第28話 知略VS原作知識

 「僕は周りから狙うタイプなんだよね」


 セビルがニヤリとする。

 次の瞬間、遠い後方から爆発音が聞こえた。


「「「きゃあああああああ!」」」


 それと共に、人々の悲鳴も届く。

 どうやらハッタリではないようだ。


「あんたねえ!」


 立ち上がったレニエは手を伸ばす。

 だが──


「ふざけるなよ」


 より速く、レニエの隣から高速の拳がセビルに迫った。

 遠くから駆けつけたシアンだ。


「お前だけは!」

「驚いたよ」

「……ッ!」


 しかし、シアンの拳は弾かれた・・・・

 行動を読んでいたかのように、横からくさりがまが飛び出したのだ。


「一か月ぶりだなあ、シアン・フォード!」

「チッ、いたのか!」


 『裏の傭兵』の一員、“鎖鎌使い”ジャズだ。

 一か月前、野外授業で奇襲してきた二人組の男の方である。

 身を隠してセビルを守っていたのだろう。


 対して、シアンはレニエを抱っこしてその場を離れる。

 距離を取った両者はすぐににらみ合った。


「セビル・グリム……!」

「あははっ」


 レニエとセビルのお茶会は、シアンとジャズが現れて状況が一変する。


 だが、これではっきりした。

 この一連の流れは計画的だったと。

 怒りを込め、シアンはぎろりとセビルに目を向けた。


「やっぱりお前は悪い奴だったな、クソガキ!」

「……へえ、分かってたんだ」

「当たり前だ! お前みたいな顔の奴にまともな奴はいねえ!」


 偏見と私怨が混じっているが、結果的に予想は当たっていたのだ。

 しかし、セビルは全く動じない。


「で、早く爆発の方に行かないの?」

「……っ」

「ははっ、やっぱりね」


 セビルにとっても、シアンは厄介な存在。

 だが、シアンの弱点は見抜かれていた。


「君はレニエさんが大好きだね」

「……ああ」

「それが君の強さでもあり、同時に“弱さ”でもある」


 シアンは、レニエの為に死ぬほど努力した。

 普通ならば立てない舞台で戦えているのも、推し愛による修行の賜物たまもの


 しかし、彼女に固執するあまり、それは時として弱点になってしまう。

 セビルは嫌な笑みで口にした。


「助けたい両者が別々にいる時、君はレニエさんしか助けられない」

「……!」


 シアンは、レニエが全てだ。

 だからこそ、この状況で爆発の方へ向かうことはできない。

 これが知略を生かしたセビルの作戦である。


「どうするの? 早くしないとあっちがやられちゃうよ」

「……」


 友人か、レニエか。

 シアンが天秤にかけられた中で、セビルも武器を取り出した。


「さあ、始めようか」





 一方その頃、王都のとある場所。


「あら、優秀ねえ。さすがはコノハナ商会」


 ふふっと口を開いたのは、“毒蛇”ビオラ。

 ジャズと同じく『裏の傭兵』であり、シアンと一か月前に相対した女だ。


 ビオラが目を向ける先には、エレノラとティル。


「ティルちゃん、大丈夫!?」

「はい……装備に助けられました」


 だが、二人とも傷はない。

 エレノラが持っていたエアクッションが、爆発に瞬時に反応して守ったようだ。

 安全を確認すると、二人はすぐに視線を前に移す。


「その格好は……」

「あなたが噂の傭兵ですね」


 学院で警告されていた、全身紫色の女。

 特徴が一致し、敵対の目を向ける。

 

「そうよ、ふふっ」


 前回、シアン・レニエ・アリシアで捕らえきれなかったビオラだ。

 二人には少々荷が重いかもしれない。


 ──二人だけならの話だが。


「そこまでだよ!」

「……あら」


 ティル達の上から、ふと声が聞こえてくる。


 駆けつけたのは、少年。

 さっきまではシアンと一緒にいたはずのアルスだった。


 だが、それにはビオラが首を傾げる。


「おかしいわね。到着するならもっと遅くって話だったけど」


 セビルは、事前にこの展開も想定していた。

 だが、ここまで早い到着は計算外だったようだ。

 

「前までの僕だったら、もっと遅かったかもしれない」

「!」

「でも、今の僕は違う」

「まさかそれは……!」


 それに答えるよう、アルスは手に灯した。

 しかし、以前まで使っていた闘気とは違う・・

 その輝かしい色は──【光】。


「シアン君に教えてもらった力を、ここで使う……!」


 レニエが持つ【闇】。

 いずれラスボスとなりうる最強の属性だが、唯一対抗できる属性が存在する。

 それがこの【光】だ。


 【闇】の特性は──弱体化デバフ

 周囲に呪いや衰弱をもたらす。


 対して、【光】の特性は──強化バフ

 自身に活性化をもたらす。


 まさに、物語の光となりうる唯一無二の属性だ。

 だが、ティルの表情は明るくない。


(アルス、それはまだ……!)


 アルスはまだ【光】を使いこなせない。

 原作ならば、中盤の覚醒イベントでようやく発現するからだ。


 しかし今は、シアンに教えてもらって無理やり開花させた状態。

 たった二週間では、制御コントロールできるまで完成していなかった。


 それでも、アルスにちゅうちょは無い。

 自分の役割は、あくまで少しの時間稼ぎだと分かっているからだ。


(僕が踏ん張れば、必ずシアン君が来る!)

 

 そんな思いと共に、アルスは剣を構えた。





 再び、お茶会をしたカフェ。


「おい、どうした?」


 黙っているばかりだったシアンが、ふっと口を開いた。

 目の前には、顔をひきつったセビルだ。


「予想外だったって顔だな」

「なんでもない彼が、【光】だと……!」

 

 遠くにいるアルスの属性を感じ取ったのだ。

 まさかただの平民が、かの【闇】に並ぶ伝説的な属性を持つとは思わなかったのだろう。


 セビルは知略に自信があるようだが、シアンの原作知識を持っているのだ。

 それはさながら、未来予知である。


(知略なんて知らねえよ!  こっちは原作知識だ!)


 脳筋のため、賢さでは圧倒的に負けているシアン。

 だが、原作知識をさも先見の明があるように振る舞い、途端にあおりまくる。


「そんなん見たら分かるっしょ! 逆に分からないとかマジ!? それで知略家を名乗るとかオモロ(笑)」

「……ふ、ふざけやがって」


 やはり器の小さいシアンだが、煽るだけではない。

 その口調には、確かな自信・・があった。


「ちなみに、【光】を持っているアルスより俺の方が強いぞ」

「……!」

「なんなら試してみるか?」


 この二週間で強くなったのは、何もアルスだけではない。

 その力を手に、シアンは言葉をそっくりそのまま返した。


「さあ、始めようか。だっけか?」

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