第4話 不思議だけど紳士な兄
小さい頃から、レニエは
『この忌み子が!』
『なんて汚ならしい!』
『家族が不幸な目に遭うんですって』
きっかけは、最初の家族の不幸だった。
偶然か必然か、それがいくつか続いた。
(私は何もしていないのに……)
向けられるようになったのは、冷たい視線のみ。
そんな環境で、レニエが温かな目を浮かばせることはなかった。
それからは、家を転々とした。
最上位である
それでも貴族であったのは、生まれた家系が偉大だったからだ。
しかし、すでに忌み子扱いのレニエを受け入れるのは、どこの家系も嫌だった。
彼女はたらい回しにされていることも自覚していた。
やがて、行き着いたのは──『フォード家』。
特筆すべき情報はなく、ただの地位が低い男爵家だ。
両親は上の貴族にすがりつくばかりで、あまり家にいないのだとか。
(じゃあ少しは楽か)
すでに期待はしていなかった。
レニエには、楽かどうかだけが判断基準だった。
しかし、そこは出会いから明らかに違ったのだ。
「は、はじめまして。今日から兄となるシアンだよ」
家に着いて早々、少年が手を差し伸ばしてきた。
名前はシアンで、義兄になるそうだ。
久しく受けていない対応に、レニエは思わず目を逸らしてしまう。
(どういうつもり?)
今までの経験から、レニエはすでに人を信頼していない。
優しさの裏には企みがあると思い込んでいた。
つまり、向けてくる温かい目を信じられなかったのだ。
その少し
「レニエって呼んでもいい?」
ちゃんと名前を呼ばれるのも久しぶりだ。
しかし、レニエは優しさに慣れていない。
だからこそ口走ってしまった。
「──キモ」
人を拒絶するように。
自らがされてきたように。
だが、シアンの反応は違った。
「よろしくね……フフ」
(……!?)
この反応はさすがに初めてだった。
思わず顔をしかめたレニエだが、これだけでは終わらない。
一見、手抜きの別館かと思わせる場所も。
「実は、毎日掃除してたんだよ」
館内の設備に至っても。
「シャワーも地面から通したし、お手洗いも比較的清潔だよ」
願ってすらいない良待遇だった。
しかし、そんな態度が怖くなってしまったのだ。
優しさを受け止め切れず、レニエは逃げ出してしまう。
それでも──
「レニエが大切な妹だからだよ」
シアンは助けに来てくれた。
こんなのは今までで初めてだった。
だが、それだけではない。
「だから俺には“闘気”しか無かった」
シアンは“属性”を持っていないと言う。
魔法の才能が物を言う世界において、これは致命的だ。
普通ならば出世を早々に諦め、隅っこでコソコソ過ごす道しかないほど、才能に
なのに、シアンは男達を圧倒した。
「受けて立つぞ、ゴラア!」
“闘気”で魔法を上回るなど、見たことも聞いたこともない。
これほどの強さの影には、死ぬほどの努力が垣間見える。
そんな努力の秘訣を、シアンは口にした。
「愛だよ」
だが、なぜかシアンは自分のために努力を積んだ。
それだけは理解できた。
恋愛的な感情ではない。
ただ、限りなくそれに近い“狂気じみた愛”だ。
ボソッと言っていた“推し”という感情なのかもしれない。
(こ、この人は……)
レニエは、初めて思った。
この優しさは裏がないかもしれない。
この優しさは受け止めてもいいのかもしれない。
「あ、あの……」
そんな気持ちが態度に現れたのだろう。
忌み子と呼ばれて以来、レニエは初めて他人へ感謝を伝えた。
「……あ、ありがとう」
まだ怖さは拭えないが、確かにレニエは一歩前進した。
それから一か月ほどが経った頃。
「じゃあ、また来るね~」
レニエの別館で、シアンが背を向ける。
お昼ご飯を置いて行ったのだ。
そんなシアンに、レニエはとっさに手を伸ばした。
「ちょ、ちょっと!」
「ん、どうかした?」
「……っ」
だが、いざ話そうとすると言葉に出てこない。
「な、なんでもないんだからっ!」
「おー、そっかそっか……フフ」
そのままシアンは去ってしまった。
ニヤっとした顔で「やはりツンは良い」とつぶやきながら。
対して、レニエはがっくりと肩を落とす。
(何て言ったら良いか分からない……)
この一か月、シアンはずっと優しく接してくれた。
しかし、レニエは未だ素直になれなかった。
(どうして言葉を強くしちゃうんだろう……)
今までの環境のせいで、レニエの口調は毒されていた。
そうすることでしか自分を守れなかったのだ。
口調を強くすれば、すぐに人は離れていく。
離れられれば、表向きは悪口を聞かないで済む。
これがレニエが毒舌となった理由だった。
「感謝を伝えたいのに……」
結果、一度言えた「ありがとう」が中々言い出せない。
加えて、シアンは“紳士”だった。
たまに「デュフ」という変な笑いをするが、手出しは決してしてこない。
『一定の距離を保つのが真のオタク』
よく分からないことを言い張り、覗きなどは全くしなかった。
その態度にも、レニエは安心感を覚えていた。
今となっては全面的にシアンを信頼している。
ただ、だからこそ最近は
「もっと距離を詰めて来ていいのに……!」
レニエはなぜかちょっと悔しかった。
その感情の正体は、今はまだ分からないままだ──。
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レニエちゃん……デレ寸前?
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