第20話 奮闘するエレノラ

 「こりゃとんだ安物だぜ!」


 同じクラスの男が、レニエが持っていた物をあざけわらう。

 シアンへのプレゼントとして買った大切な物だ。


だんしゃく家にはそれぐらいしか買えませんってか! 貧乏な兄妹にはお似合いでちゅねー」

「「「ぎゃっはっはっは!」」」


 レニエを囲む周りの男達も、続いて笑い声を上げた。

 彼らははくしゃく家、こうしゃく家といった、位の高い貴族たちだ。

 だが、そのバカにした態度に、レニエもキッとにらみ返す。


「アンタ達ねえ!」

「──ちょっと」


 しかし、誰よりも怒っていたのは、隣のエレノラだ。

 

「推しカプをバカにする奴は、わたしが許さない……!」


 大切な友達レニエと、好きな相手シアン。

 二人のことをバカにされて、黙っていられなかったのだ。


 それを目障りに感じたのか、男は標的をエレノラへ変えた。


「なんだ? てか、よく考えたらお前も貴族じゃないよな」

「……」

「勝手にクリスタリアに入学しやがって、迷惑だとは思わねえのか?」


 エレノラも商会のお嬢様ではあるが、くくりとしては平民。

 エレノラも含め、位の低いシアン達が目立っていることに、位の高い彼らは嫉妬しっとしていたのだ。


 だが、今のエレノラには関係ない。


「そんなの知らない」

「あん?」

「レニエとシアンをバカにしたこと、謝りなさいよ!」

「……っ!」


 イラつきが沸点に達したのか、男達たちはついに武器を取り出した。


「これは一回わからせてやらねえとダメか? あぁ?」

「だったら、こっちだって!」


 対して、エレノラも光る剣を取り出す。

 商会の武器──『魔法剣』だ。

 魔力を流すことで、剣としての形を成す。

 

 エレノラの属性は──【増幅】。

 主にできるのは味方の強化バフぐらいだが、この武器があれば、属性魔法を用いる相手にも戦うことできる。


 それを構えたことで、男達がついに動いた。


「てめえら、やっちまえ!」

「「「ああ!」」」


 対して、エレノラはレニエをかばうよう前に立つ。


「レニエちゃんはプレゼントを守るのに専念して」

「え、でも!」

「絶対取られちゃダメだよ。シアンに渡すんでしょ」

「……っ!」


 苦しい思いながら、レニエはこくりとうなずく。


 それからすぐ、エレノラが男達を相手にし始めた。

 剣と魔法が飛び交う、それなりに激しい攻防だ。

 

「おいおい、この人数を一人で相手すんのかよ!」

「位だけのお貴族様には十分だよ」

「言ってくれるじゃねえか!」


 殺す気までないが、男達は血気立っている。

 捕まれば何をしでかすか分からない。


 こんな奴らに、レニエの初めてのプレゼントを台無しにされる事が、エレノラは許せなかったのだ。


「くぅっ……!」

「エレノラ!」

「大丈夫だから!」


 さすがの人数に押されかけるエレノラだが、なんとか踏ん張る。

 彼女には考えがあったのだ。


(路地裏でも、これだけ音が出ていれば誰かが来るはず!)


 傍から見れば、数人の男が、二人の女子を囲んでいる。

 エレノラ達に正当性があると思えるだろう。

 だが、そんな考えはお見通しなのか、男はニヤリとする。


「ちなみにだが、助けは来ねえぞ」

「え!?」

「この魔道具でなあ」

「そ、それは……!」


 男が見せたのは、水晶玉のような物。

 商会の娘であるエレノラには、「人払いをする道具」だとすぐに理解できた。


「残念だったなあ!」

「うぐっ!」


 すると、焦りも生まれ、エレノラは徐々に押され始める。


「なあ、そろそろ諦めたらどうだ?」

「……それは嫌」


 それでもエレノラは退かない。

 ここまで頑張るのは、許せなかったのともう一つ。

 重要な理由があったのだ。


(レニエちゃんの【闇】を、知られるわけにはいかない!)


 世界で最も貴重な属性──【闇】。

 その希少価値は計り知れない。


 加えて、それがレニエに宿っていることを知るのは、シアンとエレノラのみだ。

 だが、今ここにシアンはいない。


(だったら、わたしが頑張らないと……!)


