第31話

 レイとライラが――否、RSP全体がリリーエラの一件から半ば強引に手を引かされてから、レイはライラに申し出て長期の休暇を取得した。

 その休暇でリフレッシュ……していたワケではなく。では何をしていたかといえば、何だかんだ諦め悪くリリーエラ消息を掴もうと独自で動いていた。王国軍やRSPは勿論、一番身近なライラにも気取られぬくらいに水面下で慎重に。

 一方で、レイは節度を守ってもいた。あの書類にサインした以上は疑惑を掛けられてはならないし、仮に疑惑を掛けられても言い訳の立つ状況にしておかねばならないのだから。

 何せ、今下手を打った時に迷惑を被るのは自分一人ではない。ライラにも多大な迷惑が掛かる。そこを弁えた上で行動するとなれば、必然的に目立たなくて浅い範囲に留めておくしかないワケで。

 結局、そんな限られた範囲を幾ら探ろうが無駄な足掻き。今に至るまで求めるリリーエラの行方は杳として知れぬままなのが、その証左。

 一度軍施設の近くで軍が秘密裏に何者かを処刑したという噂を耳にしたことはあったが、それがリリーエラだと確信できる証拠どころか噂が事実か否か判断する術も伝手もない。まぁ、処刑した遺体の処理という一番面倒な事柄に関して何の有力な情報も掴めなかった時点でレイは『ガセだ』と判断したのだが……それで事態が何か変わったワケでもない。


「結局、消えたリリーエラの足取りは霞の様に有耶無耶で、その真相を掴むのは至難の業。それこそ、いっそ国の伝承で伝わる埋蔵金でも掘り当てる方が余程楽に思えてくる」


 諦め悪く足掻き続けること三カ月、結局辿り着けたのはそんな自嘲交じりの諦観に支配された結論だけ。だからレイは、独自の捜査を打ち切った。もう無理だと、諦めたのだ。

 リリーエラとの離別から三カ月。自分の中でどうにか決着を付けて吹っ切れたレイは職場へ復帰。三カ月ぶりのレイにライラは何も言わず……ということはなく、少しの文句と呆れたような笑顔で迎えてくれた。相変わらず、二人以外誰もいない物寂しいオフィスで。

 そうしてレイが職務に復帰して初めて――というよりも、実際にはレイが休職してからライラが一人で担当していた――事件とは。


「……なるほど。こいつの出所を押さえつつ、流通元を壊滅させるのが任務ですか?」


 極彩色のラベルが張られた飴色の瓶を手で弄びながら問えば、ライラは首肯。


「けど、中々尻尾を掴ませてくれないのよね。流通のルートすら掴めていないのが現状。中毒者を吊るし上げて漸く判明した売人を先日何とか一人だけ確保したけど、大した情報持ってなくてね。散々苦労した末に手に入ったのは、結局僅かな情報とそのサンプルだけ」

「なるほど、何とも根と闇が深そうな一件ですね。それで、こいつの効能は何ですか?」

「具体的なことは今、調査して貰っているわ。でも、中毒者の様子からして、恐らくは興奮と幻覚と記憶混濁の副作用がある痛覚遮断すら可能なドーピング剤ってところかしら?」

