第3話
五階建てはあろうかというビルの屋上から自由落下したレイは、建物の壁を蹴って向かいの建物へ跳躍。狭い路地で建物間の壁が近いことを利用しての芸当だった。
そうして取り付いた建物の壁を蹴って、今度は元のビルの壁へ。更にビルの壁を蹴ってと――まるでピンポン玉を思わせる蹴りと跳躍による反復を幾度か繰り返して、落下速度の減速と衝撃の緩和を行い、遂に地表へと綺麗に舞い降りる。この間、僅か数十秒程度。
「さてと……そんじゃあ、お仕事開始といきますか」
危険は伴うが紛れもなく最短ルートかつ最速のショートカットで地上に到着したレイは、気合の籠った声で呟きながら腰のホルダーから一丁の銃を取り出す。
その手に握られているのは先にライラより手渡された最新式の銃――ではなく、真っ黒な銃身が特徴的な六連発式のクラシカルな回転式拳銃。
ライフルどころか軽機関銃が軍隊の歩兵に正式採用されて久しい昨今、旧式とはいえ役目を終えた軍用のライフルや軽機関銃が犯罪組織に流通している事例が多々確認されている。そんな武器流通の現状を鑑みるに、あまりにも実用性に欠けた骨董品と呼ぶべき代物。そのたった一丁だけを握り締めて、レイは何食わぬ顔で件の建物へ足を進める。
「おい、ガキ。とまれ」
自然体で、実に堂々とその建物のドアノブに手を掛けたレイ。
しかし、どれだけ自然体で通り抜けようとしてもそうそう上手くいくものではない。ドアを押し開けようとする寸前、ドアの傍らに控えていたスキンヘッドで筋骨隆々とした強面の如何にも見張り番といった風貌の男によって呼び止められてしまう。
「何か?」
「何か、じゃねぇよ。澄ました顔しやがって。おめぇ、ここが何処か分かってんのか? ここはなぁ、大人の社交場なんだ。おめぇみたいな、ガキが来るような場所じゃねぇ」
男の不躾極まりない言い回しに、レイはムッと眉間に皺を寄せる。
「失礼な奴だ。俺はこう見えて21歳だ。ちゃんと成人している」
「んだとぉ? ……ホントかよ。とてもそうは見えねぇなぁ。もしかして、筆おろしか?」
ギャハハと、実に下品な笑い声。レイの眉間の皺は更に深くなり。
「大きなお世話だ、この野郎。あと、俺はここには女を抱きに来たワケじゃない。別の用事で来たんだよ」
そう言って、レイは男に一枚の紙――ライラから預かった令状を見せびらかす。
すると喜色満面だった男の顔は、みるみる色を失っていき。
「――まっ、まさか……おめぇ、国の犬か?」
「犬とは失礼な。俺たちには、RSPというきちんとした名前があるんだが?」
「くっ、クソッたれがぁっ!?」
令状を見た瞬間に顔色が変わった男は、慌てて腰に手を回す。
腰のホルダーから引き抜いたのは、ライラから預かった銃よりも旧式の型落ちだが、市場では中々高価で取引される自動式拳銃。その名銃をレイへ向けようとした刹那のこと。
「……動くな」
極寒の声音と共に、レイの銃口は既に男へ向けられていた。
それに気付いた瞬間、男は反射的にピタリと動きを止めて固まってしまう。
「はっ、早ぇえっ!?」
「お前が遅いだけだ。無駄な動作が多すぎて、欠伸が出る。動きを見れば分かるが、銃の扱いに関してはズブの素人だな。その癖持ち物だけは一丁前とは、宝の持ち腐れとはこの事だな。尤も、宝を腐らせるくらいに組織の資金が潤っている証左でもあるのかな?」
「……くっ! う、うるせぇ――」
その澄まして淡々とした物言いに、男は激情したようにレイへ銃口を向ける。
だが、この状況でレイがのんびりとしている筈もなく。男が銃口をレイに向けるより早く、レイの銃が火を噴いて男の銃を握る手首を撃ち抜いて銃を叩き落とさせる。
「ぎゃぁああああああああああ!? あ、熱い! 熱――いっ!?」
手首の銃創、その激痛と熱さに男は悶えて汚く喚き散らす。
そんな無様などお構いなし。地面を転がる彼の銃を拾ったレイは、その銃口を男の口へ歯が折れるくらい力任せに捻じ込む。
「うるさいから、ガタガタ騒ぐな。さて、質問だ。死にたくなければ、素直に答えろ」
冷たい目とドスの利いた声音は、曲がりなりにも裏家業の人間すらも委縮させる。
レイの命令に男は首をコクコクと縦に振り、それを認めたレイは問いを投げる。
「第一の質問だ。ここ娼館はだが、それは表向き。実際には裏の顔があるな?」
レイの問いに、男は唾液と血と恐怖に塗れた顔で首を縦に振る。
「よし、次だ。その裏の顔とは、革命組織である自由主義連盟の資金源――そうだな?」
レイの問いに、男は涙目になりながら再度首を縦に振り。
「最後の質問だ。今日、盟主様はここにいる――相違ないな?」
レイの問いに、男はガタガタと震えながら三度首を縦に振った。
「そうか。質問は以上だ。お陰でよく分かった。ご苦労様だった。もう、お前に用は無い」
「なっ!? ぞ、ぞんな゛……は、はなじがぢがうっ!?」
「お前もどうせ、クズの片割れだ。なら、大人しく死んでおけ。この世界のために、な」
「まっ、待っ――」
パァアアン!
