第33話 最後の約束
<シアン視点>
「お兄ちゃんだぞ」
『闇の触手』の球体をこじ開け、手を伸ばす。
中には、今にも泣きだしそうなレニエがいた。
「バカっ!」
「おわっ!」
レニエに手をぐいっと引っ張られれる。
俺はそのまま球体の中に入り込んだ。
「こんなに、無理して……!」
「!」
ぎゅっと抱き寄せられ、俺は身を任せた。
「……ははっ」
こうしていると、レニエがうちに来た日を思い出すな。
あの日は、推しとの初対面だった。
それまでの二年間の修行も、レニエと会える日を考えれば乗り越えられた。
だけど、その日にレニエは逃げ出したんだっけ。
それでも、なんとか助けることができた。
助けた後は、ほんの少し信頼の目を向けてくれた気がする。
それからも、何度か抱き寄せられることはあった。
でも、ずっと俺の方からは手を
推しという尊い存在に、おこがましかったからだ。
だけど、今日だけは添えてみる。
「……! ……お兄ちゃん」
すると、レニエも安心した様に、俺の肩に首を預けてきた。
「レニエ、聞いても良いか?」
「……? ええ」
そうして、俺は顔を離してレニエを見つめた。
成長した推しの顔に少し照れてしまうが、今は真剣だ。
「学院は楽しいか?」
「急に何? 楽しいけど」
「それは良かった」
「友達は出来たよな。前みたいに女子会もどんどん行くんだぞ」
「……ねえ、どうしたのよ」
「アルスも良い奴だぞ? あいつは将来すごい奴に──」
「ねえってば!」
さすがに不自然に感じたのか、レニエは声を上げる。
少し目元に涙を溜めながら。
「アンタ、何するつもりよ」
「……」
我が妹ながら、賢く育ちすぎたかな。
俺が何か起こすことに勘づいたらしい。
だから、今度は俺からレニエを抱き寄せた。
「レニエは誰が何というと、世界で一番の自慢の妹だ」
「……怒るわよ」
「学院にはまだ嫌な顔をする奴はいるだろう。でも、レニエならきっと乗り越えられる。友達も存分に頼ると良い」
「本当に怒るわよ!」
それから、最後に言葉を送る。
前世からずっと伝えたかった言葉を。
「レニエ、愛しているぞ」
そして、俺は球体の床に手を付いた。
すると、手に【闇】が集まり始める。
「……!?」
その瞬間、レニエはぐっと胸を抑えた。
自分の中から出ている【闇】が、引き寄せられたのに気づいたのだろう。
すると、ものすごい
「アンタ、まさか……!」
「さすがレニエ。賢いな」
最初から【闇】が元凶だったんだ。
【闇】は恐ろしい力だが、レニエの“味方”。
属性の
そうして、今までの家族の不幸は作られてきたんだ。
ならば、今後も発現するかもしれない。
それは爆弾を抱えて生きていくのと同じだ。
「これは俺がもらうよ」
「……ッ!」
だったらこの力は、レニエが幸せに暮らすためには必要ない。
推しの幸せを阻むものは、全て俺が取り除く。
だから俺は決めた。
レニエの【闇】を全て
「……! ぐあああああああッ!」
だが、吸収を始めた途端に、全身に激痛が走る。
取り込んだ異物に、体が拒否反応を起こしているんだ。
それと同時に、取り込んだ【闇】が内側から弱体化をバラまく。
内から外から、際限なく攻撃を受けている感覚だ。
体もだが、ほんの少し気を抜けば一瞬で意識を失うだろう。
まだ地獄の方が楽かもしれない。
「やめなさい! お願いだから!」
「……っ」
「アンタは私の言う事には逆らえないでしょ!?」
レニエの言う通りだ。
俺は今までレニエの言う事を何でも聞いてきた。
でも、もう決めたんだ。
「悪いな。可愛い妹への最初で最後の反抗だ」
「……!」
これでも、俺が精一杯レニエの幸せを考えた結果なんだ。
着想は、アリシアの属性から得た。
間近で見た時に可能性を感じたんだ。
だが、アリシアの【
そのため、多くを吸収しすぎると、体が影響が出てしまう。
でも、俺は属性を持っていない。
今までは散々恨んだ才能の無さだが、ようやくそれを生かせる時が来た。
