第17話 主人公との一戦

<三人称視点>


「シアン・フォード君とやらせてください!」


 原作主人公のアルスがそう言い放った。

 対して、少し考えたシアンも応える。


「でも、そういうことなら本気でいくぞ」


(ここで、二度と近寄れないぐらいボコせばいいんだ!) 


 レニエを守るため、そんな思考を持って。





『両者、構え!』


 審判役の担任が指示をする。

 シアン・アルスはそれぞれ武器を構えた。

 武器種は互いに“剣”のようだ。


 また、二人を生徒たちが周りから眺める。


「「「……っ」」」


 これは“力試し”という名目の初授業。

 その中でも最初の模擬戦だ。

 つまり、この戦いで自分たちの立ち位置も大体把握できる。


 片やだんしゃく家、片や平民と、地位は低い。

 二人より上なのか下なのかは、この貴族が揃う学園では重要なことだ。


 だが、そんな視線にも惑わされず、アルスは相手だけを見ていた。

 むしろ目が離せなかったのだ。


(シアン君、すごい圧力だ……)


 朝、アルスは玄関前での一件を見ていた。

 周囲と同じく何が起きたかは分からなかったが、一つだけ感じたものがあった。

 シアンが睨んだ時の“殺気”だ。


(あれはすごかった……)


 悪口を言われて怒るのは当然だが、あの怒りは尋常じゃなかった。

 その殺気を見て、アルスはシアンが相当な強者だと思ったのだ。

 模擬戦を申し込んだのも、そのためである。


 そんな中、いよいよ担任が手を下ろす。


『では両者、はじめ!』

 

 すると、早速アルスから仕掛けた。


「【身体強化】……!」

「お」


 だが、使ったエネルギーに周りが反応を示す。


「あれは“闘気”か」

「属性は持ってないのか?」

「嫌ねえ、古臭い」

「あの効率が悪いエネルギーだろ」

「いかにも平民じゃん」


 対してシアンは、ウンウンとうなずく。


(だよなあ)


 アルスはいずれ・・・属性が発現するが、今は気づいていない。

 そこで鍛えるのが、闘気である。

 シアンが闘気を知っていたのも、主人公が中盤まで扱うからだ。


「まだだ! うおおおおおお──【身体強化】!」


 しかし、生徒はすぐに度肝を抜かれた。


「二つ重ねただと!?」

「え、闘気でしょ!?」

「私は魔素でもできないのに!」


 魔法の重複は、大きなエネルギーを要する。

 つまり、アルスも死線を超えて闘気を増やしてきたわけだ。

 周りの貴族たちがあっと驚くほどに。


 そうして、何もしないシアンに、アルスは目を向ける。


「行くよ、シアン君!」

「いつでも」

「うおおおおおっ!」


 次の瞬間には、激しい剣の攻防が始まった。

 素人目にはとても追いつけない速さだ。


「ぐっ!」

「……」


 だが、悔しげなアルスに対して、シアンは様子をうかがっている。

 今の主人公の実力を計っていたのだ。


(まあごく一般的。初プレイって感じか)


 原作では学園までにも操作はできるので、多少は主人公を強くできる。

 現時点の実力は想定内だったようだ。


(よし、決めた)


 大体の実力を把握したところで、シアンは決意する。

 この模擬戦の戦い方について。


(レニエに最高にカッコイイところを見せて勝つ!)


 そう意気込むと、攻防の最中で周囲に【探知】を巡らせる。

 すぐさま慣れ親しんだレニエの気配を見つけ、ぐりんと顔を向けた。

 レニエと目が合うと、ばっちりウインクをかます。


(見ててくれよな!)

「キモ」


 レニエの背筋が凍るが、辛辣しんらつな言葉はシアンに届かず。

 一方的にシアンが得をしたところで、反撃を開始した。


「アルス、悪いな」

「……!?」


 今までの攻防が茶番だと言わんばかりに、ガキンっと振り払う。

 思わず距離を取ったアルスの隙を見て、シアンが力を込めた。


「【身体強化】」

「……! アルス君も闘気を!」


 闘気使いならば、相手の闘気にも敏感びんかんだ。

 だが、シアンの出力が明らかにおかしい。


(なんなの、この量は……!)


 自分の闘気量と比べて、ケタが違い過ぎる。

 そのあふれんばかりの量を証明するよう、シアンは口にした。


「【身体強化】──×かける六」

「!?」


 その瞬間、周りは爆発でも起きたかのような反応を見せる。


「「「うおおおおおおおっ!?」」」


 もちろん錯覚だ。

 だが、そう思ってしまうほどの圧倒的な闘気量である。

 “エネルギーの塊”と言った方が正しいかもしれない。


(シ、シアン君……!)


