第9話 推し愛のみで
「何の騒ぎだ?」
アームリー商会に侵入したシアン達。
彼らの前に、いよいよボスが姿を現す。
「全員、死ぬ覚悟はできてんだろうなあ!?」
酒を片手にしながらも、強者のオーラを
上級冒険者の入口であるBランク冒険者が、束になっても敵わない強さを持つ男だという。
あくどい商会を裏で操る、正真正銘の悪党だ。
そんな男に対しては、少年が前に出た。
「さーてと、ここは俺の出番かな」
「あぁ?」
──シアンだ。
だが、格好は見るからに変人である。
謎マスクに、黒マント。
その上、大声を上げながら爆走という奇行ぶりときた。
裏の組織でも中々見ない変わった奴だ。
しかし、アルドは感じ取っていた。
構えからくる、たしかな強者のオーラを。
(ただ者じゃねえ。……見た目はともかく)
二人に巻き込まれない様、周りは少しずつ後ずさりする。
だが、リアはまだ暗躍していた。
「ハッ!」
「ぐわあっ……!」
リアの属性は──【影】。
姿を消したり、気配を薄くしたりできる、隠密向きの属性だ。
それでも、彼女の役割はあくまでサポートである。
(信じております、坊ちゃま)
リアよりもシアンの方が強い。
ならば、愛する坊ちゃまのため、自分は戦場を用意することが役目だと考えていたのだ。
また、父を助けに来たエレノラも、この隙に入口方面へ向かう。
「パパ、もう少しだよ」
「ああ、すまないな」
長時間の拘束による衰弱で、父はゆっくりとしか歩けない。
エレノラが肩を貸す形で、こっそり移動していく。
だが一方で、シアンとアルドの戦いも気になっていた。
(あれが、アルド……!)
商会主の娘として、相手の調査は
そうする内に出てきたのが、アルドの過去の形跡だった。
アルドは、元Aランク冒険者。
かなり名を
“Bランクが束になっても敵わない”という噂は、その時の出来事が
(Aランクって、上位一パーセントよ……)
シアンと協力体制を組んだことで、エレノラは今回のプランを変更した。
だが、元のプランは、父を連れての逃走だった。
アルドという男をそれほど警戒していたのだ。
(どうやって戦うのかしら……)
それでも、シアンは自ら相手を買って出た。
ならば興味も出てくるというもの。
そんなアルドとシアンの戦いが、いざ始まる。
首をコキコキと鳴らしたアルドが、ニヤリとシアンへ話しかけた。
「ガキ、逃げんなら今の内だぞ」
「とか言って、後ろからグサリでしょ」
「フッ、正解だ」
「……!」
悪党のアルドに、正々堂々などない。
話術が効かないと思った途端、すぐさま剣を抜いて突っ込んで来る。
自身の属性──【加速】を用いて。
「ほう、俺の剣を受けるか!」
属性の速度が重なった分、反応が遅れたが、間一髪シアンは剣を抜いて応戦する。
だが、アルドの猛攻は止まらなかった。
「じゃあ遠慮はいらねえなあ!」
「……」
武道のカケラも感じない、乱暴な剣筋だ。
しかし、純粋に力が強く、【加速】属性も相まって動きがとてつもなく早い。
“早くて重い”。
単純ながら強者の剣だ。
それでも──
「こんなものか?」
「なっ!?」
シアンは難なく全てを返してみせた。
息一つ上がっていない姿は、言葉がハッタリではないことを表している。
対して、アルドはニっと口角を上げた。
「俺と互角とは、中々に久しいぞ!」
「全然嬉しくねー」
「ハッ、生意気言ってられんのも今の内だ!」
アルドも戦闘狂の部分がある。
最近は味わえていない、手に汗握る戦いができると思うと、テンションが上がったようだ。
それに合わせてギアを上げていく。
「いいぞ、これにも付いてくるか……!」
「まだまだ余裕ですけどね!」
だが、やはりシアンが崩れることはない。
それをエレノラは目を見開いて眺める。
(何者なの、あいつ……!)
