第11話 改変されていく物語

 「ゆっくり寝ていいぞ」

「……ありがと。お兄ちゃん」


 シアンの言葉を聞き、レニエは安心したように目を閉じた。

 力が抜けたように意識を失ったレニエは、シアンが優しく支える。


「「「……っ」」」


 そんな一部始終を、周りは眺めていた。

 ほとんどのアームリー商会員は気絶しているが、エレノラはぼーっと眺めていたのだ。

 まるでシアンに目を奪われたのように。


(彼女はレニエ・フォード。ということは、あの変人はシアン・フォード……)


 商会の娘であるエレノラは、貴族社会にも明るい。

 情報綱から、レニエを知っていたようだ。

 あれだけ「レニエ、レニエ」と言っていれば、少年の正体も勘付く。


(何をするでもない、怠惰たいだな貴族だって聞いてたけど……)


 目にした光景は、聞いていた話と全く違った。

 レニエにしても、シアンにしても。


 レニエの『闇の触手』は強力だった。

 だが、噂ほどの悪役令嬢ぶりはない。

 言葉はツンツンしているが、むしろ兄が好きなように見えた。


 そして何より、シアンのギャップだ。

 家から出てこず、何の噂も聞かない男爵家の男は、あまりにもイメージと違った。

 魔法を使えないのに闘気で打ち勝つという、前代未聞の強さだったのだ。


(違ったんだ……)


 エレノラも、闘気については知っている。

 だからこそ、その影に見える大いなる努力が、彼女をときめかせた。


(この人は、とんでもない人になる……!)


 商会の娘としての先見眼と、乙女としての初心うぶが重なる。

 エレノラの鼓動がドクンと高鳴った瞬間だった。

 つまり、エレノラは初めての恋に落ちた。


 だが、そんな張本人のシアンは──いきなり慌て出した。


「レニエエエエエエエエエエエーーーー!」

「え?」


 抱きかかえているレニエに、大声をかけ始めたのだ。

 気絶しているため、一向に起きる様子はない。


「大丈夫かな、大丈夫だよな。え、でも、二度と目を覚まさなったらどうしよう。俺は一体どうすればいいんだ! 誰か教えてくれ!」


 早口すぎてほとんど聞き取れない。

 だが、焦り散らかしていることは分かった。


「あわわわわわわわわわ」


 シアンは、ずっと気持ちを抑えていたのだ。

 推しが気絶して心配にならないはずがない。


 先程は、妹を安心させるため格好をつけた。 

 しかし、内心はハラハラして仕方がなかったのだ。


 そんなシアンに、リアが駆け寄った。


「落ち着いてください、坊ちゃま」

「でも、レニエが……!」

「気絶してるだけです。呼吸も整っています」

「レニエぇぇ……」


 さっきまでの勇ましさはどこへやら。

 シアンはうるうると目元をうるわせ、レニエを過剰に心配する。

 完全にブラコンのそれだ。


 だが、エレノラには重度の“恋フィルター”がかかっていた。

 今のシアンの姿さえかっこよく見える。


(それに妹想いだなんて……!)

 

 すでに手遅れである。

 ならば、自分にもああいう風に構ってほしい。

 そんな思いからシアンに近づいた。


「す、すごかったわね!」

「レニエエエエエエエ──って、ん?」

「無事だったけど、わたしもちょっとすりむいちゃって……」


 エレノラは傷口をアピールしながら、ちらりとシアンを覗き見る。

 シアンは「レニエ」キャンセルをして、振り返った。

 だが、態度は変わらない。


「じゃあはい傷薬。それよりレニエエエエ!」

「へ?」


 最低限の対応をしてレニエの方に向き直る。

 あしらわれたわけではなく、冷たくもないが、なんだか納得いかない。


(な、なんなのこいつ~~~!)


 シアンはこの世界『ブレテ』の大ファンだ。

 もちろんエレノラルートもクリアしたし、一定の好意は持っている。

 しかし、レニエに対する愛が大きすぎた。


 加えて、共に過ごす中で愛は日々大きくなっている。

 その結果、もはやレニエ以外の者が目に入らないのだ。


(こっちも見なさいよ~~~!)


 と、エレノラが悶々もんもんしているところに──


「大変失礼ながら、シアン・フォード様でございましょうか」

「あ、えーと……はい」


 エレノラの父がひざまずいた。

 その紳士な態度には、もう正体を明かしても良いか、とシアンもうなずく。


「やはりでございましたか。私は、コノハナ商会主『オーウェン』と申します」

「あ、存じてます」

「光栄でございます。つきましては、シアン様に何か返礼、及びシアン様を今後お支えできないかと思っております」

「ええ?」


 シアンは前世の言葉で例える。


(スポンサーみたいな感じ?)


