「生(せい)」~(『夢時代』より)
天川裕司
「生(せい)」~(『夢時代』より)
「生」
暗い道に居た。真冬の寒気が直に下りて来た様な、自然の強靭・強大さの前に人は平伏すしか無いと言う様に瞬時の脆さを人に刻み込む程の程良く冷たい漆黒の空で在る。しかしその坂は見慣れたもので在って、私が良く通勤過程に通ったあのガソリンスタンドが真向かいにまるで競合する様に建てられて在ったその坂道で在り、又しかし春の息吹を感じる迄には矢張り程遠い倦怠をも想わせる。〝何処かで私は行き道を間違えたのだろうか?〟と瞬時又億尾な不安に駆られもしたが、一向に様子が分からないその漆黒の格言は又私の内で「春の彩りと当面の汽車」とを覚えさせる事と成り、又私は唯素直に道草を食う事無く、一つの目的へと邁進して行くしか他術が無い様で在る。三月だ。三月ばかり私は転寝して居た様で、亀が知らぬ間に急成長したのか鶴の成長を追い越し、兎の速度をも追い越し、私は遂に童話の園の駆け引き成らぬ究竟の進退に脅かされながら、いとも容易く、簡単に身の上の骸を脱いで終えて、今は或る親友の末路をその老いさらばえた体を以て唯眺めて居る様なので在る。しがない物書きに出来る唯一の行商なのかも知れぬとぽつり、態と体良く見せ掛ける様に、我は又自然の息吹の内へと懐古し始めた。その矢先に見た夢。
山川が頭を割る大怪我をした。この山川という男、私の親友でありもう二十三年来の付き合いが在る大男である。「大男」というのは別段体躯が大きいというものではなく、その大を兼ねる様な氏の運命が私の懐へと深く突き刺さる様にしてのめり込んで来て、一端の影響を花咲かす如く〝大きな者〟に映す為に、私が勝手にそう呼ぶ訳であり、身の丈は私とそう変わるものでもない。いやに寒い風が又私の身内を吹きぬけて行く。私はどうもこの親友とは折合いが悪い様子で、何処となく水と油、その付き合いの時々でこれ迄の関係を白紙に戻して仕舞う位の未知成る邪悪が私の内に訪れて仕舞う。その元凶はこの親友であり、私は心の何処かでこの親友に悪態つく事を止めなかった。否、止めずに居れなかった訳である。主観、大いに結構、身に余る光栄を地で行く者の上に喜びの雨は降り注ぎ、道無き道ではその滴の一粒迄が己が進むべき道の上に落ちて地固めをし、他人にはその様しか見られぬであろうがそれを悲しむ事はない。その内実こそ君が自慢出来る唯一の傘下に光る運命なのであり、他人は人を理解し得ぬままに君を屠る訳である。その一連の仕業はきっと又君の為に成るものであり、道無き道を走る時には、遠くで輝く一番星の様にも光り輝いて、君の運命と共に又頑強なる神殿の内へと身を隠して行くものであろう。哀しむな!我が友よ!!私はそうしながら程良く彼を突き放した後でもう一度彼の姿へと目を遣ると、アメリカのミシシッピーに咲く一筋の広大に目を奪われる程の逆鱗の大河が流れ始めて居り、何時か感じた懐かしく心地良い大陸の疾風が何処となく母を想わせる厚い問答が又身を擡げ始めた。山川は私の知らぬ間にマイケル・ランドン扮したチャールズへと姿とその内実とを変え、又私の行く手を阻むかの様に程良い歓喜と聖なる喜びを以て、しかし尚訝しそうに私の心と目を覗いて見上げて居た。
チャールズはそれ迄の長い長い雲が降る坂を上り詰めて(その坂には歩道が在るが横は直ぐ車道である。チャールズは車道にギリギリ出ないか、といった様子で歩道に何とか居るのである。丁度山手幹線をずっと国道一号線へと向かって行く
その二人組とは、丁度チャールズがドジを踏んで床に転がり果てた際にドライブしてたのか何処か目的地へ行こうとして居たのか、その車で走って居り、その序でに横付けして来た車の中に居た者達である。私にはその時あろうことかこの二人組がチャールズを態とこかして自分達が登場する場面を作り上げたのでじゃないか?等、妄想染みた奥義の様なものを垣間見た結果、一つの凡庸とした見慣れぬ祭事(政)を目にしたのか、何時とは無しに彼等を疑って掛かって居り、彼等は終ぞ私のこの様な疑心に気付く事は無く、又、二人して何処か荒れた藻屑の呟く山道へと越して行った様子が在る。照り輝く太陽が織り成す春風も、どうやらこの二人組にはてんで届かなかったきらいが在り、私は駆け足で又、その二人とチャールズが駆け乗った車の中へと身を乗せた。