第19話
内輪もめを起こした翌日の昼頃、少年たちは再度テロを引き起こした。
標的になったのは、過去三件とは距離的に遥か離れた領土を有するとある男爵家の屋敷。
以前の子爵家屋敷襲撃とは違って白昼堂々と行われた攻撃により、標的たる男爵と彼の妻子と両親は勿論、テロリズムへの対策から男爵が自費で雇ったという護衛の傭兵部隊から使用人に庭師と屋敷にいる全員を文字通り皆殺しに。子爵家の一件同様に最後は忘れずに屋敷へ火を放ち、犠牲者の骸は歴史ある男爵家の屋敷と共に悉く燃えて灰となった。
これで四件目となったテロリズムによる身分を問わない死傷者の累計は、もう四桁に迫る勢い。中でも重視すべき本来の標的たる王族や貴族の被害に限定しても、王族一名が死亡し貴族家も四つが断絶。全四件の事件の中で一際被害が大きかったのは、やはり三件目のパーティを狙った爆破攻撃で会った。
国の方針で神聖視を常識とされている王族や貴族を狙った大規模なテロ事件。これほどの過激で多くの被害を出している事件となった以上は、当然国も黙っていない。
二件目の事件が起きた段階で国軍は非常事態として国家の警察機構全てを吸収して傘下に置き、国軍主導による国中へ反意を広げた大規模な捜査網が展開。しかし、広大な国土を調べるのは流石の国家権力でもそうそう容易いことではなく、捜査陣営は一連のテロ事件の首謀者がヨシフ=イギールとその妻のアンであることには早い段階で辿り着いていたのだが……肝心の潜伏場所が中々判明しないために捜査が難航していた。
尤も、当然といえば当然の話。事件に対して国家権力が総力を挙げて対処に当たるだろうことなど当然想定していた革命派は、捜査かく乱も兼ねて事件を全て地理的に離れた場所で散発的に起こしており。加えて、事件を一つ起こすたびに隠れ家を痕跡一つ残さず放棄。すぐさま別のアジトへ移り、事件を起こしてはそのアジトを放棄して――というサイクルを繰り返しており、足取りを巧妙に隠して国内を縦横無尽に逃げ回る彼らはまるで幽鬼の如し。
それほど大規模だが巧妙かつ緻密な算段で逃げ回っては事件を起こしていたのだ。如何に国家権力が垣根を超えて結集したといえども、一筋縄ではいかない。
まさに徹底的な情報防衛策。だが、如何なる上策といえども、どこかに必ず綻びはあるもの。そして、綻びとは即ち欠点や弱点。革命派にとっての最大の弱点といえば、それは。
四件目のテロ事件を起こした後。廃坑を改造して作った極秘の地下通路を利用し、人目を避けるように移動した革命部隊一行。薄暗くて息苦しい中必死に行軍し続けて、夜もすっかり更けた頃になって漸く隣国との国境線付近のとある場所にまで到着していた。
通路から直通するようにして作られた砂埃まみれな石造りの部屋に、戦士たちは全ての武器類――剃刀一本ですら例外なく――と泥と埃で汚れた戦闘服を無造作に置く。
そうして全ての武装解除を終えた戦士から、部隊長である少年による見栄えと持ち物の厳しいチェックを受けて。チェックをパスした戦士から、隣接する広間へと順に移動する。
全員のチェックを終えて、最後に少年が足を踏み入れる。するとその広間には、革命の頭目たるヨシフとアンの姿。
「叔父上……叔母上……革命戦士部隊、只今戻りました」
夫妻の姿を見た少年の表情は感慨からか些か緩み、どこか弾んで聞こえる声が木霊。
「あぁ、よくぞ戻った。大義である」
「ご苦労様。今日までの闘争、実に見事でしたよ。流石は我らが育てた戦士達ですね」
「有難きお言葉。全戦士を代表し、御礼の意を表します」
少年たちがテロ行為を引き起こし始めてから、情報の取得と情報の撹乱に安全保障まで兼ねて、ヨシフとアンは少年たち実働部隊とは別行動をとって二人だけで国内を逃げ回っていた。
しかし、何時までも別行動では情報共有もままならないという。更には革命戦士たちの士気高揚のためには指導者たる二人の激励も必要だろうという判断もあり、実に四カ月ぶりに両者は再会することとなった。尤も、仮にも親族の再会だというのにどこか機械的で事務的なのは相変わらずで、そこには凡そ情らしい情など感じられないが。
「さて。今までの貴方たちの闘争により、国中はさぞかし貴方達へ期待を寄せている筈」
「あぁ、そうだ。市井は今や、我らの闘争で持ち切り。国中の期待の念は、今や我らに注がれていると言っても過言ではない。そこでだ! ここらで大きな一手を打ちたいと思う」
先程まで疲労一色だった革命戦士たちの顔が困惑に染まり、どよめきが走る。
他方、戦士たちの動揺などどこ吹く風。ただ二人、得意げな笑みを浮かべる夫妻。