“属性無し”という何も注がれていない器だからこそ、他の属性を取り込めるかもしれない。
属性同士が混ざるのは危険だが、元から属性を持っていなければ、取り込んだものに染まるだけだ。
「ねえ、それでどうなるか分かってるの!?」
「もちろんだ」
「だったらなおさら、今すぐやめて!!」
レニエは片手で胸を抑えながら、もう片方の手で俺を殴る。
かなり全力だ。
お兄ちゃん、今までぶたれたことはなかったんだけどな。
「レニエ、ちょっと痛いぞ」
「ええ! ぶん殴ってでも止めるわよ!」
「はは、止められるかな」
レニエが必死になるのも分かる。
どんどんと【闇】が俺に移るのを実感しているんだろう。
また、デメリットも理解しているんだ。
レニエは、体内に【闇】を押し留めていた。
それは適性を持っているからであり、生まれ持ったものだからだ。
だが、俺が覚醒した【闇】を留めておくのは不可能だろう。
つまり、俺が吸収すれば、“周りへ弱体化を巻き続ける者”になってしまう。
「お願いだから! 取り返しがつかなくなるのよ……!」
「レニエが持っているよりマシだ」
「そんなわけないでしょ!」
周りへ弱体化を巻き続ける。
それは文字通り“呪われた人間”だ。
そんな奴を推しの近くに置いておけない。
だから俺は、吸収してすぐにレニエから離れなければ。
でも、それでレニエが救われるのであれば、俺は喜んで受け入れる。
「ほら。ぎゅーできる最後のチャンスだぞ?」
「いつもアンタはそうやって……!」
レニエは大粒の涙を流しながら、いよいよ手を向けてくる。
時間がないと思ったんだろう。
「絶対そんなことさせない! ──【銀氷の息吹】!」
レニエが出せる最大の氷魔法だ。
でも、もちろん俺には効かない。
「ははっ、鍛えた甲斐があったな」
「……っ! ふざけないでよ! 【銀氷の息吹】!」
何度やっても同じだ。
俺の【身体強化】七倍の装甲は貫けない。
今までレニエの為に鍛えた力も、最後に少しは役に立ったのかな。
「【銀氷の息吹】! 【銀氷の息吹】……!」
「レニエ、もうその辺に──」
「うっさい! 銀氷の……ぐっ、げほっ、げほっ!」
レニエの体力が限界だ。
手を差し伸ばしたいが、今はできない。
これからは一人で生きていかなければならないからな。
「お、もう少しか」
吸収の終わりがみえてくる。
常に感じたこの世の終わりみたいな痛みも、逆に意識を途切れさせない良いスパイスになったな。
「レニエ」
「認めない! 私は絶対に認め──」
「最後に約束してくれ」
「……っ!!」
歯を食いしばるレニエ。
だが、“最後”と言うと、涙ながらに手を止めた。
「なによ、聞いてあげないわよ!」
「ああ」
伝えたいことは伝えたつもりだ。
でも、これで最後だと思うと、なんだかいっぱい出てくるな。
いつまでたっても俺はシスコンみたいだ。
「これでレニエの幸せを阻むものはなにもない」
だから、一つだけ。
「幸せになるんだぞ」
「……っ!!」
【闇】を吸収し切る。
同時に、【気弾】でレニエを抑えつけた。
俺はボロボロの体ですぐさま飛び立つ。
「ふざけんな!」
遠くでレニエの声が聞こえた。
「ぜったい、ぜったい迎えにいくんだから……!」
最後に聞こえたのは、そんな言葉だ。
推しにそう言ってもらえたのは、人生の宝だな。
「……ははっ」
一粒、目元から涙がこぼれる。
おかしいな。
悔いはなかったはずなのに。
まあ、一つだけ後悔があるとすれば──
「さよなら、レニエ」
推しの幸せをこの目で見られないことぐらいか。
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本日はもう一話更新しております。
ちなみに作者はハッピーエンド主義です。
ぜひ結末を見届けて下さい!
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