そう、その車に乗った辺りからその二人組は照り輝く海の畔に咲く小さな湧水を奏でる一輪の花に成った様子で在って、チャールズの娘のメアリーの風采を醸し出し、もう一人はそのメアリーの旦那の様子を映し出して、二人が仲良く蜜の香りを呷る如くに私とチャールズ、延いては山川が画策して居た小さな砦の基盤を音を奏でさせ、派手に崩して行く様な荒技に出たのである。内一人、メアリーは泣き叫ぶチャールズに向かって言う事には、「何でこの子が急に泣き始めたのか分かったわ(もう直ぐ死ぬ人が直ぐ近くに居るからに違いない)」といった語尾を奏でる文句を意地悪そうに尋ねるものであり、それを聴き、自分の感情の全てを虫取り網で掬う様にして掬い取った後でチャールズは、「ヒィ――――~~~!」と言って身を右へ左へ捩る様にして七転八倒し、窓の外の景色等見る事は無く、目前の娘が現れた恐怖に対して一時の算段をして居る様子が私の胸の内には飛び込んで来て居た。
私はそんな光景を見ながらにしてその時空と全ての体裁を程良く変化させ、暗い中に活を見出すが如く夢想の境地へ自分を誘うかの様に、自分の年を若返らせ、介護士をして居た当時の情景の身の上に、自分を重ねて見て居た。その情景は直ぐにパッと、当時の柔らかながらに強靭な肉体が場を仕切る私だけの戦慄へと身を化かし、以前から憤悶絶えぬAという女介護士を甦らせ、私と共に一つの実験用の物なのか透明の虫籠に閉め切って置いた。私とそのAは時の経過を逆算して落ち着いた様にして当時のいがみ合い、問答をして居て、一向に解決先が見えない奈落へのエチュードと化した喧嘩をその身の上に掲げながら私は又、唯、そのAの美しく強大な肉体の芯にその身を焦がされ、我は脱皮するかの様に、等の文言をその心中で立証して行く過程を目前にして強く憧れと欲求の不満を突き付けられ、もう一度見るその肉体の塊とうねりと、逆境をも光り輝かせて一呑みに出来る程の女性の咎の内に、引っ切り無しに責め立てて愛撫して来る女王の質を見出し、その懐に溺れさせられて居た訳である。Aをまるで女王様として見上げる様に成った我の内では唯、悶々とした鬱積が成せる一泡の欲求を発散し得る容器の様な物を探し始めようと躍起に成って居る身の程を知る破目と成り、Aを、その女性愛を、又、両脚と心臓を、極端な愚劣を以て愛撫しなくては治まり得ない極度の喧騒感を得始めて、自分を蹂躙してくれる愛するAの冷遇を只管希った。俺はその時から、そのAの要求をどんなものでも呑む事を決意し、唯只管逆鱗に触れまいと御機嫌窺って愛し抜く事を誓い、唯只管、Aに捨てられまいと泣き叫ぶ〝内なる自分の有り様〟さえAに覗いて見て欲しいとする、どうしようもないマゾヒズムの精欲を奏でられ続ける様な身の体裁に陥って仕舞った訳である。Aは唯、冷遇を以て私を一瞥したのみで、未だ一向に私へと近付く気配すら感じさせないで、遠くを見る振りをし、知らん顔して居る。そうして居る内にトイレからコールが鳴る。施設のトイレである故に、俺とAとを取り巻いて居るその環境の内では良く鳴り響き、フロアは一度、固まり掛けた空気を別の処へと動かす様な連動が走る訳である。丁度手持無沙汰だった俺は直ぐ様逃げる様にしてそのトイレへと駆け込み、中で糞まみれに成って居た畑中千鶴(七十六歳、認知症在り。俺が此処で働く以前に働いて居た施設に居た比較的元気な老婆)の体を綺麗に拭いて居り、綺麗な服に着替えさせて、軟便だった為俺のズボンにも少々その便の飛沫が飛んで居たが気にせず、又何時も通りにトイレから出て行ける様にと快活さを植え付けて居た。しかし同時に、「良くこんな婆さんが状況を理解してコールを押せたな」と少々感心もして居た。
(話は戻り)
私は良く歩いた事のある奥嵯峨野の竹藪が左右に位置する林道の様な道を通って居り、矢張り空はその林道であった為か少々薄暗いものだったが、少し目を上げると遠くの空は薄ら茜色の秋雲が程良く体を伸ばして居て、懐刀に三文を忍ばせるが如く、遠くで住むお婆ちゃんとその娘を訪問して打ち明け話が出来る位の明るく気丈な体裁を身に付ける事も出来た様子で、生い茂ると迄は行かない物寂しい秋の夕暮れを唯一人、トボトボと歩いて居る。しかし目的地は何処となく分かって居た様子で私は又あの夜へと還って居た。
