第4話


 雨霰と弾丸の飛び交うその中を、悠然と舞うレイ。加えて、滑空中という不安定な体勢から目にも止まらぬ速さで照準を合わせると、次々に引き金を引いていく。


「がっ!?」

「ぐえっ?」

「ぎゃっ!?」


 飛び交う弾丸、その全てをまるで見えているかのように軽快な動きで悉く躱して。

 その間に反撃として放った弾丸は、次々と射手の眉間を捉えて撃ち抜いていく。

 断末魔にしては短い悲鳴を残して、次々と沈んでいく男たち。そうして仲間の死を前にしてもなお懸命に反撃を繰り出すが、ただ闇雲に放たれた弾丸はレイを捕らえるどころか掠めることすら叶わず。他方レイが反撃に放つ弾丸の前に、次々とその命を散らしていった。

 一人、また一人、そして更に一人と――続々と屍が量産されていき。

 そうして銃撃戦の開始から十分も経たぬ間に、反撃の力は悉く削がれた。

 残されたのは、レイの鬼神の如き戦いぶりに怖気づいて腰を抜かして震える情けない男一人に、最初からまともな抵抗する素振りを見せない女たちだけ。


「……ひぃ、ひぃいい!? わ、分かった……降参する! だからお助け――ぎゃっ!?」


 恥も外聞もなく命乞いをする最後の男に対しても、レイは容赦ない。

 眉根一つ動かさず、機械的に眉間を撃ち抜いて一発で沈める。

 遂に最後の男を始末して、抵抗の目は全て摘み取った。

 残るは女たちのみ。レイはくるりと振り返り、彼女たちの方を見遣れば。


「……や、やめて! こ、殺さないで……」

「抵抗しないから……降参するから……お願い……」

「何でもします……だから……だからお願い……殺さないで」


 皆、若い女性だった。揃って男性を誘惑する露出度の多い服装か、或いは一糸纏わぬ全裸の格好。また、一人の例外もなく色白の皮膚には痣か発疹、或いはその両方が見受けられて。この場所から察するに、その痣や発疹の正体が何かなど問うまでもなく明白。

 状況証拠とこの手の女性を幾度も見て来たから経験値から、レイは瞬間で察する。


「……お前たち、ここで働く娼婦だな?」

「は、はい……そうです」

「私たちは、ただの娼婦で……その……この人たちとは何の関係も……」

「だからお願いします。殺さないで……」


 涙を流しての、必死の命乞い。それは見ていて心苦しくなるほど惨めな光景。

 そんな彼女たちの命乞いを前に、レイは自前の拳銃を腰に仕舞い。同時に女たちは口々に安堵の声を漏らす。しかし、レイは徐に地面に転がる軽機関銃を拾い上げると、その銃口を女たちに向け始めた。


「……えっ?」

「嘘でしょ……そんなやめて! 私たちは、私たちは何も悪くない! だから――」

「何も悪くないだと? 笑えない冗談だ。お前たち、後ろ手に隠している物は何だ?」


 レイの問いに、女たちは黙り込んだ。悪戯のバレた子供のような、バツの悪そうな顔で。


「そ、それは……いやねぇ……別に何も隠してなんかないわ――よっ!?」


 ゆっくりと手を見せるように見せかけて、同時に隠していた銃を向ける女。

 しかし、見抜いていた以上そんな手に引っかかるレイではない。女が照準を定めるより先に引き金を引いて、抵抗の意思を見せた女の眉間を撃ち抜く。


「……あぁ……あああ……」

「いやぁあああああああああああああああああああああああっ!?」


 目の前で、同僚が呆気なく死んだ。先程まで言葉を交わしていた人の命が、終わった。瞬間恐怖が娼婦たちに伝播して、声にならない悲鳴と狂乱の絶叫が響く。

 だが、そんな彼女たちに、レイはなおも銃口を向けたまま。


「こちらが何も掴んでいない――とでも思っていたか? 全部把握している。お前たちもまた列記とした革命の戦士であり、同時に組織の資金源たる大事な商品であることも。

 それにしても、酷い発想だ。いくら革命の資金を真っ当な商売で稼ぐのが難しいとはいえ、まさかその問題を娼婦の囲い込みでクリアするとは……まぁ、娼婦に仕立て上げるにふさわしい王族貴族を恨む女なら、貧困層や奴隷市に行けば幾らでも調達は可能。安く買って教育し、その娘たちを娼婦として働かせて金や影響力のある男を誑し込み引き込む。そうすれば資金や物資だけでなく、情報に人手まで手に入る。理に適っていると言えば、適っているのかも知れないが」

