第7話 初めてのお出かけ
<シアン視点>
「わっ!」
少女の可愛らしい声が
馬車から外を眺める、レニエの声だ。
「わわっ……!」
かなり抑えているつもりだろうが、隣に座る俺には聞こえていた。
つい微笑ましくなってしまい、声をかける。
「そんなに街に来るのが嬉しかった?」
「は、はあっ!?」
だけど、レニエは途端に元の姿勢に戻した。
はしゃいでいる事がバレたくないらしい。
「別に楽しみだったわけじゃないんだけど! 全然っ!」
それでも、レニエはまだチラチラと横目で外を覗いている。
ここまで
よっぽど街に来るのを楽しみにしていたみたいだ。
「カーテンはあんまり開けないようにね」
「わ、わかってるわよっ!」
街には、レニエの顔を知る貴族もいるだろうからな。
「……フフっ」
そうして、俺も反対側の窓から外を覗く。
ここは──『スカーレット街』。
屋敷から馬車ですぐに着く、最寄りの街だ。
学園はまだ先にあるが、この街は原作でも行くことができる。
コア向けな武器や、珍しい薬が手に入ったりして、たまにお世話になる場所だ。
そんなゲームの記憶を持って眺めて見ると、中々に
「……」
けど、今回の目的はそうじゃない。
今回の目的は、リアと『アームリー商会』を潰すこと。
レニエがどうしてもと言うので連れて来たが、危険な目に遭わせるわけにはいかない。
変装はバッチリしてきたので、日中はお忍びで街を楽しみつつ、僕とリアは夜に行動を開始する。
「「……!」」
すると、ちょうど馬車を操るリアと、ルームミラー越しに目が合った。
そろそろという合図だろう。
僕はレニエに話しかける。
「レニエ、この辺で降りるよ」
「どうして?」
「リアが近くに馬車を停留所に停めて来るって」
その後、リアには再度ルートの下見をしてもらう。
自ら役を名乗り出てくれて助かった。
だから、その間に──
「街に出よう」
「……!」
俺はレニエを楽しませる。
その瞬間、レニエの目がぱあっと開く。
だが、すぐに我に返ったようにそっぽを向いた。
「し、仕方ないわね! 行ってあげるわ!」
「ははっ」
ウキウキしてるなあ。
そんな微笑ましいレニエと共に、俺たちはスカーレット街へと出た。
「おいしいっ……!」
レニエが太陽のような笑顔を浮かばせる。
もぐもぐと
元は『ニホン』のゲーム世界だから、馴染み深い食べ物もたくさんある。
「こんな物があるなんて……!」
「ははは、レニ──“ルナ”はリンゴが好きだからなあ」
「う、うっさいわね!」
彼女はふんっと目を逸らしながらも、満足そうに食べ続ける。
それから、“ルナ”と呼んだのは、レニエという名前を出さないため。
今回かぎりの偽名ってやつだ。
もちろん、バレないよう変装もしている。
対策は徹底的にしておいて損はないからな。
唯一あるとするなら、我が愛しの妹の本名を呼べないことぐらいか。
「アンタも食べたら?」
「……うん」
ちなみに、俺の呼び方は変わらず『アンタ』である。
偽名を考えるまでもなかった。
まあ、レニエからのアンタ呼びも悪くない(むしろ良い)。
「こっちの“クレープ”もおいしい!」
「よかった、よかった」
レニエの食欲は止まらない。
街には、いつもの貴族の食事より、民衆向けの食べ物がたくさんある。
それがレニエにとっては、逆に貴重だったみたいだ。
「ははっ、唇にクリームが付いてるぞ」
「……っ! し、知ってるわよ!」
レニエは顔を赤くしながらクリームを取る。
そんな俺たちのやり取りを見ていたのか、屋台のおじさんが声をかけてきた。
「兄ちゃんたち仲良いねえ。兄妹かい?」
「……!」
だが、他人の声を聞くと、レニエはフードをより深く被る。
それから、サッと少し俺の後ろへと立ち位置を変えた。
まだ“人”を警戒してるみたいだ。
ならばと、俺がおじさんに答えた。
「そうです。仲良いかと言われると分かりませんが……」
「はっはっは、十分仲良しだろうに」
貴族だとバレていないからか、軽く話してくれる。
俺としてはむしろやりやすかった。
「……全然仲良くないし」
後ろからは小声で何か聞こえてくるけど。