泣き喚いてヒィヒィ言って居たあのチャールズは又山川の体裁と内実とに移り変わって居た様子で、俺に向かって一声気丈な言葉を根気良く吐き続けて居た様で在った。その体裁は沈没寸前の船とでも言うか、消える直前の蝋燭とでも言おうか、一瞬にして辺りを照り輝かせて昼と見間違える様な赤を映し出して灯りと化し、彼は元気に成った。これ迄の事をまるで他人事の様に脇へ置き「俺大丈夫やんな!?心配する事も無いよな?そこからこの俺の傷見えてる?」等と子供の様にはしゃいで居り、本当に何の心配も要らない様な前向きの姿勢を俺に見せて来る。しかし二度目に「何処まで怪我してる!?俺…」と尋いて来た時にはその上擦った目は少々又伏し目勝ちと成り、あのチャールズの弱気がこの山川の心中に迄漂い始めたかの様に見え、やっぱり心配なのか、と俺も少々気を揉んだものである。私は良く見た。始め、山川の左目少し上辺りからややその上方に掛けて、又やや深く切れて居た様なその傷の状態が分かったが、一旦注意を逸らして彼の頭部をまるで一つの景色を眺めるかの様にして見ると、その終って居る様に思われた左目上の一線の後からずうっと更に、左耳の上辺りをほぼ真っ直ぐに後頭部へ向かって同様に深く切れ込んで居る状態が見えて、私は〝髪に隠れて見えなかったんだ…〟という事にして、山川にその事をあからさまには伝えず、状況証拠を一つずつ重ねる様にして少しずつ、小出しにして事の顛末を話し始めて居た様だった。しかし矢張り最後迄は言えなかった様に記億して居る。又俺はその傷の実態を見た時、駄目だ、と密かに思って居た。俺は又その回想を目前にしながら心中に訪れて来た数人の誰かから、「山川(チャールズ)はもう駄目だ」と聞かされて居た事も事実である。妄想にしても妙にリアルな体験であって、その胸中に訪れた数人の旅人とは、何か、何処か、懐かしさが溢れる様にして空から地面から、この心の中へと落ちて来る、あの〝理想郷〟にて出会った者達とも似て居た事を追憶の彼方で感じて居るのである。それから両者共そのままの体裁を繕ったまま、私は彼等を自然の内へと見送ったのだ。この「駄目だ」という言葉はきっと、私が眠る前に読んだ立原正秋著の「花のいのち」からの影響かも知れず、腰掛け程度に見て知ったあの新しい恋人に主人公の女がやられて仕舞って居る事に気付きながらも、丁度幾分の運命のすれ違いで今生を分かつ、あのシーンに感傷を抱いた所為だろう、と後から考えたりもした。
俺は山川に、今気付いた様にして、「そうだ、病院へ行こう!」と言い、山川も賛同してくれて居た。その山川は現実通りにその夢の内でも結婚して居る様子で在って、少しでも長く生きたいとする願望が在った様子でもあり、私は彼の心中を察して居た。
俺達は二人共何故か自転車に乗って居り、空は薄暗さから次第に昼間の様に成って時計の針が辻褄合わせる様にして又少し進んで夕暮れ前の三時頃に成って、落ち着いた。場所は私の自宅直ぐ近くの月夜田であり、又私の旧友の家もそこから近くの所に在った。その月夜田迄(山手幹線から如何して走って来たのかは知らぬが)私の自宅前の坂道を下りた辺りに在る吉井のバス停付近から走って居る最中、「あっ!」と言って俺は山川も引き止め、「俺車持って来るわ!その方がお前も楽に行けるやろうし(云々)」と言い付け、山川はそれを聞いて納得して居た。「保険証持ってたっけ?」との俺の問いに山川は「持ってる」と答えて来、俺は少し、虚を突かれた形と成る。
それから山川をその場所で「余り動かない様に」と言い置いて待たせ、俺は急いでそこから近くの自宅へと急いだ。急ぎ帰って居る途中で、私の父母が人混みの中に紛れて居るのを見付け、その人混みは又、吉井のバス停の前で何故か皆して写真撮影をして居り、俺は急に物珍しさと又虚を突かれる形が伴って、その撮影に参加する事にした。私は父親の横に立ち撮られた。父親は俺の姿を見て、「背、高なったな」等微笑みながら言って居り、その時にも履いて居た厚底の靴の上に身を置いた我の心境を見透かして居るかの様な得体の知れない〝人を小馬鹿にした様な態度〟さえ見て取れ、その撮影後、俺は直ぐに又自宅へと歩を進めた。
