第20話
「お前たち……どういう意味だ? 一体、何を言っている?」
「言葉の通りだ。その頭のおかしい革命家気取りに、これ以上付き合う必要は無い」
「その通り。この罪深く愚かな行動は終わりを迎え、そいつらは破滅する。逆賊として」
「……何だと?」
少年の困惑の声。それと時を同じく、革命戦士の間で一気に広がるどよめき。
そして彼の言に、誰よりも明確な感情を露わにしたのは当然。
「――なっ、何だと!? 貴様ら、我らを侮辱するか!」
「貴方たちに道を示し、この革命へ導いてあげた……そんな大恩あるはずの私たちを指さして、頭がおかしいですって?」
顔を真っ赤にして激怒する夫妻。
だが、そんな露骨な怒りを向けられても尚、反旗を翻した革命戦士たちはの顔は涼やかでまともに取り合う様子はなく。寧ろ小馬鹿にするように鼻で嗤い、侮辱の眼で睨むだけ。
「何が道を示しただぁ? 何が革命だぁ? ふざけんな! 単なる殺戮者の分際で!」
「大体、恩着せがましく言っておきながら、お前ら二人で逃げていただけだろ?」
「そうだ。ロクに苦労もしてない癖に、何が大恩だ! 笑わせんな!」
「侮辱するに決まってんだろ、人でなしのクズの分際で」
「な、何ぃ? 革命の英雄たる我らを侮辱するなど言語道断! おい、奴らを殺せ!」
「……えっ?」
これまでに経験の無い、突然の珍事。想定外過ぎるこの事態を前に、少年はすっかり困惑。混乱で頭が真っ白になったことで少年は初めて命令に背き、銃を握ることも無く硬直するだけ。そんな少年に、ヨシフは舌打ちして。
「この役立たずが、もういい! ならばこの私自ら、処断してくれる!」
怒りに押されて、懐から拳銃を取り出すヨシフ。
それは前線で戦う兵士たちに提供されていたどの拳銃よりも高価で高性能な自動式拳銃。王国軍の正式採用銃よりも新型で、現在この国で手に入る拳銃の中で最強と言っても過言ではない性能を誇る一品。それを自身への侮辱を口にした兵士たちへ向ける。
そして怒りに任せて引き金を引かんとした、まさにその寸前だった。
ドゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!
耳を劈く爆発音が轟き、立っていられないほどに大きな地揺れ。その揺れが収まるのを待つことなく広間の扉が強引に蹴破られて、大型銃器で武装した兵士が雪崩れ込んでくる。
「我々は、アクロー王国軍所属近衛兵団である。ヨシフ=イギールと、妻のアンだな? 貴様らを反乱の罪で逮捕する。抵抗は無駄だ、投降せよ!」
「なっ、何ぃ!? な、何故だ? 何故この場所を――はっ!?」
指揮官だろうか、二十代後半くらいの一際身なりが美麗で顔立ちも端正な男のよく通る声が室内に木霊した。彼を先頭にした敵部隊の急襲に動揺から目を泳がせるヨシフだが、泳ぐ視界の隅で辛うじてだがハッキリ見た彼の戦士たちの不敵な笑みで全て理解する。
「き、貴様らぁ……う、裏切ったのか? 我らを売ったのか?」
「当然だろうが。お前らみたいな狂信者、もう付いていく価値もない」
「まぁ、売値は安すぎたけどな。結局、我ら四人の身の安全しか買えなかったが」
「……ったく。志の命も安い、つくづくしけた連中だよ」
「何ですって? 今の言葉、訂正なさい! 私たちは、懸命に国のために尽くして――」
「喚いていろよ、ババァ! どうせお前らは、もう終わりだ! さぁ、正義の代行者たる国軍の皆様ぁ! 約束通り、こいつらの情報を提供しましたよ? これで一件落着ですね。ですからぁ……約束は守ってくれますよねぇ? 身の安全は、保障して頂けますよねぇ?」
媚びを売る、猫撫で声。イヤらしいまでに露骨な揉み手。
四人揃って、保身しか頭に無いことが明白な卑小極まる振る舞いであった。
そんな行動に、思うところがあったのか。近衛兵団の指揮官らしき人物は、舌打ち交じりに眉を顰めて。ただ沈黙のまま室内をぐるりと見回して、自分たちが背にする戸口を除いて出入り口が無いことを確認してからニヤリと嗜虐的な笑みを浮かべると。
「あぁ、そうだな。情報提供感謝する。早速だが、諸君らには細やかな礼をしたい」
「お礼ですか? あっ! もしかして、情報提供の報酬に金一封とか?」
「マジで? いやぁ、助けて貰える上にそんな礼だなんて、旦那太っ腹ですな! よっ!」
「喜んでくれて、何よりだ。さぁ、思う存分受け取れ」
にこやかな、人当たりのいい笑顔を浮かべる指揮官。しかし次の瞬間、目にも止まらぬ速さで銃を抜いて。流れる様な動きで、その照準をすり寄って来た四人の内一人に向ける。
「――えっ?」
呆気にとられた、情けない声。そしてその声を遮るように響く、無情な銃声。
至近距離で眉間を撃ち抜かれた彼は、力なく地面に仰向けで倒れ伏す。その傷と出血からして死んでいるのは明白で、呆気にとられた間の抜けた顔が悲惨さをより引き立てる。
「なっ!? えっ?」
「これは……これは一体どういう?」
「我らの命は保証してくれると、約束した筈! それなのに、これは一体どういう?」
