第13話
「……………………へっ? アレ? 話の流れ変わった?」
「さて、お聞きしましょうか。一体何時から居たんです? あと、どうやって部屋に入ってきたんですか? 俺、招き入れた覚えはありませんけど?」
「あぁ~ええっと……お、おいおい! 質問は一つずつにしてくれないかなぁ?」
「その返し、ライラさんもしていましたね。もしかして、真似ですか?」
「うん、そう! 真似してみた。意地の悪さまで寄せた、会心の出来なんだけど、どう?」
「そっくりでしたよ。流石ですね」
「ありがとう! 褒めて貰えて嬉しいぜ! そうだ、実は他にもレパートリーが――」
「さて。話を逸らすのはこの辺にして、質問へのお答えをどうぞ?」
「――あらら、やっぱりダメか。ハイハイ、分かりましたよ。答えますって」
観念したようにガックリと肩を落とすローランは、「ええっと……」と思案し始めて。
「まず何時から居たかと問われると、ライラが酒盛り始めてすぐくらい……かな?」
「随分長いこと居たんですね。それでよく見つからなかったモノで……」
「気配を消すのは十八番だからね。その気になれば、国王の寝室にだって潜り込めるさ」
「堂々と言えることじゃないですよ、それ。犯罪ですから。この際、逮捕しましょうか?」
「おいおい。警官気取りは止せ――って、そういえば本物の警官だったね。いやぁ、その年でハードな仕事、大変だねぇ。転職したくなったら、何時でも僕に相談したまえ?」
「俺に職業選択の自由があるとでも? もしかしてそれ、厭味ですか?」
「流石、厭味を聞き分ける力は随分と鍛えられたようだねぇ。それに、自己認識が正確なのも素晴らしい。まぁ、あるワケないよね。何せ君の不自由さは筋金入りだ。国中探しても、君以上に不自由なのは王族貴族か裏社会に屯する犯罪者共くらいじゃないのかい?」
「王族貴族はまだしも、犯罪者扱いとは……まぁ、実際そうだから否定はしませんけど」
「自虐的だねぇ。色々抱え込んでそうだ。まぁ、上司がアレじゃあ無理もないけど」
「……………………」
「やっぱ苦労してんだねぇ。あ、そうそう! で、どうやって入ったかだけど――」
徐に自身の懐へ手を伸ばし、暫く弄った後に手を出す。
その手には、酷く見慣れた銀色の鍵。それを見た瞬間、レイの顔からは血の気が引く。
「……どうして、それを持っているんですか?」
「いやだなぁ! 君がくれたんじゃないか? 二人の愛の証ですって」
恥じらうようにモジモジと体をくねらせ、器用なことに顔を赤らめて、これ以上ないほどの戯言を口にする。これには遂にレイの眉間に皺が刻まれて。
「言ってないですよ、事実を捏造しない! さては、勝手に複製しましたね?」
「おぉ、凄い! 流石レイちゃん、ご名答! まぁ、こんな安アパートの鍵如き、僕の手に掛れば調達なんてお茶の子さいさいってね!」
「何得意げに言っているんです? ガッツリ犯罪ですよ? 全く、貴方という人は――」
「おいおい。貴方だなんて、そんな他人行儀な呼び方ってないんじゃないか? いつも通り、ローラン様って呼んでくれてもいいんだぞっ☆」
ウィンクしながらの、戯言のオンパレード。これには、普段感情の薄いレイも思わず。
「……俺がいつそんな呼び方しました!?」
露骨な苛立ち混じりに小さく呟き、鋭く睨む。
しかし、その人――ローランはレイの怒り心頭な姿を見ては、心底楽しそうな笑みで。
「いやぁ! やっぱり君やライラと遊んでいる時が一番楽しいね。愛しているぞ!」
「こっちは微塵とも楽しくないですけど。あと、愛しているとかやめてください。嘘臭い」
「うわ、ひっどい言い草。愛しているのは本当なのに……」
指で目元を擦る、涙を拭っているかのようなジェスチャー。
しかしどう見ても一滴として涙は流れておらず、嘘泣きなのはバレバレ。故に、レイは眉間に深く皺を刻んだ鋭い視線――それこそ嫌悪すら感じさせる程――で睨み付けて。
「どこがですか? 少しもそうは思えませんけどね」
「うわっ、冷めた口調。というか、それは幾ら何でも鈍過ぎるぜ、鈍感ボーイ」
「……ど、鈍感ボーイ?」