自宅へ帰る途中で俺は又何故か、父親が運転する車に母と共に乗って居り、もしかすると自転車よりも早く家へ帰れる様にと父が計らってくれた?等と素っ頓狂な事をも考えたりしながら、俺は又何時ぞやの、子供の頃に見知って居た遊興の彼方へと自分が消えて行く物寂しさに耽って居た。三人だけと思って居たが、車内には他にも何人か人が乗って居た様だ。だが彼等はエキストラの様ではっきりしない。唯、母親は病気する以前の元気な頃の姿で、又妙にしゃんしゃんとして居た事は鮮明に記億して居る。
その車内で俺はずっと隠して居た山川の怪我の事を父母に話した。思った通りでもあったが父母の反応は鈍いものであって、もう少し驚いてくれても良かったのに、等と俺は思いながらそれでも流暢に未だその事に就いて喋って居た様である。父母(特に母は)、「頭が割れた」と俺が言った処で少し驚き、「(Drに聞いて来たかの様にして)山川はもう駄目やねんて」と言った処で前の「頭が割れた」の時よりも更にやや大きく驚いてくれて居た。
母親は、私が「お母んも一緒に行くか?」と問うた際、待ってました、と飛び付く形で私に賛同し、早速、俺は自宅へ帰って自分の車を出す事にした。しかしその俺の自宅には似た様な車が数台も在り、又、俺は何時も使って居る自分の車が何処に在るのか分からないで、とても焦りながら自分の車を探すがその「焦り」は他人に気付かれまいと隠して居た。やっと車庫を開けて見付けた車は非常に、又異常に小さな車で、レトロを醸し出して来る昔流行った事のあるカブトムシ成らぬまん丸い箱型のワーゲンの様で在り、確か色は深い緑をして居た様に思う。しかし俺は「やっと見付けたよ」と言い何気に(試運転でもするかの様にして)乗り込もうとした際に車底の仕組みを見ると、人が足で漕ぐペダルの様な物が付いて在り、これでは話に成らないとされて俺達は仕方なくその車を却下した。
時間が無い中更に焦りながら又探し回って居る内に母親は、あちこちあれこれ探し回る俺の姿を見て〝要領が悪い〟と思った為か「あそこに在るやん、(フンと馬鹿やなァ~)」とでも言う様に俺の気持ちを捲し立て、俺に腹を立たせた。そう言った時の母親に、俺は以前働いて居た介護施設で喧嘩した事が在るTという上司のオーラを見た事を憶えて居る。次の瞬間俺は気でも違った様に自身の度量を奮い立たせ、自宅の直ぐ前に在った神社の舞いを踊る舞台の様な場所に母親を引っ張って連れて行き、柱の隅に白紐の様な物で括り付けて動けなくした後、俺は母を心行く迄蹴って蹴って蹴り続けて居た。しかしそうして居る内に知らぬ間に、母はその雰囲気だけをその場所と俺に残して、その姿を消して居た。何か、声が俺の心中に木霊した辺りから既に母の姿は無かった様に思う。自宅前のその〝舞台〟とは、今度新しく家が建つその着工段階に在った剥き出しの床だった。無論木製の物で、何やら新しい木の匂いが昔父母と一緒に嗅いだ事の在る夢の中のレトロへと又俺を誘って行くかの様でも在ったが、俺は何とかそこに踏み止まって居た。
そして目前に拡がる現実を見渡すと、ついさっきの俺が母を蹴って居る場面が映し出された。心中での事なのだろうがその時の自分にはまるでその光景が空中に浮遊する様に浮かべられた何処となく手が付けられない、〝アリスの国〟の様にも見えて居た。その光景の内で俺は、誰に見られても可笑しくないその舞台の上で、それでも見付からまいと色んなバージョンを算段しながら蹴って居る様であった。小雨が降って居たのを憶えて居る。
その光景を見て居る内に俺の四肢はわなわな震え始め、その時とまるで同じ感動を携えながらも一緒に成って母を蹴るその時の衝動にもう一度駆られた様子で、今はもう消えて居ない母を蹴り続ける自分の正体に気付く。そう気付くと同時に俺はふと、〝こんなに時間が掛かって仕舞っては山川の命が益々危なく成って来るではないか…、俺と別れる間際にもあいつはあの割れた頭の傷からポタポタと血を垂れ流して居たのだ。きっとあんな滴りものともしない程の大傷が奴の頭の中には在るに違いない…!如何にかせねば…〟等と考えながらも、とうとう、その山川の傍まで辿り着けないで居る自分を唯傍観して居る自分が居る事に気付いて居た。思い起こせば俺はこれ迄、良く友人を自分の都合で目一杯待たせて居たなァ、等と呟かせる思い出がふと甦り、自ず反省もして居た。そこで目が覚めた。
「生(せい)」~(『夢時代』より) 天川裕司 @tenkawayuji
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