第40話


「……結局、収穫ナシね」

「えぇ。まぁ途中から、なんとなくこうなる気はしていましたが」

「言わないでよ。騙されて言いくるめられたみたいで、情けなくて惨めになるから」


 岐路に付く車内に充満するのは、重苦しい雰囲気。

 その雰囲気を体現するかのように、助手席に座るライラは頭を抱える。

 そんなライラを横目で見つつ、レイは肩を竦ませて。


「実際、騙されて言いくるめられたワケですし……予想外でしたね、ホントに」

「まったくよ。あのまま崩せると思ったのに、肝心なところで余計な横槍を入れられた」

「そうですね。因みに、ライラさんはどう思っているんですか? 今回の事」

「どうってそりゃ……取り乱した夫人の様子からして、あの家はクロ――少なくとも、何か探られて困る疚しい事情を抱えているのは間違いない。でも、証拠がない。核心を突く材料は、隠匿されていると見るべきね。そして、証拠を握り隠しているのは恐らく……」

「キース、とかいいましたっけ? あの胡散臭いコンサル気取り」

「そういうこと。つまり、相手にすべきはあの香水のキッツイ若作り年増ババァではなく、勿論小間使いにされている情けないご当主様でもない……当面はキースを探るわよ」


 そう言い切った瞬間、レイが強くブレーキを踏み込んだことで不意に車が急停止。

 慣性から「おっとっと……」と声を漏らしつつ、助手席のライラは車内でつんのめる。


「ちょっと、いきなり何よ! ビックリするでしょうが! 交通ルールくらい守りなさい。一応、警官なんだから」


 ガバッと運転席の方を睨みつつ、矢継ぎ早に文句を口にするライラ。

 しかし、レイはそれを聞いている様子はなく、ただハンドルを握ったまま真剣な思案顔。これには、ライラも思わず怪訝な――心配も一部入った――表情で。


「ど、どうしたのよ? 何か、方針に意見でもあるワケ?」


 恐る恐るとライラが問えば、レイはライラに真剣な眼差しを向けて。


「ライラさん、ここからは別行動取ってもいいですか?」

「…………はぁ?」


 唐突な申し入れに、ライラから不意に間の抜けた声が漏れる。


「ど、どういうこと?」

「ライラさんがキースとかいう男を洗っている間、別の選択肢を当たってみたいんです」

「別の選択肢って、もしかしてあのご当主様のこと?」


 ライラが問えば、レイは力強く首肯。すると、今度はライラが思案顔。


「敢えて聞かなかったけど……君、帰る間際にあのご当主様と何か喋っていたわね」

「えぇ。少し、俺の経験談に基づくアドバイスを」

「経験談、ねぇ」


 疑惑を宿したような半眼でレイを見つめるライラだが、レイには動じる様子がなく。寧ろその眼には、力強い決意と揺るがぬ自信が宿っているようにすら見える。

 もう、何を言っても無駄そうね……そう判断して、ライラは小さく嘆息。


「分かった。それなら好きにやってみなさい」

「ありがとうございます」

「ただし、下手なことしないでよね。前にも言ったけど――」

「心配掛けさせるな。向こう見ずなことはするな。ですよね? 大丈夫です。言われた通り胸に……じゃなかった、魂に刻んでいますよ」


 続けるつもりの言葉を先に取られて、言うつもりで口を開けたライラはもう何も言えなくなってしまう。それが恥ずかしかったのか、悔しいのか、口を噤んで渋面。そして何も言わずに、レイの肩を軽く小突く。


「痛っ!? 何するんですか?」

「何となくムカついたから」

「理不尽! 少しは変わったのかと思いましたけど、暴力癖は相変わらずみたいですね」

「うるっさいわね。口答えするなら、もう一発あげましょうか?」

「いいえ、結構です。……あぁ、でも折角だし、一つお願いしてもいいですか?」

「えっ? ……い、嫌だ。頼んでまで殴られたいなんて、そんな趣味に目覚めちゃった?」


 ドン引きした様子のライラに、レイは思わず渋面。


「ち、違いますよ! あるワケ無いじゃないですか、そんな変態染みた趣味!」

「い、いやぁ……いいと思うわよ? 趣味趣向はそれぞれ自由だから、否定はしないわ。私、そういうのに理解あるわよ? まぁでも、個人的に付いていける自信はないけど……」