 レニエは感情が高ぶっている。

 その状態で手を出せば、【闇】が発現してしまうかもしれない。

 それを事前に食い止めるため、エレノラは単身前に出たのだ。


 こんな大勢は相手にしたことないが、それでもレニエを守ろうと必死だった。


 ──しかし。


「甘かったなあ!」

「え……!」

 

 横からふいを突かれ、エレノラの剣が弾かれる。

 剣を目で追う好きに、エレノラは首に腕を回され、捕まってしまう。


「さーて、調子に乗り過ぎたなあ!?」

「きゃっ……!」


 周りには何人かが倒れている。

 正当防衛で、エレノラが対処したのだ。

 だが、やはり数の暴力には勝てなかった。


 得意げになった男は、ニヤりとした表情でレニエへ話しかけた。

 

「お前の仲間は捕まってしまったぞ」

「……っ!」

「何もされたくなければ誓え。もう学院ではナメた真似はしませんとな!」


 彼らが言っているのは、“これ以上目立つな”ということ。

 全貴族が通う学院という場で好成績を出せば、やはり貴族社会でのウケは良い。

 そのために、自ら成績を落とせと言っているのだ。


 対して、レニエは体を震わせていた。


「アンタ達……」


 だが、それは恐怖ではなく、怒りだ。


「エレノラに手を出したら、本当に……!」

「「「……!?」」」


 周囲の空気がざわつく。

 説明はできないが、一瞬で空気感が変わったことを男達は直観する。

 昼間なのに、辺りが暗くなった感覚だ。


 その現象に、唯一エレノラは覚えがあった。


「レニエちゃん、ダメ!」


 嫌でも思い出したのは、アームリー商会での一件。

 空気が変わったのは、【闇】が発現しようとしている証拠だ。

 だが、こうなれば止められない。


「早くエレノラを離して。さもなくば──」

「そこまでだ、レニエ」

「……!」


 そんな時、どこからともなく声が聞こえる。

 その声には男達も反応を見せた。 


「なっ、シアン・フォード!?」

「アイツどこから来やがった!?」

「人払いはどうした!?」


 人払いをしていたはずの路地裏に、シアンが現れたのだ。

 動揺を見せる男達だが、シアンにとっては当然だ。


「俺は【探知】でレニエの魔力を見つけられるからな」


 ほとんど知られていない事実だが、人が放つ魔力には違いがある。

 属性や強弱によって、ほんの少し差が生まれるのだ。

 ただし、それをかぎ分けるのは相当困難である。


「つまり俺は、半径百メートル以内のレニエを位置を正確に把握できる!」

「「「……!?」」」


 それでもシアンは、犬のようにレニエの魔力を覚えていた。

 いつでも彼女の元に駆けつけるために。


 しかし──


「うそぉ……」


 突然の“プライバシー崩壊”に、レニエはショックを受ける。

 だが、今はそれ以上に来てくれたことが嬉しかった。

 それほど兄の強さ(だけ)には信頼を置いているのだ。


「じゃあ、とりあえず──」

「……!?」

「エレノラを離してもらおうか」


 男達の視界から、シアンの姿が消える。

 すると次の瞬間には、エレノラを捕まえていた男がぶっとばされた。


「ぐわあっ!」

「「「……!?」」」


 アルス戦でも見せた、【身体強化】と【気弾】を織り交ぜた高速移動だ。

 瞬間移動のような速さに、男達では付いていけるはずがない。


「遅くなったな、エレノラ」

「……!」


 お姫様だっこで抱きかかえたエレノラを、そっと床に下ろす。

 一瞬ドクンと胸が高鳴るエレノラだが、すぐに我に返った。


「シアン、あいつらが!」

「うん、なんとなく分かってる」


 レニエとエレノラが手を上げるはずがない。

 男達は普段から妬ましい視線を向けて来る。

 それらの事から、シアンは大体の状況を掴んでいる。

 

「まあ、そんなの関係ないけど」

「え?」


 しかし、男達が悪者か否かは、シアンにとってはどうでもいい・・・・・・


「レニエの敵は、全員もれなく俺の敵だからなあ!」


 ゴキゴキを指を鳴らし、シアンは怒りを爆発させる。

 言葉の通り、レニエに刃を向ける奴は決して許さない。


 ならばと、男達も反抗の意を見せる。


「シアン・フォード、お前が一番邪魔なんだよ!」

「ああ、男爵家のくせに生意気な!」

「てめえはその“忌み子”とコソコソしとけ!」


 目の敵にしているシアン一派。

 その中心人物が出てきたのなら、敵意はむき出しだ。

 ここで痛い目を見てもらおうと考えている。


 対して、シアンもやる気満々だ。


 その証拠に──


「よーしお前ら、ぶっとばされる覚悟はできてんだろうなあ?」


 どちらが悪者か分からないほど、悪い目を浮かばせていた。

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