第6話 最高の抑止力

 その出来事は、どこの国でも起き得る怪奇事件の一つに過ぎなかった。


 事件を起こしたのは、漫画やアニメが大好きな中年男性。

 男は誘拐した女子児童三人を自宅に監禁し、異世界に転移する為の魔法陣を部屋の壁に描き続けていた。


 そして、転移が上手く行かない事に腹を立てた男は、女子児童三人の前でこう呟いた。


 ――もういいや、転生にしよう。


 その後、男は女子児童三人を殺害し、警察の元に自らの意思で向かった。


 自分の罪を認めた男は、その後の取り調べで「自殺が出来なかった」と説明したらしい。

 

 異世界の存在を信じていない警察が男の話を鵜呑みにするはずもなく、この事件は、【女子児童転生殺人事件】として世間に広まった。




 何も知らない者からすれば、女子児童転生殺人事件は頭のネジが外れた狂人の犯行。

 本当にそんな事が出来るかは別として、各国の政府は、怪獣や宇宙人が地球を侵略した時の事を想定した対策と同じく、異世界からの侵略に対する法案を作成した。


 その法案こそ、タケミガワの組織が「規則」とするもの。


 タケミガワの組織は、今から約三年前に起きた大きな事件、青木ヶ原集団転生事件を機に設立された。


 異世界に関わる全ての事件を担当し、速やかに脅威を排除する特殊部隊の名はアイギス。

 

 アイギスは、異世界から強力な援軍を召喚出来る部隊だ。



 

 ※


 ――拷問部屋にしては洒落た空間に招かれ、タケミガワと二人きりで話し合うこと数時間。


「お前のその自信が何処から来ているのか疑問だったが、異世界の力を手に入れているなら納得だ。得体の知れない力に手を出す愚か者だという事もよく分かった」

 

 汗が引き、出された紅茶を飲み干す程の時間を費やした甲斐もあって、地球で起きた転生事件に関する基本的な情報と、タケミガワの組織が魔法を使う組織である事は整理出来た。


 お互いに皮肉を言い合わなければもう少し早く済んだ話だろうが、急いだ所で何の手掛かりも得られない。それが地球の現状だ。


 聞けば、アイギスは全員が地球の人間。

 魔法を手に入れた経緯については、転生事件や転移事件で異世界に連れて行かれた者達が自力で地球に帰還し、その帰還者達から教わった物らしい。

 

「たった数年でそれだけの魔法を憶えたのか?」

「苦労はしたが、地球人からすれば見慣れた力だ。イメージはし易い。といっても、その情報源の多くはゲームや漫画、ライトノベルの類だが」


 漫画やアニメが娯楽として流行っている時代の影響もあるだろう。

 転生事件を最初に引き起こした男に関しても、時代の影響を受けて犯行に及んだ可能性はある。


 ここまでの話を整理すると、政府が異世界の存在を知った原因は帰還者。

 昔から行方不明者が絶えない国だったという事もあり、いつから本物の転生事件が起きていたのかは不明。

 歴史の表舞台で逮捕されたのは、タケミガワから聞かされた女子児童転生殺人事件が最初。

 帰還者が居る時点で本物の転生事件が起きた事を意味している訳だが、異世界に連れ去る手段が「転生」である以上、転生先で新生児に生まれ変わる犯人を捕らえる事は出来ない。


 終わりが見えない話になっているのも納得の状況だ。


 話を聞く限り、帰還者の中に敵が紛れている可能性を考慮してはいるようだが、可能性に過ぎない状況で処刑するのは国が許さない。処分するにしても、その帰還者が確実に裏切者だという証拠が要る。


 どんなに優れた者を集めようと、所詮は国が保有する戦力の一つ。許可なしには動けないという事か。


 不便な話だ。


 聞いたところでまともな答えが返って来るとは思えないが、聞くだけ聞いてみよう。


「行き詰っているなら、手を引くべきだとは思わないのか?」

「それは、無差別に人を転生させる犯人を野放しにしろという事か? 出来る訳ないだろ」

「やらないだけだろ」


 気分を悪くした様子のタケミガワが、机に両肘を着いて体を前に寄せ、私の目を見つめる。


「さっきから不機嫌な様子だな。何が言いたい?」

「お前には殺意が足りない」


 既に手遅れの状態と言っても過言ではない。

 タケミガワの組織が誇る戦力の一部に外部の力が紛れ込んでいる以上、アイギスは集団感染を引き起こした存在に近い。完璧に管理するのは不可能だ。


「あなたは、我々が負けると言いたいのか?」

「そうだ。お前は疫病の防ぎ方を知らない」

「疫病すら治せる時代に、あなたのやり方は必要ない。これは我々の世界で起きている問題だ」

「その『我々の世界』とやらに別の世界の住人が紛れ込んでいるんだぞ? 同じ姿をして、お前と同じ空気を吸って生きている」


 はっきり言ってしまえば、侵略者に対抗する為の手段が相手と同じ異能頼りの時点でタケミガワの組織は詰んでいる。

 自力で辿り着いた知恵じゃないからこそ、相手を上回る事が出来ない。

 

