第2話 スラ坊の居場所

 ゼルトはスラ坊の教師になることを決意した。

 テイマーでも無いのに魔物を引き連れるなんて不思議な光景だった。

 違和感でしかなく行きつけの街に行けばどんな反応をされるかが気になった。

 だからこそゼルトは森から出て行きつけの街に入る手前までは我慢し黙っていた。行きつけの街に入る手前まで辿り着くと急に立ち止まった。転がりながら懸命に追いかけていたスラ坊も止まり謎めいていた。ゼルトが振り返る前にスラ坊が話し掛けてきた。


「どうしたんだ? ゼルト爺さん?」


 スラ坊に返答する前にゼルトは振り返った。

 返事よりも振り返ることを優先したゼルトの表情はやや険しかった。やはりテイマーでも無いのに引き連れていては街の連中になにを言われるかが分からなかった。嫌でもここは面倒事は避けたかった。やや険しい表情のまま口を動かし始めた。


「のう? スラ坊や」


 ゼルトはなるべく嫌気が差さない程度に言っていた、それでもやや険しい表情はスラ坊にも伝わっていたようだが。

 スラ坊は疑問に感じ黙りに徹していた。ここは口を挟むよりも口を閉じていた方が聞き分けが良いと判断した。別に怖くて黙るしかなかった訳ではなかった。

 なのにゼルトはやや険しい表情を保ち続け話を続けた。


「街の中で連れまわすとアレだの。なんと言うか。周りが困惑するかも知れん」


 ゼルトがテイマーだったら話は簡単だった。思わず相棒にスラ坊を選んでしまった。もし野良の魔物を連れていたと発覚すれば街の連中がなにを仕出かすかが分からなかった。テイムされた魔物は忠実の印象になるが野良の魔物は信用されなかった。長年の情報には自信があったゼルトは続けて言う羽目になっていた。


「だからのう。スラ坊や。儂のフードの中に大人しく入ってはくれんかのう」


 ゼルトのえりにはフードが付いておりスラ坊を入れておくにはちょうど良い居場所だった。聴きに徹して良かったとスラ坊は感じ取り素直に言い返した。


「うん。分かった。大人しくしとけば良いんだよな、そこで」


 無事にスラ坊の快諾を得たゼルトはやや険しい表情から安堵に変わっていった。助けられてばかりのゼルトはスラ坊に感謝の意を言う為に口を割り始めた。


「恩に着る」


 短い言葉だがしっかりとスラ坊に伝わっていた。余りの直接にスラ坊は照れ隠しに顔と目線を逸らし話し始めた。


「べ、別に……俺は照れてないんだからな。そ、それよりも早くしろよな」


 もう絶対に照れていた。両方の頬が赤みを帯びていた。なのにゼルトは反応しない方が良いと判断し静かにスラ坊の元まで歩くと立ち止まり持ち上げた。ちょうど良いスラ坊の居場所が生まれた瞬間だった。

 思った以上の居心地いごこちにスラ坊の方が高揚していた。声を高らかに出し更なる安定を求めていた。


「おお!? こ、これは――」


 これだと言わんばかりに満足気な表情になりくつろぎ始めた。全身の力を抜いてフードに預けても崩れる心配は無用だった。まさに無防備に休憩するには打ってつけの居場所を手に入れていた。思わずスラ坊は満喫しながら言っていた。


「至福ってこういうことなのか、思った以上だよ、ゼルト爺さん」


 本当の本当に気に入ったスラ坊はとろけるくらいにフードに身を預けていた。まるでフードの中にポーションを入れたような感じになっていた。

 ゼルトのお陰だとスラ坊は感じ取り感謝の意を伝えようとした次の瞬間――。先に口を動かしたのはゼルトの方だった。


「そうか。スラ坊の居場所はそこか。ホホ。気分が良いのう」


 スラ坊の機嫌が良いとどうやらゼルトも落ち着き気分が上向いていた。

 なんだか楽しさが増した気分にもなり浮付いた言動をしそうだった。本来の目的を忘れるくらいに二人は浮かれていた。遂にはこれからのことを確認することなく街に入ろうとしていた。なによりもゼルトが良からぬことを言い出していた。


「ホホ。フードの中を存分に堪能するが良い。後は街に入るだけだのう。入るとするかのう、さっさと」


 なんとかなる的な雰囲気だった。スラ坊にフードに入って貰う理由が薄れていく。それでもゼルトにすら危機感はなかった。

 あるとすればゼルトとスラ坊の間にほんの少しの信頼が生まれたことだ。まさに阿吽あうんの呼吸だけでなんとかしようとしていた。

 そんな二人に訪れるのは無難か災難か。それは未来の二人しか分からないことだった。

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世界最強の老賢者、スライムの教師になる 結城辰也 @kumagorou1gou

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