第19話 休日の王都にて

 「もっと激しく打ち合え!」


 腕を組んだシアンが声を上げた。


 視線の先にいるのは──アルスとティルだ。

 カンッ、カンッ、と音を鳴らして木剣を打ち合っている。

 

「ティル!」

「アルス君……!」


 十分激しい攻防に見えるが、シアンからすればまだまだ。

 二人にかつを入れるよう、声をかけ続ける。


「そんなもんでいいのか!」


 表情は鬼コーチのようだ。

 だが、やはり中身はシアンである。


「その程度なら、ごほうの『レニエのちょっとドジっ子エピソード』は話してあげないぞ!」


((別にいいや……))


 若干げんなりする二人だが、次の指示で再び力を込める。


「じゃあラスト!」

「「……!」」


 その掛け声と共に、アルスとティルは最後の力を振り絞った。

 中央でガキンッ! と一際大きな音を立て、同時に力尽きたように横たわる。

 体力が限界だったようだ。


「「つかれたあー!」」


 当然、これも見越してのシアンの修行である。


「二人ともかなり良くなったよ」


 だが、その言葉には二人はぱっと目を開いた。


「本当ですか、師匠!」

「本当、シアン君!」

「うん。嘘はつかない」


 晴れて師匠となったシアンに褒められて、喜びを隠せないようだ。

 それから、シアンが休憩がてらに雑談を始める。


「二人とも、学園は慣れた?」


 現在は、休日の午前。

 学園初日から約一週間が経ち、初めての休日だ。


 クリスタリア王立学園は、全寮制。

 学園敷地内に建てられた寮に住み、毎朝そこから登校する。


 そしてここは、同じく敷地内の『訓練場』だ。

 他にもたくさんあるため、学園生は自由に使用できる。

 ここでシアンは、弟子二人に修行をつけていたのだ。


 軽い雑談に、アルスとティルも答える。


「少しずつだけど、慣れてきたよ。まだ怖い人達はいるけどね」

「やっぱり貴族は平民には厳しいのでしょうか」


 だが、表情は明るくない。

 二人とも平民とあって、差別の対象となることもあるようだ。


「あ、でも師匠は違います! こうやって修行もつけてくれますし!」

「うん、シアン君は優しい。レニエさんの話は長いけど……」


 それでも、シアンのことは良く思っている。

 レニエについても同様だろう。

 そのことにシアンは安心感を覚えた。


(できればこのまま、敵対はしないでもらいたいな)

 

 この破滅フラグ筆頭の二人が味方ならば、レニエの未来は閉ざされにくい。

 シアンにとっては何より重要な事だった。


 ──だが、次のアルスの言葉には、途端に顔色を変えた。


「そういえば、今日レニエさんは?」

「……ッ!!!!」


 思い出してしまったのだ。

 今日一日は忘れておこうと思った、“朝の出来事”を。


「ぐわあああああああっ!」

「シアン君!?」

「師匠!?」


 その記憶がよみがえると同時に、シアンは頭を抱えて転げ回る。

 心配でかけ寄ったアルスとティルに抑えられ、シアンはようやく口を開く。


「今日、俺はレニエと出かけるつもりだったんだ……」

「う、うん」

「でもハッキリ断られた。そこまではいい、大体いつものことだ。だから俺は秘密裏に尾行してレニエを守ろうとしたんだ」

「……」


 その時点でストーカーだが、アルスはなんとかスルーした。

 シアンのシスコンに耐性が付いてきたようだ。


「しかし、そこで言われてしまったんだ」

「何って?」

「もし近づいたら、“二度と口聞いてあげない”って……」

「あ、あぁ……」


 古来より、兄によく効くと知られる禁断の詠唱だ。


 さらに、レニエは妹であり“推し”である。

 愛する二重の存在から禁断の言葉を言われ、シアンはショックを隠せず、思い出さない様にしていたのだ。


「禁レニエなんて、どんな禁欲よりも辛い……」


 この二年で、シアンは力のみならず、シスコンにも磨きがかかっていた。

 もはやレニエ無しでは生きられない。


「今日二人の修行を見たのも、レニエといられなかったからだ」

「「……」」


 思わぬ告白に、アルスとティルはつい思う。

 

((結局二の次かあ……))