「お前達が本当に自分達の世界を治せるほど賢いなら、街は魔導具で溢れ、行き交う人々は武器を手にしているはずだ。自分の身を守る為の手段が確立している世界だ。分かるか?」


 ――少人数の組織の手に収まる程度の力では、社会問題を解決するに至らない。


 転移事件や転生事件を本当に防ぎたいなら、その辺りを歩く女子供に武器を与えてやるべきだ。


 タケミガワの国にそれが出来ない理由は単純なもの。力を手にした国民に復讐される可能性があるからだ。制御不能、反乱が起きる事を恐れている。


 この世界が本当に住みやすい世界なら、誰も出て行こうとしない。

 タケミガワは女子児童転生殺人事件が事の発端であるような言い方をしていたが、私からすれば、その事件は発端とは言えない。

 異世界に行こうと思うだけに留まらず、実際に転生を試みるような環境を作ったのが全ての元凶だ。


「お前達は民の為に命を懸けて働いているつもりだろうが、私からすれば、自分達の尻拭いに何の関係もない世代を巻き込んでいるようにしか見えない。お前達がこの国を築いたのなら、全ての責任はお前達にある。お前達の敵は、成るべくして敵と成った連中だ」


 ありのまま思った事を話したせいか。タケミガワが何も反論せず最後まで話を聞いた。


 窓の外から響いてくる虫の音に負けず、タケミガワの鼻息は荒い。


「……まるで地球で育って来たような言い方だな。帰還者なのか?」

「私がここに詳しいのは、この地球で育った少年と出会えたからだ」


 その少年は、地球に帰る事を望んでいた。

 

 そう言ってやると、タケミガワは少年の生死を問う。


 当然、私の答えは「殺された」だ。

 

「私の世界に現れたその少年は、恐らく学生だ。お前が部下に監視を求めたヒカワ同様、笑顔が絶えない時期だ。そんな時期の少年が、私に地球の魅力を語った。帰りたいと言った。友達に会いたいと言った。親に会いたいと言った。ゲームがしたいと言った。色々な事を、私に言い残している」


 一人の人間が観測する世界の醜さなど知れている。


 アキラはまだ子供だった。

 大人に見守れている子供で、夢を自由に語り、未来を考える暇もなく目の前の出来事を楽しむのが精一杯の年頃だ。

 そんなアキラが「帰りたい」と言った地球で、アキラが語った世界を壊すような事が起きていたら、流石の私でも不機嫌になる。


「……思い出話はそれだけか?」

「私の今の話は、話した言葉数よりも多くの意味がある。よく考える事だ。


 これで言いたい事は全部言った。

 当たり前のように魔法を使って私を尾行していた連中に対して、これ以上の言葉は必要ない。


「…………あなたが地球に来た事情はさておき、今の言葉が感情に身を任せて放たれた暴言でない事を祈ろう。軽視出来ない忠告として受け取っておく」


 伝わったとしても、手を引けないのがタケミガワの組織。

 相手が能力者である以上、相応の力は必須が必要な事自体は否定しない。


「しかしだ。さっきも言った通り、犯人を野放しには出来ない。我々が原因だとしても、一般市民に魔法を使わせる訳にはいかない。事件に関しては、引き続き地球のやり方で対処させてもらう。指図は受けない」


