第25話 答えが見つからない本心

<シアン視点>


「ハァ、ハァ……」


 胸が苦しい。

 ダメだ、禁断症状が出始めている。

 もう我慢できない。


「やっぱり俺は──!」

「ダメだって、シアン君」


 走り出そうとすると、後ろからアルスに肩を掴まれる。

 アルスはそのまま、うんと一つうなずいた。


「レニエさん、今日は女子会なんでしょ?」

「……くうっ」


 そう、レニエが女子会に行ってしまったのだ。

 

 上級生との合同授業から、約一か月。

 今日も学院での一日を過ごして、今は放課後だ。


 だけど、レニエが俺の手を離れてしまった。

 アリシアから誘われたらしい。

 しかも場所は、この国の象徴たる城『グランデ王城』だとか。


 女子会メンバーはレニエ、エレノラ、ティル、アリシア。

 見事にレニエ+プラスメインヒロインというわけだ。


「みんな仲良しでいいよね」

「そうだけどさあ……!」

 

 あの日は結局、『裏の傭兵』の二人組を退けた後、授業は中止。

 教師陣が警戒を強め、生徒たちは帰校した。

 後に、学院全体へも危険な存在がアナウンスされることとなった。

 

 あれ以来、奴らの動きはない。

 でも、警戒を怠ってはいけないため、今日もレニエと居ようと思った。

 そんな時に、この女子会が入ったんだ。


「まあまあ、王城は一番安全な場所だし」

「知ってるわ!」


 レニエと離れて寂しいが、その反面、実は嬉しさもある(一割ぐらい)。


 原作において、レニエとメインヒロインの立ち位置は、真反対。

 ラスボスが主人公側と一緒にいるなんて、奇跡みたいなものだ。

 破滅フラグ回避につながる共に、何よりレニエに友達ができたのが嬉しかった。


 けど、だからこそ、この目に焼き付けておきたかったんだ。

 推しがメインキャラ達と仲良くする、そんな尊い場面を。


「さすがのシアン君も、女子会には割り込まないよね」

「割り込まねえよ! だからもどかしいんだよ!」


 そんなこんなで暇を持て余した俺は、アルスと木剣の打ち合いをしている。

 でも、そろそろ感情が抑えられそうにない。


「こうなったら、全部お前にぶつけてやる!」

「ええっ!?」


 アルスも、日頃から激しい修行を望んでいるんだ。

 それなら本望だろう。


「レニエからもらったチャームもあるからな。これを見れば無限に力が湧いてくるぜ!」

「矛先が違くない!?」

「うっせえ、容赦しねえぞ!」

「うわあああああ!」


 と、俺たちは男二人で修行に励むのだった。







<三人称視点>


 一方その頃、女子会会場であるグランデ王城。


「おいしい……!」


 カップケーキを口に運ぶと、レニエはぱっと目を開く。

 ん~と悶絶もんぜつしながら、そのまま二口目に移った。

 レニエは昔から甘い物には目がないのだ。


「気に入ってくれて良かったよ、レニエ君」

「はっ!」


 そんな様子を微笑ましく見ながら、アリシアがつぶやく。

 スイーツに夢中になっていたことに気づいたレニエは、思わず赤面した。

 だが、アリシアは優しく声をかける。


「はは、遠慮はいらないからね。あちらの二人を見てごらん」

「え?」


 アリシアが指差したのは、対面に座る二人。

 ティルとエレノラの方向だ。


「お、おいしすぎます! なんですかこれ!?」

「まったく……パクパク。ティルはお子様だな……パクパク」


 初めて見るスイーツにがっつくティル。

 余裕を保っているように見えて、次々に口に運ぶエレノラ。

 二人とも、王宮スイーツの前には手を止められないようだ。


「私よりすごかった……」

「だろう? レニエ君も存分に食べて良いんだよ」

「あ、ありがとうございますっ!」


 アリシアは、身分や噂で人を差別しない。

 自ら確かめた目でのみ、当人を信頼足りうるかを決める。

 結果レニエ、そして友達のティル・エレノラは、良い様に映ったようだ。


 アリシアが王城に人を呼ぶことなど、ほとんどない。

 物語上、ティル・エレノラはいずれ仲良くなるが、ここにレニエが入ったのは大きな原作改変と言えた。


「ところでなんだが……」


 と、女子会が進む中で、ふとアリシアが切り出す。

 それから口にしたのは、突然のぶっこみだった。


「レニエ君は、シアン君をどう思ってるんだ?」

「「「……!」」」


