第21話 推しからのプレゼント

 「よーしお前ら」


 駆けつけたシアンが、クラス男達に対して悪い顔を浮かべる。

 もはやこっちが悪人に見えるほどに。


「ぶっとばされる覚悟はできてんだろうなあ?」

「「「……ッ!」」」


 シアンにとって、善悪は関係ない。

 レニエを刃を向ける者は等しく敵なのだ。

 

 それでも、状況は正しく理解していた。

 クラスの男たちから仕掛けたこと。

 そして、エレノラがレニエを守ってくれたことを。


 シアンは、ちらりとエレノラへ視線を向ける。


「助かったよ、エレノラ」

「……!」

「後は任せろ」


 それから目の前の男達へ向き直った。

 だが、彼にはもうサンドバックにしか見えていない。


「シアン・フォード! お前だけは──」

「うるせえ」

「ごふっ!?」


 得意の“瞬間移動”で駆け寄り、男のみぞおちをぶん殴る。

 普段はれいな剣さばきを練習するシアンだが、いざという時は脳筋である。

 しかし、男たちにはこれ以上ないほど効いた。


「おい、ボサっとすんな!」

「チッ、てめえ!」

「なめやがって!」


 ただの拳は、生物として、男として負けた気になるのだ。

 それに腹を立てる男たちだが、シアンはもう止まらない。


「よくも二人に手を出したな!」

「「「ぐわあああああああっ!」」」


 エレノラが苦戦していた男たちが、面白いように倒れていく。

 シアンが使っているのは、最も基本的な【身体強化】のみ。

 だが、極めればここまで強くなれるのだ。


「クソが! ふざけやがって、シアン・フォード!」

「ふざけやがって、か」


 そして、最後の一人には言葉をかける。


大切な人推しのために必死になってから言えよ」

「……!」


 言いたい事は言ったと、思いっきりぶっとばす。


「がはぁっ!」


 そうして、シアンが駆けつけてほんの数分。

 気がつけば、男達は全員倒れていた。


「「「……っ」」」


 壁や地面に打ち付けられた男達は、もう戦うことはできない。

 だが、立ち上がれないながらも、最後の抵抗として声を上げた。


「こんなことして、どうなるか分かってんのか!」

「……そうだな」


 対して、シアンはエレノラに視線を移した。 


「エレノラ、あるんだよね?」 

「もちろん」


 その意図をんだかのように、エレノラは内ポケットから魔道具を取り出す。

 

「ちゃんと録音してる」

「「「……!?」」」


 録音機能がある魔道具だ。

 頭の回転が早いエレノラは、囲まれた時点でこれを回していた。

 会話が全て残っていれば、エレノラ達の正当性を示す証拠となる。


 エレノラならやってくれるだろう。

 そう信じていたシアンは、ニヤリとして答えた。


「そっちがその気なら、これを先生に提出してやる」

「「「……!」」」


 先生に言う。

 学院で平等に与えられ、最も効果を持つ権利だ。

 優等生の必殺技である。


 それを武器に、シアンは男たちに声をかけた。


「提出されたくなければ、もう二度と俺達に近づくな」

「「「……っ」」」


 男たちは視線を交わし合う。


 彼らの目的は、貴族社会での地位向上だ。

 そのためのおどしであり、目立つシアン一派への報復だった。


 だが、これを提出されれば、それは望めない。

 むしろ悪い噂が広がってしまうだろう。

 ならばと、男たちは悔し気ながら返した。


「ああ、もう近づかねえよ!」

「それで良い。これは仕舞っておこう」


 確認を取ったところで、シアンはエレノラから魔道具を授かった。

 後日ちゃんと提出する・・・・ために。

 彼は最後までやり切る男である。


 結果、男達は後に休学処分、ひどい者はちょう直々に重い罰を与えられたと言う。


「じゃあ目障りだ。もう行け」

「あ、ああ……お前も提出すんじゃねえぞ!」

「わかった(大嘘)」


 そうして、男たちはよろよろと去って行った。

 シアンが現れた瞬間、事件はすぐに解決へと向かったのだ。


「……ふぅ」


 猛獣のような目付きで男達を睨んでいたシアンだが、姿が見えなくなったところで

ようやく後方へ振り返った。


「大丈夫だった?」

「「……!」」


 その声に安心したのか、レニエはシアンへ駆け寄る。


「もう、遅いのよ!」


 勢いのままシアンへ抱き着く。

 よっぽど不安だったのだろう。

 強くなったとは言え、人の怖さへのトラウマは完全に拭い切れていないのだ。


 対して──


「!?!?!?」


 シアンは目をカッと開いてきょうがくしていた。


(ついにデレた!?)