「「「「「「……………………」」」」」」

「ついでに、その娼婦たち自身もまた兵士としても教育することで、お前たちの持つ価値を余すことなく利用し尽くす。要するに、お前たちはまさに骨の髄までしゃぶり尽くされているわけだ。哀れだな、本当に」


 レイが淡々とした問いに、女たちの顔からはみるみる色が失せていく。

 そんな彼女たちの反応に、レイは小さく嘆息すると。


「沈黙は是成り、だな。それでよくもまぁ、何も悪くないなどと抜かせたモノだ」

「……何が……何が悪いのよ?」

「何?」

「何が悪いっていうのよ! 私たちはただ、言われた通りにしているだけ!」

「そうしないと、私たちが殺されるかも知れない……私たちに自由は無いの!」

「なら、仕方ないでしょ!? 私たちには、そうするしかなかった! 日の当たる世界で生きるアンタなんかに、私たちの苦しみの何が分かるっていうのよ?」


 逆上した女たちの感情の籠った必死の叫び声が木霊する。

 胸が裂けるほど悲痛なその主張は、情に流されれば見逃してしまうほど同情を禁じ得ない。事実、それに耳を傾けたレイの顔色もまた憐憫の色に染まっていく。


「……よく、分かるさ。無知な弱者というのは、辛いよな。選択肢を知らず、押し寄せる理不尽に抗う術を持たず、ただ流されるがまま他者に未来を決められて搾取され奪われる」

「そうよ……そうなのよ! だから……だから私たちは――」

「けどなぁ! 無知であることも弱者であることも、傷付け貶めることで誰かに辛苦を押し付ける――その生き方を正当化する理由にはならない。例え、それが生きるためでも!」

「――っ!?」

「弱いからと、逆らえないからと、そんな言い訳を繰り返すだけで抗うことを放棄した。他者へ押し付けた理不尽から目を反らし、悲嘆の声にも耳を塞ぎ、現実を直視することを拒んで、最後は屈した理不尽を振り撒く片棒を自ら担ぎ、言い訳でそれを正当化する。

 なぁ? お前たちを搾取する者とお前たち――果たしてそこに、どんな違いがある?」


 静かな言葉で、淀みなく淡々とそう問いかけるレイ。

 彼の問いに、答える者――否、答えられる者は誰もいない。

 肌に纏わりつくほど重い沈黙こそが、何よりも明確な彼女たちの答えだった。


「……あぁ、よく分かった。悪事を正当化する愚かな弱者たち、これはその報いと知れ!」


 結論は出た。告げる審判の声と同時に響くのは、耳を劈くけたたましい銃声。

 トリガーを引き続け、弾倉が空になるまで打ち尽くした頃には夥しい血の海が一つ出来上がっていて。その真っ赤な地獄の中で立っている者は、もう一人もいない。

 生きている者また、誰もいない。夥しい血で彩られた死屍累々の屍が織りなす地獄の真ん中で返り血に塗れ佇むレイ――そのただ一人を除いて。


「それにしても、本当に沢山いるな。かつての俺と同じような、哀れで愚かな弱者たちが。ほんの少し……あとほんの少しでも運命が変わっていれば、俺もまた君たちと同じように報いを受けて悲惨な末路を辿ったことだろう。そんな君たちに引導を渡すのが俺で、本当にすまないと思う。でも……でも、だからこそ――」


 怒りを宿した鋭い眼光を燃やすレイ。その視線は、真っ直ぐに室内最奥の一角へ向けられる。そこは煌びやかな衣類や酒に弾丸といった物資が無造作に積み上がった、一見すると何の変哲もない物置スペースのよう。

 だが、繰り広げられた矢玉飛び交う乱戦の中でも、レイは目敏くその様子を見咎めていた。必死に戦う者たちに背を向けて、コソコソとそこに身を隠した卑怯者たちの無様を。


「……隠れても無駄だ、出てこい! お前たちも、報いを受ける時間だ」


 拳銃を片手に、そう詰め寄る。

 どう足掻いても逃げ場のないこの状況に、流石に観念したのだろう。物置スペースの中でも一際大きな木箱が、ギイィ……と鈍い音を立てて開かれる。

 恐る恐ると出てきたのは、三人。一人は如何にも弱そうで頼りない風貌をした小太りの男。もう一人は見張りの男と同じくらい屈強で強靭そうな男。そして最後に姿を現したのは、ベールで顔を隠した矮小で体付きも華奢――というか貧弱そうな、見たところ子供のような背格好の何者か。

