第18話 不思議な光景
「僕も弟子に入れてほしいんだ!」
シアンに圧倒的敗北を
だが、立ち上がるとすぐさま
対してシアンは──
「無理っす」
「えっ?」
きっぱりと断った。
シアンにはしっかりと考えがあったのだ。
(男はレニエに近づけさせねえ!)
自分に近づくということは、レニエに近づくことを意味する。
推しであり最愛の妹レニエに、男が近寄ることは許せなかったのだ。
それから、話は終えたと言わんばかりに、すぐに背を向けた。
「てことで、俺とお前はこれっきりだ」
「そ、そんな!」
そのまま去ろうとするシアンに──横からチョップが飛んでくる。
「このバカ兄が」
「いてっ」
チョップをかましたのは、レニエ。
たった今、観客席から降りてきたようだ。
シアンは振り向きながらも、首を傾げる。
「ど、どうしたんだいレニー」
「それキモいからやめろって言ってるでしょ。って、そうじゃなくて」
腕を組んだレニエはジト目でたずねた。
「その話、どうして断るのよ」
「でも今朝は弟子ダメだって……」
「そ、それはそれ、これはこれよっ!」
今朝、ティルが弟子を申し込んだ時は、レニエは反対した。
それはシアンに女が近づくことへの
だが、今回はその逆。
これはレニエなりの気遣いである。
(いつも私、私って……少しくらい男友達持ったらどうなのよ)
エレノラを通じて、友達という存在の尊さを知ったレニエ。
だからこそ、兄にも同性の友達を持ってほしかったようだ。
対して、シアンはそんなに乗り気ではない。
「えー、別にいいよ」
「シ、シアン君って結構ひどいね……」
アルスは隣で軽くショックを受ける。
だが、やはり主人公とあって、彼は真っ直ぐだった。
「でも、レニエさんは良い妹さんだね」
「ん?」
「すごくシアン君を気遣って見えるよ」
「……」
すると、どうしたことか。
シアンは少し上を眺める。
やがてアルスへと向き直った表情は──
「そうだろ~!!」
めちゃくちゃ嬉しそうだった。
前世で言えば、同じ推しを持つ者に会えた時のオタクのそれである。
普段は控えめにしている知識を、とことん披露できる場を見つけ、まるで水を得た魚のようにしゃべり出した。
「アルス、お前話が分かる奴だなあ~!」
「そ、そうかな」
「ああ、レニエの魅力に気づくとはさすがだ!」
さっきまでの発言はどこへやら。
アルスの肩をバシバシと叩き、完全に友達気分だ。
「よーし、だったらレニエについてみっちり教えてやる!」
「え、いいの!」
対して、アルスも少し興味を持っている。
ただ、レニエについて聞きたいのではなく、強者のシアンと話せる機会が嬉しかったのだ。
しかし、シアンはそれに気づかず話を続ける。
「まずは『第一章 レニエの可愛さ』から」
「え、第一章って全部でどれぐらい……」
「たった十時間程度で終わるぞ!」
「じゅ、十時間!?」
温厚の化身である物語主人公が、ドン引きしている。
だが、こうなればシアンは止まらない。
「遠慮すんなって、ほら行くぞ!」
「え、えぇ……」
アルスはそのままシアンに連れられて行く。
まるで男友達(舎弟?)のようだ。
こうして、二人は急速に仲を深めることになるのだった。
また、一連の流れを見ていたレニエは、後ろで頭を抱えていた。
「違う、そうじゃない……」
別に自分の魅力を広めてほしいとは思っていない。
全く妹離れできない兄に、レニエは軽く絶望しかけた。
それでも──
「……もう」
男同士で笑い合って話すシアンを見て、自分も少し嬉しくなったのは確かだった。
「ほんっと変わんないだから、あのバカ兄は」
★
「見ろアルス、俺の自慢の妹がでてきたぞ」
観客席にて、シアンはアルスの肩をガッと掴む。
二人の視線の先では、レニエが闘技場へ姿を現した。
「レニエさん、今からみたいだね」
「ああ」
シアンとアルスの模擬戦が終わり、数戦後。
いくつか組み合わせを消化し、次はレニエの番のようだ。
「これは見物だぞ」
レニエの相手は──ティル。
今朝、シアンの弟子となった平民の剣士だ。
(やっぱりこうなる運命なのか)
ティル対レニエ。
この組み合わせは原作通りだ。
さらに言えば、ティルが勝利を収める。
(それでまた、レニエの悪役っぷりが激しくなるんだよな)
原作では、この時アルスとティルは多少仲良くなっている。
朝に出会い、同じ試験組としてお互いを意識するからだ。
そんなティルには負けまいと、原作のレニエはムキになり、敗北。
結果、両者はさらに対立し、レニエと主人公サイドの溝はまた深まる。
それが原作の筋書きだ。
だが、すでに違う点があった。
(レニエは【氷】を使えるようになった)
