第12話 頑張るレニエ、そして……?

<シアン視点>


「うぐぐぐ……」


 レニエが必死に力を溜めている。

 とても愛おしい姿だ。

 目にブチ込んでも全く痛くないだろう。


 ──が、ここは師匠として・・・・・しんに見守ろう。


「……ハァハァ、やっぱりダメだわ」

「レニエ、一度休憩にしよう」


 そうして、頃合いを見てタオルを手渡す。

 レニエは汗を拭きながらも、少し悔しげな表情を浮かべた。

 愛しの妹がやっているのは、魔法の修行だ。


「どうしてなの……」


 一週間前、レニエは「魔法を教えて」と言ってきた。

 大賛成で超張り切った俺は、それから毎日修行に付き合っている。

 でも、俺みたいな無理はさせていない。


 座学の時は「距離が近い」、実践の時は「視線がキモい」など言われるが、やっていることは大体“基本”だ。

 魔法が使えなくとも、原作知識をフル活用して、レニエに日々魔法を教えている。


 だけど、未だに【闇】は顕現けんげんしない。


「私は【闇】を制御したいのに……」

「やっぱり特別な属性なんだろうな」


 この世界において、【闇】は唯一無二だ。

 その昔、世界を恐怖におとしいれたという魔王以来、初めて人に宿ったほどの貴重な属性である。


 また、『弱体化デバフ』という特性を持つ【闇】は、他全ての属性をりょうして、“最強”と呼ばれている。

 原作では悪い奴らに利用されるわけだ。


「大丈夫、焦らずいこう」

「……ええ」


 そんな属性を持つことを知られないため、オーウェンさんには、このことを内密にするよう動いてもらった。

 おかげで、世間にはレニエが【闇】を持つとは広まっていない。

 できれば、最後まで知られたくない秘密だ。


「でも、もしもう一度出てきたら……」

「その時は俺がまた止めるよ」

「……! あ、あっそっ!」


 けど、レニエの不安も分かる。

 だからこうして、森で秘密裏に修行をつけているわけだ。

 ならず者も消えて、人も寄りつかない絶好スポットになった場所で。


 ただ、悪い事ばかりじゃない。

 レニエと修行する中で、いくつか発見もあった。


「レニエ、次は【氷】に移ろう」

「わかったわ」


 なんと、レニエは【氷】属性も持ち合わせていた。

 “二属性持ち”というのは、すごく珍しい。

 ゲームでこの世界をくまなく探索した俺でも、数人しか知らないほどだ。


 さすがラスボスの資質……ちょっと羨ましいな。


「なによ、目細めて。気持ち悪い」

「ははは……」


 なんたって、俺はさらに珍しい“属性無し”だからな。

 未だに制作陣を恨んではいる。

 けど、レニエが属性魔法を使えるのは素直に嬉しいことだ。


「せめてキモくない視線で見てなさいよ、【氷棘アイシクル・ソーン】……!」

「おおっ!」


 レニエの手から、たくさんの氷のとげが放出される。

 棘は木々を貫き、周囲を一瞬にして凍り付かせた。

 パッと出せる属性魔法にしては、相当な威力だ。


「すごいぞレニエ! また強くなってる!」

「ふ、ふんっ! これぐらい余裕よ!」


 属性魔法は、大気中の“魔素”を変換して放出する。

 その変換効率・・を上げると、より大きな魔法が出せる。

 魔素1で威力1だったものが、効率を上げると、魔素1で威力5を出せるようになるみたいな感じだ。


 魔素量は酸素なんかと一緒で、場所によって変わらない。

 だから、より強くなるには変換効率を上げるしかないんだ。


 そのためには、正しいやり方で、ひたすら魔法を使うのみ。

 要するに、レニエはすごく頑張ったってことだ。


「さすがお兄ちゃんの妹! ご褒美のハグを──」

「キモ。こっちくんな」


 【闇】はともかく、【氷】は順調だ。

 これなら学園でも、氷属性使いとして上手く誤魔化せるだろう。


 ──と、成果を確認していたところに、一人の少女がやってくる。


「シアーン!」

「お、今日も来たか」


 手を振ってやってきたのは、エレノラだ。


 あの日以来、彼女はずっと通い詰めてくる。

 よく毎日来るなあとは思いながらも、俺も感謝していた。

 商会から色々と物をもらえるからだ。


「今日はこれを持ってきたの! 重力筋トレグッズ!」

「重力?」

「そう! 【重力】属性を閉じ込めてあるから、スイッチを押すと……」

「うおっ!?」


 渡されたダンベルが、急にぐっと重くなった。


「より鍛えられるってわけ!」

