第34話

『サーベラ家……って、あの男爵家の?』

「えぇ。今回尋問した男が言うには、件の薬物――リベレーションとかいう名前だそうですが、そいつのスラム街以外の都市部でも売買出来ているのは、その貴族家と手を組んでいるからだとか」


 屋敷の主人を尋問したことで、レイは一応事件の概要と知るべき事柄を全て把握した。そして、手に入れた情報をすぐさまライラへ端末で報告したのだが――他方のライラからは妙に重苦しい雰囲気が沈黙の中から伝わって来て。


「……? どうかしましたか?」

『いえ。ただ、少し妙だと思ってね。確かに貴族の後ろ盾を得られれば、主要都市での違法薬物販売を密かに行うことは可能だとは思っていたけど……でも、その貴族がサーベラ家っていうのは正直俄かには信じ難いと言わざるを得ないわね』

「――と、言いますと?」

『サーベラ家は確かに由緒正しく歴史ある男爵家だけど、正直貴族家としては没落寸前。先々代当主の代では既に家計は火の車で破産間近といったところで、それでも先代当主が家を再建しようと方々手を尽くして努力していたそうだけど、こちらも志半ばで過労によって二年ほど前に他界しているとか』

「志半ばということは、家の状況は……」

『状況は、まるで改善されていないそうよ。だから、もうそう遠くない内に没落して、家は断絶となるだろうってもっぱらの噂。実際、王都ではお家断絶の話も出ていると聞くわ。まだ断絶していないのは、後見人として事後処理をしてくれる貴族家が見つかっていないからってだけで、要するに社会全体で面倒事を先延ばしにしている感じかな?』

「それはまた世知辛い話ですね。それで、今の領主は一体誰が?」

『先代当主の一人息子だそうよ。でも確かまだ十五歳とかだから、今は母親が代理人をしているんじゃないかしら』

「成程。となると恐らくは、その母親が今回の件に一枚噛んでいる可能性が高い――と」

『金という動機もあるし、君の手に入れた情報通りならそう見るのが妥当ね。でも、実際にそれが出来るだけの力があるかと言われると、ちょっと信じられないっていうのが本音』


 ここまで話して、二人の間に張り詰めるのは重苦しい沈黙。

 しかし、何時までも沈黙を続けても埒が明かないと、話を進めたのはライラの方。


『とりあえず、こちらで何とかサーベラ家と接触出来ないか試してみる。だからとりあえず、君は戻って来てくれるかしら?』

「承知しました」

『今からだと、どれくらいにこちらに戻って来られそう?』

「ええっと? まぁ、大体三日後くらい、ですかね?」

『三日か。流石にそこまでに全部準備は厳しいかな……でも、分かったわ。気を付けて戻って来てね。あぁ、そうだ。それと今回の尋問で得た音声データって記録してある?』

「勿論です。後で転送しますね。あぁ、もしよければ証言者も連行しましょうか?」


 冗談めかしたレイの提案に、通話の向こうから聞こえてくるのは困ったような声。


『いやいや、令状も無しに身柄の拘束できないでしょ? 放っておきなさい』

「冗談ですよ。無論、そのつもりです。友達でもない男と二人旅する趣味は無いですから。まぁ、相応の仕置きと口止めだけに留めておくとしましょうかね」

『それでいいわ。ただ、やり過ぎは禁物だからね? じゃあ、諸々よろしくぅ』

「承知しました。では」


 そう言い残して、通話終了のボタンを押下。

 さて、ライラへの報告は終えた。そこでレイは、徐に背後へと振り返って。


「……そういうワケなんだけど、理解できたかな? まぁ、出来てなくとも関係ないけど」


 飄々とした軽い口振りでそう問われた瞬間、手錠に加えて立派な黒の椅子に縄でグルグル巻きに固定された館の主の男――名をブードゥーというらしい――は、真っ青な顔でガタガタと震えながら壊れた人形のように何度も何度も首肯する。

 あまりにも情けない姿にレイは苦笑を禁じ得ないが、この場に限ってはこれくらい気弱な方が助かるというもの。


「くれぐれも言っておくが、他所で動いているお仲間に余計な入れ知恵するなよ。これはこちらの都合もあるが、お前やお前の部下のためでもある。

 想像してみろ。もしこの件が明るみになり、お前より偉いヤツにお前の不手際で多大な損失を出したことだけでなく、情報を洗い浚い白状したことが発覚したとする。そうなれば、お前は間違いなく始末されるだろう。末路は豚の餌か? 或いはコンクリートブーツ履かされて海の中にドボンか? 何にせよ、苦しく惨めな末路を辿ることになるだろうな。