シアンと足を並べたいと、レニエは二年間必死に努力した。
それが実を結び、今ではシアンが認めるほどの魔法を扱える。
その違いがどう表れるか、シアンも非常に楽しみだった。
加えて、原作との違いがもう一点。
(お互い、なんか妙に燃えているような……)
レニエとティルが、ただならぬ雰囲気を出していることだ。
それを証明するよう、闘技場内の二人が会話を交わす。
「レニエ、あなたとは一度決着を付けたいと思ってました。師匠の妹さんと言っても、手は抜きません」
「……へえ、奇遇ね」
強い目を向けるティルに対して、レニエもしっかり応える。
「私も同じことを思ってたわ」
「それはよかったです」
両者の準備が整い、審判が合図した。
『はじめ!』
最初に動いたのは──ティルだ。
「やああああああっ!」
剣を上段に掲げ、持ち前の身体能力で一気に近づく。
だが、もちろんレニエも無策ではない。
「【
「……ッ!」
レニエの手から、多数の氷の
二年間で速さ・正確さも格段に上がり、ティルの動きを的確に
「こ、これぐらい全然!」
「まだまだあるわよ」
「くぅっ……!」
一つ一つは威力が高くない。
だが、とにかく数が多いのだ。
レニエは【
どちらの体力が先に切れるか、我慢比べが始まっていた。
だからこそ、対決は泥沼化する。
(よく見てなさいよ、バカ兄……!)
(師匠、見ててください……!)
どちらもシアンを強く意識している。
そのため、他に用意していた手段を意地でも使用しない。
この我慢比べに勝ち、シアンに認めてほしかったのだ。
そんな様子に、アルスも声を上げる。
「どっちもすごいね! ──って、泣いてる!?」
「うっ、うぅ……」
歓喜するアルスの隣で、シアンは号泣していた。
(推しが頑張ってて尊い……)
自らの力で戦うレニエに、心底感動していたのだ。
だが、同時に戦力分析も行っていた。
(その意地を捨てられるかが、勝敗を分けるぞ。……あぁ、レニエたん尊すぎてしんどい)
シアンの分析通りに、模擬戦は進む。
「くっ! もうやめです!」
意地の張り合いは、ティルが先に引いた。
一度距離を取った彼女に、レニエがふふんと声をかける。
「あら、いいんだ。我慢比べは私の勝ちで」
「いいです。でも!」
ティルは剣を下に構える。
「模擬戦の勝ちは譲ってもらいます!」
「……!」
そのまま激しく下に振るうことで、砂ぼこりを起こした。
これではレニエが狙いを定めることができない。
対して、ティルは田舎で
(ここですよねっ!)
さささっと近づき、宙から剣を振り下ろす。
──しかし、ガキンっと
「えっ……!」
ティルの攻撃が防がれたのだ。
振り返ったレニエは、ふっと口にした。
「生憎、私にはストーカーの兄がいるの」
「……!」
「近づく気配には
この五年間、日々忍び寄る兄のせい(おかげ?)で、レニエは近づく気配を感じ取れるようになっていた。
勝敗を分けたのは──シアンのストーキング。
「私の勝ちね」
レニエが【氷】を放出する。
剣を弾かれ、態勢が崩れたティルには防御ができない。
そのまま成す術なく、剣を凍らされたのだった。
「つ、つめたーっ!」
試合続行不可とみなされ、審判が手を上げる。
『勝者、レニエ・フォード!』
レニエの勝利である。
同時に、観客席から大声が上がった。
「レニエエエエエエエエエ!」
「レニエすごーい!」
シアン一人と、エレノラだけだったが。
あとは、アルスもパチパチと拍手している。
対して、周りの生徒は面白くなさそうだ。
「レニエ・フォードかよ……」
「あれぐらい誰でもできるでしょ」
「むしろ相手が弱くない?」
「所詮平民だしね」
やはりまだレニエの悪評は
だが、少なくとも当人同士は清々しい顔を浮かべていた。
ティルとレニエは握手を交わしながら、声をかけあう。
「残念、勝ちたかったんですけど」
「ふふん。これに
「悔しいから師匠にもっと習わないと!」
「まだ近づく気!?」
こう言ってはいるが、レニエは心の中で感じていた。
(ティルは悪い人じゃないわね)
対決を経て、二人の中も深まったようだ。
シアンの圧勝、レニエの勝利。
その結果、モブと悪役がメインキャラ達に混じるという不思議な光景が生まれる。
これは、すでに原作にはない、新たな物語が動き出した証拠と言えるだろう。
こうして、シアン達の学園初日は終えたのだった。
しかし、これを良しとしない者たちもいるようで。
「あいつら、気に入らねえな」
「ああ、特にフォード兄妹」
「潰すか」
どこかで不穏な空気も流れていた。
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