「あっ! さては君、女の子がぼそっと君に愛を呟いても『ん? 何か言った?』って聞き逃す感じの鈍感難聴系男子だろ? あ~あ……そんなのがモテるのは、非モテ男子の妄想創作物の中だけだって。いい加減、現実見ようぜ?」
「えっと……さっきから、一体何の話を?」
「まぁ、今日からは敏感健聴タイプにクラスチェンジして、人から向けられる愛情に向き合いたまえよ。で、その手始めに俺の『愛している』に向き合うことから始めようぜ?」
「だから、何の話ですか? あと、愛しているに向き合うって何を言っているんです?」
「それは勿論、相手から向けられる好意へ真摯に応えることさ。折角人が向けてくれた好意だ。それに真面目に向き合い、何か応えるのは、人としての最低限の礼儀だろう?」
「それはっ! ……まぁ、そうかも知れませんけど。なんか釈然としない」
「何でさ? 僕はこんなにも君に尽くしているのに……その証拠にホレ。君のためにこんなものを毎度仕入れてあげている。これ、入手結構大変なのに」
渋面のローランが懐から取り出してレイに差し出したその箱には、六連発式回転拳銃の絵が躍る。更には『弾丸』という文字と口径が記載されていて、それが箱の中身を物語る。
レイが使用する六連発式拳銃はRSPの貸与品ではなくレイの私物であり、ならば当然使用する弾丸は自身で用意しなければならない。
しかし、レイの愛用する拳銃は骨董品の域であり、その弾丸すらもまた需要が少ないためどこでも手軽に入手できる品ではない。使い続けるには何としても独自に入手経路を確保する必要があり、そのためレイは商人であるローランに頼っていた。
「あぁ、ありがとうございます。昨日結構使ったので、助かりま――あれ?」
「ふーんだ。僕の好意を蔑ろにする子にはあげなーい」
差し出したにも関わらず頑として手を放す素振りを見せないローランの、拗ねたように唇を尖らせた口から出た厭味。これにはレイも、思わず苦笑。
「す、すみませんでした。以後、気を付けますから」
「……なら、仕方ない。僕の心を傷付けた慰謝料込みで、支払額倍で手を打とう」
にこやかな笑みを湛えたまま、自身の右手人差し指と親指で丸を作って、その丸を自身の顔の前に掲げる。言うまでもない分かりやすい意思表示。思わず嘆息が漏れる。
「好意だの愛だの言っておいて、舌の根も乾かぬうちに金の請求とは……」
「おや? 金を要求することと、愛情の有無は相反しないだろう? 人によっては、『自分に金を運んできてくれる便利な金蔓だから愛している』なんてことだってあるくらいだ。何より金持の方がモテるというのは、古今東西老若男女変わらぬ真理じゃあないかね?」
「……俺には、欲に塗れた拝金主義者の歪み切った戯言の様にも聞こえますね」
「そう思うのは、君が思春期特有の感情的な潔癖さから逃れられていない証拠だよ。要するに、まだまだお子様ってこと。だからいつまでも君は『ちゃん』付けから抜けられない」
「子ども扱いするなら、せめて倍額は勘弁してくれませんかね?」
「おいおい! 悪いことをしたら罰を受けるのは、大人も子供も変わらぬ真理だろ? お母さんに習わなかったのかい? それとも君は、子供なら何をしても許されるとでも? あんな年端もいかない女の子を逮捕しておきながら?」
「何で知っているんですか、そんな事まで。……まぁ、いつもの事なのでもう良いですけど。一厭味を言えば百は返して来る当たりも含めて、本当に相変わらずですね」
どこか冷めた表情で、徐に懐へ手を伸ばすレイ。
そうして取り出した二封の分厚い封筒を、そのままローランへ差し出す。
ホクホク顔でその封筒を受け取ったローランは、慣れた指使いで中身を検め始めて。
「……うん、確かに。毎度アリ! あっ、領収書要る?」
「要りませんよ。経費で落とせないだろうことくらい、知っているでしょう?」
「まぁ、僕からの領収書なんか、ライラに出したら何て言われるか分かったモノじゃないからねぇ。一応念のために聞いておいただけ。にしても消耗品を自腹とは、公僕も大変だ」
「……お気遣いどうも、と言っておきますか。思っても無いと思いますけど。にしてもホント、よくもまぁそこまでスラスラと思ってもないことを言えますね」