 珍しく修行を見てくれたと思えば、この始末。

 やはりシアンは変わっていなかった。

 それでも、二人はシアンに感謝をしている。


「シアン君ありがとう。修行の仕方から剣術まで。僕色々と見えた気がするよ」

「ワタシもです、師匠! 実戦的な修行ができて嬉しかったです!」


 対して、シアンも悪い気はしない。


「俺でよければ、いつでも見るよ(レニエがいない時に)」

「「……っ!」」


 師匠の言葉に、二人の表情も晴れる。

 だが、チラリと時計を確認したシアンは、とっさに立ち上がった。


「ハッ! 十二時だ!」


 レニエに「近づくな」と言われたのは、午前中まで。

 つまり、それ以降ならば問題ない。


「またな二人とも! レニエエエエエエ、今行くぞおおおお!」

「「……」」


 そして、【身体強化】六倍で走り出す。

 本当に次があるのか、心配になる弟子二人だった。







 少し時はさかのぼり。


「珍しいね、レニエちゃんから誘ってくれるなんて」


 ふふっと微笑んだエレノラが、そう口にした。

 隣にいるのはレニエだ。


「そ、そうかしら」

「そうだよ~。すごく嬉しい!」


 時刻は午前十時。

 シアンが、アルスとティルの修行を見ている頃である。


 その間、レニエはエレノラを誘って出かけていた。

 学園は王都に建っているため、少し外へ出れば、そこはにぎわった街だ。


「ていうか、初めてじゃないかな。何かあった?」

「エレノラなら色んな物に詳しいかと思って……」

「まあ父の仕事柄、色々と見たりするけど、何か欲しい物でもあるの?」


 レニエは視線を逸らしながら答える。


「わ、私の物じゃないんだけど……」

「レニエちゃんのじゃない? だったら──あっ!」


 ピンと思い付いたエレノラは、こそっとレニエの耳元で話す。


「シアンにあげるんでしょ」

「……っ! ち、ちがっ──」

「違わないよね?」

「~~~っ!」


 商会の娘らしく、エレノラは鋭い。

 誤魔化ごまかすのを諦めたレニエは、みるみる顔を赤くさせながら、こくりとうなずいた。


「やっぱり!」

「わ、悪いかしらっ!」


 レニエは日頃の感謝を込めて、シアンへプレゼントを買いに来たのだ。

 禁断の言葉まで使ってシアンを遠ざけたのは、サプライズの為。

 結局、互いを想う仲良し兄妹である。


 恥ずかしくなったレニエは、開き直って声を上げた。 


「別に兄妹でプレゼントなんて普通よ、普通っ!」

「そだね~、普通だよね~」

「ニヤケ顔をやめなさーい!」


 だが、やはりエレノラに口では敵わないレニエであった。

 また、エレノラはそっと心の中で感じる。


(本当に仲良いよね、この二人)


 二年前の件で、エレノラはシアンに恋心を抱いている。

 だからといって、親友のレニエを邪魔したくはない。

 どちらも大切で、二人がお似合いと思っているのだ。


 そんな思いから、最近のエレノラはシアンから一歩引く選択を取っている。

 あくまで二人を応援する立場として。


(でも、二人を一番近くで見る権利ぐらい、ちょうだいよね)


 だから最後の選択肢として、二人をサポートする。

 二人が幸せな未来を掴めるように。


「なによ、ジロジロ見て」

「ううん、なんにも」


 そうして、二人はシアンへのプレゼント探しを始めた。





「まだ不安?」


 しばらく王都を巡り、エレノラが口を開いた。

 隣のレニエが、購入した物を無言で見つめているからだ。


「アイツ、こんなので喜ぶかしら……」

「大丈夫だよ!」


 それでも、エレノラはたいばんを押す。


 前提として、レニエからプレゼントなど、シアンは失神するほど喜ぶだろう。

 加えて、最終的にはレニエが “自分で選んだ” のだ。

 シアンへのプレゼントとして、これ以上はない。


「渡すのが楽しみだね」

「ええ……ふふっ」


 エレノラの言葉もあり、レニエも微笑んだ。

 きっと喜んでくれるだろうと。


 ──そんなところに、嫌な足音が迫る。


「お、レニエ・フォードじゃねえか」

「……!」


 ニヤケ顔で現れたのは、複数人の同じクラスの男たち。

 中でも、はくしゃく家、こうしゃく家など、位の高い貴族たちだ。


「……何か用でも?」

「いや、特にねえよ」

「じゃあ帰らせてもらうわ──えっ!」


 きびすを返したレニエだが、後方からも男たちが現れる。

 狙っていたのか、囲まれてしまった形だ。

 

「だから、用はなんなのよ!」

「ハッ、“忌み子”のくせに目立ちやがってよ」

「……っ!」


 嫌な呼び名に顔をしかめるレニエに、男たちはさらに言葉を強める。

 

「目障りなんだよ、お前達」


 入学から一週間、シアン一派は学園で目立っていた。

 最初の模擬戦のみならず、他の授業などでもだ。


 だが、シアン・レニエは最も位の低いだんしゃく家。

 エレノラも貴族ではないし、アルスとティルはただの平民だ。


 つまり、位の低いシアン達が目立っていることが、位の高い男達にとっては面白くなかったのだ。


「あんまりナメたことしてると、分かるよな?」

「そんなの、アンタ達が努力しなかっただけでしょ!」

「チッ、うるせえ──って、その手に持ってる物は何だ」

「……っ!」


 そうして目を付けられたのは、シアンへのプレゼント。

 レニエが大切そうに持っていることを察し、男はニヤリとする。


「こりゃとんだ安物だぜ! 男爵家にはそれぐらいしか買えませんってか! 貧乏な兄妹にはお似合いでちゅねー」

「「「ぎゃっはっはっは!」」」

 

 明らかにバカにする笑いだ。

 ここまでされれば、レニエも黙っていない。


「アンタ達ねえ!」

「──ちょっと」


 そんな時、レニエの隣からふと声が聞こえる。

 静かにしていたエレノラの声だ。


「今の撤回てっかいしなよ」

「あ?」


 だが、エレノラにしては明らかに声色が低い。


「推しカプをバカにする奴は、わたしが許さない……!」


 その目は、今までにないほど怒っていた。





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※推しカプ=推しカップリングの略です

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