第10話 発現した闇

 「離しなさいってば!」


 レニエがジタバタとしながら、暴れる。

 自分が捕まったせいで、兄が痛い目に遭っていると自覚したのだ。

 だが、人質である彼女を離してはくれない。


 そして──


「離せって、言ってんでしょうがーーー!」

「「「……!」」」


 レニエは一際大きな声を上げた。


 同時にレニエの体内から、ドス黒いのようなものが多数出現する。

 属性魔法を思わせるものだ。


 多数の触手は、周りの者たちを一気にぎ払った。


「「「ぐ、あああ……!」」」


 だが、周りの様子がおかしい。

 黒い触手に触れられた者は、力を失ったように動けなくなるのだ。

 膝を付き、体を震えさえ、パタりパタりと倒れていく。


「レ、レニエ!」


 シアンはその現象に見覚えがあった。


(まさか……!)


 レニエが持つ──【闇】属性。

 その効果は“弱体化デバフ”だ。


 中でも、この『闇の触手』は、レニエがラスボスとなった際に出す厄介な攻撃。

 あらゆる呪いやすいじゃくを付与し、あっという間に生命力を奪う。

 主人公パーティーが、終盤のステータスでやっと対抗できる凶悪技なのだ。


(だからレニエはここに……!)


 リアがかけた魔法の鍵も、レニエは無意識に【闇】を発現させて弱体化したのだ。

 それから追って来たのだろう。

 そして、シアンの目的を知らない彼女は、足を踏み入れて捕まってしまった。


「う、うあ……」

「体が……」

「動かねえ……」


 『闇の触手』に触れられた者は、次々に症状が現れている。

 だが、シアンが何より気になったのは、レニエ自身が制御しきれていないことだ。


「な、なんなのよ、これ……!」


 レニエは兄を救いたくて力を求めた。

 しかし、その結果ここまでの力が発現するとは思っていなかった。

 レニエ自身、自分の力に恐れているのだ。


 だが、それに反して『闇の触手』はどんどん周りを巻き込んでいく。

 まるで無差別攻撃である。


「「「ぐわあああああっ!」」」


 その内、いよいよシアンの周りにまで被害が及んだ。

 ならばと、この隙にシアンは動く。


「リア! エレノラ達を守ってくれ!」

「かしこまりました!」


 指差したのは、エレノラと、その父。

 この見境なさであれば、二人も巻き込んでしまうと考えたのだ。


「坊ちゃまは!」

「決まってるだろ!」


 そして、シアンは真っ直ぐに前へ走り出す。


「レニエを止めるんだよ!」


 その目は、このまま放っておけないと言っていた。


「「「ぐわあああああっ!」」」


 そうこうする間にも、被害は広がるばかりだ。

 惨状を前に、レニエは顔をおおった。

 ここまでの力は求めていなかったのだ。


「やっぱり……」


 それから、自然と口走ってしまう。

 自分では決して認めなかった、あの呼び名を。


「やっぱり私は、“忌み──」

「違う」

「……!」


 だが、それはシアンが言わせない。

 レニエの口を手で止めたのだ。

 しかし、攻撃対象が近くにいることで『闇の触手』は一斉にシアンへと向かう。


「うぐぁっ!」

「……! ダメっ!」


 『闇の触手』に少しでも触れられれば、途端に生命力を失う。

 それが今は、二十本の触手全てがシアンを掴んでいる。

 シアンに降りかかる弱体化デバフは計り知れない。


「何やってんのよ! 早く私から離れて!」

「嫌だ」


 それでもシアンは離さず、倒れない。

 闘気を振り絞り、“最強”の属性である【闇】に対抗しているのだ。

 だが、レニエの両肩に乗せられた手は、いつもの温かい感触だった。


「レニエは俺の可愛い妹だから」

「……! バカ言ってないで、とにかく離れ──」

「それにな」


 涙目のレニエに対し、シアンは優しい表情で続ける。


【闇】これもレニエを守ろうとしてくれてるんじゃないか」

「え?」

「お兄ちゃんには、レニエを守るために発現したように見えたぞ」

「……!」


 そして、レニエをなだめるように言葉をかける。


「もう大丈夫、収まっていいよ。そう願ってみな」

「……っ!」


 シアンの言葉に、レニエはこくりとうなずいた。

 そのままシアンのそでをぎゅっと握り、自身の力におびえながらも目をつぶった。

 兄の言う通り、『闇の触手』を落ち着かせる様に。


 すると──


「……あ」


 『闇の触手』は順に引っ込んでいく。


「ほらな。これは怖いものなんかじゃない」

「……うん」


 力を使い果たしたのか、レニエの意識が朦朧もうろうとする。

 限界のため、ツンツンする余裕もない。

 そんな彼女をシアンが包むように支えた。


「ゆっくり寝ていいぞ」

「……ありがと。お兄ちゃん」


 そうして、レニエは安心したように、シアンの腕の中で目を閉じた。

 ぎゅっと“お兄ちゃん”の服を握りながら──。





───────────────────────

レニエの中の【闇】が暴走しかけましたが、シアンがなだめてくれました。

立派なお兄ちゃんしてますね(゚´Д`゚)゚

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