 自身とそれほど変わらない頭身のシアン。

 そのはずが、存在がとてつもなく大きく見える。

 アルスは、まるで巨人に睨まれているかのような感覚におちいった。


 二年前は“五倍”が最高だったが、シアンはさらに突破したのだ。

 それでも、まだ余裕を保っている。


(これ以上やったら、意識が飛びそうになるからな)


 転生してから五年、シアンは努力をし続けた。

 いとしい推しのため。

 あいする妹のため。


 その努力が実を結んでいる。

 だが、これだけではない。


まとえ」

「……!?」


 まだ余りある闘気を、今度は剣に纏わせる。

 二年前では習得していなかった無属性魔法だ。


「【闘気斬】」


 剣に乗せた闘気を振り払う。

 すると、ブオンと音が立ち、闘気はそのまま斬撃として放たれる。

 剣の弱点を補った遠距離攻撃だ。


「ぐっ、うわああああっ!」


 直接アルスには当たっていない。

 だが副産物・・・の風圧だけで、アルスは吹き飛ばされそうになる。

 砂ぼこりも舞い、視界が奪われる中でシアンが動き出す。

 

「【気弾】」

 

 踏み出すのと同時に、後方へ【気弾】を発射。

 自身の移動にブーストをかける。

 アルスからすれば、さながら“瞬間移動”だ。


「捕まえた」

「……ッ!」


 視界が悪い中でも、【探知】でアルスの場所は把握済みだ。

 胸ぐらを掴まれたアルスは、身動きが取れない。


(こ、こんなに違うのか……!)


 アルスは悲しい過去を持つ。

 だから強くなることを決意し、死ぬ物狂いで努力をした。

 

 そうして、闘気量を増やし、【身体強化】を重ねるに至った。

 これですら一般人からすれば尋常じゃない努力である。


 それでも、シアンには遠く及ばない。


(シアン君は、一体どれだけ超えてきたんだ……!)


 闘気は死線を超えるほど増える。

 だからこそ、シアンの超えた数は想像すらできなかった。


 そんなアルスへ、シアンは一つアドバイスをする。


「お前の敗因を教えてやろう」

「な、なんなの!」

「“推し”がいなかったことだ」


 だが、アルスは逆に力が抜けた。


(意味が、分からない……)


 主人公という世界の中心。

 彼の心をも折る“高すぎる壁”だ。

 いくらアルスでも、宣言せざるを得なかった。


「僕の負けです」

「それでいい」


 そうして、シアンはアルスを下ろした。


「「「……っ」」」


 あまりの強さに、周りは若干静まり返る。

 数秒後、ハッとした担任が手を上げた。


『しょ、勝者シアン・フォード!』

「「「う、うおおおおおおおっ!?」」」


 その声に反応し、生徒たちはようやく状況に理解が追いつく。

 バカにしていたはずの戦闘が、気づけば目を奪われていたからだ。


 だが、ふと我に返った彼らは、途端に苦言をこぼし始める。


「た、たまたまだろっ……」

「ああ、てかよく見えなかったし」

「あのレニエ・フォードの兄だぜ」

「そうだったな、ズルでもしてんだろ」


 それでも、目の色を変えた生徒もいたようだが。


「なるほど……」

「シアン・フォードか……」

「彼、面白いかもしれないね」


 そうして、膝をついていたアルスは立ち上がる。

 しかし、その顔はどこか晴れやかだった。


「シアン君、模擬戦ありがとう」

「……ああ」

「それで、話があるんだけど」

「うん?」


 高すぎる壁に絶望しかけたが、やはりこういうところは主人公だ。


「僕を弟子にしてくれませんか!」

「は?」


 唐突過ぎる言葉に、シアンは心の中で叫ぶ。


(またかよ!)


 それでも、アルスは構わず続けた。


「さっき教室で見たよ。弟子がいるんだよね」

「うん、まあ」

「僕もそこに入れてほしいんだ!」

「……」


 対して、シアンは少し考える。


 シアンは悲しい過去を持つ。

 異常な強さへの執着はそこからだ。

 それも加味して、シアンは結論を出した。


「アルス、お前も大変だったんだよな」

「い、いや、そんなことは……」

「だから分かったよ」


 否、シアンの答えはすでに決まっていた。


「無理っす」

「──えっ?」


 アルスは思わず二度見……三度見する。

 良いよと言う流れだったじゃんと。


「えと、無理なの?」

「うん無理。ほんと無理。何があっても無理」

「そ、そんな、どうして……!」


 動揺するアルスだが、実はしっかりとした理由がある。


(男はレニエに近づけさせねえ!)


 ちゃんとシアンの器が小さかったのだ。

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