「バカめ。テロリストの末端兵で、しかも保身のために仲間を売るようなクズ中のクズとの約束など、誉れ高い王国軍近衛兵団を預かるこの我が守るとでも? おめでたい連中だ」
塵芥を見るかのような極寒の冷笑と、容赦も慈悲も無い遂げ塗れな侮蔑の言葉。
仲間の死という現実に加えてそんなモノまでぶつけられたのだ。裏切り者たちの困惑と動揺は凄まじい。尤も、持ち上げて希望を持たされてから一気に突き落とす手法で最大限の絶望を与えられたのだから、見ていて哀れに思える程に混乱するのも無理からぬこと。
そして、これほど残忍な仕打ちを平然と出来るこの男が、これだけ見下している彼らが現状を理解するまで悠長に待ってくれる筈もなく。彼は無慈悲にも淡々と三度引き金を引いて、細やかな礼と称した死という究極の絶望を鉛玉と共にプレゼントしていく。
最初の一人を含め、全員揃って眉間を一発で撃ち抜かれての即死。
裏切り者たちは、その報いを受けたかのようにほんの一瞬でその命を散らした。
「さて、ゴミは片付けた。次はいよいよ……」
吐き捨てるようにそう言い放ち、そして指揮官の視線はいよいよ残る革命戦士達と少年と、何よりも彼らの奥に控える本命たる首謀者夫妻の方へと向く。
息を呑むような緊張感が室内に充満するなかで、夫妻と少年たち革命戦士は殆ど丸腰。他方、敵部隊は大型の携行火器で完全武装。圧倒的戦力差は明白で、当然勝ち目は皆無。これはもう、革命戦士達からすれば恐怖に震える他ない状況。
そんな敵の姿を目の当たりにして、指揮官は嗜虐的な笑みを浮かべながら手を高く掲げ。
「可能であれば首謀者の二人は身柄を抑えたいが……面倒だ。死体で持ち帰るとしよう。他の連中諸共に殺してしまえ。さぁ、射撃練習の時間だ――撃て!」
攻撃開始の宣言は下される。ハンティングゲームの開始を告げるかのように、淡々。同時に規律の取れた動きで銃を構えた指揮下の兵士たちは、迷うことなく引き金を引いて。彼らの銃がけたたましい銃声を轟かせながら火を噴いた。
逃げ場のない地下広間に閉じ込められて、加えて銃どころか剃刀の一本すら持たない完全に丸腰な戦士たち。彼らにこの激しい銃撃へ立ち向かう術は勿論のこと、逃れる術すらもありはしない。ただ雨霰と放たれる銃弾をその身で受けて、全身至る所に穴を開けられるという惨たらしい状態で血を撒き散らしながらバタバタと倒れていくしかない。
夥しい銃声は地下空間を構成する石や土を抉り砕いて、硝煙と一緒に土埃や土煙まで巻き上げられて、換気も碌に出来ない地下広間の視界は瞬く間に奪われていく。
その煙さに指揮官はうんざりした様子で。
「撃ち方やめ! もういいだろう。これ以上は不要だ」
指揮官の命令が下った瞬間、兵士たちはピタリと銃撃を止める。
部隊の全員一人の例外もなく皆綺麗に纏まったその動きと、訓練され尽くした集団による集中砲火の精度と威力。曲がりなりにも十年訓練や準備を続けて来た少年たち革命戦士の一団よりも、近衛兵団の方が遥かに洗練されていて、実用的でありながら美しい。
十年鍛えても結局は習得し得なかったのだから、結局は所詮素人上りの民兵集団では到達できず習得は望めない域の……さながら統率の究極形とでも呼ぶべき姿なのだろう。
そしてこれは同時に、国軍の練度は少年たち革命軍よりも遥かに上だったことの証左。つまり、翌日王都へ進軍などしていれば――必然彼らと激突し、その勝負は最初から見えている。どう転んでも、この革命は今日明日で崩壊する運命だった。
また、彼我の戦力差と実力差だけでなく、素人の民間人が武力革命を起こして国を変えるという思想が如何に烏滸がましい思い上がりだったのか、最後の最後でそれをまざまざと思い知らされた形となった。尤も、その授業料が命というのは皮肉が利きすぎているが。
こうして革命戦士たちは全員が息絶えて。骸が折り重なるようにして倒れ、血と硝煙と土埃の匂いに満ちたこの無惨極まりない空間は生存者など望むべくもないまさに地獄絵図。
そんな地獄へ真っ先に足を踏み入れた指揮官は、地獄を満足げに見渡すと。
「さて、死んだことを確認できる証拠だけは持ち帰らねば。首でも持ち帰れば、父も文句はなかろう。皆、首謀者の二人の骸を探すのだ」
指揮官の号令に従い、国軍兵士はぞろぞろと地獄絵図に突入。
折り重なる死体を無慈悲にも足蹴にしながら、首謀者である夫妻の骸を探すが――
「……見つからない? どういうことだ?」
「わ、分かりません。ですが、確かに無いのです。夫妻の遺体どころか、服一片として」
「そんな馬鹿な話があるか。もっとよく血眼になって探すんだ!」
指揮官のヒステリックな声と、報告した兵を殴打する音が地下広間に木霊する。
暴君な男に振り回されて、兵士と警官は必死に死体を掻き分けて夫妻を捜索したが……結局、幾ら探しても目当ての首は見つからず仕舞いだった。
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