第5話 疑わしきは罰せず

 学校に行かず街を歩いていた女子高生の名は、ヒカワ・メグミ。

 ヒカワは私と同じ十七歳で、サカモトが担当している二年三組の生徒の一人。

 

 そんなヒカワが学校に行かず征服で街を歩いていたのは、本日発売予定のゲームを購入する為だった。

 詳しい事はよく分からないが、ヒカワが通信販売ではなく店舗でゲームを購入したのは、 その店舗で予約した人にしか与えられない特典を得る為だったらしい。


 理由を聞いたサカモトは、「そんな物の為に学校を休むな」と叱りはしたが、ヒカワにとっては「そんな物」では無かったようだ。


 実に平和で、些細な問題だ。




「そういえば、サカティはどうしてアスちゃんと一緒に居たの? まさか援交?」

「おいこら、言って良い事と悪い事があるぞ? 俺がそんな事する訳ないだろ。妹の病院で会ったんだよ」

「あ、そうなんだ。妹ちゃんはどう? 元気にしてた?」


 ヒカワの質問にサカモトは答えなかった。

 恐らく、答えに迷っているのだろう。

 迷って当然だ。ヒカワの質問に悪意がないからこそ、迷う事は正しい。


「え、待って。サカティ、もしかして…………」


 突然会話が途切れた事で流石に違和感を感じたのか。ヒカワがサカモトの事情を察したような顔をする。


 サカモトの何とも言えない顔を見るヒカワの表情には、そんな精神状態で自分を助けに来てくれた相手に悪い事をしたという後悔が見える。


「ごめん、サカティ……」


 二人のやり取りを見ていると、私が居たあの世界が本当に終わったのだと安心出来る。

 

 私は、自分の選択が間違っているとは思えなかった。思いたくなかったと言っても良い。

 幼い頃から両親に「常に正しくあれ」と言われ続けていた私は、周りの人間の行動を観察し、常に正しくあろうとした。

 観察して学び続けて来たからこそ、私は自分が間違っている事を認めなかった。

 認めてしまうと私が観察し続けた者達の行動まで間違っていた事になってしまうから、それが出来なかった。


 お前は正しい。

 お前も正しい。

 私も正しい。

 みんな正しい。


 そう言い聞かせている内に、私の世界は壊れてしまった。

 

 ――壊れていなければ、最後まで戦い続ける事が出来なかっただろう。


「アスちゃんもごめんね。嫌な話をしちゃって」


 自分の世界が終わった感覚に浸っていると、前を歩くヒカワが私にも謝ってくれた。


「なぜ私に謝る?」

「だって、サカティの妹ちゃんのところにお見舞いに行ってたんでしょ? 妹ちゃんの友達だったなら、嫌な事を聞いちゃったかなって」


 どうやらヒカワは、私がサカモトの妹と知り合いだったと思っているようだ。

 死人に口なし。厄介事に巻き込まない為にも、ヒカワの誤解はこのままにしておこう。


「何を言われようと、私とミカの関係が今以上に悪化する事はない。気にするな」


 サカモト・ミカには、妹思いの良き兄が居た。そう言ってやると、会話を聞いていたサカモトが少しだけ微笑む。


 控えめで、実に良い表情だ。


「ヒカワ。ゲームの用事が済んだなら、今からでも走って学校に行け。俺と一緒に登校したら、変な誤解が生まれる」

「変な誤解なんて誰もしないでしょ」

「世間の目があるんだよ。良いから行け」

「何それ、変なの……」


 駆け足で私達から離れて行くヒカワの様子からして、サカモトの勤務地はこの近く。

 数分前までは人が多かった道も人の気配が減って来たし、学校と呼ばれる施設周辺の安全が保たれているのは一目瞭然。


 そろそろサカモトに話しておこう。


「サカモト。お前に聞きたい事があるんだが、良いか?」

「何だ?」


 足を止めると、ヒカワと出会った辺りからずっと私達の後を付けていた者の気配も消える。

 

