第18話
夫妻が二人で革命決行を決心した日の翌日。
「これより我らは、国家改造のため大いなる一歩を踏み出す。諸君よ、御国の礎となれ!」
私塾の中で最も広く作られた、地下の大講堂。そこに集められた革命戦士達の前で、軍装を思わせる威風堂々たる格好で立つヨシフの野太く威厳ある声が木霊する。
熱を帯びた演説を前に、兵士たちは待っていたとばかりの熱烈な鬨の声。
「皆、励むのです。国のため、未来のために! 奮起なさい。義は、我らにあります!」
続けて、ヨシフの傍らに立つアンの穏やかながらも力強い声が響き、その声にも兵士たちは鬨の声を上げる。
大講堂は熱気を帯びて、士気は十分。そんな折に兵士たちの最前線に立つ少年は、訓練された軍人を彷彿とさせる機敏な動きで夫妻の前に歩み出る。
十六歳のあどけなさが残る顔立ちと戦士としては些か心許ない成長期の体躯は、大人たちで構成された革命戦士の一団の中にあって少々異質。
だが、その振る舞いは誰よりも洗練されていて、中々の益荒男ぶり。そんな彼は夫妻の前に立つなり、真剣な眼差しと共に右腕を真っすぐに高々と掲げる宣誓のポーズをとった。
「ここに集うは、御国の救世主たるお二人より直々の薫陶を賜った精兵のみ。その誰一人として例外なく、国の未来のために、掲げられた理想のために、命尽きるまで戦う所存。革命闘争成就のため、我らは元より生還など望みませぬ。
同志たちよ、奮起せよ! 躊躇うな! 国のために全てを捧げて戦う我らこそ、真の愛国者なり! 我らの奮起が、勇気が、血が、この国をより良き未来へ導く礎となるのだ!」
まだ声変わりも終わっていないだろう高い声だが、淀みなく力強い。
彼の答辞に、夫妻は満足げに破願。
また、背後に控える革命戦士たちは、けたたましい拍手と熱を帯びた雄叫びで少年の宣誓を彩る。そんな狂乱とも言える状況の中、夫妻は眼前で勇ましく立つ少年の肩を優しく叩いて。
「頼むぞ。皆の先頭に立ち、革命の旗印となって戦うのだ!」
「貴方の行いこそが皆の手本となり、そして皆の頑張りが未来を創る。頼みましたよ」
夫妻は、少年へ格別の声援を送る。
それはまるで親子の情を感じさせるある種感動的なモノでありつつも、他方あくまで革命の指導者と実働部隊長という枠に囚われたどこか機械的で冷たいモノ。
しかし、それでも少年はさして気にする様子を見せない。
ただ、力強く夫妻を見据えて。
「必ずや、期待に応えてご覧に入れます。私を育ててくださった、大恩ある二人のために。そして、かの日に貴族の理不尽の犠牲となった我が母のために」
そう答えて見せる。その答えは、夫妻にとっては満点の回答であり。
夫妻は再度、少年の肩を力強く叩いた。
◇
夫妻に送り出されたレイたち革命戦士は、その日から武器を手に闘争を繰り広げ始める。
ある時は権威を主張するかの様に派手な外観をした貴族の馬車が移動中の隙を狙って襲撃し、御者と使用人諸共にとある伯爵家の当主を務める中年の男性を殺害。
別の日には夜陰に乗じて子爵家の屋敷を襲撃し、屋敷に勤める使用人全員とまだ五歳くらいだろう幼子も含めた子爵とその妻子を惨殺してから屋敷に火を放って全焼させて。
更に別の日には、傍流だが王族が主催する誕生パーティ会場を狙った爆破攻撃を決行して、標的の王族に加えて貴族を含む数十の参列者と数百に上る使用人に死傷者を出した。
上記三件のテロリズムを起こした、この間僅か四カ月。そんな短期間で、少年が指揮する革命部隊は夥しい死傷者と嘆きの声に目を覆いたくなるような悲劇を生み出していく。
革命戦士となった以上、当然こんな悲劇など想定内で、覚悟の上で参加していた筈。
でも、如何に革命戦士を名乗ろうが、幾ら頭で覚悟を固めようとも、所詮は訓練や演習を繰り返しただけでまともな実戦経験――詰まるところ本当に人を殺した経験の無い素人上りの連中。彼らからすれば、齎された結末と衝撃による心理ダメージは想定以上で。