アルドは【加速】属性を使っている。
しかし、シアンが属性を用いている様子はない。
それにもかかわらず、元Aランク冒険者と対等にやり合っているのだ。
シアンの強さはエレノラの予想を超え、彼女は目を疑い始めている。
だが、こんなものは序の口だった。
「よし、もういっか」
「あぁ?」
またもアルドの攻撃をいなし、シアンが口を開いた。
今までも手を抜いていたわけではない。
しかし、全力は出していなかった。
いずれ来る本編のため、今の自分の力を知っておきたかったのだ。
結果、現在の立ち位置を把握した。
「元Aランク冒険者よりは
「上だと?」
アルドはピクっと顔をしかめる。
対して、シアンは言葉を証明するように力を発揮した。
「──『身体強化』」
「はっ、その程度でイキがんな!」
これは魔法の基本だ。
どの属性を生まれ持っても、『身体強化』に似たものは最初に覚える。
それが
「──『身体強化』」
「え」
「──『身体強化』」
「あの」
「──『身体強化』」
「ちょっ」
だが、二つ以上は聞いたことがなかった。
元Aランクという最前線を張っていたアルドですらもだ。
そして、シアンは最後にもう一つ重ねる。
「──『身体強化』……!」
「はああああああああ!?」
これで“五倍”『身体強化』だ。
本来、この世界には魔法の“重複限度”がある。
同じ魔法をいくつも重ねられない、という縛りだ。
その原因は、
つまり、大気中の魔素が足りず、魔法に変換できないのだ。
だが、1、2、4、8……と指数関数的に増えていく消費量を、もし用意できれば魔法は重複できる。
すなわち、シアンはそれほど膨大な闘気量を持っていたのだ。
周囲の大気以上の量を、自身の体のみに。
「──くだばれ」
「……ッ!!」
アルドがシアンを見失った瞬間、みぞおちに強烈な衝撃を覚える。
「よくもやりやがったな!」
「がはあっ!」
メインヒロインの父をさらった事。
原作の破滅フラグへの怒り(こっちが九割)。
それらを込めて、シアンはみぞおちをぶん殴った。
「ぐわあああああああああっ!」
アルドは天井を突き破り、激しい勢いでぶっ飛んで行く。
これが、闘気を極め、今なお異常に修行を続けるシアンの力だ。
「「「……っ!」」」
非現実な光景には、周りにいた全員が息を呑む。
その中でも、エレノラは一際驚いていた。
(なんなのよ、この力は……!)
潜入時から、シアンが使っていたのは“闘気”だと聞いた。
だからこそ、異常なまでの力に疑問を抱く。
(どれほど死線をくぐれば、こうなるの……!?)
思わず想像してしまったのは、数々の戦場。
それらを乗り越え、シアンは今の力を手にしたのかと
本当は“推し愛”のみであることは、思い付きもしないだろう。
これが努力だけの力なのだから、シアンの愛の大きさがうかがえる。
──だが、事態は終わっていなかった。
「おとなしくしろ、ガキ共」
「「「……!」」」
入口から一人の男が声を上げる。
格好から、アームリー商会の一員だ。
だが、右腕に抱えていた人物に、シアンは激しく動揺する。
「レニエ……!!」
男は、なぜかレニエを捕まえていたのだ。
「離しなさいよ!」
「やだね。お前は人質だからな」
シアンは
「リア! 鍵は!?」
「魔法でしっかりかけたはずです!
「じゃあ、どうして!」
レニエがここにいる理由は分からない。
「ガキ、武器を置け。魔法も発動するな」
「ぐっ……!」
だが、それには従うしかない。
シアンはレニエが全てだ。
彼女に傷がつくなど、万が一にもあってはならない。
ここは言う事を聞くしかなかった。
「仮面のガキはそっちへ行け。周りも抑えろ」
「……ああ」
エレノラ、父、リアは取り押さえられる。
また、ここを逆転の目と見た連中は、シアンを一斉に囲う。
「よくも暴れてくれたなあ!」
「……っ!」
そして、今までのお返しがてら、シアンの頬を殴った。
それから数発、腹や体をいたぶられる。
「坊ちゃま!」
「来るな!」
だが、声を上げたリアをシアンは制する。
「こんなもの痛くも
「へっへ、強情な坊っちゃんだねえ」
シアンの本心からの言葉だ。
レニエが少しでも傷つくぐらいなら、俺が代わりに死んでやる。
本気でそれほどの覚悟を持っていた。
だが、レニエはそれを見過ごせなかった。
「離しなさいってば!」
「へへっ、やだね」
レニエはジタバタと暴れる。
自分のせいで兄が傷つけられている。
それを自覚してしまったのだ。
「……っ!」
そして、そんな思いに
「離せって、言ってんでしょうがーーー!」
「「「……!?」」」
ドス黒い、手の形をしていた何かが──。
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