第23話
「……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……」
ただ許しを請う言葉を延々と吐いていていた。捨てられた子犬の様に怯えた瞳で、冷たい雨に打たれたかのように体を小刻みに震わせながら。
それは室内清掃のために派遣させた清掃員が顔を顰めつつもテキパキと仕事をこなす間も、そして終わって撤収して再び一人になった時も変わらず、震えはずっと止まらない。
「おっはよう! 元気――って、聞くまでもなさそうね」
結局、ライラが再度地下牢を訪れるまでその様子は変わることなく。
最早廃人同然となったレイの様子にライラは苦笑を禁じ得ない。
「その様子じゃあ、相当に応えたようね。あの映像は。でも、悪いけど今日はもっとショッキングな事実をぶつけてあげる。それこそ、もう再起不能になるかも知れないほどの」
「これ以上……これ以上、一体何があるって言うんだよ?」
「数日前の威勢が嘘のように大人しいわね。そんな君がこれを聞いてどんな反応を見せるか、少し楽しみになって来た」
嗜虐的な笑みを湛えたライラ。
そしてポケットから小さな機械を取り出すと、そのスイッチを押す。
機械はザザザ……とノイズ混じりの音を吐き出して、その音に混ざって確かに。
『……あぁ、その主張で間違っていない』
雑音交じりではあるが、その声は紛れもなく叔父・ヨシフの声。
聞き間違える筈のないその声を録音越しでも聴いた瞬間、少年は安堵から穏やかな表情を見せるが――その直後のヨシフの証言は、義理とはいえども孝行息子の顔をみるみる曇らせるのに十分過ぎる効果があった。
『……証言に食い違いや間違いがあってはならないので、もう一度確認させて頂きます』
『あぁ、どうぞ』
『要約すると、貴方はこう言いたいのですね? 一連の事件は貴方が経営する私塾の生徒たちと、彼らに影響を受けて過激化したご子息が主導となって引き起こしたものであると』
『そうだ。間違いない』
『貴方と夫人は彼らの暴走を止めようと試みたが、貴方の名前を使って武器を集めて武装していた血気に逸る若い彼らを止めることは叶わなかった。
無論自身の指揮監督下に居た彼らを止められなかった責は感じているが、積極的な武力闘争には一切関わっておらず、寧ろそれを止めるようにと再三注意を繰り返していた』
『その通りだ。事実私と妻は、彼らが愚行に手を染めている間は常に別行動を取っていた。話を聞かないのなら、もう手に負えない。私たちを巻き込むな、勝手にしろと見放して』
『そうでしたか……成程』
『で、でも……でもそれが……それがまさか! まさか、あんな事態を招くだなんて……うっ……くっ……事件の被害者やご遺族には、何てお詫びをすればいいか……ぐぅううう』
嗚咽交じりの言葉は、少年の耳にもしかと届いて。
その言葉の意味は無論できたが、理解することを理性が激しく拒んでいた。
「何だよ、これ……こんなの……こんな事ある筈がない! こんなのは――」
「捏造だって? でも残念ながら、これは事実。実際に公的な裁判記録として提出までされていて、だからこうして拝借も出来た。どうも彼は、君と死んだ戦士たちに全ての罪を擦り付けて減刑されよう――そんな算段らしいわね。仮に、君が死刑になったとしても」
「……そ、そんな……そんなの嘘だ!」
「これだけ惚れ惚れするくらいに見事なトカゲの尻尾切りを目の当たりにして、まだ彼らを信じているなんて。洗脳教育の賜物? それとも、義理でも親子の情ってヤツかしら?