「フォローになっていませんって! というか、中途半端なフォローはストレートな暴言より人を傷付けるんですよ? というか、そこじゃない! 俺に、そんな趣味はないっ!」


 顔を若干紅潮させて、息を荒げて主張を展開するレイ。

 その必死さにやっと本気だと理解したのか、ライラは目を丸くして。


「えっ? 嘘、違うの? 殴られるようなことばかりするから、てっきり……」

「違います……というか、その汚物を見る様な目は止めてください! 傷付くから」

「汚物を見る様な目じゃないわよ。これは、雨に打たれて弱々しく鳴く捨て犬を見る目よ」

「要するに哀れむ目ってことですか……釈然としませんが、汚物扱いよりマシだ」


 やり辛い……レイがそう思ったのは言うまでもないことで。

 他方、一頻り揶揄って遊んだところで満足したのか。ライラは「冗談だから……」とくすっと笑みを零しつつ前置きしてから。


「で? お願いって何かしら?」

「……貸して欲しいんです」

「貸す? 言っておくけど、お金なら貸さないわよ。金持ちほど、貸し借りに細かいの」

「……癪に障る物言いだ。民衆の敵ですね。別に金に困っていません。違いますから、安心してください。借りたいのは、いつも直前に手渡ししてくれるアレです」

「アレって……えっ? もしかして、これのこと?」


 徐に、自身のホルスターから拳銃を取り出す。

 軍用にも使われる最新式の自動式拳銃、それを見るなりレイは手を差し出してくる。


「何? あのご自慢の骨董品、今日は携帯していないとか?」

「持っていますよ、勿論。ただ、アレは子供が引くには引き金が重すぎるし、鍛えていない華奢な子供の腕力では反動に勝てない。だから、撃ちやすい銃が必要なんです」

「……えっ? まさか、君――」

「貸して、頂けませんか?」


 ライラの言葉を遮り、更に迫る。鉄火場へ足を踏み入れる前に見せる真剣な表情で。眼差し、語気の強さ、雰囲気……その全てが本気だと物語っていて、ライラは嘆息。


「二つ、約束して。一つ目は、無暗に危ない橋は渡らないこと。どんな危険や危害がその身に降りかかるか分からない。危ないと思ったら手を引いて」

「承知しています。仰せの通り、魂に刻んでいますので」

「調子に乗らない。で、二つ目だけど……私たちの銃弾は、『悪』を貫き挫くためのモノ。そしてその『悪』を判断する基準は、個人の正義ではなく法――この国のルールよ。

 だから、この国のルールに則って『悪』と判断された相手でない限り、これを使ってはダメ。これだけじゃなく、無論君のもね。忘れないで。私たちが守るべきはこの国の安全と法であり、正義じゃない。もしも、また自分勝手な正義を掲げて引き金を引き、取り返しのつかない事態を招けば……その時は今度こそ、私は君を殺すしかなくなる」

「構いません。貴女がそう判断したのなら、俺を殺してください。尤も、そうはなりませんけどね。仮にも俺は、貴方の薫陶を受けた身だ。その辺り、しっかり弁えています」


 レイの眼差しは、相変わらず真剣で。

 そんな真剣な眼差しで見られては、ライラが口にする言葉は一つしかない。


「……いいわ。分かった。信用するわ、君を」


 レイが差し出した手に銃を置き、自身の手を添えるようにレイの手に握らせる。

 そんな彼女に答えるべく、レイは力強く首肯。


「お任せあれ!」


 そう言って、車を降りる。

 レイの降車に併せてライラも車を降りて、運転席側に回っては運転席へ。

 車窓を開けて、車体の傍らに立つレイを真っすぐ見つめると。


「それじゃあ、頼んだわよ。定時連絡はよろしく」

「心得ています。では、行ってきます」

「えぇ。行ってこい!」


 憂いなど微塵もない笑顔で、背中を押してくれる。そして車窓は閉まり、車は発進。駆動音を響かせながら走り、段々と小さくなっていく車体を見送って。仕舞いには道の彼方へ見えなくなってしまう。


「……さて、やるか。俺の過去のケジメのため、そして信頼してくれる上司のためにも」


 手にした銃を見つめてフッと笑顔を零しつつ、その銃を腰に忍ばせて街を歩く。

 その足取りはどこか軽快で、自身とやる気と覇気に満ち溢れていた。


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