだ。知識に依存するものだろう。


 黄色い線の駐車スペースの中心に屈むヤジマは、地面に残されたタイヤ痕を眺めながら何かを測り始める。


 恐らく、ヤジマが調べているのがタイヤの幅だ。


「2024年式のリリスは、ホイールベースが2メートルと40センチあるはずだが、この契約者スペースに常駐している車のホイールベースは少し短い。ここに停まっているリリスは、2023年に外国で製造された輸入車だろう。モデルチェンジが行われた前の物だな」


 壁際の駐車スペースという事もあり、出発時の車の動きは左折に限定される。

 ヤジマは車が残した痕跡から、契約者専用の駐車スペースを借りている人物が車好きと判断した。

 リリスと呼ばれる車は高価な物ではないそうだが、輸入してまで乗っている部分に持ち主の拘りを感じるらしい。


 時刻は昼過ぎ。

 リリスの持ち主は契約者専用のスペースを借りるほど車を大事にしている人物だが、今この時間帯に停まっていない事を考えると、普段は自分の家の車庫にリリスを停めている。

 リリスの持ち主が原田パーキングを利用するのは、この付近に用事がある時だけ。たったそれだけの為に金を払って駐車場を借りている。


 現場に残された痕跡から相手を絞り込んでいくヤジマの姿は、私に近いものがある。神経質、人の顔色が気になって仕方がないタイプの人間だろう。


「タイヤの痕跡の数からして頻繁に使ってはいるようだが、人目を盗んでここを使った奴が居るようだ。それもつい最近……」


 壁側の柱に目を向けたヤジマが、柱の一部をナイフで削り取って小さな袋に詰める。

 袋に詰められたのは、柱の色とは異なる塗料が僅かに付着した粉。リリスの持ち主が残した物とは思えない痕跡だ。


「カタギリ。これを鑑識に回せ。ついでに、この付近で運転席側の扉に傷が残っている軽自動車を調べろ」

「分かりました。周辺の整備工場は調べなくて良いですか? 直近で修理した車とか」

「無神経な奴には気付けないほど小さな傷だ。気付いていたとしても、修理するような性格じゃないだろう。塗装の色を調べて、その色の車を探す程度で良い」


 これでヤジマ班の調査は終了か。

 ヤジマが見つけた特徴を持つ軽自動車が見つかるまでは待つしかないようだ。


 ――魔法を使わなかった点は評価出来るが、こんな調子じゃ魔法商人は捕まえられない。


「アストラルさん。どうしますか? 調査を終えたので、我々は本部に戻りますけど」


 ヤジマから「カタギリ」と呼ばれていた男が、私に今後の予定を聞いた。

 

 他の連中の様子からして、私の返答次第で調査が継続されそうな雰囲気だ。


 ここは一つ知恵を貸してやろう。


「魔法商人は認識を阻害する道具を身に着けている。車を掠っても気にしない性格から考えると、認識を妨げているのは髪留めのような物だろう。魔法ではなく、常備しても邪魔にならない装飾品だ」


 話していると、ヤジマが私の話に興味を示した様子で歩いて来る。


「魔法じゃないとなぜ言い切れる?」

「魔法の気配がしないからだ」


 魔法で気配を消しても、気配を消す為に使った魔法を隠す事は出来ない。

 タケミガワと最初に遭遇した時に私がアイギスの存在を感じ取ったのは、彼らが魔法で気配を消していたからだ。


 魔法を探知する魔法は相手に知られるが、魔法の気配を感じる第六感は相手に探知されない。アイギスが魔法商人を捕らえられないのは、相手に探知がバレているからだ。


 ヤジマが私の話を理解した事を確認した上で、このまま話を続けさせてもらおう。


「ヤジマ。魔法を使わないお前の調査は効率的なものだが、私からすれば詰めが甘い。相手に逃げる時間を与えている」

「他に手掛かりがあるというのか?」

「ある。さっきお前が見つけた軽自動車が、その手掛かりだ」


 動けば腹が減り、機能を使えば電力が消費されるように、生きて行くには費用が掛かる。

 魔法商人が軽自動車で都内を移動している人物なら、必ずどこかで金を稼いでいるはずだ。そして、その稼ぎは税金を監視する機関の目に触れずに消費されている。

 

 私の頭の中に浮かんでいる言葉を部分的に語るとすれば、魔法商人の特徴は五つ。


 一つ、収入に見合った生活と服装をしている。

 二つ、常に認識を妨げる装飾品を身に着けている。

 三つ、装飾品の影響を受けた人間が居ても問題視されない場所で働いている。

 四つ、魔法商人は、第三者の目から見ても収入に見合った生活をしているように見える。

 五つ、魔法商人の仕事は、顔を直視される事が少ない職種。


 この五つが、私が思い描いた魔法商人の特徴だ。


 話を進めよう。


「地球の職業には詳しくないが、魔法商人は孤児院のような場所で働いている可能性が高い。孤児じゃなくても、記憶が曖昧な年頃の子供を扱う施設なら可能性は十分にある。どこか思い当たる場所はないか?」


 眉間のシワを緩ませたヤジマが、信じられない様子で「保育園がある」と口にする。


 口にはしたが、ヤジマの表情からして何か複雑な事情がありそうだ。知っている場所なのか聞いてみよう。


「知っている場所なのか?」

「……俺の娘が居る場所だ」


 出会った時とは比べ物にならないほど情けない表情に変わって行くヤジマの姿は、最悪の事態を想定する父親そのもの。


 あまり深入りせず、気持ちを察してやろう。

 後の事はカタギリに任せるべきだ。

 

「カタギリ」

「は、はい! カタギリです」


 反応からして少し状況が呑み込めていない様子だが、大きな問題は無いだろう。


 ――このまま指示を出そう。


「ヤジマと他の連中を連れて本部に戻れ。ヤジマの娘が居る保育園には私が一人で行く」


 自分の娘を知らない相手に任せられないと言い出しそうなヤジマには、私が生意気な子供に見えるか尋ねる。

 口先だけで何も出来ない生意気な子供に見えるなら一緒に来いと言ってやると、肩を動かくして一息つくヤジマから、「頼む」という返事が来る。


 良い判断だ。


「ヤジマ。お前の娘は必ず無事に送り届ける。他の児童に関してもそれは同じだ。魔法商人にも一切手は出さない。手を出したら終わりだ。タケミガワにもそう伝えておけ。何があっても現場に来るなと」


 保育園はここから車で十五分程度の場所。


 服を着替えず、このまま保育園に向かおう。

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