第27話 二人のお茶会

 セビルのことは一度許してやろう。

 ──と、思っていた矢先、教室前で彼の声が聞こえてきた。


「レニエさん、一緒にお茶でもどう?」


 はい許さーーーーん!


 頭の中でプチっと何かが切れる感覚がある。

 俺は衝動のまま、ずんずんと踏み出して行った。


「おいゴラ転校生!」

「ん」

 

 俺の声に気づくと、セビルが振り返る。

 香水のちょっと良い匂い──いや、くっせえ香りが気に食わない。

 セビルはふっと笑いかけてきやがった。


「ああ、いたんだ」

「いるわ! レニエの隣にいつでもな! で、うちの妹に何ナンパしてんだ!」

「はは、ナンパだなんてそんな」


 セビルは手を振りながら、自ら髪をなびかせる。

 すると、そのままレニエに向き直って口にした。


「僕はただ美しい女性とお茶をしたいだけだよ」

「はあ!?」


 うっぜえええ!

 しかも結局ナンパじゃねえか!

 美しいには激しく同意するけど!


「とにかくダメだ! ほら、レニエも一緒に帰る──」

「待って」

「え?」

 

 だけど、レニエを連れて帰ろうとすると、パッと手を離される。

 呆然とする俺を横目に、レニエはセビルの方を向いた。


「いいわよ。お茶してあげるわ」

「わお」

「なに!?」


 そして、なんとレニエが了承したのだ。

 俺は発狂しそうになりながら、レニエに駆け寄る。

 

「レニエエエエエ!? どどど、どういうことだ!?」

「うっさいわね。私の勝手でしょ」

「勝手だけど! でも、このクソガキ──じゃなくて、チビ丸だけはないだろ!?」

「結局どっちも悪口じゃない。とにかく、私は行くから」


 そう言いながら、レニエは二人で歩いて行く。


「じゃあ、そういうことで」

「このクソガキがああ…………あぁ」


 思わず殴りかかろうとするが、すでに力が入らなかった。

 

「俺はもうここまでだ……がくっ」

「シアン君!?」


 最後に駆け寄ってきたアルスの声が聞こえたが、ここからしばらくの記憶は無い。







<三人称視点>


「あら、意外とおしゃれな場所を知ってるのね」


 ふとレニエがつぶやいた。


 ここは、王都のとあるカフェ。

 レニエの対面席に着いたのは、転校生のセビルだ。


「そうかな。褒めてもらえて嬉しいよ」

「お上手ね」


 セビルに対しては、レニエもツンを発揮しない。

 友達にすら見せるツンがない彼女は、逆に珍しいとも言えた。


「好きなものを頼んでいいからね」

「ありがとう」


 レニエは、シアンから貴族の振る舞いも習っている。

 それが役に立ち、意外にも綺麗な所作でお茶会を進めるのであった。




 一方、カフェから遠くの屋上。

 ここには、レニエとセビルの動向を眺める二人組がいた。


「ついに見つけたぞ!」

「シアン君、やってることやばいよ」


 シアンとアルスだ。

 中でも、シアンは双眼鏡を覗いている。

 これをくれたエレノラも、こんな使い方をされるとは思わなかっただろう。


「これって完全に覗きだよ」

「ああ! だが、それがどうした!」


 アルスは暴走するシアンを止めようとしたのだが、こうして一緒に連れてこられてしまった。

 ならばと、シアンはアルスの肩をガッと掴む。


「お前も同罪だからな」

「ひどいや……」


 つくづくシアンに振り回され、不憫な原作主人公であった。

 ここまでくれば仕方がないと、アルスは尋ねる。


「でも、二人の会話は聞こえるの?」

「聞こえない。だが、師匠をナメるな!」


 シアンは全身の力を込める。

 まるで敵を前にしたかのような気迫だ。


「うおおおおおお──【身体強化】×六!」

「えぇ……」

「それを耳に集約!!」


 普段は全身に巡らせる身体強化を、耳に集中させた。

 すると感覚は研ぎ澄まされ、周囲の音をより拾うことができる。

 たった今・・・・、執念から思い付いた使い方だ。


「はっはっは! 聞こえる、聞こえるぞ! レニエとあのクソガキの会話が!」

「おかしくなってるよ、シアン君」


 こうして、シスコンを暴走させるシアンであった。




 再び、レニエとセビルのお茶会。


「食べないのかい、レニエさん」

「……ええ」


 少し時間が経つが、レニエはまだ何も頼まず、口にもしていない。

 何かを疑っているかのように。


「残念だな、気に入らなかった?」

「いえ」

「じゃあ、どうして──」

「もういいわ」


 レニエは強引に会話を切る。

 そして、セビルに正面から問う。


「単刀直入に聞くわ。何を企んでいるのかしら」

「……どういう意味だい?」

「誤魔化しても無駄よ」

「!」


 テーブルの下で、セビルの足元が凍り付く。

 レニエが張り巡らせていた属性魔法だ。


「生憎、人の目には敏感でね。思考が手に取るように読めるわ」

「……へえ」


 シアン・アルスでも、セビルの思考は読めなかった。

 これは、今まで人の目にさらされ続けてきたレニエだからこその、独特な感性だ。

 その感性から、レニエは確信していた。


「私が狙いなんでしょ?」

「……」

「目的は何か、言いなさい」


 レニエはナンパに釣られたわけではなかった。

 一対一で問い詰めるため、あえて誘いに乗ったのだ。

 シアンが隣にいては、警戒されてこんな話に発展しないだろう。


 対して、セビルは笑みを浮かべた。


「それは言えないよ」

「……ということは、私を狙っているのは本当なのね」

「さあ?」

「あらそう」


 思考が掴めるレニエには、分かっている。

 セビルはレニエを狙っているのだ。

 だが、それがバレた割にはまだ余裕を保っている。


「明言してもいいけど、ちょっと面倒になりそうだからね」


 セビルはチラリと斜め上に視線を向けた。

 シアンとアルスがいる方向だ。


「まあ、さすがに会話は聞こえてはいないだろうけど」

「……どういうこと?」

「ああ、気にしないで。ところで、君の勘の鋭さに敬意を表して、一つ教えてあげてもいいよ」


 セビルの口角が上がる。

 今まで見せたことのない、悪い表情だ。


「僕って結構性格が悪くてさ」

「でしょうね」

「僕は周りから狙うタイプなんだよね」

「周り? ……ッ!」


 その瞬間、レニエはハッとする。

 今日の学院で、ティルとエレノラの会話を思い出したのだ。


『今日はティルちゃんとお買い物行くんだ~』

『楽しみだね、エレノラ!』


 それと共に、レニエは立ち上がった。


「あんた、まさか……!」

 

 その瞬間、王都の後方から爆発音が響いた──。

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