「お前は、誰かに魔法の事を話したか?」


 サカモトに魔法の事を聞いた瞬間、後ろに在る民家の庭辺りから草を踏み歩くような音が鳴る。


「いや、話してない」


 振り返って私の質問に答えたサカモトの後ろからも、誰かが砂利の上で身構えたような音がする。

 すぐ隣にあるビルの屋上にも数人の気配。足元の空洞、下水道らしき空間からも長靴を履いた集団の足音。

 遠方で飛んでいる謎の飛行物体からも、私達を双眼鏡か何かで見ている者の視線を感じる。


「それは確かか?」

「え? まぁ……なんでそんな事を?」


 賑やかな街から少し離れて学校の周辺に来たからこそ感じた違和感。


 人数、配置、団結力に加えて、確証を得るまでは動けない事が窺える雰囲気。


 ――私達を包囲している謎の集団は、国に仕える者で間違いない。


「お前か私、どちらかはまだ分からないが、目を付けられている」


 誰かに見られている事を伝えると、サカモトが慌ただしく周囲を見渡す。


「え、そそ、それは……どど、どうすれば良いんだ? 俺は殺されるのか!?」

「落ち着け。そんな事はさせない」


 取り乱しているサカモトを下がらせて剣を手に取ると、気配を抑えている連中から緊張感のようなものが伝わってくる。


 気配からして何かしら武装はしているようだが、好戦的な勢力じゃないのは確か。出来れば穏便に済ませたいという相手の意思も感じる。


 問題があるとすれば、それは私自身。魔法で気配を消している彼らを許せるかどうか。


 とにかく、まずは話し掛けてみよう。


「おい、そこに居るのは分かっているぞ!? 隠れてないで出て来い! 出て来なければ、お前達を好戦的な勢力して排除する。念の為に言っておくが、私のこの警告は一度限りだ。一秒以内に姿を見せろ」


 響いた声が鳴り止むと、正面に停まっていた貨物車の荷台から兵士らしき服装に身を包んだ男が出て来る。

 森に紛れると草木と見分けが付かなくなりそうな柄の服を着た男は、頭部を不思議な防具で覆い隠していて素顔が見えない。


 何も分からないが、周りで息を潜めている他の連中もこの男と同類なのは間違いない。


「何者だ」


 質問しても、呼吸音が返ってくるだけ。

 男は何も言わず、何の行動も起こさず、ただ黙って私の前に立っている。

 

 一体何者なんだ――。


「ミヤノ、下がって良いぞ。後は私が話す」


 男が下りて来た貨物車の荷台から、少し遅れて女が降りて来た。

 現れた女は男と違って素顔を晒している。黒髪で、気が強そうな人相だ。


「初めまして、異世界人。私の名前はタケミガワ・リョウコ。あなたのように異世界から来た者に対処する組織の長といったところだ」


 自ら役目を話したタケミガワの服装は、戦闘員ではない。事務処理、積み上げられた書類に印を押す事が多そうな堅苦しい服だ。


 その服装と性格が一致していない事を祈ろう。


「なぜ私をつけていた?」

「未登録の異世界人を確保する為だ。我々には、問題を起こすかどうかを問わず、異世界から来た者に対してこの星の規則を伝える責任がある」


 話していると、奇妙な武器を装備した集団が周辺の建物から虫のように溢れ出て来る。

 理由を聞く暇もなく私とサカモトを包囲する武装集団は、全員がタケミガワの指揮下にある部隊だろう。

 

「我々の規則に従ってもらえるかな? 異世界人」


 この物言い、相手を数で制圧しようとする態度に加え、タケミガワの底知れぬ自信。目につく全てが良くない傾向にある。

 