そんなレニエにも、おじさんは声をかけた。
「嬢ちゃんもクレープ気に入ってくれたかい?」
「……!」
俺の後ろで、レニエの肩がぴくんと跳ねる。
だけど、もう一口パクっとクレープを口にしたレニエは、ようやく答えた。
「ま、まあまあねっ!」
「はっはっは、そりゃ良かった!」
その表情は明らかに柔らかい。
少なくとも、俺以外に向けるような冷たい目付きではなかった。
レニエが普通に人と接する。
原作では決して見られなかった光景だ。
おじさんにはなおさら感謝だな。
「おじさん、ありがとう」
「お? おう! 兄妹で仲良くな!」
そうして、手を振りながら道を進んで行く。
そんな中で、レニエがぼそっと口を開いた。
「街の人は、悪い人じゃないのかしら」
それには、俺なりの答えを示してみる。
「それは分からないよ」
「え?」
「今の人は良い人だったけど、中には悪い人もいる」
「……」
悪い人と聞いて、レニエは目を伏せる。
思い出すのは、今までの貴族たちだろう。
「でも、それは貴族も一緒だよ」
「どういう意味?」
「街の人だからって良い人とは限らないように、貴族だからって悪い人とも限らないんだ」
「……!」
レニエはハッとした顔を浮かばせた。
「だから、“偏見を向けてこない人”に対しては、一度考えてみてほしい。もしかしたら、仲良くなれるかもしれないってことを」
「……ええ」
それが俺が伝えたかったことだった。
幸せになるためには、やっぱり人との関わりは必要だと思うから。
いつか、レニエに心の底から笑い合える友達ができたらいいなと願う。
「だから、それまではお兄ちゃんに存分に甘えていいからな!」
「黙れ」
まさか、こんな日常の一場面でレニエの成長が見られるとは。
街に連れて来て大正解だったな。
と、そんな時──
「おっと」
「きゃっ」
すれ違った少女と肩がぶつかってしまった。
「すみません、大丈夫ですか」
「いえ、こちらこそごめんなさい! わたしはこれで!」
お互い軽く頭を下げるも、彼女の方はさっさと行ってしまう。
ていうか、今の子って……。
「どうしたのよ」
「いや、なんでもない」
帽子を深く被っていたからか、あまり顔は見えなかった。
でも、見た事がある顔かもしれない。
「って、これは!」
ふと地面に目をやると、落とし物があった。
新しくはない、赤色のペンダントだ。
「今の人かしら。けど、どっかに行っちゃったわね」
「……大丈夫」
俺は、それをそっとポケットにしまい込む。
「これは俺が返しておくよ。それより、次はあっちの方に行こうか!」
「え? ええ……」
それから、すぐに切り替えて俺は再び街の探索を続ける。
ペンダントにはあてがあったからだ。
「夜まではしっかり楽しもう!」
「し、仕方ないわね! アンタがそう言うなら付き合ってあげるわ!」
こうして俺たちは、レニエの初めてのお出かけを楽しんだ──。
★
<三人称視点>
「レニエは寝静まったよ」
深夜、レニエが寝泊まりする部屋の外で、シアンが口にした。
隣には、合流したリアがいる。
「かしこまりました。では、属性魔法でさらなる鍵をかけます」
「ああ、頼む」
安全な宿をとってはいるが、さらに警戒を強めて対策をする。
リアの属性は、隠密に
「では、参りましょう」
「うん」
準備が整ったところで、二人は宿を後にする。
目的は当然『アームリー商会』のアジトだ。
「坊っちゃま、お疲れではありませんか?」
「ちょっとはしゃぎすぎたかもな。でも──」
シアンは目の色を変えた。
「俺はやるよ」
推し、そして妹の破滅フラグを折る。
その為ならば、シアンは鬼にもなる覚悟だ。
「はい。私も全力でサポートいたします」
そうして、二人は足音も立てずに、アジトへと向かった。
──数分後。
「……まったく」
寝ているはずのレニエが、むくりと起き上がる。
「アンタのことは、バレバレなんだから」
その目は寝静まることはなく、ギラリと光っていた──。
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