推し悪役令嬢のモブ兄に転生しました~努力のみで最強になった俺が妹の破滅フラグを折りまくっていたら、ついにデレてブラコンなツンデレ令嬢に成長した~

むらくも航

第1章 少年編

第1話 推しとの初対面

 いよいよ推しとの対面だ。


 この日をどれだけ待ち望んだことか。

 この、推しが義妹になる日を。


「……!」


 家の前に馬車が止まり、すらりと足が伸びてくる。

 降りてきた美しい彼女に、俺は手を差し出した。


「は、はじめまして」

「……」


 だけど、ぷいっと目をそらされる。


「────」


 それから言い放たれたのは、なんとも俺に刺さる一言だった──。







「これって推しの服じゃね?」


 飾られていた服を見つめて、俺はふとつぶやいた。

 だけど、自分で言った言葉に自分で驚く。


「ん? ”オシ”ってなんだ?」


 なぜか知らない単語を口走っていたんだ。

 それと同時に、俺は忘れていたものを思い出すように前世の記憶を取り戻した。


「……!」


 自動車、飛行機といった未知の乗り物。

 高層ビルに、アスファルトが敷き詰められた道路。

 今とは似ても似つかない世界の記憶だ。

 

 そして、何より驚くべきなのが、この世界のこと。

 ここは、前世で大好きだった『ブレイブテール』の世界じゃないか!


「まじかよ……」


 ブレイブテール──通称『ブレテ』は、王道の学園RPGだ。

 男主人公が中心となり、学園で起こる数々のイベントをこなしながら、ヒロインや友達と絆をつむいでハッピーエンドを目指す。

 その多彩なシナリオ、個性的なキャラ達を以て、大人気のゲームだった。


 そんな世界に転生していたなんて。

 前世ではよく創作されていたジャンルだけど、まさか俺がそうなるとは。


「なんだか景色も違って見える気がする」


 周りを見渡せば、剣や魔導書、貴族の飾り物がそこら中に置かれている。


 ここは俺の家であり、一応貴族の屋敷だ。

 だんしゃく家と地位は高くないが、必要最低限の物は揃っている。

 夢にまで見たブレテの世界観が広がる光景に、俺は感動すら覚えていた。


 そんな中で、肝心な事を思い出してみる。

 ブレテにおいて、俺の役割は──


「……モブだ」


 何の変哲もない、ただのモブ貴族だった。


 ──シアン・フォード。

 今年で十二歳になる、フォード家のちゃくなんだ。


 原作では、可もなく不可もなく、ほどほどに生きている普通の貴族である。

 立ち絵すら存在せず、本編には文字としてしか登場しない。

 