何にせよ、そろそろ現実を直視するべきだわ。こんなの、百万年の愛情も冷めるって。だからハッキリ言ってあげる。君は、スケープゴートにされたのよ。義理の父親によって」
「嘘だ……嘘だっ! 嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だぁああっ!」
大粒の涙を零して絶叫するその顔は、まだ事実を受け入れられないと言った様子。
だが、精神的に弱っている時こそ追撃のチャンス――無論ライラもそれは熟知している。
「彼らの理想のために命を張って命令に従って、命を張ってその身と命を守ろうとしたというのに。つくづく哀れな話ね。やったことは許されないけど、同情を禁じ得ないわよ」
「……………………」
「君は、まだ十五歳だっけ? そんな子供――しかも命懸けで親を守ろうとした孝行息子をだというのに、利用されて捨てられて無様に死ぬ。惨めで無様な一生ね、ホント」
「……………………もう、許してください……もう、勘弁してください……」
「あぁ、そうだ。今のデータは彼が逮捕された翌日に面会した弁護人が裁判記録作成のために録音していたデータを拝借したモノで、あくまで表向きの資料なのよ。
つまりは、多少の脚色やカッコつけも否めないワケで……そこで、今度は紛れもない裏の顔の方を見てみましょうか。私が独自に入手した、この男の真っ黒な裏の顔を」
音声を再生した機器の内部メモリを入れ替えて、再度再生スイッチを押すライラ。
そして流れてきたのは、先程よりも更にノイズの酷い音声記録。
『へへっ! 我が私塾への献金、毎度ありがとうございます。いやぁ、助かりますなあ』
『そんな口先だけのお礼など要らない。で? いつやるんだ?』
『……と、申しますと?』
『とぼけるな! 王族貴族を打倒する軍事行動の話だ。お前がいずれは決起するというから、我々は貴様に多額の資金に食料から兵器まで提供しているのだ! それなのにお前は、何時になったら行動を起こすのだ?』
『へっ? そ、それは……まぁ、そのぉ……』
『ここで具体的な時期を明言できないのなら、貴様の私塾への支援は一切停止するが?』
『げっ! わ、分かりました! 分かりましたよぉ……じゃあ、一年! 一年後に、行動を起こします。これでいいでしょうか?』
『遅いっ! そこまで悠長に待てるか、バカ者っ!』
『えっ? じゃ、じゃぁ……あとどれくらい待って頂けるので?』
『最低でも一カ月。そう、一カ月だ。それ以上は待てない』
『いっ、一カ月ぅ!? そ、それは幾ら何でも……』
『何か問題でもあるか? これまで、散々支援を受け取っていたのだ。着々と準備を進めていれば、問題はない筈だと思うが?』
『ぐっ!? そ、それは……そのぉ』
『それとも何か? もしや貴様、受け取るだけ受け取って何もしていないなどと――』
『め、滅相も無い! そんな事あるワケないでしょう? ……コホン。分かりましたよ。じゃあ、一か月以内には行動を起こすことを約束します』
『……約束は守れよ? もしも違えた時は、分かっているな?』
『えぇ、勿論。ですが、そういうのならそちらも約束はそちらも守ってくださいよ?』
『分かっているさ。商人として、交わした約束は守るとも。もしも事態が露見して貴様が当局に身柄を確保された場合、我々は全力で救出してやろう』
『代わりに、私は当局の取り調べで貴方方支援者の名前を出すことは一切禁止――ですな』
『そうだ。事件の首謀者も、お前ではなく誰か別の者――出来れば生徒か義理の息子で、最悪妻でもいい。必ず立てることを忘れるな。それと、これはあくまで最悪の事態に対応するための話だ。大前提、捕まらないように努力しろ。いいな?』
『へへっ! それは勿論。私は絶対に捕まりません。何を犠牲にしてでも。例え家族を、愚息を捨て石にしてでも、私は――』
「もうやめてくれ! 聞きたくない! 聞きたくない聞きたくないっ!」
支援者を名乗る男と、媚び諂うような喜色悪い猫撫で声のヨシフとのやり取り。
耳を塞ぎたくなるほどおぞましい話だが、出所こそ不明でもこれほど揺るぎなく明確な証拠を出されては、最早否定する余地など微塵も無い。全て事実だと、認める他無かった。
先に突き付けられた事実も含めると、革命の理想と正義に共に戦った戦友から親子の情に至るまで、少年が今日まで信じて来たモノは結局どれも信頼に値しない嘘ばかりだった。
そんなモノを馬鹿正直に信じ切って、きっと皆から陰で嘲笑されていたのだろう。
いや、笑われて当然か。身の回りに嘘と欺瞞がこれほど多く溢れていたというのに、その一つとして見抜くことも出来ない節穴。結果まんまと踊らされて、取り返しのつかない事態を幾つも招いて、永劫許されることのない罪を山と背負ってしまった。
愚かしさに甘さと意思の脆弱さ。その全てをいくら後悔しても、どうしようもない。時間は戻らない。なかったことにはならない。後悔など、何の償いにもならない。圧し掛かる罪の意識にギリギリで抗することの出来ていた心の支え――その全てが悉く崩壊した今、少年には何の希望もありはしない。
希望を失って絶望に呑まれた人間の辿り着く場所は、古今東西変わりはしない。まして、年若い少年であれば猶の事。故に、その言葉は自然と彼の口を突いて出た。
「……殺してくれ……お願いだ、殺してくれ!」
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