 だが、お前やお前の部下が沈黙を貫けば、そんな悲惨な未来は免れるかも知れないぞ。俺も俺の仲間も、情報源は秘匿する。だからお前から情報を得たことも一切口外しないと約束しよう。何なら、身の危険を感じた時は身柄を保護してやってもいい」

「ほ、本当ですか?」

「あぁ、勿論だ。その代わり、今日の出来事は忘れること……いいな?」


 凄んだ声で念押しすれば、ブードゥーは再度首肯。

 ここまで脅せば、流石に沈黙を決め込むだろう――そう判断して、ブードゥーを解放した。


「よろしい。じゃあ、今すぐに屋敷を出ろ。お前も、お前の部下も全員だ」

「……え?」

「その間の抜けた返事は何だ? え、じゃないだろ。モタモタするな、さっさと出ろ!」


 凄んでそう言い放つ。腰が抜けているのか、ブードゥーは這うような足取りで退出。そうして目に付く部下を次々と叩き起こしては、さっさと屋敷から出るように鬼気迫る表情で命令して回った。

 その様子をある程度見届けたところで、レイはブードゥーの部屋の壁に掛けられていた鍵の内一つと他に数点の品を拝借して退出。そのまま、屋敷の地下へ向かった。

尋問の中で、リベレーションの在庫は全て地下に保管してあるということを聞きだしていた。その証言通りに地下へ足を運んでみれば、見るからに頑丈そうな樫の扉が出迎える。

 その物々しい扉は南京錠で施錠されていたが、拝借した鍵で容易く開錠。

 そうして頑強に守られていた秘密の地下室へ足を踏み入れれば、木箱が山と積まれて並んでいて。手近な箱を開けて中を検めれば、最早見慣れた極彩色のラベルが貼られた飴色の瓶が十二本もギッチリと詰められている。部屋中に所狭しと堆く積まれて圧迫感すら覚える木箱の数は、目測でも優に百は超えているだろうことは確実。

 するとこの部屋だけで在庫は千を超えているということになるが、か細い老婆ですら化け物じみた狂戦士に変えるヤバい薬が千本以上――本数を改めて実感したところで、レイは思わず眩暈を覚える。


「これだけの数を在庫として備えているということは、それだけ需要があるということか。やれやれ、世も末……いや、もしもこれが全部世に出回れば、その時は世が終わるな」


 頭を抱えながら嘆息交じりにそう零しつつ、レイはこれまたブードゥーの部屋からくすねておいたアルコールランプを取り出す。恐らくはコーヒーを淹れるために使っていたのだろうそれを、部屋のど真ん中に投げ込んで。勢いよく放られたランプは木箱に当たって割れて、アルコールが部屋に撒き散らされる。


「全く、この数では在庫処分も楽じゃない。したくないが、やむを得ないか……」


 そんなことを呟きながら、これまたブードゥーの部屋から拝借しておいたマッチを擦って点火して、アルコールをぶち撒けた箇所目掛けてその着火したマッチを放った。


 ボッ!


 小さな音と共に火は燃え上がり、アルコールを辿って周辺の木箱に燃え移りながら大きく成長して、やがて炎へ。

 狭い地下室は瞬く間に炎に包まれて、そこまで確認したところでレイは最後の拝借品である年代物らしい貴重なレコードプレイヤーを炎に向かって放り投げた。燃え盛る炎に受け入れられたレコードプレイヤーはどんどんその形と機能と価値を失っていく。


「モノ自体に罪は無いけどな……悪く思わないでくれ」


 燃え盛るレコードプレイヤーを眺めながら、レイはそんなことを呟いて。

その言葉と感傷を残して、静かに踵を返す。

 悠然と正面玄関から脱出してみればブードゥーと護衛達の姿があり、皆一応に呆然とした表情で窓から黒煙を吐きだす館を見つめている。どうやら、レイが脱出するまでの間に大分火が回ったらしく、既に外壁にまで火の手が回り始めている。流石は火元がアルコールなだけあるといったところ。火の手の勢いからして、今から消火を始めても全焼は免れないだろう。


「他のお仲間に何か聞かれた時には、コーヒー淹れる時の火の不始末とでも説明しておけ。……おいおい、そう悲しげな顔をするな。お前たちの新しい門出を祝する花火の代わりだ」

「な、何だとぉ? こ、これがか?」

「あぁ、そうだ。言った筈だぞ? 悪事で手に入れた栄華は儚く消え去るモノだと――な。これに懲りたら、今後は汗水垂らして真っ当に働いて生きていくことだ。例え贅沢からは程遠い貧しい生活だとしても、その方が遥かに幸せだぞ。経験者の言葉だから間違いない」


 そう言い残して、レイはさっさと歩き出す。

 背後からは、焔の音に交じって嗚咽交じりの泣き声が聞こえてきたが……生憎と同情する気にはなれない。淡々と、何事もない様子でレイはその場を後にした。

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