 話したところで、私が指摘した部分はタケミガワ一人で解決出来る問題じゃない。何世紀にも渡って自分達の文化を見直し、遠い未来で決着をつけるべき地球の課題だ。


 気に入らない部分はあるが、地球のやり方で対処したいと言ったタケミガワの意見は尊重すべきだろう。アイギスが既に存在しているのだから、このまま進むしかない。


 ――私は、ただの訪問者だ。


「とにかく、地球の状況については話した通りだ。一般市民の前で派手な戦闘をする事はもちろん、魔法も使わないで頂きたい。異世界の魅力を語るのも辞めて欲しい」

「私が自分の世界を魅力的に語るように見えるか?」

「嬉しい事に、到底見えない。この数時間話し込んで、あなたが異能嫌いなのはよく分かった。少し安心しているところだ」


 詳しい規則についてはまだ聞いていないが、タケミガワが私に求めている規則の方向性は理解出来た。故意に規則を乱すつもりもない。


 こっちの話はひと段落着いたし、サカモトの事を聞いてみよう。


「話は変わるが、この場に居ないサカモトはどうなる?」

「あの男に関しては、報告書が出来次第、解放するつもりだ。今は取り調べを終えて、談話室に居るだろう」


 噂をすれば何とやら。

 部屋の扉を叩き、タケミガワと同じ服を着た職員の一人が入って来た。


 タケミガワの前で敬礼をする職員が手にしているのは、サカモトの取り調べ結果。


「ご苦労。それで、何か分かったのか?」


 報告を聞く限り、サカモトには何の問題もない。

 サカモトは、妹を治す為に魔法を使った事を正直に認め、私に治癒を諦めろと言われた事まで検察官に話している。

 魔法を使った事実を認めたにもかかわらず問題が無かったのは、私が魔法の使用を注意したから。

 必然的に、サカモトを止めた私も一連の転生事件とは無関係な者だと証明されたらしい。


 ――有難い話だ。


「そうか。例の魔法商人については、何か言ってなかったか?」

「その件については、他の者達と同じ状態に陥っています。取引した日時や場所を憶えてはいるようですが、顔が思い出せないと」

「対策済みという訳か。本当に厄介な奴だな……」


 どうやら、魔法商人は追跡が困難なようだ。

 報告の内容から考えて、サカモトが魔法商人を憶えていないのは認識阻害。記憶の操作ではなく、最初から相手を認識出来ていない事が原因だ。

 恐らく魔法商人は、視界に捉えている間は顔の認識が可能。そうでなければ、顔が見えない相手として記憶されるから意味がない。


 ひと通りの報告が終わったようだし、タケミガワに魔法商人と接触した場所を聞いてみよう。


「タケミガワ。サカモトと会った魔法商人は、どこで取引をしたのか分かっているのか?」


 タケミガワに質問すると、報告をしていた職員がタケミガワの許可を得て答える。


 サカモトが魔法商人と取引した場所は、東京の渋谷区にある立体駐車場――原田パーキング。

 監視カメラも備え付けられている場所だが、サカモトが訪れたその日は機材のトラブルで監視カメラの映像が残っていないらしい。

 取り調べの最中に立体駐車場のオーナーと連絡を取り合って判明したのは、記録に残っていない時間が22時から23時30分までの映像ということ。

 オーナーが知らせてくれた時間は、サカモトが商人と接触していた時間帯とほぼ一致している。


「サカモト氏の供述によると、相手は体格的に成人女性だったそうです」


 サカモトは相手を女と判断していたらしい。

 体格から性別を捉える事が出来ていたなら、魔法の類ではないだろう。魔法にしては効果が弱すぎる。

  

「現場の調査は?」

「既にアイギスのサツキ班を向かわせています」


 サカモトの認識を妨げた道具の正体を考えていると、タケミガワと職員の会話が始まった。


 どうやらアイギスは、冒険者ギルドのように少人数で活動する部隊のようだ。

 私達を包囲した時のアイギスは、かなり特殊な状況で集められた者達だったのかもしれない。


「そうか。では、今すぐサツキ班を呼び戻せ」

 

 タケミガワは、現場の調査をサツキ班が担当する事に不満があるらしい。


「どうして呼び戻すのですか?」

「サツキ班は獣族が多い異世界から帰った来た者達だぞ? 人工物に囲まれた東京の街中で証拠を集めるのには向いていない。捜査には、空挺都市の異世界から帰還したヤジマ班を向かわせろ」

「わ、分かりました。では、ヤジマ班を向かわせます」


 私が居た世界以外にも、色々な世界が存在するようだ。

 アキラを殺した七人の勇者が地球ではない別の世界に旅立っていた場合、追跡は難しい。


 さて、どうしたものか。


 異世界転生と異世界転移。

 この二つの要素で重要なのは、転移後と転生後の異世界。

 異世界を全て破壊し、転生先も転移先も地球以外に存在しない環境を作り出せるなら、人工的に作り出した輪廻転生によって対象を地球に閉じ込める事は出来る。


 言うのは簡単だが、実際はかなりの大仕事だろう。

 アキラから受けた恩を返すには丁度いい仕事内容だが、アキラが他の異世界に転移していた時の生活を想像すると、異世界を全て潰すのは少し勿体ない気がする。


 どこに転移したとしても、アキラは私に語ってくれた事を話し、そこにある物に対して目を輝かせるはず。

 

 ――アキラと出会えた私は、全世界の如何なる存在よりも恵まれていたに違いない。

  

「あ、あの……大丈夫ですか?」


 どうやら私は、また泣いていたらしい。


 不便な体だ。


「大丈夫だ」


 涙を拭いて、話を進めよう。


「タケミガワ。報告にあった立体駐車場についてだが、私が調べても問題はないのか?」

「……問題はない。好きにしろ」


 問題がありそうな返事をしたタケミガワが、黙って部屋を出て行く私を止める事は無かった。


 止められるはずがない。


 ――私を止められるのは、アキラだけだ。

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