 その言葉には、三人の手がピタっと止まる。

 同時に、さーっと異様な空気が一帯に流れた。


 それもそのはず、集まっているのは、シアンと関わりが深い者たち。

 エレノラは言わずもがな、最近はさらに、ティルも恋に似た感情を抱いていた。

 あの玄関先で会った日から、シアンにドキっとしてしまうのだ。


「レニエ君?」

「……え、えっと」


 そしてアリシアも、少なからずシアンに感情を持っている。

 元々興味はあったが、先日の合同授業で、それ以上の何かを感じつつあった。

 まだ恋とまでは言えないが、他人とは違う見方をしていたのだ。


「わ、私は……」


 しかし、レニエは本心に向き合ったことはない。

 否、むしろ向き合わない様にしていたのだ。


「でも、アイツとは兄妹で……」

「兄妹と言えど義理だろう。そういう感情が芽生えても不思議ではないよ」

「そ、そういう感情って……!」


 口角を上げながら、アリシアは尋ねてくる。

 完璧主義的な性格を持つアリシアは、自分の感情にも名前を付けたいのだ。

 だからこそ、レニエを参考にしようという魂胆である。


「……っ」


 それから、レニエは少しずつ話し始める。


「悪い奴じゃ、ないわよ……そりゃ」

「「「うんうん、それで?」」」

「キモいところもあるけど、多分それは私を考えてのことで……」

「「「ふむふむ」」」


 だが、レニエの顔がみるみる赤くなっていく。

 対して、聞く側三人は一つ一つにうなずく。


「だから、その……」

「「「うんうん」」」

「~~~っ!」


 その真剣な雰囲気に、レニエは限界を迎えた。


「だー! 答えられないわよーっ!」


 情緒が限界を迎えたようだ。

 それには、ふっと笑ったアリシアが返した。


「ははは、すまない。私も少しからかいすぎたよ」

「ベ、別に良いですけど……」


 レニエは恥ずかしげに口を尖らせる。

 周りも悪かったと謝ってくるが、内心ではまだ考え込んでいた。


(私はアイツのことを……)


 自問自答すると、心臓が破裂しそうになるレニエ。

 その本心は、自分でも答えが見つからなかった。

 

 





「レニエ! おかえり!」


 王宮騎士たちに送られ、レニエは寮の前まで帰ってきた。

 号泣で迎えるシアンだが、レニエはいぶかしげな表情を浮かべる。


「ただいま……ってか、ここ女子寮前なんですけど」

「そんなものは知らん! レニエに何かあれば、俺はいつでも駆けつけるぞ!」

「絶対駆けつけんな」


 いつも通り、レニエは兄のキモさにツッコむ。

 だが、次の言葉には激しく動揺した。


「それで、どんな話をしてきたんだ?」

「……っ!」


 王城では、たくさんの話をした。

 しかし、やはり浮かんでしまうのは「シアンをどう思っているか」の話だ。


「そ、そんなの聞いてどうするんのよ!」

「いや、ただ気になっただけで」

「……っ!」


 そして、その話を思い出すほど、レニエの心臓はバクバクと高鳴る。

 それもすぐに限界を迎えた。


「~~~! な、何も話してないわよっ!」

「四時間も無言!?」


 それはそれで心配になるシアン。

 だが、レニエの心情はなんとなく察せた。


(ま、女の子同士の秘密の会話もあるか)


 レニエが楽しかったことは、今の表情を見れば分かる。

 ならば、これ以上は踏み込まない。


「ごめんごめん。もう疲れてるよな、寮で休みな」

「ふんっ、言われなくてもそうするわよ」

「あ、でも、歯磨きとお風呂、肌のケアは忘れずに! それから──」

「アンタは親か!」


 どこまでも世話焼きなシアンに、どけっと押しのける。

 うざったさもあるが、今はとにかく距離を取りたかった。


(なんだか意識しちゃうのよっ……!)


 シアンの顔を見ると、ドキっとするのだ。

  

「じゃあレニエ、おやすみ」

「はいはい、おやすみっ!」


 それから、レニエは早足で去って行く。

 彼女がしっかり寮に入るまで、仁王立ちで確認するのであった。





 また、そんな様子を遠くから覗いていた者がいる。

 高い場所に登っているが、そこは学院の敷地だ。


「さてと、そろそろ仕掛けますか」


 その声は、少年のような声をしていた──。

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