第21話 収束

 その日は雨だっただろうか。それとも、曇天だっただろうか。詳しいことはもう覚えていない。だけれど、たった一つ覚えているのは、その日フツ村の子供のうちの一人が行方不明になったということだった。

 僕には友人がいた。名前はもう朧気で思い出せない。容姿も声も同様だ。だけど彼女の存在そのものを忘れることは、僕が死ぬまで永遠にないだろう。

 その日も僕は彼女と野を駆けていた。花冠を作って載せ合ったり、畑の様子を見たり。楽しいことや苦しいことを共有し合える仲だった。子供ながらに、いい友人を持ったと思ったものだった。

 ただその日は途中から雨が降り始め、近くにあった大きい木の下で二人で雨宿りをしていた。雨音を聞きながら二人で歌を歌ったりした。だがその雨音と一緒に遠くで戦闘音が鳴っていることを、僕達は知らなかった。

 実はその日、近隣の森で魔物が増えているという村人からの報告があり、大人数名でその討伐に向かっていた。だがフツ村からはかなり距離もあり、決して危険にはなり得ないはずだった。

 だが、僕達の下に一匹の魔物が躍り出る。その魔物は巨大な体躯を持つ、熊のような魔物だった。魔物は何かに追われているようで僕達を見つけるや否や興奮した様子で腕を振り上げ威嚇してきた。

 先程までの雰囲気から一転し、僕も彼女もお互いに身を寄せ合うことしかできなかった。逃げる隙を窺うも魔物は待ってくれず、すぐに腕を振り被りながら突進してくる。

 僕は友人を護ろうと前に出ようとしたが、それをする間もなく横に突き飛ばされる。直後、泣きながら僕を突き飛ばした彼女はメキッという鈍い音を上げながら魔物に10m程殴り飛ばされていく。僕は咄嗟に起き上がり、魔物がいるのも忘れて彼女に駆け寄った。下半身と上半身が本来あり得ない方向に曲がってしまい、直撃を受けた腕はひしゃげ、腕の様相を呈していなかった。僕はその光景に吐き気を催しながらも彼女を抱きかかえた。彼女の口からはどんどんと血が溢れ出てくる。

 そして一言、ユヅル君が無事で本当によかった、とそう言って目から光を失った。僕はただ彼女を抱きしめて号哭することしかできなかった。理不尽にも彼女の命を奪った魔物に対する怒りとなにもできなかった自分への怒りでどうにかなりそうだった。

 魔物は追ってきたフツ村の大人───アサギ師匠によって既に殺されている。そんな周りの状況にも気づかず、僕は友人の亡骸を抱きしめ、声にならない叫びを上げ続けた。


───僕のせいで…ッ…僕が……ッ!!!僕が代わりに死んでいれば…!!!!


 だから、その後保護され、誰かを護れるくらい強くなりたかった。年端もいかぬ子供だった僕ではどうあっても救えなかった命に固執し続け、護ると誓ったモノをなんとか守り切って命を落とす。それが僕の残りの命の意味だと思っていた。

 けれどそれは違う、と心のどこかに否定された気がした。或いは、僕を救ってくれた彼女自身が否定してくれたのかもしれない。誰かを想うその気持ちは、死さえも超越し、克服し、護るための勇気と知恵をくれる。もっと単純で、純粋な答えでいい、と。今わの際の走馬灯のようで、違うような不思議な感覚だった。