「それはまた、何とも物騒な……悪用されると危険ですね。大事件に発展しかねない」

「そういうことよ。気を引き締めてお願い。……さて、私の報告は終わり。次は君の番よ」


 不意に投げられた問いに、レイは目を丸くして小首を傾げる。


「……番、と言いますと?」

「あら、とぼけるつもり? 私が何も知らないとでも思ったの?」


 怜悧なライラの目に、レイの毛穴は一気に開き。冷や汗が滲んで顔が引き攣る。


「な、何のことでしょうか?」

「ふーん……あくまでシラを切るつもりなのね? ならば、問いを変えてあげましょうか。休暇中のこの三カ月で、さて君は一体何をしていたのかしら?」


 ニヤリと、不敵な笑み。

 心の奥底まで覗かれそうなその目から逃れたくて、レイは視線を落ち着きなく泳がせる。


「そ、それは……その……まぁ、りょ、旅行とかですかね? あはは……」

「旅行かぁ、良いわね。でも、行先が国軍施設の周辺とは渋すぎるチョイスじゃない?」

「……し、知っていたんですか?」


 確信を突く現に、更に引き攣るレイの顔。するとライラは、レイの肩をポンと叩いて。


「知らなかったけど? ただ、カマ掛けただけ。でも、ビンゴだったみたいね」

「……………………敵わないなぁ、ホント」

「さぁ、観念して答えなさいって。どうだったの? 何か分かった?」

「それがまぁ、サッパリです。結局、何も収穫はありませんでした」

「あら、そう。残念だったわね」


 絞り出すようにして口にしたというのに、その答えへのライラの返事は酷く素っ気ない。これにレイは拍子抜けから驚きの表情を浮かべて。


「えっ? それだけですか?」

「それだけって、どういう意味よ?」

「お、怒らないんですか? ……だって俺は、あの誓約書に抵触しかねない行動をとりました」

「そのようね。でも、生憎だけど今回ばかりは私に君を責める資格は無いわ」

「……えっ? それってどういうことですか?」

「さあね。さて、聞きたいことは聞いた。久しぶりの雑談は、この辺りでもうお開きよ。仕事に戻って。散々休暇を満喫したんだから、今日からしっかり働いて貰わないとね」

「えっ? あぁ、はい。それは、承知していますけど――」

「それじゃ早速だけど、君には早急に流通ルートを突き止めて貰いたいの。中毒者と売人から手に入った情報を共有するから、虱潰しに当たって頂戴。多少強引でも構わないわ」


 語気強く発せられた命令と共に、半ば押し付けるように手渡された資料。

 レイを置き去りにして先に進む話に、思わず困惑を禁じ得ず。

 しかし、ライラのこの強引な態度。これはもう、何も聞き出せそうにないのは明白で。故にレイは何も言わず引き下がって、静かにオフィスを後にする。

 バタンと扉が閉まり、廊下を歩いていく足音は段々と遠く小さくなっていく。

 そこまで聞いて初めて、ライラは椅子の背凭れに体を預けて「ふぅ」と気の抜けた溜息。


「やれやれ。どうしたのかしらね、私も。変な気分だわ。レイが何も見付けられなかったことを残念がっている一方で、何も見付からぬまま諦めて戻って来てくれたことにホッとしている自分もいるなんて……」


 誰に対してでもなくふと漏らした自問の声。そこにはありありと、困惑と自嘲が宿る。同時に思い出すのは、レイの休暇申請に対して目的を悟った許可を出した時のこと。

 リリーエラが連れ去られたあの日から、レイだけでなくライラもまた思い悩んでいた。

 どう考えても不自然極まりないこの一件を放ってはいけないという義務感と、下手に関われば国家そのものを敵に回しかねないという恐怖心との狭間で。

 そうして心揺れ動く最中にレイから提出された休暇の申請。その意味と目的を、ライラは何となくだが悟っていた。察した上で、許可を出したのだ。

 それは、揺れ動くだけで方針を決められない自分自身への苛立ちと自棄に任せた行動だったのか、或いは自分では決められないからレイの行動とその結果で決めようというある種の占いか。その真意はライラ自身にも分からない。

 ただ一つ明確なのは、レイがその心に一応の決着をつけた一方で、ライラは未だ結論を出せずにいるということだけ。結局、三カ月立ち止まったままだったのは、ライラの方。


「初めての経験ね。ここまで自分で自分を理解できないなんて……」


 嘆息交じりにそう呟くライラは、徐に引出しを開けては慣れた手つきで底板を外す。

そうして出てきた一枚の紙資料には、リリーエラの顔写真と個人情報が羅列されてい る。

 あの日、オフィスからリリーエラに関する全ての資料が没収されたのだが、その直前にライラは密かにこの一枚だけ隠していた。

 危険を冒してまで何故隠したのかは分からない。恐らくは意地か、或いは細やかな抵抗か。尤も、その答えすらも未だ導き出せずに内心で燻っているのだが。

 取り出したその資料に添付された写真を指で軽く弾くと。


「小煩いガキかと思っていたけど、存外大物だったのかも。私をここまで翻弄するとはね」


 怪訝な、しかしどこか微笑にも見える表情でそう呟く。

 そして徐にその資料の内容を目で追い始めた。既に大体の内容が頭に入っているのに。何かに取り憑かれたかのような真剣さで、ライラはただ黙々と読み続けた。


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