第5話 その呼び方は俺に効く
<シアン視点>
「よし、次だ!」
俺の声に反応して、リアが左右を指差す。
「右、左、右、左」
「うおおおおっ! おおおおおっ!」
それに合わせるよう、往復ダッシュだ。
鍛錬開始から何時間も経っているが、
「そこで腕立てです」
「でやああああっ!」
「はい、休憩です」
「ぶはあっ!」
そこで、ようやく俺は仰向けに倒れる。
ちょくちょく休憩を挟んではいるが、ほぼぶっ通しの鍛錬はキツイ。
筋トレメニューと、リアとの打ち合いを交互にしているわけだし。
「また強くなりましたね、坊ちゃま」
「そうかな?」
「はい。多少腕が立つ私でも、ボロボロの坊ちゃまじゃないともう相手になりませんね」
後から聞いた話だけど、リアは元々、王国騎士団“副団長”だそうだ。
そりゃこんなに強いわけだよ。
「でも、こんなのじゃまだまだ……」
ぐったりしながら思い出すのは、レニエが来た初日のこと。
すでにレニエが来て一ヶ月が経つが、脱走した時のことは忘れない。
あの時、俺が一歩でも遅ければ、彼女はひどい目に遭っていた。
それじゃダメなんだ。
レニエがどれだけ離れていても、一瞬で駆けつけられるように。
レニエが助けを求めた瞬間に、その場へいられるように。
そのためには、俺はもっともっと努力をしなければ。
「俺がレニエを守るために」
「ふふっ、素晴らしい意気込みです」
リアもこくりとうなずいてくれる。
俺への信頼からか、レニエに警戒心を抱いていないのは本当に助かるな。
「ところで、無属性魔法の種類は増えましたか?」
「いや、相変わらずだよ」
俺が魔素の代わりに使う“闘気”。
それで扱えるのは、無属性魔法だけだ。
中でも、習得しているのは三種類。
『探知』──周囲の気配を探る
『気弾』──闘気を飛ばす
『身体強化』──身体能力を上げる
まあ、一般的な無属性魔法だな。
「私が言うのもですが、少ないですね」
「二年間は闘気
加えて、無属性魔法には弱点がある。
「そもそも、無属性魔法って参考書がないんだよ」
「そうでしょうね」
はっきり言って、無属性魔法は“いらないもの”。
属性魔法から属性を取ったみたいな、
ガスコンロの火がつく前のわずかな時間。
お湯になる前の冷たい水。
前世で言えば、大体そんなイメージ。
そんな無属性魔法は、研究する必要もない。
正直、この世界で属性を持ってなければ、その時点で強さは諦めた方が良い。
それほど無理ゲーだ。
だから、無属性魔法を研究した資料はほとんど存在しない。
つまり、お手本がない状態なんだよな。
「逆に言えば、今までにない
「中々難しいものですね」
「うん。また後々考えるよ」
そう結論づけると、リアはこちらを覗き見て来る。
「では次のメニューにいきますか?」
「……! うぐぐ……」
体はほぼ限界。
次を考えただけでも吐きそうだ──けど!
「ええい、いってやるよ!」
「さすがは坊ちゃまです」
すると、リアはニッと口角を上げた。
「前々から思ってたけど、俺をいじめるのちょっと楽しんでるよね?」
「いえいえそんなことは……ふふふっ」
「ほらあ!」
俺がMだからって、Sに目覚めたとか!?
地獄のメニューを平気で人に指示してくるわけだよ!
俺がそうしてって言ってるんだけど!
「はい、グダグダ言わずにダッシュ♡」
「グダグダ!?」
そんなこんなで、地獄のメニューをこなした。
結果、また死にかけた(闘気増えた)。
「レ、レニエー……」
別館の裏口を開け、持っていた物を置く。
「お昼ご飯だぞ……がくっ」
だが、午前の鍛錬がキツすぎて力尽きた。
すると、レニエがものすごい形相で寄ってくる。
「ちょっ! アンタ何やってんの!?」
「ははっ、ちょっと鍛錬の疲れが」
「……っ」
レニエは何かを言いかけるも、引っ込める。
いつもならここで目を逸らされて終わるが、今回はそうじゃなかった。
「そんなになるまで……何がしたいの!」
「レニエを守るために強くならないとだから」
「そんなの! 私は別にどうだって──」
「よくない」
「……!」
どうだっていい、というのは言わせない。
転生したと気づいた時、俺は誓ったんだ。
必ずレニエを笑顔にしてみせると。
「妹のためにお兄ちゃんが頑張るのは普通だろ?」
「もう……知らないっ!」
ようやく、いつものようにプイっと目を逸らされる。
うんうん、これでこそレニエだ。
「じゃあ俺は戻るよ。トレーはまた取りに来るね」
だけど、とっさに後ろの
「ま、待ってよ」
「どうした? 何か要望があるなら──」
「そ、そうじゃないっ!」
目は伏せ、口をもごもごさせたまま、レニエは恥ずかしそうに声に出した。
「い、一緒にご飯とか……食べてあげても、いいけど」
「なにい!?」
それから言い放たれたのは、天地がひっくり返るほどの言葉だった。
「で、でも! 疲れてるんだったら全然いいんだからっ!」
「いや元気がみなぎってきた」
「はあ!?」
自分でも驚くほどマジで体が軽くなった。
オタクはちょろいとはこのことか。
今までそっぽを向くばかりだったレニエ。
彼女に急にそんなことを言われると、本当に疲れが吹っ飛んだんだ。
推しの力ってすげー!