「お、俺たちは……俺たちは何てことをしでかしてしまったんだ……」
「本当に……これでよかったのか? 俺たちは、正しいことをしているのか?」
「よかったワケない……正しいワケがない……こんな……こんな子供まで殺して……」
「もう、止めた方がいいんじゃないか? これ以上、こんなことはしない方が……」
強烈な心理ダメージは罪悪感へと変換されて。両親の呵責に心を痛めるあまり、疑念や後悔の声を漏らす者までもが現れ始める。革命闘争開始から僅かな期間で、革命戦士の間では厭戦気分と革命集結を望む声が蔓延しつつあった。
しかし、当然ながら革命闘争は終わったワケではない。それどころか、まだまだ序の口。それなのに革命戦士の中に疑念と後悔が生じては、これから先迎える国王を含めた王国の中核との戦いなど到底乗り越えられない。
故に、革命戦士の中で広がる反革命的主張はすぐに消し去らなければならず、当然その役割を担わなければならないのは……彼らを指揮する実働部隊隊長の役目。
「……貴様ら、今何と言った?」
三件目の爆破攻撃――その被害を伝える新聞記事やラジオ放送の情報に狼狽した一部の革命戦士たちが口にした弱音を耳聡く聞き咎めた少年の極寒の声が、アジト中に木霊する。
「えっ? い、いえ……別に何も――」
「そんな嘘で、誤魔化せるとでも? 何ということをしでかしてしまった、これでいいのか、正しいワケがない、もう止そう……お前たち、確かに今そう言ったな?」
「それは、その……」
先程の狼狽から一転、同時に伏し目がちに顔を伏せる革命戦士たち。
そんな彼らに対して、少年は小さく嘆息しながら。
「まぁ、お前の言いたいことは分かる。多くの血が流れ、多くの命を奪った。心を痛める気持ちは分からんでもない。俺だってそうだ。心が痛み、張り裂けそうでもあるさ。
しかし、これは革命だ。多少の犠牲は止むを得ない――その覚悟を持って、お前たちはここに参加したのではないのか? 人を殺す覚悟で、銃を取ったのではないのか?」
「そ、それは……そうですが……」
「そうですが、何だ? 厳しい現実に、覚悟が揺らいだとでも? 軟弱だな……俺は、皆に最後まで闘争心を強く持ってこの難局に当たって欲しいと願っていた。それなのにお前たちは、軟弱な精神でそれを乱すという。寝食を共にした同志故に悲しいが、仕方ないな」
瞬間、革命戦士達の顔面が一様に強張る。
少年が、腰元に収納していた愛用の六連発式回転銃を抜いて彼らに向けたから。
「――えっ? あ、あの……」
「そ、それは……それは一体どういう」
「どうもこうも無い。革命闘争成就のためには、士気を下げる要因たる軟弱な戦士など不要。寧ろ、革命完遂における弊害でしかない。真に恐れるべきは、有能な敵ではなく無能な仲間ということだ。故に粛清も止むなしだと思うが、どうかな?」
銃口を向けられた兵士たちは、何も言えずに固まるだけ。ガタガタと震えながら、真っ青な顔で。
しかし、そんな兵士たちに対して、少年は呆れ顔ながらも。
「しかし、お前たちは同志であり、ここまで共に戦ってきた戦友。故に、最後のチャンスをやろう。もう二度と弱音を吐かずに革命闘争に励むと誓え。そうすれば、今回の不用意な発言は不問にしてやる。さぁ、どうする? 誓うか? それとも弱音を貫くか?」
引き金に指を掛ける少年の目は酷く冷たくて、それは脅しが口先だけではなく本気だと物語っている。その狂気に満ちた冷酷な眼を前に、既に弱気になっていた革命戦士たちに出来るのはガタガタと震えながらコクコクと首を縦に振ることだけ。
「わ、分かりました! ち、誓います!」
「もう二度と、弱音など吐きません。革命闘争成就のため、身命を賭して戦います」
「お陰で、目が覚めました! も、申し訳ありません!」
「以降、我らより一層革命闘争に励む所存。故にどうか、お許しを!」
