「目下」~(『夢時代』より)

天川裕司

「目下」~(『夢時代』より)

「目下」


 とりとめも無く邪教が教える目下の胡散に目を遣りながらも、それでも我が道を行くと全力を奏でて、スキープレイヤーがスノーボードで直滑降するべく速さを決め込み、空行く小鳥の囀りさえ何も聞かずまま、私の滑降は又可笑しな奈落を想わせる行燈灯篭の態に落ち着いて行く。誰が此処迄私と来てくれたのか道行く道を君とずっと歩いて来たけれど、つい気の向くままに又太陽を眺めればあの燦々としたTVの向こう側の流氷を想わせる大河の春闘を飛び跳ねて、〝昔は良かった〟等とか細く強く吠えて居る。私と君のアトリエが未だ向こう側の岸の、あの阿武隈川から成る孤島に凭れる様にして、私達の思い出はずんずんずんずんと白く成り果て、遂には啄む鷲の如き嘴さえこの地表に置き忘れて行くのであろう。今し方我の泣く声を聞け!孤島よ、お前は何処の町からこの地迄へと起き上がり、夜もすがら、世の中の憂いと泣き叫びを勘当されたかの様に僕の目前と置いて、又仄かにその姿を消して琥珀の空の下へと還るのだろう?あの人は置いて行って欲しい。僕の目の上に、届く所に、感情と感動とが永遠に澄み切って冷めやらぬ場所へと誘って、私達を幸福の純血を基にしたみちのく鼓動を振り鳴らして欲しい。ガラスの絨毯は今こそ我が腐り切った〝常識〟の数々を自滅させて行き、大火に渡る試練の炎を立ち上げて、きっとそう、私と君の眼でさえも見えぬ迄にホトホトと焼き捨て、又蛤御門の御前へと運命を切って置いて行ってくれる。忘れるな、忘れるな、として手を赤く染め上げた真っ赤な猪が山の頂から降りて来て、もうずっと見て居なかった骸の山奥迄又駆け上がって行き、私と当時の君の面影とを見渡す雲の上へと追い上げて仕舞う。ガラスケースの奥へは君の群青色したビー玉が光って、又転げて落ちて、僕と憐情の心を苛める。僕は〝ありがとう〟と言った。

 糸瓜と胡瓜が成った土畑で、僕は歌手の尾崎豊と色々喋ったり問答売ったりして居た。空には矢継ぎ早に晴れ渡らせる雲の色香と炎が立ち上り、私の〝行く先〟を唯純朴に教えてくれているかの様だ。唯、誰が君の才能を止められるのか?と尾崎は僕と慎重な遊離の心とに仄めかせて、ああだこうだと歌を唄って居た。僕はその歌を唯心行く迄聞いて居た。此処にあの子が居れば、なんて、格好の孤独の餌食に成る事もひとひら考えながら、唯純朴な精神だけは矢張り、終ぞ消えない事を知って居る。「静」と「動」となら君はどっちを取る?と問われればこの時の僕なら間違い無く「動」と応えるだろう。それだけ故郷は懐かしく、又泡だかりに燃えた改悛の深淵に見せた我が心を映し出すのである。屈強の炎とは正にそこから来る。僕は自分の服装が可笑しく無い事を一重に誰かに尋ねながら何故かネクタイを締め、空の夕日を眺める如くさっき戻って来たのか従順な小鳥の連なりに心の懸け橋を知る様に成って居た。淡い恋の場面の様だ。〝唯綺麗なだけではいけない〟と又誰かに念押す様に叱咤激励、自分を励まして居てさえ、君の爪は僕の背中辺りに食い込んで離れようとせず、僕と君とはこのままの姿で歩くしかなさそうなのだ。〝規律〟が在る様で無い自然の細道は何時しか蛻を呈してずっと我に近付き、何時か見せた究極の諦観に似た淡い努力の泡をそっと我に見せて来る。デジャブという奴であり、君も僕もきっと既にこの事を知って居て、又誰かにそっと語りたくも成るのだろう。この事を言うのに私は既に三年半掛かって居る。

 俺と尾崎は遊園地に居て、そこのチケットが要らない池に浮んだ小さなボートに二人して乗って居て、何か止めど無いゴールの様なものを探して二人一生懸命にボートを漕いで、びしょ濡れに成りながらも、手を動かす。どんより曇って居たかも知れない水色の雨模様は瞬く間に晴れ上がり、何時もの調子で自分の内に在るもの全てを引き出す努力を続けて居れば、きっと俺達は、否、俺は救われる、と天をも突き刺す勢いで、目前の敵に凄んで見せて居た。あはれなるかな、同様のモンクが湖畔を通る春の早朝。俺と尾崎は大学時代の友人の態に成って居て、そのボートの上か畔に又俺の旧友だったFが居てくれて、その、滅法無茶な操縦ばかりをして居る尾崎を窘めてくれそうな様子が在って、俺は嬉しかった。みちのく群青に咲いた淡いビストロは竜胆の様にその頭を垂れて、漆黒に咲く背後の有限に私のこの身を押し遣るかの様にして未だ体裁を保って居る。その嬬恋の破片が妙に滑らかなもので私は又つい、あの頃の失念にくれた体裁振りを一人静かに舐めるのであった。曇天模様の曇り空の下、春の日の事。

 その尾崎(に似て居り又大学の友人の様でもある輩)は俺に会う前に既に人を殺して居り、俺はそんな奴と一緒に成り行きから暫く一緒に暮さなければならなかったが、矢張り苦しく、しかし俺もどういう訳でかその少しした後で同様の殺人者の態に陥り、横に居るその尾崎のステータスと対等に成れた気がして少々嬉しかったが、〝これは本当じゃあない〟として世間を渡り渡って行くと矢張り真の平和は僕達に訪れてはくれなかった様である。

 その遊園地に辿り着く前に俺と尾崎は何処かの峠でゴーカートの様な車走行をして居り、その尾崎が運転するセダンの車の助手席に俺は便乗して居り、その時からハチャメチャな運転を心掛けて居た様で俺は只管恐怖を覚えて居たのだ。もう、話に成らん程に怖かった。しかし後から振り返ってその時の尾崎の状態を見詰めると、きっとその時から既に自殺する覚悟が在った、と見受けられるのは自然であった。

 そんな無茶な運転が祟ってか、何時の間にか俺達はワープして居た様で、その車で中国人が住む圏内を何かに追われる様にして逃げ回って居た。そこに居た人を何人も撥ねそうに成りながらも見事にその都度体裁を立て直し、撥ねられそうに成った中国人達を含めそこに住んで居た人達は尾崎が運転する車が猛スピードで走り去った後、暫く黙って立ち尽して居たのだ。手にはそのまま日曜大工使って居た様々なツールがぶら下がった呆然を起した者も居る。だが矢張りその尾崎と俺の乱暴な運転に腹を立てて怒って居る者達も確かに居た様でもあった。それ以上の事は分らない。俺達はもう、そこには居なかったから。

 俺は始終〝人生を生きるに於いて、正統法を取って居る〟と小馬鹿にされて居る様な体裁を覚えさせられる設定の様なものを、その二人の環境の内に見て居た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

「目下」~(『夢時代』より) 天川裕司 @tenkawayuji

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