 察するに、屈強な男が最後の護衛役。そして凡そ戦力になり得ないだろう残る二人は、組織の中枢といったところだろうか。

 ならば、この三人の中で確保すべき優先順位――その第三位は明白。

 無論、このまま労せず三人全員を確保できるのがベストな結末なのは言うまでもないが、やはり事態はそうそう思惑通り容易くはいかないものだったらしい。


「――っ! 隙アリィいい! 死ねぇえええええ!」


 観察と思考に集中していると見せかけて、レイは一瞬だけ目線を彼らから外した。

 その僅かな一瞬を見逃さずに好機と判断した護衛役だろう男は、ブカブカな袖口に隠していたのだろう銃をレイへ向ける。勝利宣言と勝ち誇った笑顔を浮かべながら。

 そうして、銃声は響く。だが、硝煙を吐いている銃を握るのは彼ではなくて。


「……遅い。叫ぶ前に引き金を引け、バカ野郎が」


 冷たく言い放たれたレイの言葉が、彼の耳に届いているかは分からない。

 だが、言葉は届かずとも鉛玉はキチンと眉間に届いている。虚構の勝利に溺れた護衛の男は、見捨てた兵士たちと同じ末路を辿って呆気なく地面に崩れ落ちて事切れた。


「……ひっ、ひぃいいいい!」

「…………………………」


 さて、残された二人の内で気弱そうな小太り男の、見た目通りに情けない悲鳴が木霊する。一方矮小な体躯の何某かは、眼前で人が死んだこの状況でも声一つ挙げず、ただ黙ってベール越しにレイをジッと睨んでいる。思わずレイが意識してしまうほど、鋭く。

 その胆力は見掛けからして予想外で、レイは思わず興味を抱いてしまう。


「そんなに睨んでくるとは、意外な反応だ。でも、睨んでどうする? もう、お前たちを守る者は誰もいないし、逃げ道も無いぞ。これ以上の抵抗が無駄なのは、明白だろう?」

「はっ、はひぃ……」

「……………………」

「分かったなら、大人しく両手を挙げて膝を突き、降参しろ。そうすれば、命は取らない」


 極寒の声音での投降勧告に屈した小太りの男は、指示に従ってそそくさと虜囚のポーズ。だが、ベールで顔を隠した彼は相変わらず何も言わず、ただ突っ立ってレイを睨むだけ。

 一体何を考えているのやら……思案するレイだが、流石にどんなバカでもこれ以上の抵抗はしてこないだろうと踏んで、手錠を二つ取り出してゆっくりと接近する。

 そうして眼前まで辿り着き、手錠を掛けようとした――その瞬間。


「――っ! うわぁああああああああああああああああっ!」


 裂帛の気合の籠った思いの外甲高い声の絶叫共に、果敢にもレイへ殴りかかって来る。

 予想外の反撃かつ、華奢な外見からは想像できないほど意外に鋭い拳を繰り出してくることに思わず驚愕――といっても、眉根を少し動かす程度だが――してしまう。

 その拳は、レイの頬を思いっ切り捕らえた。バキッ! という、中々に良い音も響いた。だが、如何に手応えのある一撃を命中させたとはいえども、如何せん相手が悪い。


「……で? それで終わりか? なら、今度はこっちの番だ。覚悟しろよ?」


 その一撃はまるで応えていないどころか、寧ろレイに反撃の口実を与えただけで。

 パッと手錠を手放したレイは、空けた左手でその細い手首を掴むと力任せに引き寄せる。そして流れるような動きで、右手に握る拳銃のグリップで鳩尾を殴った。


「あくっ!?」


 ドゴォッ! 繰り出した拳の一撃とは比べ物にならぬくらいに強烈な打撃音が響いて。その一撃に耐えきれず、短い悲鳴と共に地面に崩れ落ちて蹲る。


「……ったく、手間取らせてくれやがって」


 苛立ち混じりに呟いて、彼の腹部を押さえる手を無慈悲に掴む。そしてその細い手首へ、慣れた手つきで冷たい手錠を掛ける。ガチャンと、冷たい音が二度響いた。


「これでよしっと……で、アンタはどうする? まだ抵抗するか? なら、掛かって来い」


 一人確保したところでレイは振り返り、猛禽を思わせる鋭い視線で残る小太りの男を睨む。だが、ここまで終始恐怖でガタガタと震えるだけの男にそんな度胸も勇気もある筈などなく。首が取れそうなほどブンブンと頭を振って、大人しく両手首を差し出すだけ。

 その有様、レイも思わず冷笑を禁じ得ないほどに無様であった。


「……まぁ、手間が省けてよしとするか」


 促されるがまま、レイはその男にも手錠を掛ける。

 何とも閉まらない終わり方ではあるが、何にせよこれで任務は完了。

 かくして、派手な銃撃戦から幕を開けた逮捕劇はここに幕を閉じたのだった。


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