彼らは、皆少年より年上。しかし、年長としての矜持など一切かなぐり捨てて、無様にも膝を折って深々と頭を垂れて誠心誠意の謝罪を見せる。いや、命乞いか。
「……そうか。ならばよい」
彼らの土下座を目の当たりにしたところで、少年は静かに銃口を退く。
そして膝を突いた同志へ手を貸して順に立たせると、服に着いた土埃を払ってやる。
「決意を改めてくれるのならば、それでいい。今の言葉通り、もう一度革命の精神に立ち返って自身の考えを改めてくれ。そして、もしも次まだ弱音を吐くなら、その時こそは」
再度、銃口を向ける。どうやっても逃れることの出来ない、至近距離で。
「容赦はしない。革命を邪魔する不穏分子として、必ずや俺が処断する。いいな?」
革命戦士たちは、まるで壊れた人形の如く首を縦に振り続ける。そんな彼から視線を外して、少年は唐突な折檻で動揺が走って驚く他の兵士にも動揺が走る兵士たちを睥睨。
「他にも、疑念を抱く者はいるか? いれば今すぐ、申し出ろ」
少年の淡々として機械的な恫喝が、静かに響く。同時に静まり返る、革命の戦士達。
異論を口にする者など居ない。反論する者も居ない。いや、居る筈がない。もしもここで余計な口を挟めば殴られて、最悪殺されるかも知れないのだから。
反抗しようにも、戦士達は非戦闘時における武器の携帯を禁止されており、丸腰の状態。よって今の時点で銃を持つのは、長を務める少年一人だけ。
加えて、少年は決してヨシフやアンに近しい――所謂七光りで革命戦士の長になったのではない。戦闘における技量は他の追随を許さぬほどに圧倒的で、戦闘においては天性の才能を秘めていると言っても過言ではない。それは、革命戦士達が反応出来ぬほどの速度で銃を抜いて照準を合わせて見せたその動きからして明らか。
状況と戦力差を鑑みれば少年以外の全員で歯向かおうとも数名は確実に命を落とすのは明白で、そんな不運な死者になるリスクなど誰も負えないし負いたくもない。
何せ彼らは、如何に革命戦士などと仰々しく名乗ろうが、元は王族や貴族の圧政に虐げられつつも独力で抗する気概もなく、ヨシフやアンの教えに縋りその熱に浮かされて付いてきただけの連中。自ら矢面に立つだけの勇気も度胸もなく、寧ろその命を惜しむのは当然でこんなところでただ犬死したい者など誰一人としていはしない。
故に、心を押し殺して静まり返るのは必然と言えるだろう。
静まり返った戦士達を見て、レイは静かに銃をホルスターに仕舞う。
「あぁ、そうだ。この際だから、皆に言っておく。どうも皆、銃弾や爆薬の消耗が無駄に多すぎる。闘争は、まだまだ続くのだ。弾薬などの供給は今こそ安定しているが、いつ途切れるか分からない。これから先も闘争を続けるためにも、なるべく消費を抑えるように」
「「「「「「「「はっ!!」」」」」」」」」
「さて……少しやり過ぎたかな? すまない。傷の手当は要るか?」
「あぁ、いえ……」
「大丈夫です。申し訳ありませんでした」
「……そうか」
「あの! 我ら四人頭を冷やしたいので、少し外の空気を吸ってきてもいいでしょうか?」
「……いいだろう。気分転換は必要だ。行ってくるといい」
「「「「はっ! ありがとうございます」」」」
少年の叱責を受けた四人は、少年に敬礼してから足早に外へ向かって歩き出す。
「……革命家気取りのクソガキが、何を偉そうに」
「ふざけやがって……何が革命だ、バカが」
「絶対に許さねぇ。後悔させてやる」
「そうだ。こんな革命ごっこ、俺たちが終わらせてやるよ。そして、英雄になってやる」
擦れ違い取り過ぎていく彼らが、少年に見えぬように険しく歪めた表情。
少年に聞こえないように押し殺した声で、しかし恨めしそうにボソッと呟く。
彼らの目は、皆揃って憎悪と憤怒の籠った不穏で剣呑さで。同時に殺意と、不穏なまでに決然とした意志を宿した力強さを放っていた。
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