 推しが自ら抱き着いて来たのだ。

 突然の事態に動揺するシアンだが、ここは気持ちを受け止めることにする。

 シアンもそーっと後ろに手を回そうとすると……ふとレニエが我に返った。


「はっ! な、なにくっついてんのよっ!」

「理不尽ッ!」

 

 今回ばかりはシアンが正しいが、いつもの二人の光景だった。

 それからシアンは、エレノラへ振り返る。


「エレノラ、本当にありがとう」

「!」

「奮闘してくてくれたんだろ。エレノラがいなかったら危なかった」

「……うん」


 エレノラにしては珍しく、少し視線を落とす。

 ドクンと胸が鳴り、目を合わせられなくなったのだ。


(やっぱり、シアンだなあ)

 

 自然と浮かんだのは、先ほどのお姫様だっこだ。

 二人を行く末を見守ると決めたはずが、シアンにドキドキする自分がいる。

 その高鳴りに、まだシアンを好きなのだと自覚させられる。


 また、新たに感じたこともある。


(わたし、シアンが人の為に頑張るのが好きなんだ)


 人の為なら無茶な努力もやり切る。

 シアンのそういう姿が愛おしかったのだ。


 そんなレニエも、エレノラへ向き直る。


「ありがとう、エレノラ」

「ううん、結局シアンに頼っちゃったし」

「それでも、すごく心強かった」

「……ふふっ、じゃあ良かった」


 言葉を交わして改めて思う。


 やっぱりレニエも大切だ。

 彼女の幸せを奪ってまで恋を叶えたいとは思わない。

 優しい心の持ち主だからこそ、エレノラは悩む。


 でも、今はそれでいいんじゃないかと思っていた。

 今は答えが出なくても、この胸の高鳴りは手放しがたかったから。


(いつか自分の気持ちに答えが出せたらいいな)


 エレノラは気持ちを整理した。

 そうして、すぐにレニエのサポートに回る。


「レニエちゃん」

「わ、わかってるわよ」


 ニヤニヤした顔で、レニエへ促す。

 もちろんあの件についてだ。


「ア、アンタ……これ!」

「え?」


 レニエは視線を逸らしたまま、「ん!」とシアンへ物を手渡す。

 プレゼント用にリボンで結ばれた、小さな長方形の箱だ。

 

「レ、レニエ、これはまさか……」

「そ、そうよ。その、日頃の感謝というかなんというか……ごにょごにょ」


 かあっと赤面したレニエは、恥ずかしさで口が回らない。

 それでも、これがプレゼントだと分かった。


「………………へ?」


 だが、理解できたとは言っていない。

 あまりにありえない出来事に、頭の回転が早いシアンの思考が停止する。

 それから大暴走を始めた。


「レニエが、俺に!? え、だってそんなの今まで一度も! え、ちょまじかよ! うそうそなんで!? てかガチで! うわ嬉しい、けど、え、いいのか!? いいのか俺!? ◎△$♪×¥●&%#!?」


 そして、ショートしたように意識を失う。


「…………もう、ダメ」


 しゅううううと頭から煙を出し、倒れた。

 だが、プレゼントだけは手離していない。

 そんないつも通り、否いつも以上の姿に、二人はため息をついた。


「あはは……これは喜んでるんだよね?」

「私もちょうど疑い始めたわ」

 

 それから、失神したシアンを魔道具でずるずると引きずって帰る二人であった。







<シアン視点>


 夜、寝る前の男子寮にて。


「……ふふ」


 おっと、気を抜いたら変な笑いが出てしまう。

 なにしろ俺は、推しにプレゼントをもらった男だからな。

 嬉しすぎてその時の記憶がない。


「それにしても……」


 俺はもう一度、昼の件を思い返す。 


 あれは原作にはないイベントだ。

 まあ、そもそもエレノラとレニエが一緒にいるなどありえないので、前提から違っているんだけど。

 それにしても何か違和感がある。


「やっぱりそうなのかな」


 そこで俺は、一つ仮説を立てた。

 原作改変による影響についてだ。 


 本来、レニエはとんでも悪役令嬢だ。

 全方位から嫌われていたと言っても過言ではない。

 つまり原作でも、今日の男達から憎しみヘイトを集めていた。

 

 だが、レニエはメインキャラと仲を深めた。

 それにより男達は、俺を含むレニエの周り全員にヘイトを向け始めた。

 世界の強制力か、やはりレニエは恨まれる立場にあるらしい。


 と、そんな感じで今回の件につながったんだ。


「ふーん」

 

 でも、そんなのは関係ない。


 俺が全てぶっとばしてやる。

 何が来ようと絶対に跳ねのけてみせる。

 そのためにつけた力だ。


「レニエ」


 ふと愛剣を取り出す。

 柄の部分に、キラリと光る物が付いている。


 これは、レニエからもらったプレゼント。

 愛武器に付けるチャームだ。

 すごく派手ではないけど、綺麗な紫色に輝いている。


 一生大切にしようと思う。


「……ムフ」


 これがあれば、俺はどこまでも強くなれる。

 辛い時も、あと一息という時も、これを見ると踏ん張れる。


 思い出す度にちょっと変な笑いは出てしまうけど、それ以上に無限に力を与えてもらえている気がした。


 推しのために、さらに頑張ろう。

 そう思い直し、改めて気合いを入れた。


「……ふっ」


 ちらりと、『上級生との合同野外授業』の紙を視界に入れながら。

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