 その間際に、僕はようやく彼女が僕を護ってくれた意味を、本当の意味で理解できたと知った。

 全ては後の祭り。だが後悔はない。彼女のようにとはいかなくとも、自分にできる最大限で護りたいと思ったものを護ったのだから。


~~~


 侯爵の屋敷の大広間。そこでは息絶えた吸血鬼の亡骸と共に、息も絶え絶えのユヅルの姿があった。意識もなく、腹には剣が突き刺さり、左腕は千切れかけ、首筋も一部欠けている。だが、まだ生きていた。

 それを発見したアサギはすぐにフェンリルを呼び、フェンリルに寄り添わせる。

 金狼フェンリルは魔物だが豊穣の象徴、生を司る神としても崇められている。実際彼は死ななければ治せる、という特性がある。それも彼が唯一無二たる所以である。


「…一体…ここは…?確か私は…侯爵家で…」


サラの目が覚めた。胸を刺され致命傷だったのにも関わらず後遺症もないようである。何より、吸血鬼の洗脳によって意識を混濁させられていたからか、記憶もない様子だった。それに気付いたアサギがすぐにサラに駆け寄り、抱き締める。

 一先ずの無事を喜んだアサギだったが、死にかけているユヅルが近くにいることを思い出してハッとした。フェンリルに目で遠くに行ってくれないか、と頼み、フェンリルはこれを了承。人目に付きづらい場所に移動していった。

 アサギは詳細をぼかしつつもサラに一通りの情報共有をしてもう大丈夫、という旨を伝えた。勿論、サラが死にかけたこと関連は黙っている。そしてサラはその話を聞いてホッと胸を撫でおろした。


「…すみません、組合長…記憶がちょっと曖昧で…」


「大丈夫よ。怖かっただろうし、相手は吸血鬼だったから。一応、後遺症とかの検査は必要だけど、一先ずは安心していいはずよ」


アサギのその言葉にサラは涙ぐみながら頷いた。それで、とサラは続けキョロキョロと辺りを見回してから首を傾げ、「ユヅルさんは…?」と恐る恐るアサギに問いかけた。アサギはどう答えるべきか逡巡し、まだ混乱している彼女を更に混乱させるわけにはいかない、と考え誤魔化すことにした。


「ユヅル君は…まだあなたに会う覚悟ができていない、って言って事後処理を手伝ってるわよ?」


ジーっとサラはアサギを見る。サラ自身、ユヅルに謝りたいことや聞いて欲しいことは沢山あるが、それ以上に気まずいというのも理解できる。だがサラにとってユヅルはそんなことは言わないはずだ、という確かな確信があった。

 サラはゆっくり立ち上がると、覚束ない足取りで歩き始める。アサギが困惑する中、サラはよりにもよってフェンリルが去った方向へとまっすぐ歩き始めた。

 アサギは誤魔化すのは無理だと判断し、サラを支えながらフェンリルのいる方へ歩いて行く。


【む…アサギ…その娘を連れてきたのか】


フェンリルがアサギの気配に気づき、声をかけた。フェンリルは背を向けているため、ボロボロのユヅルは見えない。

 一先ずホッとしたアサギはフェンリルに言葉を返す。


「…まぁ、サラちゃんがどうしても会いたいみたいだったからね」


【そうか…我でも少し大変だと言わざるを得ぬ。全身に回った毒に欠損部位の回復…中々に多くてな】


「それは…どういうことですか?」


初めて見るフェンリルに臆することなく、サラは話しに割って入った。フェンリルはほう、と感嘆の息を漏らす。


【娘よ。我がいる限りユヅルが死ぬことはない…それを前提として我が前に来るがいい】


そしてサラはフェンリルに言われるがまま前へと回った。そして、目を見開き、息を呑む。首筋、左腕、腹に大きな傷があり、その他にも胴体の複数個所に穴が開いており、意識のないユヅルの姿がそこにはあった。フェンリルの美しい金色の毛並みが一部ユヅルの血に染まっているのも見て取れる。まだ止血は出来ていないようだった。

 サラはわなわなと震えながら近寄り、ユヅルの頬に触れる。微弱ながらも微かに息をして、そして確かな温もりがあった。サラは目を伏せ、「…ユヅルさんの…馬鹿…」と言った。そんなサラにフェンリルは声をかけた。


【…娘とユヅルのことは我も聞いた。ユヅルからの一方的な善意は確かに双方を傷付ける結果となってしまったかもしれぬ。だが…彼にとってこうなっても構わないほどに貴様を大切に想っている。その資格が云々ではなく、それこそがユヅルの意志なのだ。どうか、わかってやってくれ】


「…珍しく気の利いた事言うわね」


【阿呆、恩人殿のことだけよ】


フェンリルとアサギの会話を無視して、サラはずっと目を閉じているユヅルを見て、涙を流した。その涙は、複雑な感情が入り混じったモノだった。


「それじゃあ私は事後処理があるから、ごめんなさい、また来るわね」


アサギは空気を読んでその場を離れた。フェンリルはその場を離れられないが耳を畳んで音を遮断している。だがそんなことは今のサラには関係ない様子だった。


「…いつもいの一番に助けてくれて…それでこんなにボロボロになって…ダメですよ、ユヅルさん…」


サラの手がユヅルの頬を撫でた。


「…私はあなたに何も返せない。でも…それでも、自分にできる限りのことはしようと思ってるんです…あなたの、王都での居場所になれたら、って…そうやって沢山、お話したいことがあるんですよ」