「急いで俺の分も持ってくるぞ!」
「あ、ちょっ」
俺は疲れを感じさせない超スピードで、お昼ご飯を持って来た。
「え、えへへ……」
別館にて、レニエと向かい合ってご飯を食べる。
だけどニヤニヤが止まらない。
夢にまで見た、いや夢にも見なかった光景だからだ。
推しとお昼ご飯。
字面だけでもすごい。
「ニヤニヤされるとキモい」
「ごめんごめん……へへ」
しかも罵倒までされるとは、変な笑いが出てしまうぜ。
「……」
「……」
しばし無言が続く。
ご飯中って何話していいか分からない時あるよな。
俺は推しの顔を見られればそれでいいんだけど。
「というか」
「ん?」
そんな中で、珍しくレニエから口を開いた。
「今まで一緒に食べようとか、その、思わなかったの?」
「んー、俺はプライベートまで突っ込まないからな。幸せそうならそれでいい」
「は?」
これが俺の信条だったりする。
自分は推しを応援するだけで、プライベートまで晒せとは言わない。
幸せならOKです、というスタイルを貫いている。
兄妹という関係でずれたりしているけど。
「でも、今日誘ってくれたのは嬉しかった」
「……っ! あ、あっそ!」
「この日を思い出したら、また鍛錬も頑張れるよ」
「ふーんだ」
それから、レニエはぼそっとつぶやいた。
「別に私は毎食でもいいのに……」
「ん、なに?」
「~~~っ! なんでもないっ!」
だけど、小声だったからか聞き取れず。
「それにしても、今日はどうして誘ってくれたの?」
「気まぐれに決まってんでしょ!」
「そっか」
その表情を見て思う。
もしかして、鍛錬の疲れを癒そうとしてくれてる?
そんな予感は当たっていたらしい。
その証拠に、レニエはお話を続けてくれる。
「ふ、普通、アンタのことは何て呼ぶの?」
「んー、貴族は“お兄様”が鉄板かな」
「やっぱり……そうよね」
けど、これはさすがに言わないな。
原作でも兄のことは「アイツ」とか「あれ」としか呼んでいなかったから。
「まあまあ、レニエは無理しなくても──」
「よ、呼ぶわよ……」
「へ?」
思わず耳を疑ってしまう。
でも、レニエは本当に口にした。
右手でかあっと赤くなった顔を抑えながら。
「お、お兄様……?」
「~~~ッ!!」
俺は思わず天を仰ぐ。
こんなことが許されていいのか!?
あの悪役令嬢で毒舌のレニエが、「お兄様」だなんて!!
「レニエ、俺はもう死んでもいい」
「は!?」
「十分に人生を
そう思えるほどの衝撃だった。
しかし、それだけでは終わらなかった。
「じゃあ、もう一つのはいらないわね」
「もう一つ?」
「呼び方よ、呼び方!」
待て待て、まだあるというのか!?
「聞かせてくれるのか!?」
「ほ、ほしいの?」
「ください!」
まるでどこかの女王様にすがるように。
俺は全プライドを捨て、土下座しながら懇願した。
「きょ、今日だけなんだから……」
再び、かあっと頬を赤くするレニエ。
今度は髪をくるくると巻きながら、恥ずかしながらも上目遣いで口を開いた。
「お、お兄ちゃん」
「~~~っ!?!?」
その瞬間、全知全能にでもなったかのように、ドックンと心臓が高鳴った。
疲れが吹っ飛ぶどころか、エネルギーが沸き上がってくる。
だが、それに俺の体は追いつけず──激しく吐血した。
「がはぁっ!」
「ちょ、アンタ!?」
ダメだ、攻撃力が高すぎる。
その呼び方は俺に効く。
「人生最後に聞けて嬉しかった……」
「は、はあ!?」
こうして、初めてレニエとわちゃわちゃとお昼を過ごした。
レニエから誘ってくれたのは、嬉しいと共に、原作が変わっていることを
しかし、この一件から「お兄ちゃん」呼びは封印された(攻撃力が高すぎるため)。
……あと、普通にこの日限定だったらしい。
数日後。
「もう一回だけ呼んでくれない?」
「黙れ」
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口調は相変わらずだけど、少しずつデレを見せてきているレニエちゃん。
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