第29話 異次元の領域

 「さあ、始めようか。だっけか?」


 シアンは、セビルに言葉をそっくりそのまま返す。

 ニヤアっとした嫌な表情ではあるが、確かな自信はハッタリではないことを示している。


「ちぃっ!」


 対して、セビルは顔をひきつらせる。


 彼の想定外は二つ。

 アルスが唯一無二の属性【光】を開花させたこと。

 そして、シアンがさらに強いということ。


 知略を生かしたセビルの算段を以てしても、その成長速度は見抜けなかった。

 シアンの原作知識という一番のチートには勝てなかったのだ。

 ならばと、予定を変えてでも次なる手を打つ。


「仕方ない!」

「ん?」


 セビルがパチンと指を鳴らすと、あちこちから人が姿を現す。


 元は別の役目を与えられていた『裏の傭兵』達だ。

 移動要員、アルスの場所での戦闘員などを呼び寄せたのだ。

 その数、およそ二十人。


「珍しいなセビル、お前がしくじるなんて」

「金さえもらえれば良いんだけどよ」

「あの兄妹をやればいいんだな」


 どれも原作中盤以降の強さを持った、本物の傭兵たちだ。

 本来は順に作戦を進めるつもりだったが、セビルは今ここでレニエを捕られる事を最優先にしたのだ。


「この人数相手にはどうする!」


 優位に立ったと思い、セビルはシアンに向き直る。

 しかし、シアンは表情を崩さない。

 むしろ余裕の態度で聞き返した。


「じゃあ、俺からも一つ質問いいか?」

「なんだ!」

「こいつらはちゃんと骨があるんだろうか」

「……!?」

 

 その瞬間、シアンから大きなエネルギーがあふれ出す。

 体内に持つ強大な闘気だ。


「【闘気圧】」

「「「……っ!」」」


 闘気の塊は、人体へ影響を及ぼす。

 気圧が低いと頭痛がするのと同じだ。

 大量にぶつけられると、耐性がない者は簡単に倒れてしまう。


「バ、バカな……!」

 

 結果、傭兵は半分にまで減った。


「意外と残ったな」

「シ、シアン・フォード……!」

「じゃあ、やろうぜ」


 シアンはようやく臨戦態勢に入った。





「結構、やるじゃない……!」


 左右に体を揺らしながら、ビオラが口にした。

 相手にするアルスが、厄介な動きを見せるのだ。


「まだまだ!」


 アルスはしっかりと聞いていた。

 前回、シアンがビオラと戦った時、彼女は最後の一撃に反応できていなかったと。

 つまり、ビオラの弱点は速さだ。


(シアン君の言う通りだ……!)


 【光】の特性は強化バフ

 エレノラの【増幅】など、他にも強化系の属性は存在するが、効果量は一際強い。

 そうではなくては、【闇】と肩を並べる属性とは言えないだろう。


 攻防の後、一度距離を取り合うも、アルス側の表情は明るい。


「これなら!」

「いける……!」


 ティルとエレノラの援護もあり、アルス達が押していたのだ。

 対して、ビオラはいぶかしげに戦況を見る。


セビルあいつ、やったわね)


 本来であれば、すでに援護が到着しているはず。

 だが、セビルはその手札をシアンに使ったことで、こちらには回ってこない。

 ならばと、ビオラも最低限の仕事をこなすことだけを考え始めた。


(あのガキには期待できなさそうね。……最終手段・・・・を取るなら別だけど)


 そうして、ビオラはふふっと笑みを浮かべる。

 自ら攻撃はせずに、時間稼ぎだけをする方向へとチェンジして。


「もう少しだけ遊びましょうか。光の坊や達」





「がはぁっ……!」


 シアンの回し蹴りを食らうセビル。

 勢いは止まらず、血を吐きながら後ずさりする。


「なんだ、拍子抜けにも程があるぞ」

「ぐぅ……!」


 セビルが持つ武器は、片手剣だ。

 通常の剣より短い代わりに振りやすく、また反対の腕には盾を構えている。

 攻めるよりは、守りにてっしたような形だ。


 だが、それすらも貫いてシアンのキックが届いたのだ。

 対して、セビルは周りに目を向ける。


「何やってんだてめえら! ジャズも!」


 セビルの攻撃手段は、知略と傭兵。

 自身は防御をし、あとは周りに任せるつもりだったのだ。

 しかし、“鎖鎌使い”ジャズは顔を青ざめさせていた。


(なんなんだ、こいつはよ……!)


 一か月前はナメてかかったばかりに、痛い目を見た。

 そのため今回は、最初から本気を出している。

 だが、シアンがこの前とはまるで別人のようなのだ。


「七倍で戦えるのは、成長だな」


 ──【身体強化】×七。

 シアンは次なる段階に進んでいた。


 正確には、以前から七倍を使うことができた。

 だが、数秒も経たずに、すぐに闘気が切れてしまっていたのだ。

 であれば、他の事を身に付けるのが普通。


 しかし、シアンは違う。

 脳筋気質のあるシアンは、そこでまだ闘気を増やすことを選んだ。


 推しであり最愛の妹であるレニエ。

 彼女からもらったプレゼントと共に、さらに自分を追い込み続けることで。

 今のシアンの闘気量は、まさに異次元の領域だ。


 そして、相手にとってはまだ厄介な事がある。


「大丈夫か、レニエ」

「ええ!」


 そんな兄をレニエが全面的に信頼していることだ。

 だからこそ、レニエは甘んじることなく、守られながら援護に徹する。

 兄の努力を知っているがための立ち回りだ。


(この兄妹、やりやがる……!)


 二人を前に、ジャズは歯を食いしばる。

 すると、セビルはふぅと一息つく。


「……そうか、分かったよ」


 冷静さを取り戻したような態度だ。

 だが同時に、何かを諦めたようにも見える。


「だったら、やるしかないか」

「何の話だ?」

「まあ、聞いてなよ」


 不審なセビルにシアンが尋ねるも、答えは返ってこない。

 代わりに響いたのは──大きな音だ。


「……ッ!」


 ドガアアアアアアという爆発音が、王都西側から聞こえる。

 シアンが目を開いて向き直ると、セビルは邪悪な顔を浮かべていた。


「お前、どこまで!」

「後始末が大変になるから、やりたくなかったんだけどね」

 

 セビルの言いたい事は、すでに分かっていた。


「王都全ての者が人質だよ」

「「……っ!」」


 それから、セビルはレニエを挑発する。


「君が僕の元に来れば、爆弾は解除しよう」

「あんたは……!」

 

 レニエが怒りを向けた瞬間、シアンはドクンと何かを感じる。

 察知したのは、レニエから・・・・・だ。


 それと共に、シアンは直観した。


(セビル、まさかこいつの目的は……!)


 考えられる最悪の事態を──。

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