第32話 差し伸ばされた手

 「みんなでレニエを止めよう!」


 シアンが声を上げた。 

 それには、原作メインキャラ達がこぞってうなずく。

 意思は一致したようだ。


「でもシアン君、具体的には──」

「アルス、後ろだ!」


 だが、『闇の触手』はすぐに襲い掛かってくる。

 シアン達はすぐさま隣の屋根へ移った。


「話している暇はないってことか」


 シアンが視線を移したのは、触手の周囲。


 そこには『裏の傭兵』たちが転がっていた。

 セビルを含め、先ほどまで戦っていた奴らは、全員生気を吸い取られてしまったようだ。


 そして、何より厄介なのが、レニエの状態だ。


「しっかり守ってやがる……」


 暴れ回っている触手の中心部。

 あるじであるレニエを守るかのように、いくつもの触手でレニエを包んでいた。

 巨大な手が何本も重なり、レニエの姿は確認できない。


「レニエちゃん大丈夫なの!?」

「……皮肉だが、多分大丈夫だ。【闇】がある限りは」


 『闇の触手』はレニエから出ている。

 レニエからの力の供給があるからこそ、こうして暴れているのだ。

 だが、アリシアが嫌な顔で付け足した。


「でも、時間は少ないかもしれないな」

「……ああ」


 それは同時に、レニエから力を奪っているにも等しい。

 時間がかかるほど、レニエには負担がかかる。

 つまり、手遅れになる前に止めるしかないのだ。

 

「でも、やってやる!」


 この光景には、シアンは既視感を覚えていた。

 まるで原作のラストバトルのようだと。

 

 ラスボスの相手をするには早すぎるが、シアンは決してひるまない。

 モブだろうと何だろうと、レニエの兄になった日から決意は変わっていないのだ。


(推しを幸せにする)

 

 その想いのため、今までの全てを込めて踏み出す。

 彼には、メインキャラ達が続いた。


「いくぞみんな!」

「「「うん!」」」


 シアン達はその場をり出す。

 レニエに向かって一直線に。


「みんなは俺の指示が聞こえる位置へ! 触手には絶対に触れられないように!」


 その指示と共に、メインキャラ達は散らばる。

 位置を確認して、シアンがすぐに指示を出した。


「エレノラは【増幅】でアリシアの属性出力を上げろ!」

「うん!」


「アリシアは強まった【抱擁】を俺とアルスへ!」

「いいだろう!」


 アリシアは一度【闇】を吸収して、体に影響が出ている。

 これ以上無理をさせることはできない。

 ならば、最後に【抱擁】のシールドを付与することで役目を果たしてもらう。


「ティルは二人を守るんだ! できるな!」

「はい師匠!」


 ティルに守られながら、アリシアが目一杯の【抱擁】を分け与える。

 渡す先はシアンとアルスだ。


「二人とも!」

「「ありがとう!」」


 そして、エレノラ・アリシア・ティルの三人が分断。

 メインヒロインは、二人へ全てを託す形となった。


(((後は頼んだ……!)))


 横を並行するアルスへ、シアンはちらりと視線を向ける。

 すでに信頼を置いた目だ。


「付いて来れるな、アルス」

「もちろんだよ、シアン君」


 やり込みまくったゲームの主人公。

 その底力は、シアンが誰より知っている。

 弟子として友達として、隣を任せるにふさわしい。


 そして、同時に力を全開にさせた。


「【身体強化】×七」

「【身体強化・光】」


 まるで爆発したと錯覚するような、大きな存在感を二人が放つ。


 二人に全ての『闇の触手』が反応した。

 大いなる属性の【闇】も二人を脅威だと認識したのだ。

 すると、今までの比じゃない勢いで襲いかかってくる。


「「……!」」


 それでも──


「レニエッ!」

「うおおっ!」


 二人は見事な動きでかわしていく。


「【気弾】ブースト!」

「【高速移動・光】!」


 家を伝い、屋根を伝い、時には魔法をり交ぜて。

 お互いを信頼して左右に散らばり、また先で合流する。

 今の二人は誰にも止められない。


 そうして──


「「……ッ!」」


 二人の目の前に巨大な壁ができる。


 レニエまであと少し。

 そこに全ての触手が集まり、行く先を阻む。

 触手同士が角度を変えて重なり合い、前方の三百六十度を全て覆っているのだ。


 ここが最終突破地点だ。

 

「アルス!」


 シアンはアルスに目を合わせる。

 対して、アルスは一度だけ確認した。


「いいんだね?」

「早くしろ!」

「……! わかった!」


 師匠として、友達として、シアンを信頼したのだ。


 シアンは足を後方に構える。

 アルスは足を前方に押し出す。

 

「絶対に無事に帰ってきてよ」

「任せろ」


 二人の足が重なり、お互いを強く蹴り出した。

 シアンだけが前に突っ込む形だ。


「うおおおおおおおおおっ!」


 二人の全ての力を込めて、とてつもない勢いが生まれる。

 シアンの高速移動に、アルスの力が加わったのだ。


「そこをどけええええええ!」


 そして──シアンは貫いた。

 『闇の触手』で造られた巨大な壁を。


 そのままダンっと着地したのは、ドス黒い球体。

 触手が絡まり合い、レニエを守っている場所だ。 

 

 だが、これも全て『闇の触手』だ。

 触れれば一気に生気を奪われる。


「来たぞ。レニエ」


 それでも、シアンは何のちゅうちょもなく球体に手を乗せた。







「……あれ、ここは」


 レニエが目を覚ます。

 意識が朦朧もうろうとする中、周りを見渡した。


「……何も見えない」


 だが、辺りは一面の暗闇。

 自分の体すら視認するのがやっとだ。


「球体?」


 周りをペタペタと触る内に、居場所が球体だと認識する。

 レニエがかくまわれている形だ。


「……って、私は!」


 そうして、段々と意識がハッキリしてくる。

 すると、自分の身に何が起きたかを思い出したのだ。


 意識を失う寸前、自分から【闇】が発現するのを見た。

 だがそれは、以前よりもずっと強大な力だった。

 あれが周りへ攻撃を始めれば、じんじょうではない被害が出る。


「そんな! じゃあここは【闇】の中!?」


 ようやく居場所を理解し、レニエは声を上げる。

 同時に思い出すのは、周りの者たちだ。


「エレノラ! アリシア! ティル! アルス!」

 

 自分のことより、周りにいた者が気になったのだ。

 そして、最愛の兄のことも。


「アイツ……シアンは! どうなったの!?」


 だが、当然返事はない。

 ならば、自然と頭には浮かんでしまう。

 “全滅”という最悪の事態が。


 暗闇という場所。

 【闇】の恐ろしさ。

 それらも不安をつのらせるのに起因しているだろう。

 

「……っ」


 今までの、しいたげられてきたどんな状況よりも辛い。

 初めて友達ができたレニエは知らなかったのだ。

 一度作った友情を失くしてしまう怖さを。


 そんな不安から、レニエの口から最後の希望がこぼれる。


「……お兄ちゃんっ」


 不安な時、いつも傍にいてくれた。

 声を上げた時、 いつでも駆けつけてくれた。

 大好きで頼りになる兄のことを呼んだのだ。


 すると、視界の上から一筋の光が差す。


「……え?」


 そこからすっと手が伸びて来る。

 だが、応えるまでもなく分かる。

 こんな時、来てくれるのは一人しかいない。


「呼んだか?」

「……っ!」


 球体をこじ開け、姿を見せたのは──シアンだ。


「お兄ちゃんだぞ」

 

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