「……お前達に規則があるなら、それは尊重しよう。こちらも問題を起こす気はない」


 出来る範囲で指示に従う事を告げると、タケミガワが冷たい目でサカモトの顔色を確認した。


「では、残る問題は一つだな」


 口調からして、タケミガワはサカモトが魔法を使おうとした事を良く思っていないようだ。


「サカモト・リョウ。あなたには、民間人に魔法を使用した疑いがある。家族を亡くしたところ申し訳ないが、我々と一緒に来てもらえるか?」


 断れるはずもなく、サカモトはタケミガワの申し出を受け入れる。


「異世界人。あなたも一緒に来てもらえるか?」

「拒否権はあるのか?」

「ない」

「ではなぜ聞く」

「確認の為だ。友好的な関係を築ける相手かどうかの」


 それが叶わぬ夢なのはお互いに分かっているはず。

 タケミガワの言動からして、本当ならここで私とサカモトを始末したいだろう。


 始末出来ない理由が判明するまでは、大人しく指示に従った方が良い。


 念の為に、タケミガワには警告しておこう。


「タケミガワ。一つだけ良いか?」

「何かな?」

「私はさっき、お前達の規則を尊重するとは言ったが、その言葉の意味を取り違えるなよ」

「というと?」

「お前達が規則に従った人間を守秘義務の一環で始末するような行動を取った場合、私もお前達に自分の規則を押し付ける」


 私が言いたい事は、そう難しい事ではない。


「それは脅しか?」

「そう受け取った方が健全だ。サカモトに何かあったら、この星を迷わず吹き飛ばす」


 無心で見つめ続けると、タケミガワが私から目を逸らした。


 タケミガワが私から目を逸らすまでに掛かった時間は約二分。長として引けない立場にあった事を考慮しても遅すぎる判断だ。


「既に星を幾つも吹き飛ばしたような物言いだな」

「真実を知りたいなら連れて行ってやるぞ? 私の世界に」

「……遠慮しておこう。私はそこまで暇じゃない」


 心と脳に、深い釘を刺せた手応えがある。

 これでサカモトが殺される事は無いだろう。


「ミヤノ、撤退の準備を始めろ。私とこの二人は別の車で本部に戻る。この異世界人と接触した女子高生については、保護者と連絡を取って家に監視カメラを仕掛けておけ。魔法商人と接触する兆候があるまでは絶対に手を出すな」


 指示を出したタケミガワが、事前に用意されていたであろう艶が目立つ黒い車に乗り込む。


 タケミガワが乗り込んだのは車の後部座席。

 サカモトに続いて車に乗り込むと、貴族が愛用する高級馬車のような空間に入る。

 扉の開閉は当然のように自動式。椅子は高級な革が使われていて、天井に取り付けられた謎の装置からは涼しい風が出ている。


「おい、何をウロウロしている異世界人。さっさと席に座ってシートベルトをしろ」


 判断力が乏しいわりに、タケミガワはせっかちだ。いつか取り返しの付かないミスをするだろう。


「おい、アストラル。こっちに。シートベルトを」


 サカモトの手を借りずにタケミガワの動きを真似て腰に帯を付けると、車が何の衝撃もなく進み始めた。

 

 音から判断して、車の動力源は車体の前方。

 操縦士の手元には、海を渡る船の舵に近い物がある。

 窓ガラスは、操縦席以外の窓が黒い窓。外の景色が見えない。


「おいタケミガワ、外の景色は見れないのか?」

「見れる訳ないだろ。この車は重要人物を送り届ける車だぞッ……!! 頼むから異世界人あるあるを辞めて、大人しく、、座っていろ」


 臨機応変に対応できない奴が組織の長とは情けない。


「あの、タケミガワさん、で良いですか……?」


 兵士の前以外だと幼い言動が目立つ事に気付いたのか。サカモトがタケミガワに話し掛けた。


「何だ」

「えっと、俺はどうなるんですか?」

「何もしてなければ数時間後には解放される。あくまで疑いがあるというだけだ」


 サカモトの顔色からして魔法を使った覚えはあるようだが、私の知る限り、魔法を使ったのは彼の妹が最初で最後。


 恐らく、タケミガワが知りたがっている事をサカモトは知らない。


 私からもタケミガワに聞いてみよう。


「タケミガワ、お前は魔法商人を探しているのか?」

「探しているといえばそうだが、我々が本当に探しているのは別の人物だ。魔法商人は、あくまでもその人物に繋がる手掛かりに過ぎない」

「では誰を探してるんだ?」

「……集団転移、集団転生、そのテロ事件の犯人だ」


 集団転移と集団転生。


 ――嫌な響きだ。


「集団転移テロ事件、集団転生テロ事件については本部についてから話す。今はとにかく、口を閉じて休んでいろ。終わりが見えない話だ」


 終わりが見えない話と聞いて、タケミガワが威圧的な態度を取った理由が少しだけ理解出来た。


 これは、地球の人間の手に負えない問題だ。


 サラベールが危惧していた問題は、既にこの地球で起きている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る