だから、とサラは続けた。


「早く、元気になってくださいね、ユヅルさん」


サラはそのまま、ユヅルの傍から離れず、ずっと一緒にいた。諸々の検査や事後処理が終わり、病院へ移動してからも片時も離れようとしなかった。




 一週間後。ユヅルは遂に目を覚ます。見慣れない白い天井を見てユヅルは思わず「知らない天井だ…」と呟いた。自分は死んだものと思っていたけど…と上体を起こそうとするも、体に力が入らなかった。感覚があるから死んでいないみたい?という結論に至り、左右を確認すると、ユヅルの左手をギュッと握っている人物がいた。


「…サラさん?」


その人物───サラはユヅルの手を握り締めながら椅子の上で眠りについている。目元には涙の跡も見え、ユヅルは申し訳ない気持ちで一杯になると同時に無事に助かってよかったと思う気持ちで一杯になった。

 だが、フェンリルが召喚されていなかったらサラも自分も死んでいただろうことを考えると、正直手放しでは喜べなかった。


「…泣かせてしまったな」


泣かせないために、苦労させないために、幸せでいてもらうために彼女を護ると決めたのに結局泣かせてしまってはどうなのだろうか、とユヅルは自問する。だがそれでも、その想いをユヅルは貫くと決めていた。

 ユヅルは少しずつ動かせるようになってきた体を起こし、サラの名を呼びながら彼女の肩を揺する。サラは程なくして目を開け、ユヅルとばっちり目が合った。そして、声にならない叫びを上げた。


「…突然の大声は耳に効くなぁ……」


思わずユヅルはそう言った。サラはハッとしてすぐにユヅルに謝ったが、ユヅルはすぐに気にしていない旨を伝えつつ、お互いに気まずい静寂が訪れた。

 だがすぐに口を開いたのはユヅルだった。


「…体は大丈夫?」


「はい、ユヅルさんこそ…ひどい怪我で…」


「でもこの通りだよ」


サラはあの惨状を思い出したのか、また涙ぐみ始めた。ユヅルは少し焦りながらも、話題を強引に変える。


「…その、ごめんね。僕の我儘を押し付けてしまって…多分、酷く傷ついたと思うんだ」


「そんな…でも、私もすみません…あの時は…正直、ユヅルさんがどうしてそこまでして自分を護ってくれるのかがわからなくて…自分にその価値もない、って思っていたんですけど…」


サラはそこで言葉を区切り、言葉を探しながら続けた。


「…でも、私は私のできる範囲でユヅルさんの力になりたいんです。どんなに小さなことでも、大きいことでも。私がユヅルさんを頼っているように、ユヅルさんにも私を頼ってほしいって…そう、思ったんです」


「もう割と頼っているというか…なんというかなような…」


「ふふっ…なんですかそれ」


ユヅルとサラはお互いに笑いあう。お互いの無事を確かめるように、お互いの心を確かめるように。


 ホアイト侯爵家は侯爵本人が行方不明となり、その子孫も女性のサラを除いて吸血鬼の眷属となっていたため消滅したため取り潰しとなり、サラの母親は殺人未遂で投獄、元副組合長アカモは除名され、サラの妹は祖母の家に預けられ馬車馬の如く働かされている。

 そして一連の事件をユヅルが引き起こしたものとする記事が出回っていたが、それらは王権によってデマであるとされた。ルキが国王に働きかけたためである。王宮は今回の事件を重く受け止め、国内に存在する不穏分子を洗う動きが出てきた。そしてその選定には第一王子と第二王子に一任し、この件は一旦の収束を見せた。


 さて、ユヅルはと言えば順調に回復し、サラの母親が投獄される前に退院していた。そのため…。


「(罵詈雑言の嵐)」


「あ~はいはい、そうですねぇ。そんな汚い言葉で罵ることしかできないんですか?僕より長く生きてるのに。語彙力もそんなにない上に一辺倒…そんなんだから旦那に捨てられるんですよ。わかりますか?あなたみたいな人のことを頭のおめでたい人、っていうんですよね。知ってますよ。え?あぁ、皮肉じゃなくて純粋に褒めてますよ、喜んでくださいね」


サラの母親から来る罵詈雑言に対してそう返していた。尚物理的にボコボコにしようとしたらルキに止められたためこういう措置をとっている。

 そしてサラは、というと、家に帰ることになったのだが、ユヅルも一緒に住むことになった。今まではいい宿に泊まっていたのだが、宿代も浮くし!とサラに詰め寄られたためユヅルが了承した形である。


 そして今回の働きでユヅルは異例の昇進、元々Dランク冒険者だったのがAランク冒険者となった。色々と落ち込んでいるときに大量に依頼をこなし、大量の吸血鬼を倒した功績も加味されてのことである。尚、アサギは本当はSランクにしたいんだけれど…と言っていたらしい。

 何はともあれ、今回の一件は落着し、収束したのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

毒親に悩まされている子に恋をした さけずき @Sakezuk1

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