 だけど俺は、そんなモブの名前を覚えていた。

 には、一つだけ重要な事実があったからだ。


「俺って推しのじゃないか……!」


 ──レニエ・フォード。

 いずれフォード家の養子となり、シアンと共に学院に通う少女だ。

 年齢は同じだが、少しの差でレニエが義妹となる。


 そんなレニエの立ち位置は、悪役令嬢・・・・だ。

 主人公たちの前に何度も立ちはだかり、ことごとくシナリオの邪魔をしてくる。

 一番長く生存した場合は、彼女がラスボスとなるんだ。


「でも、違うんだよなあ」


 誰もが嫌いになりそうなレニエだけど、俺の“推し”だった。

 その秘密は、クリア後に見られる情報にある。


 レニエは、作中で唯一無二の【闇属性】を持っている。

 この世界で【闇】は、不幸や弱体化デバフの象徴と言われる。

 それが起因してか、彼女の周りでは幼少期から次々に不幸が訪れるんだ。

 家族は謎の死を遂げ、次に拾われた家族も不審死し……と続く。


 そうする内に、彼女はいつしか“忌み子”と呼ばれるようになった。


 “忌み子”に対しては、周囲の目はひどく冷たい。

 さげすまれ、陰口を叩かれ、さらに噂に尾ひれがついていく。

 そんな環境で、レニエが真っ直ぐに育つはずがなかった。


 そうして、学院編が始まる頃には、悪役令嬢と評されるほど性格がゆがんでしまっていたんだ。


「誰も手を差し伸べてくれなかったんだよな」


 だったら殺せという話だが、その場合も周りに不幸が訪れる。

 前世で言えば、旧神社を工事しようとすると事故が発生するのと同じだ。


 結果、レニエは数々の家系をたらい回しにされる。

 それで最後に行きつくのがフォード家ってわけだ。

 上からの命令には従うしかない男爵家は、嫌々でも了承するしかない。


 要するに、ゴミ箱扱いだな。


「時期的に、もう前の家族も亡くなっているか……」


 レニエが義妹として家にやってくるのは、今から二年後。

 本編である学園編は十五歳で始まり、ちょうどその一年前だったはずだからな。

 だったら、今すぐにでも探しに行きたいところだけど、原作でもレニエの現在地は明記されていない。

 

「ここは我慢か……」


 原作通りに進めば、レニエは確実にやってくる。

 それに、下手な詮索をして何かある方が最悪の事態だ。


 ならば、今の俺ができることは一つ。


「推しの破滅フラグを叩き折れるぐらい強くなってやる!」


 レニエは、ルートによって様々な破滅フラグが存在する。

 大体はラスボスとなる彼女だが、その前に彼女が死ぬルートも多くある。

 だけど、それは俺が全て叩き折ってやる。


「なんたって、お兄ちゃんだからな」


 そして、推しに伝えてあげたい。


 世界は悪い事ばかりじゃないってことを。

 良い事もたくさんあるんだぞってことを。


 何より、俺は推しが幸せを掴む姿を見たい。

 原作では見ることができなかった、彼女が笑っている姿を。


「よし、やるぞー!」


 こうして、何の変哲もないモブだった俺は、この日から猛特訓を始めた──。







 ──そして、二年後。

 ついにその日はやってきた。


「……っ」


 ごくりと固唾かたずを飲んで、俺は走ってくる馬車を見つめている。

 

 そこに乗っているからだ。

 夢にまで見た本物の“推し”が。


「……!」


 近づいてきた馬車が、家の前でピタリと止まる。

 同時に、俺の心臓がドキンと高鳴った。

 この瞬間を緊張するなという方が無理だろう。


 そうして、馬車からすらっと足を伸ばし、レニエは現れた。


「……あっ」


 銀色のロングヘアには、所々紫がかっている部分がある。

 作中でも、彼女だけの特徴的な髪色だ。

 ギロリと鋭い眼光は、まるで人を寄せ付けそうにない。


 お世辞にも綺麗な服装とは言えない。

 でもそこには、確かに夢にまで見た推しの姿があった。


「「「……」」」


 案内の者は嫌そうな顔をしている。

 少しでも近づきたくないといった雰囲気だ。

 隣に立つ両親も同じくである。


 けど、そんなのは関係ない。

 俺は「おい!」という両親の声を振り切って、一人で前に出た。

 そのまま、レニエへすっと手を差し伸ばす。


「は、はじめまして。今日から兄となるシアンだよ」

「……」


 返事はない。

 周囲を凍らせるような冷たい視線は、チラリと僕を覗いて逸らされる。


 でも、これは思っていた通りの反応だ。

 これこそが“推し”レニエなんだよなあ。

 

「レニエって呼んでも、いい?」

「……」


 ただ、計算外があったとすれば二つ・・

 一つは、この時点でレニエの毒舌がかなり進行していたこと。


「──キモ」

「……っ!」


 もう一つは、悪役令嬢を推していた俺は、自分でも知らぬ間に目覚めていた・・・・・・ことだ。


「よ、よろしくね……フフ」


 推しのとう、染みるぅっ!




───────────────────────

安心してください、デレます。

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