第6話 兄の決意
「坊ちゃま、ならず者のアジトを突き止めました」
日々の鍛錬中、リアが帰ってくるなり口にした。
俺はピタリと木剣を止め、彼女に振り返る。
「本当か!」
「はい。その辺のならず者を拷問して吐かせました」
「……さ、さすが」
一か月前、レニエが来た初日に襲ってきた、森の“ならず者”。
あの時はレニエを優先して逃してやったが、少し調べていると、とある組織とつながっていた。
それをリアに調べてもらっていたんだ。
「どうやら森にいるのは下っ端で、本隊は街に潜んでいるかと」
「街の方だったか」
組織の名は──『アームリー商会』。
この名前は聞いたことがある。
原作で出てくる組織だからだ。
「いかがなさいますか」
「……」
レニエの破滅フラグは大きく分けて
一つは、学院での敵対関係。
主人公やヒロイン達と敵対していたことで、やられてしまう。
そして、もう一つが、レニエの【闇】属性を狙う“組織”だ。
【闇】は、唯一無二の超貴重な存在。
ならば、悪用しようとする組織も出てくる。
そうして、最終的には【闇】を無理やり覚醒させられてしまう。
その場合が、レニエがラスボスとなるルートってわけだ。
そんな組織の一つに、『アームリー商会』の名前があったんだ。
これは相当のオタク知識だが、俺には朝飯前。
だったら、考えることは一つ。
「先に潰しておくか」
本編開始前とはいえ、いずれは邪魔になるかもしれない。
せっかく最寄りの街に潜んでいるなら、芽を潰しておいて損はない。
しかし、リアはじっと俺を見てたずねてくる。
「先に言っておきます。今回の件にはかなりの危険が伴います」
たしかにそうだ。
前世の『ニホン』という温室育ちだからこそ、正直怖さもある。
──それでも。
「レニエの為なら、俺はやる」
「かしこまりました。その意思を尊重いたします。ならば──」
レニエも剣を腰に据えた。
いつもの訓練用の木剣ではなく、本物の剣を。
「私も全力を以て」
「頼りになるよ」
出発は明日だ。
★
<三人称視点>
その夜、レニエの別館にて。
向かい合ってご飯を食べる中、シアンが突然切り出した。
「レニエ、俺は数日家を空けるかもしれない」
「……えっ」
レニエは目を見開き、ご飯をぽろっと落とす。
恥ずかし気にそれを拾いながらも、耳を傾けた。
「ご飯はいつも通りに出る。それ以外は、メイドにも極力近づかないよう言ってあるから──」
「どうして?」
だが、途中でたずねたくもなる。
「どこに行くって言うのよ」
「ちょっと街の方に……」
「何日もかけて?」
「うっ」
当然の疑問に、シアンは口を詰まらせた。
街には馬車で少しで着くし、泊まらずとも帰ってくれば良い。
だが、シアンは「先に破滅フラグを折る」とは言えない。
そんな事情を知らないため、レニエはむくれていた。
(せっかく仲良くなれてきたのに!)
端的に言えば、レニエは“寂しかった”のだ。
今までは抱いたことが無い感情だった。
小屋に放置されようとも、全く相手にされずとも、一人で孤独に生きていけた。
しかし、シアンと過ごす内に、信頼できる者の温かさを知ってしまったのだ。
それから、気になることはまだある。
「じゃあ誰と行くの?」
「え、メイドのリアと」
「あー!」
その言葉が決め手となった。
「やっぱり遊びに行くのね!」
「え、いやいや違──」
「違わないじゃない!」
レニエは完全に
初めての感情に自分では抑えられなくなる。
また、「お出かけしたことがない」というのも大きいだろう。
隣を歩く者はおらず、外出する事さえできなかった。
それなのに、やっと信頼できた兄が「数日でかける」となると、こうも言いたくなるものだ。
「連れてって来れないと信頼できないっ!」
「……ぐぬぬ」
そして、最後のダメ押し。
「アンタの近くが一番安全だって思ってたのに」
「……!」
「そうじゃないなら……もうほっといて」
レニエはつーんとそっぽを向いた。
だが、その視線はチラっチラっとシアンを覗き見ている。
素直になれず、「良いよ」と言ってくれるのを待っているのだ。
対して、シアンは深く考え込んでいた。
(俺は、レニエを幸せにするために置いて行く判断をしたつもりだ。でも、だからってこんな顔をさせていいのか?)
シアンの目的は、あくまで「レニエを幸せにすること」。
そのためのフラグ折りだが、結果嫌な思いをさせるのでは意味がない。
(そもそもレニエは悪役令嬢で、普段からあーなってこーなって……以下、オタク特有の早口)
そうして、出した結論は──
「わかった。一緒に行こう」
「……!」
一緒に連れて行き、かつレニエを守り切る。
「い、いいの?」
「ああ、そっちの方がレニエは嬉しいだろ」
「~~~っ!」
思わず飛び上がりそうになるレニエ。
だが、ギリギリのところで踏みとどまり、自然と上がっていた腕をそのまま組む。
「べ、別に嬉しくなんてないんだけどね!」
もちろん、本心は完全に舞い上がっていた。
(やった! やったやった!)
こうして、シアンはレニエも連れて街へ出かけることにした。
当然“お忍び”になるだろうが、レニエにとっては初めてのお出かけである。
それを理解しているシアンは、優しげなお兄ちゃんの表情を浮かべた。
(ははっ、しょうがないな。推しの悲しむ顔はもう見たくないし)
また同時に、改めて決意も固める。
(レニエのためにも、迅速に組織を片付ける)
目的はあくまで、アームリー商会を潰すこと。
その上で、レニエに寂しい思いもさせない。
難易度は跳ね上がったが、シアンはやり切るつもりだ。
(そのために力をつけたんだからな)
しかし、まだシナリオが始まっていないばかりに、シアンは知らなかった。
「ふんふふ~ん」
その街に、本編開始時のメインヒロインがいるなんてことは──。
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レニエちゃんのデレ具合も段々と大きくなってきてますね……
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