 今回、助けてもらったからだろう。

 色々とあったものの、“シアンがいなければ無事ではなかった”と、オーウェンは考えているようだ。


「でも、俺なんかにそんな……」

「どういう意味でございましょうか」

「だって俺なんか、ただの男爵家ですよ。それならもっと他の貴族に投資した方が……」


 シアンの言う事はもっともだ。

 コノハナほどの商会であれば、どこの貴族も断りはしないだろう。

 それでも、オーウェンはじっとシアンを見つめた。


「お言葉ですが、私も長らく商会主をしております。そのため、目だけは利くと自負しております」

「はあ」

「そんな私の目が、シアン様は将来大きな事を成しうると見ております」

「……!」


 それから、オーウェンはふっと表情をやわらげた。


「そこでシアン様と、商会として関係を持っておきたい。大変失礼ながら、少しよこしまな考えではあるのですがね」

「ははっ。そういうことですか」


 商人らしい表情は、逆に好感を持てた。


「今まではあまりご縁がありませんでしたが、これからは何卒よろしくお願い申し上げます」

「こちらこそです」


 シアン自ら手を差し伸ばし、オーウェンが応える。


 シアンは、街で一番の商会『コノハナ商会』とこんになったのだ。

 この大きなバッグは、今後さらに力となってくれるだろう。


 こうして、シアンは『アームリー商会』を潰した。

 これにより、レニエの破滅フラグの芽を一つ摘んだことになる。

 つまり、シアンが思い描く“レニエの幸せ”に一歩近付いたのだ。


 また、偶然出会ったメインヒロインも恋に堕としていたが──


(シアン・フォード、絶対振り向かせてやるんだから!)

(一刻も早くレニエを家に送らねば!!)


 シアンは一切興味が無かったという。







「……ん?」


 レニエがうっすらと目を開ける。

 その瞬間、ガバッとシアンが駆け寄った。


「レニエ、目を覚ましたのか!」

「んー、うっさいわね……って」


 目をこすりながら窓を見ると、すっかり朝日が昇っていた。


「私、どれだけ眠ってたの?」

「一日と数時間かな」

「……えっ」


 シアン達が突入した時から、約三十時間。

 レニエは丸一日、目を覚まさなかった。


 それでも、シアンは激しい戦闘後をにもかかわらず、ずっと付きっ切りで看病していた。


「リアには大丈夫だって言われてたんだけど、どうも落ち着かなくてな」

「……っ」


 レニエは改めて兄の愛の大きさを感じる。

 また、迷惑をかけた申し訳なさから、うっすら涙を浮かばせた。

 それを隠すように、布団にくるまって反対側を向く。


「も、もうっ! 私のことなんか放っておけばいいのに!」

「そんなわけにはいかないよ。言っただろ、大切な妹だってな」

「……」


 すっかり体調は良いが、レニエはかあっと熱くなる感覚を覚えた。

 それから、少し経ってレニエから口を開く。


「ねえ、私に魔法を教えて」

「レニエ?」

 

 続けて、今の心情を吐露とろした。


「また、あんなことになるのは嫌なの」

「……!」

「だから制御ができるように、教えて」

「ああ、もちろん!」


 原作では、レニエは結局【闇】の制御はできない。

 それは彼女が修行できなかったのもあるが、そもそもどういう条件で発現するのか、最後まで分からなかったからだ。


(もしかしたら、感情に由来しているのかもな)


 その予想は合っているかは、定かではない。

 それでも、レニエからこう言い出したのは、間違いなく前進だった。

 徐々に物語が改変されていることを、シアンは実感する。


(まだまだこれから、だけどな)


 そして、また気合を入れ直した。

 すると、レニエはボソっと口にする。


「あと、その……ありがと」

「うん? なんだって?」

「~~~っ! なんでもないわよっ!」


 シアンが聞き返すと、レニエはいつものツンを発揮する。


(ふっふっふ、残念)

 

 だが、今回はとぼけたフリ・・をしただけ。

 シアンの耳にはしっかりと届いていた。

 聞こえない素振りを見せたのは、レニエが恥ずかしがらない様にするためだ。


「なに? ニヤニヤしないで」

「……フフッ、別になんでもないぞ」

「キモ」


 こうして、シアン達は破滅フラグを折り、日常へとかえってきた。

 彼曰く、「また兄妹の距離が縮まってしまった」らしい(その後しっかりと殴られていた)。





───────────────────────

商会の件を経て、レニエが自身の【闇】に向き合うことに決めたようです!

原作にはなかった行動は、大きな一歩ですね!

また、エレノラは密かに恋に落ちていましたので、今後も関わってきそうです!

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