第2話 兄の“推し活”

 「おーい、レニエー?」

 

 俺がコンコンと扉をノックする。

 だけど、中からの返事はない。

 

「まあ、こんな小屋じゃ嫌だよな……」

 

 右手にレニエのお昼ご飯を持ちながら、改めて周りを見渡す。


 ここは家とは離れた“別館”だ。

 レニエが住む用に建てられた場所である。

 でも、造りはひどいものだった。


「さすがに手抜きすぎる」


 手をかけたとは思えない、最低限の小屋。

 猫に餌でもあげるような、ご飯が運ばれてくる小窓。

 形だけ整えて、後はテキトーにやりましたみたいな手抜き具合だった。


 言うのも辛いけど、ここは“忌み子を閉じ込めておく”ための場所だからな。

 原作では、レニエがここから出てくることもなければ、メイド達もご飯の受け渡しだけを行っていたとか。


 現に、レニエは屋敷に案内されることなく、ここへ直行だった。

 お昼を持ってきたのは、俺がメイドに言ったからである。


「そうか、早速使う時が来たか」


 一行に返事をしそうにないレニエに対し、俺は別館の裏口・・に回る。

 ここには誰にも知られていない、秘密の出入口がある。

 前世の“忍者”が使う様な、俺が作った隠し扉だ。


「こんちはー」

「……!?」


 裏から突然現れた俺に、レニエは目を見開く。

 無表情な彼女がそうなったのだから、よっぽど驚いたんだろう。

 ていうか、やっぱりいるじゃないか。


「ここの居心地はどう?」

「……ふん」


 答えることはなく、ぷいっと目をそらされる。

 だけど、レニエはちらちらと周りを確認していた。

 これは気づいてくれたかな。


 僕はお昼ご飯を机に置きながら、彼女に伝えてみた。


「実は、毎日掃除してたんだよ」

「あっそ」


 この別館は、外から見ればただのボロ小屋だ。


 だけど、内面だけは毎日綺麗にしておいたんだ。

 推しに汚い場所に住まわせるわけにはいかないからな。

 もちろん、中からしっかり固定してあるため、崩れる心配もない。


「本当は大豪邸でも建てたかったんだけどなあ」

「……」


 そうしたかったのは山々だが、そんな権力はない。

 原作をいじらないことも考えると、これが一番正解だったと思う。

 レニエが来るまでに何かを勘づかれると、来ない可能性もあったし。


 加えて、あまり大々的なことをしないメリットもある。

 外面は綺麗じゃないから、メイドさん含め誰も近寄らない。


 ──つまり、ここは俺とレニエの“二人だけの空間”になったわけだ!


 ああ、決してやましい意味ではない。

 ファンたるもの、推しに手をかけようとするのは最低だからな。

 

「シャワーも地面から通したし、お手洗いも比較的清潔だよ。あ、覗き穴とかはないから! そこは安心して!」

「……ふん」


 あくまで無表情に。

 でも、少し周りを気にしているのが見える。

 すぐに気に入るのは無理かもしれないけど、少しは楽に過ごしてくれたらいいな。


「えと、他に何か気になることはある?」

「……別に」

「そ、そっか」


 レニエはあくまで淡々と返事をする。

 これはすぐに距離を縮めようとしてもダメだな。

 そう思い、僕はレニエに背を向けた。


「またくるね」

「……」


 裏口をパタンと閉めた後、はああと顔を抑えてしゃがみ込む。

 

 推しとの会話緊張したあ……。

 反応はあまりもらえなかったけど、“別館キレイ作戦”はまあまあ成功だったんじゃないか?

 チラチラ気になっていたみたいだし。


「よし」


 軽い成功を胸をしまい、俺は再び立ち上がる。


 伝えるべきことは伝えたし、日課の鍛錬を始めよう。

 今日で終わりなわけじゃない。

 むしろこれからが本番ななわけだからな。

 

「今日も推しのために!」

 






 「また俺がご飯を持っていくよ、リア」


 鍛錬を終えて、俺はメイドのリアに話しかけた。

 彼女はふっと微笑むと、レニエ用の夕食を渡してくれる。


「ふふっ、本当に坊ちゃまは変わったお方ですね」


 彼女は、メイドリーダーの『リア』。


 金髪ボブに、片側をお花の髪飾りで留めている。

 服装はお決まりメイドの衣装だ。

 彼女は、この家における僕の唯一の理解者である。


「でも、反対はしないんでしょ?」

「もちろんでございます」


 原作上、本来の俺はただのやる気なしモブ貴族。

 両親からも努力をしない怠惰たいだな奴だと思われている。

 だから俺は、レニエが来るまでの日々を原作通りに進めるため、秘密裏に鍛錬をしていた。


 でも、鍛錬を始めて数日後、まだ未熟だった俺はリアに覗かれていたことに気づかなかった。

 だったらもう、彼女に理解を求めることにしたんだ。


 幸いリアはとても強く、良い修行相手になってくれた。

 レニエが家にくると両親が発表したタイミングで、レニエと仲良くしたい旨も伝えてある。


「レニエ様の噂は聞き及んでおりますが……私は坊ちゃまを尊重いたします」

「ありがとう。本当に助かるよ」

「いえ、これもあの時の恩・・・・・──」

「だー! その話はもう良いから!」


 感謝をする度にその話を持ち出すけど、さすがに聞き飽きた。

 とまあ、リアとは一件あって信頼もできる。

 メイド側で一人でも協力者がいれば、レニエへの“推し活”もはかどるってもんだ。


 本来のレニエには残飯のような飯が出されるはず。

 けど昼食同様、リアに頼んで良いご飯を用意してもらった。

 レニエもきっと喜ぶんじゃないかなあ。


「じゃあ行ってくるよ」

「行ってらっしゃいませ」


 ふふ~んと鼻歌を歌いながら、別館の裏口へと回った。

 今度は返事してくれるといいな、なんて思いながらノックをする。


「おーい、レニエー。入るよー」


 やっぱり返事はないんだけどね。

 でも、シャワーやトイレ中だったらさすがに多少拒否するだろうし、開けても問題なさそうだな。


「おじゃましまーす……って、あれ?」


 しかし、実際に入ってようやく気づく。

 レニエの姿が見当たらないんだ。


「レニエ!? どこだ!? いるなら返事をしてくれ!」


 急にさーっと怖くなって叫ぶも、返答はない。

 この大きくもない部屋で物音が全くしない。

 だったら、考えられることは一つ。


「まさか、脱走した……?」


 どうしてそんなことを。

 部屋が気に入らなかったのか。

 これも原作にあったイベントなのか。


 様々な疑問が浮かび上がってくるけど、俺はとにかくその場を蹴り出した。

 いても立ってもいられなかったんだ。


「レニエ!」


 僕は“とう”を張り巡らせて、辺りを探る。

 この二年間で身につけた俺だけの力だ。


「……!」


 そうして、かすかに気配を感じた。

 けど、この方向は……。


「いや、だったらなおさらだ!」


 俺は“近づくな”と言われている、森の方へと駆け出した──。

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