その笑みは、夫妻にとって最も忠実な戦士である少年ですらも流石に不安を抱いてしまうほど。どこか恐々とした、しかしそれを必死に押し殺す声で。
「……と、申しますと?」
少年は問いに、夫妻は声高らかに。
「地方での王族や貴族相手の攻撃は、もういいだろう。それに、連中は揃いも揃って我らへの恐怖からアクロブルクへ引き籠ってしまった。ならばもう地方で軍事行動を起こす意味など無い。困った話だが、こうなればもう仕方あるまい」
「まぁ、でも市井の希望に満ちた目が我らに注がれている今こそ、王族を打倒して政府を転覆させるに良い頃合いでもあるのも事実よ。まさに、好機は今ということね。
そこで、最高指導者として革命戦士の皆に命令します。貴方達には、これより王都へ進撃して貰います。そして明朝、まだ敵が油断している隙に王宮へ襲撃するのです!」
「――っ!? なっ!? えっ?」
あまりにも突拍子もない発言だった。これには革命戦士の間でざわめきが更に大きくなり、何よりここまで夫妻に従順だった少年ですら驚愕のあまり思わず目を見開いてしまう。
「……お、王宮を? しかもこの戦力で、明朝に?」
「む? 何だ? 何か文句でもあるか?」
「い、いえ……文句などとは滅相もございません。ですが、戦力差があまりにも開き過ぎていますし、何より彼らにも疲労の色が。ここは休息が必要――」
パァン!
少年の意見具申を遮るように響く、平手打ちの音。
突然の衝撃で少年はその場に崩れ、何が何だか分からないと言わんばかりの表情。
「軟弱者! 戦力差だと? それが何だ? そんなモノ、魂で埋めろ!」
「休息ですって? 今は国家革命が成せるか否かの一大事! だというのに、何を悠長な。鉄は熱いうちに打たねば……国のために、その身を差し出す――それが真の愛国者です!」
レイを見下す夫妻の目は冷淡で。それは到底親族の子供を見る目ではなく、寧ろ貴族が税金を納められない貧民を見下すかのような侮蔑に満ちた眼差し――そう。当の夫妻が打倒を呼び掛けた、圧政を敷く為政者と同じ瞳をしていた。
瞬間、少年は否応なく悟る。
夫妻は、少年の命も戦士達の命もさして重く考えていないことを。
彼らにとっては革命こそ至上命題で、そのためなら末端の命など些末事だということを。
「……………………」
「何を黙っている? さっさと立て。立って、戦士たちに命令を下せ!」
「それが、部隊長たる貴方の役目でしょう? ほら、早くなさい」
「……………………わ、分かり……ました」
しかし、少年も権力には抗しえない。結局絞り出したのは、蚊の泣く様な苦渋の声。
ゆらりと力なく立ち上がり、振り返って戦士たちの方へ。
血が滲むほどに下唇をギュッと噛み締めたその顔は、悔しさに塗れた渋面。
十六歳というこの場において最年少の身でありながら、中間の立場を与えられたが故に上と下の板挟みとなって。その苦しい立場故に、同志であり戦友である彼らに『共に死んでくれ』と同義の命令を下さねばならぬことは断腸の思いに他ならぬ。その表情が、雰囲気が、彼の真意を付き従ってきた革命戦士達の全員に伝えてくる。痛いくらい、明白に。
だが、彼に選択肢など無い。夫妻が私塾を設置するよりも前。母を攫われて夫妻に引き取られた幼少の頃から、少年は暴力交じりの洗脳教育を受け続けて来た。
王族を憎め
貴族を許すな
革命の御旗であれ
国家を変える礎となれ
革命戦士たる心構えを痛みと共に刻み付けられて、同時に夫妻への恩義からくる忠誠心をこれでもかと植え付けられてきた哀れな子供。長い間のマインドコントロールは、夫妻のどれ程無茶な言い付けに対しても拒否の二文字を示すことなど許されていない。
子供の頃に大人に付けられた心の傷や言葉は、時が経っても消えることはないのだ。
呪いの様に、ずっと支配する。恐らくは、呪われた子供自身が死ぬまでずっと。
だからこそ、胸が張り裂けそうな葛藤の末に、少年は遂に口にしてしまう。
「……わ、我々はこれより……進軍し……お、王宮を……王宮を襲撃――」
「苦しそうですな。でも、もう命令は不要ですよ隊長。いや、指揮官気取りのクソガキ君」
「そうそう。だって、もう革命ごっこは終わりを迎えるのだから。今日、ここでね」
酷く言い淀んでぶつ切りとなった、まるで壊れかけのラジオの如き少年の言葉。
それを遮るように響くのは、侮蔑に満ちた嘲笑。
夫妻とレイに他の革命戦士達――その全ての視線は、一気にその声の主へと集中。
視線の集まった先に居たのは、昨晩少年が叱責した同胞四名の姿だった。
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