「ん~? それはまぁ、本心でないことを本心かの様に語れなければ、商売人は務まらないからね。嘘もホントも、二枚舌だろうが三枚舌だろうが、利益になるなら平然と口にしてみせよう。それが、僕の矜持さ! どう? カッコいいだろう?」
「酷い矜持だと思いますよ」
「そう言うなって! あぁ、でも? もう一つあるよ、僕の矜持。聞きたい?」
「いえ、別に」
「そうかそうか! では仕方ない、特別に教えてあげよう」
「えっ? あ、いや、だから別に――」
「それはだね! 気に入った相手には嘘を吐かないことさ。商売は騙し合いだが、なら猶の事心から信用すべき相手には真摯に向き合い正直で居ることも大切。実際、俺は君に嘘を吐かないよ。揶揄う時以外は、ね!」
「……揶揄う時も言わないでくれませんかね? あと、その人を食ったような態度で言われても、説得力皆無ですよ」
「おぉ、ズバズバ言うねぇ。全く、こんな捻くれた子に育って……あたしゃ、嬉しいよ!」
もう何度目になるか分からない嘘泣きに、反応に困る戯言。
いい加減ウンザリしてきたレイは、鈍い頭痛で渋面を浮かべつつ、深い嘆息を零して。
「もう用は済みました? なら、そろそろ帰って頂けると有難いのですが?」
「うわぁ、冷たっ! 何という他人行儀! あぁ……いいっ!」
「えぇ……その反応、怖っ!」
「流石は、僕が愛した子だけはあるね! まぁ、愛は愛でも? 僕のは子供が気に入った玩具に向ける愛情に近いんだけど」
「………………はぁ?」
レイの顔が、今日一番の怪訝に歪む。
「何ですか、それ? というか、誰が玩具ですか、誰が!」
「だって君、遊び甲斐があって楽しいんだもの。ねぇ? ライラのところなんか止めて、僕のところに来ない? 思いっ切り可愛がってあげるぜ、ベイベー!」
「行きません! あぁ、もうっ! 面倒なので、さっさと帰ってくだ――さいっ!」
「お、おいおい! そんなに騒ぐなよ。ライラが起きたら、絶対面倒なことに――」
「そう思うならさっさと帰ってくださいね。ほら、早く!」
「あっ、ちょっ! わ、分かった分かった! 帰る! 帰るよぉ……だから、そんな力任せに押さないでくれない? 僕、見た目通り腕っぷしはからきしだから!」
必死に抵抗するローランを力任せにぐいぐいと押して、最後には扉の外へ放り出して。
仕舞いにはトドメとばかりにバンッ! と大きな音を立てて扉を閉めてやる。
そうして家主に強引に追い出されたローランは、困り顔で肩を竦めながら。
「レイちゃんってば、もう……近所迷惑になるぞ、全く。しかしまぁ、それにしても――」
瞬間、ローランの顔が変わる。やれやれという笑顔から、能面のような表情へ。
「随分とまぁ……人間らしくなっちゃって。ここまで変わるとは、ライラの入れ込みようにも困ったモノだ。まぁ、良いさ。今のところは精々、愉しんでおけば――ね」
そう呟くと、ローランはスクッと立ち上がり。
そして軽快な足取りでアパートの敷地から出ると、足音一つ立てない静かさで夜の闇へと消えていく。まるで幽鬼か何かの様に、忽然と。
しかし、そんなローランの呟きは玄関ドア一枚隔てた向こうのレイに届くことはなく。当のレイはドアに背中を預けながら、脱力したようにズルズルと床へ崩れ落ちていって。
「……なんか、どっと疲れた」
ズーンという効果音が付きそうなくらい露骨に落ち込んで、深い溜息が零れる。
疲労はもうピークで、今にも眠りたいが……寝床のソファは今や完全に占領されていて、これでは安らかに寝る場所など無い。それに何より、疲れすぎて動くのも億劫なほどで。
そのまま両足を抱えるように座り直すと、膝と体の間に顔を埋める。
久方ぶりの帰宅にも関わらず、まさかこんな形で休息をとる羽目になるとは……これならオフィスに残った方が幸せだったかもしれないと後悔したのは、言うまでもない。
結局、久しぶりの帰宅だったにも関わらずレイは精神的にも肉体的にも安らぎを得られず。安らぐことの無いまま、夜は明けて朝がやって来る。
朝の清々しい日差しとは対照的に、目の下のクマは夜明け前の闇より暗く濃くなった。
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