「さすがだな、コノハナ商会……ふんっ」


 これは筋肉が喜びそうだ。

 こんな風に、商会の助けがあって俺の修行はさらに充実した。

 現金だけど、エレノラと知り合えて良かったと思っている。


 あとは、もう一つ。

 レニエと良い友達になってくれたらな、と考えていた。

 原作では何度もルートをクリアしているので、エレノラの性格が良いことは知っている。


 だが、そんなレニエは──


「アンタまた来たんだ……」

「ちょっと【闇】出てない!?」


 なぜか俺達をにらんでいた。

 謎の怒りからか、あれだけ修行しても出せなかった【闇】が、簡単に顕現けんげんしそうになっている。


 しかし、エレノラは大人だった。


「ごめんね、お邪魔して。レニエちゃんにもお土産あるから、はい」

「……なによこれ」

「一日五食限定、超人気店のスイーツだよ」

「え!!」


 途端にレニエの目の色が変わる。

 ついでに【闇】もスンと引っ込んだ。


「おいしいっ!」

「ふふーん、そうでしょ」

「……! べ、別にまあまあだけどね!」


 毎度、あの手この手でレニエをかいじゅうさせている。

 大人と言うより、商売上手と言うべきか?


「まだストックあるから、欲しかったら言ってね」

「こ、今度お邪魔しようかしら……」

「もちろん!」


 先程のように、なぜか俺を見ながら対立する時はある。

 けど、それを差し引いても、レニエは若干心を開いているように見えた。

 本来ならば敵対するはずの二人がだ。

 

 これは、原作では見られなかった光景。

 エモいと同時に、レニエが他人と普通に話していてすごく嬉しかった。

 まだ友達と思っているかは分からないけど、二人はこのまま仲良くなれそうだ。


「よし、レニエはここまでだ。俺は自分の修行に入るよ」


 だけど、俺が立ち上がると、二人は違う反応を見せた。


「わ、シアンの修行がまた見れる!」

「あ?」


 なぜか目を輝かせるエレノラ。

 それを睨みつけるレニエ。

 仲良く……なれるよね?


 そんな不安は抱えつつ、俺は修行へと意識を向けた。

 すると、レニエは視線を逸らしながらも、声をかけてくれる。


「む、無理するんじゃないわよ」

「……! うん!」


 その言葉があれば、お兄ちゃんはどこまでも頑張れる!(結果、無理をした)







<三人称視点>


「「ごちそうさまでした」」


 夕食を食べ終え、シアンとレニエは手を合わせた。

 こうしてレニエの別館で食べるのは、すっかり習慣となっているようだ。

 その後、シアンが二人分の食器を持って立ち上がる。


「じゃあレニエ、俺は行くよ」

「……」

「歯磨きを忘れずにな。それと、ちゃんとお風呂にも入って、寝る前にお手洗いに行って、寝る時は毛布を……」

「あーもう、くどいわね!」


 シアンの母親みたいな言葉にうんざりし、レニエはツンを発揮する。

 いつものやり取りだ。


「よし。罵倒も聞けたところでお兄ちゃんは行くからな」

「……っ」


 だが、今日はレニエが違う行動を取った。


「待ちなさいよ」

「うん?」


 ぎゅっと兄の服をつまんだのだ。


「どうしたんだ?」

「だから、その……」


 レニエの顔がみるみるうちに赤くなっていく。

 精一杯の勇気を振り絞っているようだ。

 シアンはどっしり構え、何十時間でも待つ態度だ。

 

 そうして、レニエはようやく口にした。

 

「……お布団、もう一つ持ってきてよ」

「ああ、いいぞ──って、んんんんん!?」


 シアンは何でも言う事を聞く。

 そのため、条件反射的に返事をしたが、途中ですごいことを言われていることにきづいた。


「ど、どどど、どうしたんだ一体!? おちつけ、おちちゅけレニエ!」

「いや、アンタが落ち着きなさいよ!」

「だってそんなの、◎△$♪×¥●&%#!?!?」


 結果、シアンの情緒が完全におかしくなる。

 

「だ、だからぁ!」


 それでも、レニエは思い切って言葉を続けた。


「私と一緒に、ね、寝なさいよっ!」

「……!」


 そして、その言葉がシアンの思考許容量を超える。


「…………」


 完全に頭がショートし、


「………………」


 ボーっとする内に、


「……………………かはっ」


 血を吹き出してぶっ倒れた。

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