男の命乞いを遮り響く銃声と同時に、男の口内にはもう一つの穴が穿たれる。
ドサッと力なく倒れ伏して事切れた男に、レイは微塵も興味を示すことはなく。ただ血と唾液に塗れた銃を不快そうな表情で持ち主の骸の上へ無造作に放り投げると、見張りを喪って無防備になったドアを無遠慮に開けて中へ足を踏み入れる。
果たして、足を踏み入れたそこは『娼館』という前情報通りの場所。
目がチカチカするくらいに派手な紫やピンクの明かりで彩られた、幻想的だが蠱惑的で退廃的な雰囲気に満ちた空間。尤も、退廃的なのは雰囲気だけに限った話ではないが。今しがたドアを挟んで向こう側で人が一人死んだというのに、そんな事などお構いなしの乱痴気騒ぎがこの期に及んでもなお繰り広げられているのだから。
ノイズのような小煩くて耳障りな音楽に合わせて踊り狂う者たちや、ボトルで豪快に酒を呷る者たち。或いは音楽にも酒にも構わず、獣の如く激しく愛し合う男女の姿までもがそこかしこで目に付く。客もスタッフも、皆揃ってどう見ても各々無軌道なまでの自由と享楽に浸って愉しんでいる様子。
しかし、それだけなら何の問題も無いし、よしんば刺激が強すぎて公序良俗の観点から問題だったとして、風俗の取り締まりなどレイの職務の管轄外……そう。レイがここへ踏み込んだ理由は、決してクラブ営業の摘発ではないのだ。
目的はあくまで、見張りへ問い詰めた事項の事実確認。
国家の安全や民衆の命に係わる重要事案なので何よりも優先されて然るべきことで、迅速な対処が求められる。故に、こうして何時までも狂乱の宴に興じていられては困るので――レイは手にした銃を天に向けて、一発発砲。
先程は内部の音を通さないほど分厚いドアとこの耳障りな音楽のせいで聞こえなかったのだろう銃声も、室内で轟けば否応なく耳に付く。まして天上の電球の一つが割れてその破片が地面に散らばったのならば猶の事。銃声とガラスの破砕音が響くと同時に、男女の声も耳障りな音楽も水を打ったように一斉に止まって水を打ったように静まり返った。
そして視線は、漏れなくレイ一人に注がれる。これでいい、レイは大きく息を吸い。
「こちらRSP――王立保安警察のレイ=イギールだ。当施設には、違法組織へ資金を提供している疑惑が掛かっている。よって、これより強制捜査を行う。全員、一歩も動くな」
すっかり静まり返った室内に響く、令状を片手にしたレイによる声高な宣言。
驚愕か混乱か――突然の事態に皆、暫くは硬直したように静まり返っていた。
だが、それもほんの一時のこと。やがて、どこからともなく。
「ぎゃはははははははははははははは!」
「警察だぁ? コイツ、バカじゃねえの? たった一人で、ノコノコやって来るなんざ」
「しかも何だよ、あの銃? 今時リボルバーって、玩具かよ!」
響く嘲笑と侮辱の声。
けれどもこれは想定通りの反応で、レイは顔色一つ変えず取り乱す様子もない。
「警察だか何だか知らねえが、数はこっちが上! 構うことはねぇ、やっちまえ!」
血気に逸り相手を見縊った若い男たちが、見かけ圧倒的に有利なこの状況で素直に従い指示に従うハズも無く。ましてテロの実行犯と関わりのあるとされる脛に傷のある連中ならば猶の事。男たちは皆手近に隠していた銃器に手を取り、その銃口をレイに向ける。
「……ほう。拳銃だけじゃなくて、旧式とはいえライフルに軽機関銃まで持っているのか。意外と裕福なんだな。それこそ、王国軍の一部隊よりも装備が充実しているかも知れない。テロ行為に出たのも、納得だな」
「何言ってやがる! ガタガタうるせぇぞ!」
「やっちまえ! 殺せ殺せぇ!」
「うぉおおおおらぁあああああああああああああああああああああああ!」
狂気の絶叫と共に、男たちはたった一人のレイ目掛けて引き金を引く。
しかし、そんな雨霰と迫る銃弾を前に、レイは不敵な笑みを浮かべつつ。
「抵抗するなら仕方ない。緊急時の措置として、全員射殺する」
余裕綽々とした口調でそう零すと、一気に跳躍。
同時に男たちの銃は、一斉に火を噴いた。
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